【完結】メゾン漆黒〜この町の鐘が鳴る時、誰かが死ぬ。

大杉巨樹

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第2章 切迫

5 鬼墓山の都市伝説

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 神社の西後方には鬼墓山きぼさんが広がっていて、先日草太はすぐると踏み入ったのだったが、乃愛のあは山奥に続く道から右に折れてちょっとした高台になっているスペースに出た。そこからは東に広がる禍津町まがつちょうが見渡せ、東奥の小高くなった丘にノワールの黒い鐘も肉眼で捉えることができた。夕刻の町は小麦色に染まり、まだ夕闇は迫っていないが、田の間を走る水路を西陽がオレンジに光らせていた。 まずその壮麗な景色に目が奪われるが、その広場の西奥に目をやれば、何と見事な彼岸花が咲き誇っていた。まるで血を撒き散らしたような一面の赤に、草太は首を傾げる。

「あれ?彼岸花ってこんなに早く咲きましたっけ?」
「ほんとだ!すごーい!綺麗!ねえ、みんなで写真撮ろうよ!」
「そだね、うん、サムネイルにいいかもしれない」

 紬がはしゃぎ、乃愛も彼女の提案に乗って映えるポイントを探す。時期外れの花が咲き誇っていることを気にするのは草太だけのようだった。ひとしきり写真を撮ると、つむぎが喜々としてバックパックからビニールシートを出して露出した地面に手際よく敷き、唐揚げの入った大きめのタッパーの蓋を取って真ん中に置いた。

「うわあ、美味しそうでつ!」

 駿佑しゅんすけが引き寄せられるようにシートに上がって唐揚げを頬張り、乃愛もそれに続く。何が入っていてそんなに膨らましているのかと紬の背中を見ていたが、このためだったのかと、草太はシートの隅に置かれたしぼんだバックパックを見つめた。

「あのさ、今日のことって急に決まったよね?紬ちゃん、前もって用意してた?」

 草太のその問いに紬は一瞬ハッとした顔をしたが、すぐに笑顔に戻し、

「ほら、いいでしょ、そんなこと。草太も座って座って!」

 と、草太の腕を引っ張った。

「あの、俺、一応紬ちゃんよりだいぶ年上なんですけど」
「もお!細かいこと気にしない!ほら、食べて食べて」

 乃愛に倣っているのか、草太と呼び捨てにする紬に抗議するが、紬はそれを一蹴して草太の口に大きめの唐揚げをほりこんだ。強引に押し込められ、片側のほっぺたがパンパンに張る。

「どお?美味しい?」
「お、おいひいれす」
「そっか、よかった!ほら、どんどん食べて!」

 まだモゴモゴ咀嚼している間に、紬はさらに唐揚げを詰め込もうとする。草太が逃げるのを見て、駿佑も乃愛も笑っている。紬もキャッキャと楽しそうだ。夏の夕暮れの、平和なひと時。ひぐらしの甲高い声が、そんな四人を包み込む。ひぐらしって7月に鳴くんだっけ、と、草太は頭の片隅に今見ている風景に違和感を巡らせながら、弾力のいい鶏肉をひたすら咀嚼した。

「この鬼墓山ってね、UFOが発着してるって噂があるんだよね」

 タッパーの唐揚げの殆どが駿佑の腹に収まった頃、乃愛が都市伝説テラーらしいことを言った。

「アトランティスの美並みなみさんも言ってたでつね。この鬼墓山って円錐形をしていて、実は太古に造られたピラミッドなんじゃないかって。ピラミッドといえばUFOが発着する目印になってるって話は有名でつからね」

 『アトランティス』というのは都市伝説を扱っている雑誌で、美並さんというのはそこの編集長だというくらいの知識は草太にもあったが、駿佑にもただ乃愛の気を引こうと話に乗っているというだけではない知識があるようだ。

「UFO!?じゃあさじゃあさ、宇宙人もこの辺にいる?」

 紬も目をキラキラさせて話に乗る。

「いるでつよ、こーんなのが」

 駿佑が口をすぼめて寄り目になり、両手を横に広げてゆらゆらする。

「何それ、ワハハ」
「そんな昭和の漫画みたいなタコ星人じゃないよ」

 紬が笑い、乃愛が突っ込む。そして乃愛がンンっと喉を整え、居住まいを正す。

「でもね、宇宙人ってそんな楽しい存在じゃないかもしれないよ。鮫島さめじまさんの一家の事件もね、宇宙人の仕業じゃないかって噂もあるんだから」

 草太にとってはやっと興味のある話題になり、身を乗り出して乃愛に気になっていたことを聞いた。

「確かきのうあの家にまつわる都市伝説があるかって弾正だんじょうさんが聞いた時、知らないって答えてませんでした?」

 草太がそう聞くと、乃愛は目線を上にしてああと呟き、

「家自体の都市伝説は知らない。ボクが言ってるのは事件そのもののこと。鮫島さんは三人家族だったんだけど、その三人とも殺されちゃった。それで、その殺され方が普通じゃなかったって…」
「普通じゃないって、どんな?」
「んー、詳しくは公表されてないからボクも都市伝説界隈で聞いただけなんだけどね、三人もと血を抜かれてミイラみたいな状態になってたって」

 声のトーンを落として言う乃愛の話にゴクリと喉を鳴らす。三人家族というところで草太はきのう見た四人映った家族写真を思い出す。そこを詳しく聞こうとすると、ミイラみたいというくだりで駿佑が先に反応し、

「分かった!チュパカブラでしょ?」

 と、テンションの高い声を上げた。隣りで聞き入っていた紬がビクッとし、駿佑の肩ををバシッと叩く。

「もお!いきなり声出したらビックリするじゃん!で、何?そのチューパーカップブラって」
「チュパカブラでつよ。動物や人間の血を吸うUMAなんでつけど、その姿がグレイに似てるから実は宇宙人なんじゃないかって説もあるでつ」
「グレイ?」
「アーモンド目の、いわゆる一番ポピュラーな宇宙人ね」

 駿佑から乃愛がまた話を受け継ぎ、一同の顔を見回す。

「でね、鮫島さんの事件の話に戻るんだけど、当時宮司だった鮫島さんは日本中がパンデミックに陥った頃からこの禍津町がおかしいって周囲に吹聴してたらしいんだ」
「おかしいって、どんな?」

 パンデミックに入った頃といえば三年前で、鮫島家の事件があったのは二年前だ。草太はさらに身を乗り出し、乃愛の話に耳を傾けた。

「これは朱美あけみから聞いたんだけどね、ほら、朱美の店ってみんなお酒を飲んでいろんな話するから情報が集まりやすいでしょ。で、鮫島さんも亡くなる前、酔ってよく禍津町の空気が悪いことを愚痴ってたんだって」
「あれ?でもあの頃って店を開けられなかったんじゃ…?」

 ふと矛盾に気づき草太が口にすると、乃愛はアッと声を上げて手を口に当てた。そしてバツの悪そうに草太を見て、

「ほら、自粛期間の最初の頃って支援金もそんなに出なかったでしょ?朱美もいっつも金欠でピーピー言ってて、だから常連さんだけ入れてこっそり営業してたんだよ」

 と、まるで自分のことのように弁明する。確かに朱美が酒を売って稼いた金は、仕事の後で飲む酒代にほとんど消えていた。

「なるほど。で、空気が悪いって、どういうことなんすかね?」
「う~ん、ボクもその辺の詳しいことを今日、後任の神主さんに聞ければと思ってたんだけどね…」

 そう言ってみんなの顔をまた見回した時、モジモジしている紬の姿が目に入る。

「ん?どうした、紬?」
「うん、えへへ、ちょおっと、シモの方が…」
「なるほど、おしっこね。じゃあそろそろ戻ろっか。確か社務所の奥にトイレがあったと思う」
「悪い、片付けお願い!」

 紬は一刻も我慢できないというように、慌てて靴を履いて神社の方へ駆けていく。残った三人は顔を見合わせて肩をすくませると、シートとタッパーを紬のバックパックに詰め込み、草太はさっき聞こうと思った鮫島家の家族構成について乃愛に聞いた。乃愛は駿佑と顔を見合わせ、一瞬不思議な間が生まれる。と、その時……


 うぎゃああああああ


 と、甲高い悲鳴が境内から上がる。悲鳴は金切り声だったために男のものとも女のものとも判別できなかったが、紬に何かあったのではと急いで境内へと降りる。そして境内を見渡すと、バタン、と社務所の拝殿側に面した扉が開き、その奥の暗闇から何かがゆっくりと出てくるのが見えた。目を凝らすと、それは人影で、ブルーのシャツに濃紺のスラックスを着ているのが入口に近づくことで分かった。それはさっきの警官の夏服のようだったが、入口間際まで来た時、驚愕に目を見開いた。

 首が無い!!

 襟口の上にあるはずのものが無い。にも関わらず、両手を前に伸ばし、ゆっくりとこちらに歩を進めて来るのだ。さらにその後方、社務所の裏側の陰に、二つの目が光っている。ドール人形のように精巧な顔の少女のアーモンド形の目が、さっきまでのあどけなさとは全く異質の、歪んだ笑みを張り付かせて首の無い駐在の奥で佇んでいる。そしてさらには……

 草太は激しい頭痛に襲われ頭を抱えた。目眩がし、視界が揺らぐ。が、何とか蹲らずに堪えたその目ははっきりと見た。首の無い巡査が社務所から出たその後から、亜麻色の探検服を着た男が出てくるのを。傑がフィールドワークに出るときによく着ている探検服。そしてその手には、血を滴らせた一つの首が掴まれている。後頭部から掴まれたその首の白目を向いた顔は、確かに忌野いまわの巡査のものだった。




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