花のようなる天下のあるじ 鬼のようなるつわもの連れて

ふじのぼる

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一幕

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「なあなあ、あれ見た?」「見た見た!あれやろ?」「おもろかったわ~あれ!!」
 あれってなんやね~ん!とツッコミたくなるような会話が昨今さっこんの京大阪の町々でり広げられている。
 言わずと知れた阿国歌舞伎
室町殿九州大返顛末むろまちどの きゅうしゅう おおかえしのてんまつ」である。
 配役は足利尊氏に阿国、新田義貞役に今まで裏方にてっしていた「おかね」という少し小太りの女性を大抜擢だいばってきした。「この役はこの子にピッタリだわ」と阿国は絶賛ぜっさんしたが、実は抜擢ばってきの理由がたぬき顔だというのは口がけても言えない。最初おかねの事で文句を言うものも出たが、稽古けいこに入った時点で誰も文句を言えなくなったのである。
 本興行に入っても、目の周りと鼻に墨を塗って、ふくみ綿と肉襦袢にくじゅばんでタヌキで御座ござい!っと登場するおかねに場内大爆笑がしばらく止まない程である。
 そしてこの芝居の目玉、豪傑ごうけつの海野信濃守になんとお日出ひでよりが選ばれた。芸はつたなくとも六尺五寸(約197cm)の巨体が項羽こうう樊噲はんかいを連想させるのだとか。

 ※項羽・樊噲は中国秦~漢の時代に活躍した巨体・剛力の英雄

 それにまた眉を極太に描き、付け髭茫々ひげぼうぼうにするとお日出ひでよりは「こんなの真田幸村じゃない!」とおかんむりだが、阿国の「民衆が想像する、あと一歩で家康狸を仕留め損なった英雄豪傑えいゆうごうけつの姿ってこんなもんよ、まあ任せなさい」で轟沈ごうちん
 実際の興行はまず地謡じうたい建武けんむの新政後、足利尊氏の脅威きょういを恐れた新田義貞が尊氏を追い落とす所から始まる。
 憎々にくにくしげに登場した新田義貞(おかね)が尊氏に向かって、「天皇のかさに着おって、このたわけめが!阿呆あほうめが!」と棒で打擲ちょうちゃくし、「者共!この馬鹿うつけ者をたたきのめせ!追い落とせい!」の言葉で尊氏側にいたじゃの目紋・沢瀉おもだか紋・九曜くよう紋の武将が一斉に新田側に付き、尊氏を打ちのめし始め観客の憎悪をあおる。
 困窮こんきゅうした尊氏が「誰ぞ!誰ぞ!われを救うものは!救うものはおらぬか!」と悲痛な叫びを上げた瞬間、上手かみてからお日出ひでより赤備あかぞなえの鎧兜よろいかぶとに身を包み「何事なりや!」と憤怒ふんぬ形相ぎょうそうで出てくる。観客がはっと注目するのが兜の前立て。そこには金色こんじきの六連銭が光り輝いている!
 若い衆は拳を握りしめて「待ってました!」と声を上げるし、年寄りはあわあわと涙よだれをダダ漏らしにしながらおがみ出す始末。
 新田義貞のおかねが「曲者くせものじゃ!出会であ出会であえぃ!」と叫ぶとわらわらと出てくる端侍ぱざむらい達。それらを千切ちぎっては投げ、千切ちぎっては投げの大立ち回りで最後義貞に「阿呆あぽっ!!!」と叫びながら脳天唐竹割のうてんからたけわりをブチ込み、目を回して倒れ込んだところで
斯様かような所にいてもらちが明きませぬ、お味方のる所へ一旦引きましょうず」と尊氏としばし手に手を取って見つめ合い、下手しもてに引き上げたところで第一幕の終わりで休憩となる。
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