【完結】メゾン漆黒〜この町の鐘が鳴る時、誰かが死ぬ。

大杉巨樹

文字の大きさ
91 / 144
第7章 因果

10 将門と妙見信仰

しおりを挟む
 遵奉じゅんぽう住職は両脇を振って袈裟の袖をパンと打ち鳴らし、これから説法でも始めようとするように居住まいを正した。ダイニングの温度はガンガンに効かせたクーラーで薄着の浦安うらやすには寒いくらいだったが、遵奉の油の乗った顔には玉汗が浮いていた。

 「それこそまさに、今日聞いていただきたい内容に絡んでいることなんですわ。九曜紋くようもんの由来は知ってられますかな?」

 真ん中の丸を八つの丸で囲んでいる、シンプルといえば言えなくもないその模様を、浦安はほとんど意識したことなく、浦安は眉を八の字にして首を振った。家紋といえば水戸黄門の印籠に記された葵の御紋、五百円玉に記された菊の紋くらいしかすぐに浮かばない。由来となるとさっぱりだ。遵奉は仏様のように目を細め、ゆっくりと頷く。

「九曜紋は戦国時代以降、多くの藩主の家紋とされてますけどな、元々平安時代などでは厄除けの文様として重宝されとりました。由来は古来インドの占星術なんですが、真ん中の丸が太陽で、その周囲を月、火、水、木、金、土の惑星に羅喉らご計都けいとの二つの惑星を加えた八つの星が回っている様子を表してます。羅喉や計都はインド神話に登場する、まあ架空の星ですわな。それぞれの星は実は九人の神さんを表すんですが、そこまで話すとくどなりますし時間も無いことですから端折りますわな。うちの寺では九面観音くめんかんのんいうて、この紋にちなんだ頭に八つ顔のついた冠を乗せた観音様を祀ってますから、お時間あったらまあ覗いて行って下さい」

 そこまで話し、住職は麦茶で口を潤す。端折ってくれてはいるらしいが、どうやら長い話になりそうだ。浦安も麦茶を取ると、それに合わせたように栗原くりはら町長や番場ばんばも麦茶で一息ついた。天冥てんめいはまるで存在を消したかのように静かに座っている。

「さて、ご指摘のなぜこの町にその九曜紋が多く記されているかちゅうことですけど、まずどこに記されているかちゅうと、仰るようにこの久遠寺くおんじ聖蓮せいれん女子高校とそれに…さっき鮫島さめじまさんの家と言われましたけど鮫島さんは当時、七星妙見ななほしみょうけんの宮司をしてらしたんでその七星妙見の方が主体ですわな、さらに、それに加えてセフィロトの門、みなもとの鳥居、ノワールの鐘といったとこにも記されてますなあ。それとあと一つ、ちょっと禍津町まがつちょうから外れますけど、鷹田たかだ神社にもこの印が刻まれてます」
「え、鷹田神社にもですか?」

 浦安は思わず口を挟んだ。鷹田神社とは禍津町の南端の源の鳥居駅からさらに南へ三つ隣りの駅にある神社で、駅名にもなっている。そこはK市の北側に位置し、清和源氏せいわげんじ発祥の地としてK市の観光スポットの一つにもなっている。遵奉住職は意外の意を表した浦安の側にずいっと上体を寄せた。

「そう。鷹田にもあります。いや、そこがそもそもの始まりの地なんです。鷹田神社は源氏発祥の地とされているのは知っておられますかな?」

 浦安は今度はしっかりと頷いた。K市の人間ならほとんど知っているはずだ。遵奉はそれににっこりと微笑む。

「清和源氏の開祖とされる源満仲みなもとのみつなか公は厚い妙見信仰の信者でした。ここで妙見信仰の説明を簡単にさせてまらいますと、これもインド発祥なんですが、北極星と北斗七星を妙見菩薩として拝む宗教なんですな。日本では八代さがみ神社、相馬そうま妙見と並んでこの町からすぐ北東に位置する妙見山みょうけんさんの山上にある能勢のせ妙見が三大妙見神社とされてます。満仲公がこの地に妙見信仰を持ち込み、それが代々引き継がれてるんですな。妙見菩薩は軍神でもありますからな、戦に勝つためのご利益を期待するところもあったんでしょう。ですけどな、もっと裏に、満仲公が妙見菩薩に頼った理由があったんです」
 
 そこまで話した遵奉の目に強い光が宿る。町長が唾を飲み込む音が聞こえた。いよいよ重要なことが語られそうな雰囲気に、浦安も息を飲む。

「満仲公は、将門まさかどの祟りを恐れていたんです。平将門、知っておられますわな?」

 浦安は一応頷いたが、意外なところに話が及び、眉は大きく上がっていた。

「えーと、確か…平安時代に東の国で乱を起こした、あの平将門ですよね?」
「そう、その将門です。その乱に破れて怨霊化して、日本三大怨霊の一人にも数えられてますな。そして乱を制圧する側に、源氏の祖となる家も付いていたんです。将門はその後怨霊化し、敵対していた家々に数々の不幸が訪れました。それを恐れ、満仲公はこの地で結界を張ったんですな。元々妙見菩薩は将門が厚く信奉していた神さんでした。満仲公はそれを引き継ぎ、将門の怨念が及ばないようにしたんです。レイライン、という言葉はご存知ですかな?」

 浦安は迷うことなく首を振った。きっと霊的なことにまつわる言葉なのだろう。全くそこに傾倒していない意味も込めて、話を全て遵奉に委ねた。

「古来から人々は厄除けや発展の願いを込めて神殿や政治的に意味のある建物をシンボリックな配置にしてきました。日本ではその指導を主に陰陽師が担ってきたわけなんですが、そうですな、例えば…出雲大社から富士山を経由して玉前たまさき神社に至る一直線のラインは御来光の道などと呼ばれる有名なレイラインですわな。奈良・平安時代には伊勢神宮から平城京や平安京を中心にする五芒星のレイラインが引かれてとりました。新しいところでは鹿島かしま神宮から明治神宮を経由して富士山に至るラインの中にスカイツリーが入るように建設したりと、わりと最近でも施政者がそのレイラインを意識したりしとるわけです」

 都市伝説フリークが好みそうな話題だ。浦安はなぜこんな話になったのかと、薄れかけている話の起点を思い出そうとした。だが目の前のふくよかな住職の次の言葉で衝撃を受けることになる。

「さて、なぜこの町に九曜紋が多くあるかっちゅう話でしたが、さっき挙げた七つの九曜紋の場所を線で結んでみて下さい」

 突然聞かれ、頭の中に地図を出す。確か起点が鷹田神社で、西に聖蓮女子、そこから北に七星妙見があり、その東に源の鳥居、この久遠寺はその北東で、ノワールの鐘はそこからさらに北東の位置、セフィロトはノワールから北西の位置だ。一つひとつを線で結んでいったとき、浦安の頭に電流が走った。今まで繋がっていなかった脳の細胞がシナプスで繋がるように、浦安の思考が活性化する。

「もしかして、北斗七星…?」

 遵奉が二重顎を首元に押し付け、満足そうに頷く。

「そう、北斗七星。そしてそこから北極星があるべき位置に、能勢妙見があるわけです。すなわち、これぞ満仲公がこの地に引いたレイライン。将門の怨念から逃れるための策だったのです」

 鳥肌が立ったのはクーラーの設定温度が低すぎるからではない。何か得体の知れない物が、千年の時を超えて降り掛かってきたような気がした。完全に気圧されてしまった中、遵奉が話を続ける。

「源の鳥居駅の東側には元々神社があったんですが、山の地すべりに遭って潰れてしまい、わしの生まれた頃にはすでに鳥居だけになってました。それからは能勢妙見にお参りする信者さんたちに、まず初めに潜る一の鳥居として意識されるようになっとります。そしてな、潰れた神社はそれだけではありません。今のセフィロトのある場所にあった神社は戦災で焼かれ、町の南西部にあった神社は一珠ひとたまダムの底に沈んでしまいました。聖蓮女子とセフィロトが九曜紋を引き継いでくれ、何とかかんとか北斗七星の形を維持しておるわけなんです」

 いきなり、浦安は顔をライトに当てられた気がした。

「それだ!」

 浦安がテーブルに手を付いて急に立ち、遵奉に上体を近づけたので、遵奉はその風圧に椅子ごと後ろに引いた。浦安は自分だけ場に浮いてしまったのを感じ、腰を沈めて息を整える。

「あ、失礼。そのダムに沈んだという地域について詳しく聞きたくて、今日は寄せてもらったんです。こちらの番場刑事から聞いた話では50年前に鬼墓山で発光現象があり、それから何やら奇病がこの町の南西部で流行ったとか。そしてそこに政府が介入し、集落ごとダムのある紫明湖しみょうこの底に沈められたんですよね?一体その時、何があったんです?」

 番場をチラッと見ると、元々小さい身体を縮こませて座っていたのに、さらに首をすぼめ、町長や住職に向けて申し訳無さそうに眉の端を下げていた。住職はふうっと大きく息を吐き、麦茶をゴクゴク飲むと、右の町長に向き、

「ちょっと喋り疲れましたわ。その話はけんちゃんに継いでもろてもええかな?」

 と、法衣の袖下からハンカチと手ぬぐいの中間くらいの大きさの布を出し、顔の汗をしきりに拭きながら言った。栗原町長の名刺には名前が謙一けんいちとなっていた。番場刑事も遵奉住職も栗原町長も、きっと長年この町に住んでいるのだろう。近親のような気安さが伺えた。町長は弱々しく首肯すると、浦安の方に向く。その目は不安に揺らいでいた。

「番場さんから50年前に何があったのかと尋ねられ、私が町長に選ばれた時に、これは親父から緘口令かんこうれいが敷かれていることだからと前置きされて教えられた内容だったので話すことをためらったんですが、一方でここ最近の警察の動向もどうも腑に落ちない。さらには公民館をお貸ししている公安調査庁から来られた方々の動きも今一何をやっているのか分からない。そんな中での工場爆発でしょ、事態は悪くなる一方だ。それで住職に相談し、今日お話させていただくことにしました。なので、これから話すことは浦安さんの頭にだけ留めていただきたい」

 分かりました、と首肯し、息を飲む。栗原も小刻みに二度頷き、話し始めた。

「50年前、村人たちの間に、殺し合いがあったんです」

 その第一声に、浦安は肝の底を氷で撫でられたような気がした。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

視える僕らのシェアハウス

橘しづき
ホラー
 安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。    電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。    ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。 『月乃庭 管理人 竜崎奏多』      不思議なルームシェアが、始まる。

百の話を語り終えたなら

コテット
ホラー
「百の怪談を語り終えると、なにが起こるか——ご存じですか?」 これは、ある町に住む“記録係”が集め続けた百の怪談をめぐる物語。 誰もが語りたがらない話。語った者が姿を消した話。語られていないはずの話。 日常の隙間に、確かに存在した恐怖が静かに記録されていく。 そして百話目の夜、最後の“語り手”の正体が暴かれるとき—— あなたは、もう後戻りできない。 ■1話完結の百物語形式 ■じわじわ滲む怪異と、ラストで背筋が凍るオチ ■後半から“語られていない怪談”が増えはじめる違和感 最後の一話を読んだとき、

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/14:『さむいしゃわー』の章を追加。2025/12/21の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/13:『ものおと』の章を追加。2025/12/20の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/12:『つえ』の章を追加。2025/12/19の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/11:『にく』の章を追加。2025/12/18の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/10:『うでどけい』の章を追加。2025/12/17の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/9:『ひかるかお』の章を追加。2025/12/16の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/8:『そうちょう』の章を追加。2025/12/15の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/7:『どろのあしあと』の章を追加。2025/12/14の朝8時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

終焉列島:ゾンビに沈む国

ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。 最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。 会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。

【完結】『80年を超越した恋~令和の世で再会した元特攻隊員の自衛官と元女子挺身隊の祖母を持つ女の子のシンクロニシティラブストーリー』

M‐赤井翼
現代文学
赤井です。今回は「恋愛小説」です(笑)。 舞台は令和7年と昭和20年の陸軍航空隊の特攻部隊の宿舎「赤糸旅館」です。 80年の時を経て2つの恋愛を描いていきます。 「特攻隊」という「難しい題材」を扱いますので、かなり真面目に資料集めをして制作しました。 「第20振武隊」という実在する部隊が出てきますが、基本的に事実に基づいた背景を活かした「フィクション」作品と思ってお読みください。 日本を護ってくれた「先人」に尊敬の念をもって書きましたので、ほとんどおふざけは有りません。 過去、一番真面目に書いた作品となりました。 ラストは結構ややこしいので前半からの「フラグ」を拾いながら読んでいただくと楽しんでもらえると思います。 全39チャプターですので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。 それでは「よろひこー」! (⋈◍>◡<◍)。✧💖 追伸 まあ、堅苦しく読んで下さいとは言いませんがいつもと違って、ちょっと気持ちを引き締めて読んでもらいたいです。合掌。 (。-人-。)

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

処理中です...