【完結】メゾン漆黒〜この町の鐘が鳴る時、誰かが死ぬ。

大杉巨樹

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第4章 炎上

7 潜入活動開始

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 全身に悪寒が走り、ブルッと身震いしながら目覚めた。白い天井。コーコーと吹く空調からの風が汗で湿った体を冷やしている。いつの間にか寝てしまったようだ。さっきまで燃えるような感覚に包まれていた気がするが、今は冷え切って寒い。寝汗をかいたのだろうか、シャツがベットリと肌に張り付いている。ドアの横にエアコンのリモコンがホルダーに入れられているのを見つけ、空調を止める。そしてジャケットのポケットからスマホを出して時刻を確認する。昼過ぎ。1時間ほど寝てしまったようだ。

 ここが家ならラフな格好に着替えたいところだが、今は仕事中だ。パンパンと頬を張り、緩みかけた気を引き締める。ジャケットの胸ポケットに入っているペン型カメラを取り、録画状態をオンにする。これで映像と音声が車で待機している朝霧あさぎりのノートパソコンに送られるはずだ。ペンのクリップ部分にカメラが付いているため、常にジャケットの胸に刺していないといけない。

「あーあー、聞こえますか?今から行動開始します」

 ペンに向かって声をかける。寝てしまってスタートが遅れたことには言及しない。そこはいろいろ準備をしていたと思ってもらおう。メールで朝霧から『画像・音声良好。がんばって』と届く。よし、仕事開始。

 部屋を出ると右奥の北壁に三階へ上がる急な梯子段がある。上に倉庫でもあるのだろうか、草太そうたがある物は使っていいと言ってくれていたので、後で物色してみようと思う。正面にはシャワールームとトイレ。ゆっくり風呂に入りたい場合は駅前の銭湯に行くらしい。真ん中に階段があるが、一度ぐるっと二階を回ってみる。左手に8号室、南東の角が9号室。南西の角に5号室があり、『五月山占い所』というプレートがドアに貼り付けてある。今回のターゲットのうちの一人の部屋。西側の6号室との間に通路があり、バルコニーに抜けられるようになっている。6号室が北西の角にあり、北側にシャワールームだ。

 一巡すると、階段を降りていく。田舎の家らしい古い木の階段。降りると正面にダイニングのガラス張りの開き戸。一階の探索は後回しにし、小さく深呼吸してからソロソロと開き戸を滑らせた。

「やあ~やっぱりあなただったのね」

 入るといきなり明るい声が飛ぶ。部屋の真ん中に正方形の木製テーブルがデンと据えられ、その三方に枯れ葉のような色の長ソファが置かれている。入り口側の壁にテレビがあり、その正面を陣取るように座っていた女が花の咲いたような笑顔を向けた。

「あ、えーと…」

 相手は自分のことを知っているようだが、すぐに思い当たらない。が、確かに既視感はある。化粧っ気が無くてすぐに分からなかったが、あのバーの垢抜けた美人だと思い当たる。

「あー!駅前のバーの!」
「うん、朱美あけみ六甲道ろっこうみち朱美。ここの6号室に住んでるんだ。これからよろしく!」
「あ、うん、えと、弓削ゆげ史子ふみこです。よろしくお願いします」

 言いながら朱美に差し出された手を握り返す。完全に相手ペースに飲まれている。

(ていうか、聞いてないし。こういうことは前情報として教えといてよね)

 朝霧にか浦安うらやすにか分からない文句を心の中で呟きながら、何とか朱美に笑顔を返す。露出の高いタンクトップに短パン、ノーブラなのか胸には乳首の位置がはっきり現れている。朱美は完全にホームモードだ。いや、例えここが気のおけない場所になったとしても、自分にはここまで明け透けになれないだろう。

「あ、やっぱり気になる?胸のポッチリ」

 朱美の言葉でハッとする。いつも自分が胸を見られて嫌な思いをしているのに、思いっきり胸を凝視してしまっていた。

「あ、いえ、ほら、いっつもお洒落な服着てるな~と思って」

 慌てて目線を上げ、取り繕った笑顔で誤魔化す。

「あ、分かるぅ?これ駅前の百貨店で奮発したんだよね~。ほーらあんたたち、分かる人には分かるんだから」

 朱美はそう言って右手のキッチン側に向けて胸を張った。サーモンピンクのニット調のタンクトップはよく見ると確かにお洒落で、誤魔化せたことにホッとする。朱美が顔を向けた側のソファには三人が窮屈そうに座っている。左から草太、黒髪ベリーショートの女の子、ぽっちゃり気味の男性。ぽっちゃりがこちらを指差した。

「あ~巨乳の刑事さんでつ~!」

 はい、あなたは嫌いカテゴリーに決定。

「あ、そっか。シュン君もノアさんも史子さんと会ったことあるよね。七星ななほしの家に行った時にいた刑事の弓削史子さん。で、こっちが9号室の九郎原くろうばる乃愛のあさんに、2号室の二本松にほんまつ駿佑しゅんすけくんです」

 草太が二人を紹介してくれ、よろしくお願いします、と頭を下げる。

「巨乳大好きでつ。今度絵のモデルになって欲しいでつ」

 これが署なら肘鉄の一発もお見舞いするところだけど、何とか引きつった笑顔で堪える。

「じゃあさ、あんたは弓削さんの隣りに座りなよ。いっつもいっつも暑苦しいんだよ」

 ベリーショートの女の子が鼻にかかった声でシュンを肘で突くも、彼はそんなことお構いなしに嬉しそうな笑顔をこちらに向ける。

「乃愛たんは今はこんな感じなんでつが、普段は青い髪付けてユァチューブやってるんでつよ。刑事さんに初めて会った時にもいたでつ」
「こんな感じで悪かったねえ。配信する時はダークエルフになるんだ。よろしく」

 乃愛が駿佑を睨んでから、こちらを向きペコリと頭を下げる。ダークエルフというワードにピコンと脳内センサーが反応した。須田すだが言っていた幻のユァチューバーとは彼女のことか。幻どころか、めちゃくちゃ存在感を出して目の前にいるではないか。あの事件の家に臨場した日にも確かに変なコスプレした女がいたのを覚えている。その隣りに太った男がいたのも。

「あ、史子さんもよかったらそうめん食べて下さい」

 草太が後方のキッチンに立ち、箸と器のセットを取って入り口側のソファに置く。ちょうど昼時でみんな真ん中に盛られたそうめんをつついていたのだ。

「あ、ありがとう」

 弓削は目の前のソファにおずおずと座った。その挙動に全員の視線が向いている。何だろう、取り調べ室の隣りの部屋のマジックミラーから大勢の刑事に見つめられているような、そんな圧迫感のある視線。息が詰まりそうになり、真ん中に盛られたそうめんに手を伸ばす。そして少量を取り、麺つゆに漬けてズズっとすする。

「あのさ、暑くない?その格好」

 斜め前に座る朱美から聞かれ、そりゃあなたに比べたら暑いわよ、と心の中で返す。録画をするためのペンを固定するためにジャケットは脱げないのだ。

「ええ、冷え性なもので、家の中でもジャケットは外せないの」

 ちょっと苦しいけど、これで何とかジャケットのことは誤魔化せたらいいのだけど。

「ええ~!そんなに胸がおっきいのに寒いんでつか~?」

 殺す。絶対あいつ、殺す。

「あ、あなたたちこそ、そんなに詰めて座って暑くないの?」

 何とか殺意を堪えて返すと、朱美がプッと吹き出す。

「いやあ~それなんだけどさあ、草太はいろいろ動くからキッチン前に座るでしょ?そこに乃愛がいっつも隣りに座るの。で、シュンは乃愛のことがお気に入りだから乃愛の隣りに着くでしょ?そんでこういう形が出来上がるわけ。この前なんかさあ~こっちとそっち、誰も座ってないのにキッチン前のソファだけでギュウギュウに座ってんの。さすがにあたしもそれ見て爆笑したよ」

 朱美はその時のことを思い出したようにケラケラ笑う。

「へえ~じゃあ、乃愛ちゃんは草太君が好きなの?」
「うん、ボク、草太のこと好き」

 乃愛が即答し、駿佑の頬が膨らむ。それを見て弓削は、ザマアミロと思う。巨乳イジリのお返しだ。乃愛に思わずちゃん付けしてしまったが、そこは引っかからなかったようだ。四人ともまだ二十代前半というところか。いや、朱美は雰囲気から中盤くらい?どちらにしろ、みんな若い。

「あ、そうだ。弾正だんじょうさん何してるんだろ?ダイニングに来て下さいって声かけたのに。それとつむぎちゃんも」

 草太はバツが悪かったのか、立ち上がって誰かを呼びに行こうとする。

「あの、今って全員いるわけじゃないわよねえ?」

 後ろを通った草太に、弓削は慌てて声をかけた。いきなりターゲットに入って来られ、今みたいに気後れするわけにはいかない。

「はい。3号室の明彦あきひこさんと、4号室のすぐるさん、それと5号室の天冥てんめいさんは今は出ていていないっす」

 なるほど、ターゲットは二人ともお出かけか。本当は残念に思わなければいけないところなのに、弓削はホッと安堵の息を吐いた。




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