【完結】メゾン漆黒〜この町の鐘が鳴る時、誰かが死ぬ。

大杉巨樹

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第7章 因果

4 オンブレチェック柄のシャツ

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 浦安うらやすがそれを言ったのは悔し紛れもあったかもしれない。だが、室町むろまち沖芝おきしば管理官が欲しい情報を完全に与えてくれない腹立たしさや苛立ちもあった。浦安のその報告を聞き、朝霧あさぎりの軽薄な顔に警戒の色が走ったのを確かに捉えた。朝霧はもう一度大きくため息をついたが、それはさっきの呆れからとは違い、自分の感情を制御するために息を吐き出したかのようだった。

「まこっちゃんもさ、ちょっとは分かってきたじゃん」

 朝霧はそう言って部屋を後にする。浦安はその背中に、慌てて声をかけた。

「今回の一連の事件には、人が化け物になるなんていう現象が絡んでるということを言う人間もいます。沖芝管理官に確認したんですが、彼女はそういう化け物化している人間を警察が排除していることを否定しませんでした。分かってきたと仰るなら、いっそ朝霧調査員が知ってることを全部教えてもらえませんかね?」

 その背後からかけられた切羽詰まった声に、朝霧は肩をすぼめた。

「前も言ったでしょ?僕ちゃんにはそんな権限はないのよ。聞くなら、室長にしてくんない?」

 やはりそうくるかと思った。だがこの男、見た目通りの軽薄な男じゃない。職務には忠実で、かつ、目線もしっかりしている。そんな風に浦安が少し評価を上げた朝霧は、まず一階の廊下をぐるっと見て回り、そして二階に上がると、同じように各部屋の前を一周した。そして弓削ゆげに与えられた部屋の奥に3階へ登る梯子階段を見つけ、そこを上がる。その間、住人たちには一人も顔を合わさなかった。ここの住人は毎晩遅くまで飲んだくれている。入り口は警官に見張られ自由に出入り出来ないはずなので、おそらく今頃はまだ部屋で寝ているのだろう。まあ女性陣のほとんどは弓削と一緒に寺に泊まったようだが。

 3階というには天井が低く、床の羽目板のラインも剥き出しになっている。屋根裏部屋と言った方がしっくりくる、そんな部屋に圧迫感を感じながら中へ進むと、ちょうど真ん中が四角く上方に抜けていて、そこに真っ黒な釣り鐘が吊り下げられている。外から見ると洋館風のノワールに不釣り合いなこの寺の鐘楼のような場所を、朝霧は忌々しそうに見上げた。

「あの模様見える?あれってさあ、セフィロトの門にもあるんだよね」

 朝霧は釣り鐘の横を指差す。そこには八つの丸が一つの丸を囲む紋様があり、浦安はそれを見て既視感に囚われた。あの紋様は確か…そうだ、聖蓮せいれん女子高校の建物にも記されていた。校長に訪ねた時、彼女は確か、理事長の家の家紋で、九曜紋くようもんと言っていた。聖蓮女子、セフィロト、そしてこのノワール…なぜ何の関連もないような三つの場所に同じ家紋があるのか?

 浦安がそんな疑問を口にする間もなく、朝霧はこの部屋に置かれている雑多な品々を見て回り始めた。前の住人が置いて行ったのか、家具やら古本やら、一見して何に使うか分からないガラクタまで、壁に沿って所狭しと放置されている。その中に一際大きな年代物の桐箪笥があり、朝霧はその扉を開けた。中には色とりどりの、アニメに出てきそうな衣装やナース服、警官の制服まで、横に渡されたポールに吊られている。

「ああ、これはあれですな、住人の中にコスプレが趣味の女の子がいまして、その子が部屋に置けないからここにかけてるんでしょう」

 朝霧はまるで自分が着る衣装を選ぶように一つ一つをかき分けながら物色していたが、やがて一着のシャツを取り出した。紺地に白いスプレーで雑な網を描いたような、男物の長袖のシャツだ。

「お、まさか、それを着られるんですかな?」

 浦安の冷やかすような言葉を無視し、朝霧はそのシャツの匂いをクンクンと嗅ぐ。そして何かを見つけ、その部分を浦安に示した。

「見て?ここ」

 見ると、そこには赤黒いシミが付いている。匂いを嗅がなくても分かる。これは、血の跡だ。

「これさあ、鑑識にかけてみてよ」
「え?それはどういう…」
「前に言ったでしょ?第一の事件現場付近で怪しい男の目撃証言があったって。その男の着ていた服、オンブレチェックって柄のシャツを着ていたそうなんだけど、このシャツの柄がそのオンブレチェック」

 浦安の全身の毛が粟立った。もしこのシャツに付いている血が首無し事件の第四の被害者、佐倉心晴さくらこはるの物であったなら、犯人はここの住人である可能性がぐんと高まる。問題はこれが誰の服なのか、だ。朝霧は箪笥の中を見回し、ジップロック付きのビニール袋に入っている金髪のウイッグを手に取ると、中のウイッグを取り出し、残ったビニール袋の中にシャツをたたんで収めた。そしてそれを浦安に渡す。

「一度、住人に確認を取りましょう。ひょっとしたら今住んでいる人間の物という証言が取れるかもしれません」

 浦安がそう言って下へ降りる階段へ向かうと、朝霧もそれに続いた。急いで一階まで降り、まずはダイニングルームに入る。青井あおいはキッチンに立ち、何やら大きな鍋で煮物を煮込んでいた。朝霧がコの字型のソファのど真ん中に座る。

「ねえねえ、コーヒーとか出せない?」

 青井は無遠慮な朝霧の言葉に振り返り、

「あるっすよ、ちょっと待って下さい」

 と言うと、浦安の手にあるシャツに気づき、その視線を固定させた。

「ん?青井君、このシャツに見覚えがあるのかい?」

 浦安が青井に柄の部分が見えやすいようにビニールに入ったシャツを向けると、青井は浦安に意味有りげな視線を向け、ゆっくりと頷いた。浦安の眉が大きく上がる。

「誰のシャツなんだ?教えてくれ」
「それは…すぐるさんのです」

 青井はやや躊躇しつつも、きっぱりとそう言った。浦安と朝霧の目線が交錯する。

「コーヒーは後でいいや。そのスグルってやつを呼んできてくれる?」

 朝霧の要望に、青井が戸惑った視線を浦安に向ける。浦安は彼にゆっくりと頷いた。それを確認してキッチンに向き、鍋をかけていたガスの火を止めると、朝霧と浦安の後ろを通ってダイニングを出る。彼に呼ばれて四條畷しじょうなわて傑がここへやって来ると、いよいよ重要人物として聴取することになるわけだ。

「まこっちゃんも立ってないで座りなよ」

 朝霧がそう声をかけてくれるも彼はコの字型に置かれたソファのど真ん中からズレようとしないので、浦安はキッチン側に回り込んでそちらに座り、持っていたシャツをテーブルの上に置いた。このシャツは四條畷を尋問する際に重要なアイテムとなるだろう。鑑定していないのでまだ物的証拠とは言えず、四條畷を被疑者とするにはまだ時期尚早だが、浦安とて一刻も早く事件の真相に辿り着きたい。朝霧の聴取の手際を見守ることにし、自分はその記録をしようとスラックスのポケットから手帳を出した。

 やがて、青井に連れられ、四條畷がダイニングルームに顔を出す。きのうと同じ、青磁色の作務衣を着ている。寝起きなのかそれが通常モードなのか、肩まで伸ばした油気のない髪は相変わらず鳥の巣のようにボサボサだ。四條畷は朝霧の姿を見て眉根を寄せ、入り口に立ち尽くす。朝霧がにっこりとしながら入り口側のソファに手を向けると、四條畷はそこに大人しく座った。浦安の側から見ると、ホストと浮浪者が並んだような、アンバランスな取り合わせだ。青井はキッチンに回り、コーヒーメーカーにコーヒー粉をセットする。落ち着きのない四條畷の目は、やがてテーブルの上のシャツを捉えた。

「これ、あなたの物に間違いありませんか?」

 朝霧がテーブル上のシャツを四條畷の目の前にすべらせる。浦安は朝霧のストレートさに杞憂した。ここはもう少し遊びをもたせるべきだろうと。四條畷は目の前に置かれたシャツを、難しい顔でじっと見た。何をどう言おうか考えているといったように視線が微妙に揺れている。そしてしばしの沈黙の後、こちらに挑むような表情で顔を上げる。

「こういう柄のシャツは持っていた」

 それを聞いた朝霧は二度首肯し、シャツをまた浦安の側へと寄せた。こちらを向いた時、その口元は緩んでいた。

「持っていた、ということは、今は無い、ということです?」
「ああ、いつの間にか紛失した。これはどこにあった?」
「3階の、箪笥の中にありましたよ?」
「上の箪笥の中に?」

 四條畷の表情が曇る。浦安はその彼の表情を見て、ほら見ろ杞憂が当たった、と思った。このシャツは四條畷の部屋で見つけた物ではない。そこに、四條畷にとっての逃げ道がある。さて、この状況をどう打開していくのか?きのう会話した感じでは、四條畷はかなりの論客だ。お手並み拝見とばかりに、浦安は朝霧の公務員らしくない銀メッシュの後ろ髪を眺めた。
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