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卵焼(前)
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「塩っぱいのが美味しいのです!」
「違う!ほんのり甘いのが美味いのじゃ」
とっぷりと日も暮れた頃、宿屋から激しい言い争いの声が聞こえてくる。
ここは内宮に近い宿屋。外宮にお参りした後、内宮の参拝は明日の朝一番にするという事で周辺を散策した後に、宿から出された夕餉(夕飯)を一口食べて日出が「なんと、卵焼きが塩っぱい!どういう事じゃ!?」と驚きの声を出したことに始まる。
大助が「卵焼きは塩っぱいのが美味しいのでござる。何を仰せられますか」
日出も負けずに「何を言う!卵焼きが甘くなくてどうする!一度食べれば分かるわ」
太閤秀吉の子にして大坂城の箱入り息子(?)の日出は、卵焼きに南蛮渡来の砂糖を入れたものを食べていたらしい。
この時代、砂糖なる物を口にできるのは天下人ならびにその宴に参加できる者だけなので、大助も甘いものと言うと柿や栗ぐらいしか思いつかない。ましてや卵が甘いなどとても想像ができない。
二人とも長年口にしてきた物を否定され口論になり、お互い引っ込みがつかなくなってしまった。
周りの皆も珍しい二人の口喧嘩、それも内容がくだらないのもあって唖然として見ているばかりである。
ひとしきり言い合いをした挙げ句、日出は「もう良い!!!」と一声叫んで押し入れの中に入ってしまった。
ぽかんと皆で顔を見合わせた後、阿国がボソリと一言「布団が敷けないじゃない…」
……………………
初めて見る日出の怒り様におろおろ狼狽える女子衆。
「大助はん、何でもよろしいよって謝りなはったら?」
「お断り致す。何も悪い事をした訳でもないのに、なぜ謝る必要が?」
「もう!そんな事言わんと!」
大助も珍しくへそを曲げてしまい、取り付く島もない。それを他の男衆は苦笑しながら見ているだけである。
「流石は天照大御神の居ます内宮じゃの、天の岩戸が直に見られるとは」
阿国は呆れて「何馬鹿なこと言ってんのさ、どうすんのよこれ」
「まあまあそない焦らんと。何もせんでもお腹空いたら出てきますやろ」と呑気な敦堂が曰う。
「あんたね、猫や犬じゃないんだから。このままじゃ食事の片付けも出来ないし布団も敷けないわよ」
「ならばその天の岩戸をここでやれば良い。誰か鳴物(楽器)を持ってきているものはおらぬか?」と段蔵。
「うち暇な時に稽古しょ思て、笛持ってきてます」と鳴物担当のお鈴が手を上げる。
「ならばよし、では目出度い鶴亀でも披露しようかの」
段蔵は懐から掌くらいの鶴と亀の人形を出して畳の上に置く。
お鈴が笛を吹き出すと段蔵が座ったまま踊りだし、それに合わせて鶴亀も踊り出す。恐らく天蚕糸が何かで操っているのだろうが、それを全くわからせない見事な技である。
「違う!ほんのり甘いのが美味いのじゃ」
とっぷりと日も暮れた頃、宿屋から激しい言い争いの声が聞こえてくる。
ここは内宮に近い宿屋。外宮にお参りした後、内宮の参拝は明日の朝一番にするという事で周辺を散策した後に、宿から出された夕餉(夕飯)を一口食べて日出が「なんと、卵焼きが塩っぱい!どういう事じゃ!?」と驚きの声を出したことに始まる。
大助が「卵焼きは塩っぱいのが美味しいのでござる。何を仰せられますか」
日出も負けずに「何を言う!卵焼きが甘くなくてどうする!一度食べれば分かるわ」
太閤秀吉の子にして大坂城の箱入り息子(?)の日出は、卵焼きに南蛮渡来の砂糖を入れたものを食べていたらしい。
この時代、砂糖なる物を口にできるのは天下人ならびにその宴に参加できる者だけなので、大助も甘いものと言うと柿や栗ぐらいしか思いつかない。ましてや卵が甘いなどとても想像ができない。
二人とも長年口にしてきた物を否定され口論になり、お互い引っ込みがつかなくなってしまった。
周りの皆も珍しい二人の口喧嘩、それも内容がくだらないのもあって唖然として見ているばかりである。
ひとしきり言い合いをした挙げ句、日出は「もう良い!!!」と一声叫んで押し入れの中に入ってしまった。
ぽかんと皆で顔を見合わせた後、阿国がボソリと一言「布団が敷けないじゃない…」
……………………
初めて見る日出の怒り様におろおろ狼狽える女子衆。
「大助はん、何でもよろしいよって謝りなはったら?」
「お断り致す。何も悪い事をした訳でもないのに、なぜ謝る必要が?」
「もう!そんな事言わんと!」
大助も珍しくへそを曲げてしまい、取り付く島もない。それを他の男衆は苦笑しながら見ているだけである。
「流石は天照大御神の居ます内宮じゃの、天の岩戸が直に見られるとは」
阿国は呆れて「何馬鹿なこと言ってんのさ、どうすんのよこれ」
「まあまあそない焦らんと。何もせんでもお腹空いたら出てきますやろ」と呑気な敦堂が曰う。
「あんたね、猫や犬じゃないんだから。このままじゃ食事の片付けも出来ないし布団も敷けないわよ」
「ならばその天の岩戸をここでやれば良い。誰か鳴物(楽器)を持ってきているものはおらぬか?」と段蔵。
「うち暇な時に稽古しょ思て、笛持ってきてます」と鳴物担当のお鈴が手を上げる。
「ならばよし、では目出度い鶴亀でも披露しようかの」
段蔵は懐から掌くらいの鶴と亀の人形を出して畳の上に置く。
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