花のようなる天下のあるじ 鬼のようなるつわもの連れて

爆笑

「ほれ敦堂どうとん、これでどうじゃ」
　甫庵ほあんは出来立ての草紙そうしを渡す。糸できちんと綴とじてあり、表紙まで付けているところ、結構几帳面きちょうめんな性格なのだろう。
　題名は「室町殿九州大返顛末むろまちどの きゅうしゅう おおかえしのてんまつ」
「や～～～っと出来でけましたか、おおきに」チクリと皮肉を入れながら「阿国はん、まずはお読みなはれ」と渡そうとすると「いやいやまずは源二ゆきむらさんからどうぞ」「一番骨を折ったのは敦堂どうとんじゃから敦堂どうとんから読めば良い」
　日本人特有の謎の譲り合いを経へて、まずは座長からということで阿国が読み始める。
　最初気乗りしない風だったのが、徐々じょじょに熱が入り読み終える頃には食い入るように没入ぼつにゅうしていた。
　読了どくりょう後阿国はしばらく大笑いした後「これすごい！面白い！」と大絶賛である。
　興味を惹かれた源二ゆきむらがそれではと敦堂どうとんより先に読み始める。
　まずおやっと思ったのが題名の「大返おおかえし」である。
　この言葉は羽柴(豊臣)秀吉が明智光秀あけちみつひでを討うつために備中びっちゅう(今の岡山県西部)高松城から京までを僅わずか十日で駆かけ抜けて大勝利をおさめた「中国大返ちゅうごくおおかえし」の故事こじに因ちなんでいるのは間違いない。
　内容は建武けんむの新政から足利幕府誕生の物語であるが、どう読んでも登場人物の新田義貞にったよしさだが徳川家康になぞらえてあり、足利尊氏あしかがたかうじは豊臣秀頼である。
　新田義貞によって権力から追い落とされた足利尊氏が、落ち延びた九州で盛り返すことに成功、京に戻って新田義貞を攻め滅ぼし足利幕府を建てる話なのだ。
　ここで肝きもなのが、徳川氏は新田氏の末裔を称しており、足利尊氏は後醍醐天皇ごだいごてんのうからいただいた桐の紋(豊臣氏と同じ)を使っている。
　また良いところで尊氏の窮地きゅうちを救う豪傑ごうけつ、海野信濃守信繁うんの しなののかみ のぶしげという家臣が颯爽さっそうと登場する。
　これが全くの架空の人物であるのだが「海野」は真田氏の本家筋で家紋は「六連銭」、「信濃」は真田の本拠地、「信繁」は幸村の別名で、何処をどう見ても真田幸村その人であるとしか思えないようになっている。
　甫庵は「秀頼公は九州へ落ち延びられたとの専もっぱらの噂うわさじゃ。江戸の大阪への仕打ちは皆思うところがあるからの、この芝居を見て鬱懐うっかいを晴らせば良ろしかろ」ともう大入り満員疑いなしの気分でいる。
　この「そのまま芝居にするとお上に睨にらまれるので別の時代の話にしました」手法は後の世で良く使われるようになった。
　例えば「忠臣蔵」であるが、歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵かなてほんちゅうしんぐら」は鎌倉時代の話ということになっていて、浅野内匠頭あさのたくみのかみは塩冶判官えんやはんがん。大石内蔵助おおいしくらのすけは大星由良之助おおぼしゆらのすけ。吉良上野介きらこうずけのすけは高師直こうのもろなおと名前を変えて、幕政批判ではないですよ～という形をとっているのだが、それの元となったのがこの「室町殿九州大返顛末」であったとかなかったとか。
　これで阿国歌舞伎は息を吹き返すことができるのか？
　阿国達は配役をどうするか？衣装は？化粧の仕方は？
　皆あわてて準備に取り掛かるのであった。