【完結】メゾン漆黒〜この町の鐘が鳴る時、誰かが死ぬ。

大杉巨樹

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最終章 決戦

case 10

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 昭和47年9月23日

 僕は引きこもりだった。引きこもり症候群という言葉がいつから流行ったのかは分からない。僕の子どもの頃はそんな言葉はなかった。だから当時、周りの大人たちから見れば僕は不登校児童という扱いだった。

 僕が不登校になったのは、小学二年生の時の体験がきっかけだった。僕は人一倍怖がりで、体育の授業でドッジボールをやった時なんかはボールから必死に逃げ回っていた。その怖がり具合は半端じゃなくて、それが周りの子からすれば面白かったんだと思う。僕は休み時間にも運動場に連れ出され、ちょっと運動神経のいい男の子たちのボール投げの的にされた。ボールも怖かったけど、僕はそんな男の子たちの僕を狙う目が怖かった。まるで草食動物を狩る肉食獣のように、唾液を口いっぱいにためながら、喜々とした残忍な目で僕にボールを叩きつける。何度も何度も何度も。僕は学校に行くのが怖くなり、不登校になったんだ。そして引きこもりになった。人間自体がもう怖くて怖くて仕方なくなったんだ。

 日本は高度経済成長期真っ只中で、少しでもいい会社に就職することが望まれた時代だった。複雑化した経済に乗り遅れないよう、詰め込み教育が推し進められた。ちゃんと学校に行っていたとしても、僕には付いて行けなかったと思う。これは後に自己判定したことなのだけど、僕には発達障害があったと思う。でも当時はまだそういった障害に対する世の中の意識は低く、うちの両親もそれを恥ずかしいと思う人たちだった。欠席日数が50日以上になれば不登校と判定され、そうはならないように何とか学校に行かせようとした。僕は無理に学校に行くと熱を出すようになり、それでも親は学校に行かせたけど、先生が熱のある時は学校に来させないよう母親を注意してくれた。それで、両親は僕のことを諦めたようだった。

 僕には兄と姉が一人ずついる。二人とも僕なんかよりずっと優秀で、両親も二人には期待していた。僕は空気のような存在で、僕の家はまるで四人家族のようだった。兄も姉も相当な漫画好きで、親も相当数の漫画を彼らに買い与えていた。ちなみに学校に行かない僕にはお小遣いはもらえなかった。なので昼間は兄と姉の漫画をこっそり読み漁るようになった。それだけが僕の楽しみだった。でもやがてそれがバレ、兄も姉も僕のことを気持ち悪がると、親たちもついに僕を手放すことにした。たぶん世間体も悪かったんだと思う、田舎の祖母の家に僕を預けたんだ。

 僕の祖母は僕に優しかった。漫画も買ってくれたし、僕の好きなようにさせてくれた。祖母が住んでいたのはH県の禍津町まがつちょうという周りが田んぼばっかりの田舎だったけど、僕はそこで生まれて始めて伸び伸びと暮らすことができた。祖母はいつものんびりニコニコした人で、僕が来るまでは一人暮らしだった。祖父は僕が幼い頃に病気で亡くなっていた。基本的に祖母は僕のやることに口を出さなかったけど、一度だけ、将来何になりたいかと聞かれたことがある。僕は漫画家と迷わず答えた。別に深い考えがあったからじゃない。それしか頭に浮かばなかった。でも祖母は、僕に漫画を描く道具を一式買い与えてくれた。それから僕は漫画を読むだけじゃなく、好きな漫画をGペンでなぞる楽しみを覚えた。そしてだんだんそれが楽しくなり、街の画材屋まで出掛けてスクリーントーンを買ってきてそれを背景なんかに張って削り、漫画を完コピするまでになった。僕はいつしか、僕自身が作ったオリジナルの漫画も描きたいと思うようになっていった。

 僕は禍津町でずっと祖母と二人暮らしをしていた。でも正確に言うと、僕の部屋にはもう一人住人がいた。それは、僕が禍津町に越して来た初日の夜だった。僕は訳の分からない田舎に追いやられ、これからどうしたらいいか分からずに部屋に一人になるとずっとシクシク泣いていた。

「お腹すいたあ」

 背後から声がしてギョッとして振り向くと、押入れの中に幼い女の子が座っていた。当時僕は小学三年生で、女の子は僕より三つくらい年下に見えた。おかっぱ頭で、昔の着物を着ていた。恐る恐る祖母からもらったおやつをやると、女の子はにっこり笑い、パクパクと食べた。可愛かった。それから、その女の子と僕の部屋での奇妙な共同生活が始まったんだ。

 女の子は祖母には見えなかった。たぶん、他の誰にも。僕は彼女のことを座敷わらしかなんかなんだと思った。僕にしか見えない妖怪。でも怖い存在じゃない。僕は彼女との暮らしが楽しかった。祖母には分からないように、僕の食事やおやつを彼女のためにこっそり取っておき、部屋で与えてやった。彼女はそれを嬉しそうに食べた。別に食べなくても死なないようだったけど、彼女はいつもお腹をすかせていた。初めはコソコソと自分の食事を隠して部屋に持っていってたけど、やがてそれが祖母にバレ、祖母は女の子用に一膳余分に用意してくれるようになった。

「きっとシュンちゃんの部屋にはシュンちゃんを守ってくれる神さんがいるんだねえ」

 祖母はそんなふうに言って毎日漆塗りの仏膳一式を用意してくれたけど、きっと僕が一日四食食べていると思ってたんじゃないかな。僕はそんな祖母に申し訳なくて、日中は畑仕事を手伝うようになった。そして暗くなると部屋に籠もって漫画を描いた。街にいる時よりもずっと健康的な暮らしになった。女の子のことは見えたり見えなかったり、それも僕の部屋の中でしか見えなかったけど、僕は妹ができたようで彼女との生活を楽しんだ。本当は彼女は何歳かは分からなかったけど。その頃学校の校舎の三番目のトイレでおかっぱ頭の女の子がいたずらをするという都市伝説があって、僕は彼女がそれをしているのだと思った。そのトイレの女の子は花子さんと呼ばれていて、僕も彼女のことを花子と呼ぶようになった。



 そんな生活が何年も続き、やがて僕は大人になっていた。だけど花子はずっと小さな女の子のままだった。そして、祖母と花子との平和な日々も終わりが近づいていた。秋分の日だった。花子が珍しく外に行こうと誘う。そんなことは初めてのことだったので、僕はすぐにいいよと言った。頭を垂れた稲穂がオレンジに染まる夕暮れ時だった。僕たちは手を繋ぎ、祖母の家から北に位置する鬼墓山きぼさんに登った。中腹にある七星妙見ななほしみょうけんに着いた頃にはもうすっかり暗くなっていた。懐中電灯を持っていなかったけど、花子が身体を光らせて道を照らしてくれた。花子はランランと歌を口ずさみ、とても楽しそうだった。僕も花子の楽しそうな姿を見て嬉しくなった。神社の上に周囲を一望出来る小高い丘があり、辺り一面に生えた彼岸花が月明かりを受けて赤く揺らぎ、血の海が広がっているようで少し薄気味悪かった。

「見て!綺麗」

 花子が声を上げた先を見ると、満点の星空を幾筋もの虹色の光が渡っていた。確かに綺麗だった。僕は次から次から降ってくる虹色の流れ星を夢中で眺め、ほうっと感嘆のため息をついた。虹色の光の帯は数分間続いた。そしてまるで打ち上げ花火が打ち止めを知らせるように、一際大きな光の塊が近くの尾根に落ちてドーンと地面を揺らし、僕はびっくりして尻もちをついた。そして僕は隣りにいたはずの花子がいないことに気づいた。何度も何度も名前を呼び周りを探したけど見つからなかった。僕は先に帰ったのかなと思って真っ暗な山道を泣きそうになりながら降りた。でも家に帰っても、花子の姿はなかった。それから、花子が僕の前に現れることはなかった。

 その虹色の光が降ってきてから、祖母の住む集落で奇妙な病いが流行った。皆目から血を流し、その症状が出た者は気性が荒くなる。そしてついに、違う集落の者たちとの間で殺し合いが起きた。僕は怖くて怖くて、押入れの中に閉じこもってぶるぶる震えていた。やがて喧騒が収まると、押入れから出て祖母を探した。そして、祖母が居間で鎌に胸を裂かれて死んでいるのを見た。祖母は僕の部屋へ通じる廊下を箪笥で塞いでくれていた。僕は祖母を守らなかったことを悔い、大泣きした。ずっと、ずっと、死んでいる祖母の横で泣いていた。どれくらいそうしていたか分からない。やがて泣き疲れた時、花子に無性に会いたくなった。鬼墓山に行けば花子に会える気がして、七星妙見まで登った。そしてそこに彼女がいないことを確認し、また泣いた。ずっと、花子の名前を呼んでいた。

 ガサッと後ろで音がして、ハッとして振り向いた。

「花子!?」

 そこには一人の少女が立っていたけど、花子じゃなかった。僕はまた、泣き崩れた。

「ねえ、泣いてないでさ、漫画、描いてよ」

 少女は僕にそう言った。中学生から高校生くらいの年の、とても綺麗な子だった。

「あたし、つむぎ。あなた、一人ぼっちなんでしょ?あたしと一緒に住もうよ」

 何でこの子は僕が漫画を好きなことを知っているんだろう、そんなことを考えて呆けた顔を向けていた僕に、彼女は手を差し出した。そして、屈託のない青い瞳の中に僕を捉え、にっこりと笑った。





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