ハズれキャラの井口くんには小悪魔な後輩が憑いている

じゃけのそん

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第1章 修学旅行編

第21話 努力は実らずとも報われる

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 家に帰るまでが遠足。
 とはよく言うが、荷物をまとめて東京駅に集まっている集団を前にすると、修学旅行は終わったのだと、すっかり気が抜けてしまった自分がいた。

 わいわいガヤガヤ思い出を共有し合う大勢に対し、当然ながら俺は単体。集団からは少し離れた壁に寄りかかり、新幹線の時刻を今か今かと待ちわびていた。

「あのさ」

 そんな俺を訪ねてくる奴が一人。
 スマホをいじるのを止め、声のした方に目をやれば。

「あんたに言いたいことあるんだけど」

 そこにいたのは、黒髪ギャルの古賀だった。
 突然の声かけで、俺の脳裏に『?』が浮かぶ。

「なんだよ」

「なんと言うかその……」

 やがて古賀は露骨に明後日方向を見た。
 そんな彼女の頬は見る見るうちに赤く火照る。

(え、何、この空気)

 昨日までには無かったこの妙な雰囲気。
 一体何を言われるのかと身構えれば。

「ごめん」

「は」

 やがて古賀から出たのは、あまりに想定外なそんな言葉だった。

「昨日のあんた、色々と助けてくれたでしょ?」

「助けたというか、ガイド的なことはしたけど」

「安達と加瀬さ、あれでもすんごい喜んでたからさ」

「そ、そうかよ」

 全然そうは見えなかったけども。

「だからその……あ、ありがと」

「……?」

「あんたのおかげでいい思い出になった」

 目に映る古賀は明らかに別人だった。
 頬を赤く染めながら、俺に向かって感謝を述べる……これ自体は大変光栄なことなのだが、主観的な意見を述べさせてもらうと、全然意味がわかりません。

 だって古賀だよ?
 あんなに俺を毛嫌いしてて、『邪魔したらぶっ殺す!』とか平気で脅しみたいなことしてた奴が、目の前で顔を赤くしながら俺に感謝してんだよ?

「え……何……俺をおちょくってんの……?」

 なんて、失礼な言葉も出ちゃうでしょ!

「はぁっ!? ちょっとそれどういう意味よ!」

 これには当然、古賀も憤り声を荒げる。

「あたしは純粋に感謝してるつもりなんだけど!?」

「何と言いますか。それが意味不明すぎて」

「意味不明!?」

「だってお前、俺のこと嫌いじゃん?」

 聞けば古賀はハッとして押し黙った。
 そしてしばらく視線を地面に彷徨わせた末。

「嫌い、ってほど嫌いでもないし」

「えっ!? そうなの!?」

 予想外な返事を口にしたのだった。

「そりゃ最初は嫌いだったけど」

「けど?」

「でも今は……別に普通くらいだから」

 そう言うと古賀は、逃げるように目線を斜め下へ。

 世界水泳並みに泳いでいるその目をじっと見れば、ほんの一瞬視線が合って、バツが悪そうに髪をくるくる。また一瞬視線が合って、髪をくるくる。を繰り返す古賀。

 沈黙が長引けば長引くほど、その顔は沸騰したように赤く染まった。

「さてはお前、ツンデレだろ」

「はぁっ!?」

 今の古賀を一言で表すならこれしかない。
 言えば古賀は驚愕したように目を見開き、またすぐに俯くと、長い黒髪の裏にその表情を隠した。やがて拳を作った彼女の身体は、プルプルと小刻みに震え始める。

(図星か?)

 なんて、余裕に浸っていたのも束の間。
 黒髪の裏から現れた鬼面は、真っすぐに俺を見た。

「……っさい」

「えっ? なんだって?」

「うっさい!! じゃあ今の全部取り消すから!!」

 飛んできたのは頭に直接響くような怒声。
 耳まで真っ赤にした古賀さんは、それはもうお怒りだった。

「ほんっとムカつく! 死ねっ!」

「えぇ……口わっる……」

 ドシドシと鈍い足音を立てて、見るから不機嫌に去っていく古賀。あまりにも情緒が読めない彼女こそが、やはりツンデレという生き物なのだろうか。

(だとしても死ねは酷いけどね……)

 と、またもや誰かが近づいてくる。
 引きつった顔そのままにそちらを見れば。

「いい子だろう。古賀は」

 古賀に変わって現れたのは、立花先生だった。

「なんすかいきなり」

「あの子には色々と事情があってな」

「事情?」

「最近は毎日のようにアルバイトをしているらしい」

 そう言われてふと思い出す。
 古賀とバイト中に会ったあの日のこと。

「だから今回の修学旅行にも強い思い入れがあったんだろうな」

 三人の思い出に固執していたのはそれが理由か。
 だからあの時、俺に釘を刺すようなこと言って来たんだ。

「もう少し素直になれるといいが、まあそこも彼女の可愛いところだろう」

「いやいや、あの人死ねって言いましたよ、死ねって」

「口が悪いのだって、見方によればプラスだろう?」

 どんだけ特殊な見方したらプラスになんだよ。
 俺にそういう趣味はねぇぞ。

「それで、どうだった、修学旅行は」

 やがて先生は、流れでどうでもいいことを聞いてくる。ぶっちゃけどうもこうもないので、俺は「どうっすかね」と適当に返事をした。

「なんだねその煮え切らない感想は。何もかもが新鮮で面白かったろ?」

「確かに面白くはありましたね。誰かさんが海に落ちてくれたおかげで」

「あ、あれは、つい気持ちが前に出過ぎたからで……!」

 俺が言うと先生は、わかりやすく頬を染めた。

 足元のロープを踏んで海へダイブ。
 思えば先生のあんな弱った姿は初めて見た気がする。

 いつもは何をするにも堂々としているから、そのギャップのせいもあって、不覚にもこの人のことを可愛いと思ってしまった。

 何よりも悔しいのが、一回り歳の離れた、言ってしまえば行き遅れのアラサーに、ドキドキさせられてしまったことだ。

 あのびしょびしょに濡れた服から透けていた黒ビキニ。大人の女性らしい豊満な胸の谷間。あれはそこそこ……いや、か、な、り、エロかった。

「わ、私のことはいい。それよりも旅行の感想を教えてくれ」

 そういうのも含めて、この修学旅行に感想をつけるとすれば。

「まあよかったんじゃないですか、思っていたよりは数倍」

「つまりは楽しかったと」

「そうは言ってませんよ。ただ少なくとも学校に残って、誰かさんから課されたパワハラ級の業務をこなすよりかは、よっぽどマシだったってだけです」

 もし修学旅行に参加してなければ、俺は今頃活字の見過ぎで目が点になっていただろう。それに比べればこの4日間は、想定していたよりイージーだった。

「意外とあっという間でしたしね」

「時間の進みが早いということは、それだけ楽しかったってことさ」

 言うと先生は満足そうに頷いた。

「まあ、上手くやれたようならそれでいい」

「どうっすかね。結局NPCにはなれませんでしたし、やはり俺が取るべき最善の選択は『この修学旅行に参加しない』だった気はしますけど」

「そんなことはない。きっと君は上手くやったさ」

 すると先生は集団の一角に視線を向けた。

「あの子達を見ろ」

 言われるがまま俺もその先を見やる。
 するとそこには、楽しげに会話する古賀たちが。

「もし君が本当に邪魔者で、それが原因でこの修学旅行を楽しめなかったとしたら、きっとあの子達は、あんなにも満足そうには笑わないだろうな」

 それは何度も目にした光景のはずだった。
 隙あらば輪になりガールズトーク。そんなありきたりな、ついさっきまで何とも思わなかったはずの光景が、先生のその一言でまるで違う画のように映った。

「それに昨日の東京散策では、ほとんどの班が集合時間に間に合わない中、君たちは指定された時間までに到着した、数少ない優秀な班の一つだった」

 そこまで言うと、先生は振り返り俺を見る。

「誰もが等しく都会の交通の知識に乏しい中で、ああして時間通りに到着したのは評価すべき点だろうな」

 立花先生らしからぬ優しい笑みと共にそう口にする。
 これには俺も、不意を突かれ口ごもるしかなかった。

「君があの子達を先導したのだろう?」

「だ、だったら何です」

「よく予習しているなと感心してな」

「そんなの、たまたま時間に間に合っただけですよ」

 慣れない空気に俺は本能で顔を顰めた。
 何とか平静であらねば。そんな思考とは裏腹に、込み上げてくる感情がどうしても抑えきれない。胸や顔がどんどん熱くなっていくのが自分でもわかった。

「偶然にだって必ず理由があるものさ」

「仮にそうだとしても。たかが集合時間に間に合ったくらいで、上手くやれたと断言するのは、先生にしては珍しく評価基準が甘いんじゃないですか?」

「私は生徒を贔屓ひいきすることはあっても、決して甘やかしたりはしない。それに——」

 すると先生は再び古賀たちを見た。
 俺もそれに続いて、視線を彼女たちの方へ。

「何度も言うが、あの子らの笑顔が答えだよ」


 答え――


 その言葉は俺の胸の奥深くにスッと落ちていった。
 視界の中の古賀たちは、確かに笑っていた。今の彼女たちからは、俺が昨日結論付けたような、ネガティブな感情は一切読み取れない。

 修学旅行を最大限に楽しんだのだと一目でわかる。
 全てを出し切った人間の、思い出に満ちた満面の笑み。

「君があの子達の笑顔を引き出したんだ」

 今目にしている光景こそ真の答え。
 つまり俺は古賀たちの思い出を守れた、ということなのだろうか。これまで俺がしていた努力は、無駄じゃなかったということなのだろうか。

「これでも君の担任になって、早いことに1年と半年が経つ。故に君という人間が、他人思いで、お人好しの、心優しい性格なことはよーく知っているよ」

 続けてそんな言葉が。
 照れ臭さから顔を伏せれば。

「君はよくやった」

 ポンと、先生は俺の頭に手を乗せた。
 優しくも温かい感覚が全身を包むように満ちる。

「やはり君は私の見込んだ優秀な生徒だよ」

「お、俺は別に、そういうんじゃないっす」

「褒められた時くらい素直に喜べ」

 そう言うと、先生は俺の髪をワシワシ。
 照れくさい、恥ずかしい、くすぐったい。
 ……てか、マジ禿げるから今すぐやめて。

「ま、今回は及第点をあげよう」

 やがて先生は俺の頭から手を引いた。

「これからもその息で、君なりの助走を続けたまえ」

 凛々しい顔で言うと、集団の方へと歩き去って行く。
 俺はその背中に小さく「うっす……」と返事を投げつけた。

「急に褒めんな、ちきしょ……」

 何だろう、この妙な感覚。
 あの人の言うことは基本めちゃくちゃで、振り回されることの方が明らかに多いはずなのに。立花先生に評価されたというこの事実に、満足している自分がいた。

 もしかしたら俺は、心のどこかであの人のことを好いているのかもしれない。だとすればその要因はきっと——あの人の人間性を信頼してのことだろう。

 立花先生はめちゃくちゃだ。
 でもそんなめちゃくちゃな言動の中にも一本の芯があり、正しさがある。振り回されながらも、正しい道へと導かれているという確かな安心感がある。

 そうした信頼から、俺は立花先生を好いている。
 もちろんこれは『人間的に』という意味でだが。

「これで中身がぶっ飛んでなかったらな」

 そうすれば嫁の貰い手も……なんて、失礼なことを考えてしまう俺をどうか許してほしい。

 きっと先生が独身なのは、世の男どもに見る目がないのだ。

 ああ、そういうことにしておくとしよう。
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