【完結】メゾン漆黒〜この町の鐘が鳴る時、誰かが死ぬ。

大杉巨樹

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第7章 因果

9 町長たちとの会合

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 車のフロントガラスから見える景色では、渡っていく風に一面の稲穂が波のように揺れていた。稲の青みも増し、夏が深まっていく。ニュースでは毎年のように猛暑を告げているが、今年の夏は特に暑い気がする。狂ったように鳴く蝉しぐれにもそれは感じられたが、その狂い鳴く声は長い刑事生活の中で初めて出くわした異常な事件が起こす心象風景の中に深く刻まれていた。

 浦安うらやす橋爪はしづめと別れ、車で西へ下りて禍津町まがつちょうの中程に位置する久遠寺くおんじに向かっていた。橋爪との話を終えて次に取った行動は弓削ゆげ班の番場ばんばに電話することだったのだが、番場もちょうど浦安と連絡を取ろうとしていたようで、久遠寺で落ち合うとこになったのだった。久遠寺には弓削がきのうから入っており、後で弓削とも合流しようと思っていたので浦安にとっては一石二鳥の形となった。

 番場には酒井田さかいだと共に50年前に禍津町の南西部の集落で起きたという、謎の発光現象とその後に政府が取った行動について調べてもらっていた。奇しくも今朝、四條畷しじょうなわてからもその現象についての考察を聞いたところだ。四條畷はずっと、その発光現象の痕跡を探そうと周囲の山々に訪ねていたと言う。そしてそれが、今回起こっている妖化あやかしか現象の原因を解く手掛かりになるのだと。

 番場はまず、当時を知る町のお年寄りから話を聞いて回っていたようだ。そして話を聞いたお年寄りたちは話が核心に迫ろうとするとこぞって町長のところに行けと言ってきたらしい。現町長は前町長の息子だそうで、町のそういった事情は父親から引き継いでいるはずだ、そして町長の許可を得ないとこれ以上詳しい話はできない、と。番場はこの町に子どもの頃から住んでおり、知り合いのツテを辿って町長と連絡を取ってくれた。そしてその町長が指定した会合の場が、今向かっている久遠寺というわけだ。

 ノワール下の宇根野うねの駅から南西方向に十分ほど進むと、目的の久遠寺に到着した。見覚えのある道だと思ったら、髙瀬たかせの爆破した工場と近接していたことにまず驚いた。寺門をくぐる前に工場へと目を走らせると、今日が土曜にも関わらず、フォークリフトで荷を移動させる工員の姿と、入り口で警備している制服警官の姿が確認できた。警官はおそらくK署の誰かだろう、向こうもこちらをじっと見ているのが遠目でも分かり、顔を逸らして門を潜った。

 寺の門構えは田舎の寺にしては立派なもので、門柱には縦長の分厚いひのきに「日蓮宗 星宮久遠寺」と達筆な毛筆の字体で彫られていた。左に折れて駐車スペースに車を停める。十台ほどの車を停められるスペースにはベンツと軽トラというアンバランスな取り合わせの二台が並んでいる他、シルバーのセダンが一台停まっていた。寺の敷地は中々広く、背後の墓地を眺めながら北側、すなわち工場側の本殿に向いて歩くと、境内のど真ん中でやぐらのように木材を組み合わせる作業をしている数人の作務衣姿が目に入る。寺のお坊さんだろうか、その作務衣を見て数刻前に銃殺された四條畷の無惨な姿が思い浮かぶ。首を振ってその光景を打ち消していると、作業している中にいた長い黒髪の女性が近づいてきた。

「浦安さんですね?」

 歩きながらそう訪ねてきた女性は、このクソ暑い中を黒い長袖のロングワンピースを着込んでいる。立ち止まった浦安の前まで来ると、いつぞやは、と言って頭を下げた。浦安の頭にクエスチョンマークが灯る。はて、どこかで会っただろうかとマジマジと顔を見ると、確かに見覚えがある。面長の顔立ちには汗一つ無く、その相貌は眉目秀麗とはこういった顔なのだと思えるほど整っていた。H県には全国的に有名な歌劇団があるが、その男役のトップスターにでもなれそうだ。浦安は戸惑いながら、スラックスから取り出したハンカチで額に浮き出てきた汗を拭った。

「申し訳ありません、どこかでお目にかかったことが?」
「一度、バーku-onで弓削さんと一緒におられるところをお目にかかりました」

 え、と頭を引き、もう一度女性の顔を見る。そして女性の被っている黒いクロッシェ帽で思い当たった。

「あ!ひょっとして、あの時おられた占い師の?」

 そう、弓削とこの町のバーに行ったのは一回きりで、確かあの時全身真っ黒の女性がカウンターにいた。だがその女性は顔をチュールで隠していたので分からなかったのだ。ではこの既視感はどこから来るのだろう?その浦安の疑問は女性が名乗ったことで解消される。女性はよく見ないと分からないほどの微笑を称え、もう一度丁寧に頭を下げた。

五月山さつきやま天冥てんめいと申します。今日はご足労いただき、ありがとうございます」

 その名を聞き、もう一度あっと声を出す。そうだ、弓削がスマホで撮ったというセフィロト代表の写真だ。顔を上げた天冥に静やかに見据えられ、自分の狼狽ぶりに気恥ずかしくなる。

「やあ、申し訳ない。K署の浦安です。いやあ、あなたが…」

 弓削が見惚れていたことに納得がいった。天冥は本殿の西を指差し、

「話はみんなが揃ってから」

 と浦安の言葉を遮って先導した。どうやらこれからの会合に天冥も参加するらしい。本殿の前を通った時、その中央の屋根下に、九曜紋くようもんを見た。まさに数時間前、ノワールの鐘の下で朝霧あさぎりがあの紋をわざわざ指差していたのだ。この町の各所にあるあの紋には何か意味があるのだろうか、前を歩く天冥に聞こうかと思ったが、足早に歩く彼女の背中が話は後にして早く来いと語っているようで、一旦そのことは胸にしまった。

 本殿の西隣りに住居となる平屋があり、天冥はそこの玄関を上がると来客用のスリッパを一組、上りかまちに置いてくれた。勝手知ったる我が家という感じだ。浦安がスリッパを履くのを見届けると、自分はスリッパを履かずにそのまま廊下を進み、ダイニングキッチンへと導いた。玄関が絢爛に飾られていたのに比べ、ダイニングはちょっと広めの戸建てにありがちな感じで、簡素な木のテーブルが真ん中に置かれている。その一辺に、すでに番場が所在なさげに座っていた。浦安が入ってくるのを見ると、お疲れ様ですと立ち上がって挨拶をし、また肩をすぼめて小さく座る。天冥が冷蔵庫から冷たい麦茶を出し、すでに出されていた番場の隣りに置いた。

「じゃあ、住職を呼んできます。全員で五人になりますので、ちょっと狭いですがお二人は並んで座って下さい」

 天冥は涼やかにそう言うとまた部屋を出て行った。番場が気を利かせて自分の椅子を端に引き、その隣りに用意されていた椅子に腰を下ろす。

「あれ?酒井田さかいだは?」
「ああ、彼女は今日はK市の図書館で調べものをしてくれております」

 番場は年がいって奥まった目をしょぼつかせて答えた。彼女なりに何か思いつくことがあったのだろうか?基本警察官は最低二人単位で動くことになっており、別行動の酒井田に少し不信が湧く。彼女は番場とのバディを嫌がっていた。どこぞでサボっていなければいいのだが…普段から奔放な酒井田の評価は、浦安の中では低かった。

 麦茶で口を潤し、番場からここまでの捜査のあらましを聞いていると、ほどなくして法衣姿の住職と思しき福々しい男と、それに続いて黒いスーツ姿の壮年の男が入ってきた。最後に天冥が入り、冷蔵庫に向かう。

「いやあ、すんませんな、こんな狭い所で。本来なら本殿の客間にお通しするんですが、生憎今、すす払いの真っ最中でしてな、向こうは足の踏み場も無い状態なんですわ」

 住職はよく通る声で快活にそう言うと、浦安たちの向かい側に立つ。続いてスーツの男がその右手に立った。浦安たちも立ち上がる。

「住職の遵奉じゅんぽうと申します。町長とお話をされたいんでしょうが、わしもその話に深く関わってましてな、天冥ちゃんと一緒に同席させてもらいます」
「禍津町の町長をしております、栗原くりはらです」

 町長がスーツの内ポケットから名刺を出し、浦安も慌ててかろうじてスラックスの後ろポケットに入っていた名刺入れから名刺を三枚出し、住職、町長と渡し、最後の一枚を麦茶を運んできた天冥に渡した。

「わしも名刺を渡した方がよろしいかな?」

 遵奉の言葉に大丈夫ですと手を振ると、彼はワハハと豪快に笑い、突き出た腹を窮屈そうに腰を下ろした。それに合わせて一同が座る。改めて対峙して見ると、住職は紫の正装に肩から黒い袈裟を重ね、なかなか荘厳な佇まいだ。町長の方も礼服のジャケットにしっかりと身を包み、黒いネクタイを締めている。浦安の視線に気づき、住職がまず口を開いた。

「隣りの工場の爆発で亡くなった方に檀家さんがおられましてな、これから町長と一緒に通夜に行き、明日は葬式ですわ。ちと忙しないかとも思いましたが、その前にこちらに寄っていただいたんです」
「それは…何と言っていいか…」

 この場合、ご愁傷さまではないなと思い、自分の軽装に居心地の悪さを感じながら、その後に続く言葉を口ごもった。住職が肉厚の手を振り、言葉を次ぐ。

「本当に、痛ましい事件が立て続けに起こりますなあ。で、今日はそのことで何か昔のことをお聞きになりたいとか。番場さんには駐在ん時からお世話になってますからな、わしらに答えられることなら協力させてもらいます」

 どうやらこの場の主導権は住職にあるようだ。番場は両手を膝に乗せ、浦安より少し下がってこじんまりと座っていたが、住職から名前を出してもらい、狭い肩を一層すぼめた。町長はというと話の進行を住職に任し、適度な相槌を打ちながら、えらの張った四角い顔から細い目を浦安に向けて場の流れに従っている。40代半ばといったところだろうか、浦安よりは若そうだが、挨拶した時に受けた人の良さそうな印象からは、権力指向な感じは受けなかった。何から聞けばと考えを巡らせていると、ふと、浦安の頭に先程見た九曜紋が浮かぶ。

「こちらのお寺には九曜紋という家紋が記されていますね。私がこの町で見てきた感じ、事件のあった鮫島さめじまの家や、聖蓮せいれん女子高校、それに丘の上のシェアハウスの鐘にも同じ家紋を目にしました。偶然にしては事件の起こった場所にあり過ぎな感じがするんですが、何か共通した由来があるんですか?」

 浦安の質問に、遵奉が、おお、と声を出す。そして見開かれた目に、喜色が入っていた。
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