【完結】メゾン漆黒〜この町の鐘が鳴る時、誰かが死ぬ。

大杉巨樹

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最終章 決戦

1 四條畷傑の懐疑

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 昭和47年3月15日

 弾正だんじょうにコミューンを立ち上げようと誘われ、すぐるが連れて来られた先は辺鄙な村の小高い丘の上にある古びた寺だった。風化して赤茶けた錆の浮き出た斑れい岩に黒藪寺こくそうじと彫られたその寺は名前のように鬱蒼と茂る竹藪の中にぽつんと建ち、参拝客などとっくに途絶えたように荒れ果てていた。

「まるで狸でも化けて出そうだな」

 傑が寺の感想を漏らすと弾正が、

「狸というより、狐じゃね?」

 と言って寺の横に佇む稲荷の祠を指す。寺の本堂に続く石畳から左に折れた細い別れ道の先に、朱塗りの剥げたみすぼらしい祠があった。傑が祠に寄って中を覗くと、小さい陶器の白い狐に左右を挟まれ、真ん中に少し大き目の狐の置き物が鎮座していた。左右の狐と違ってやけに尾がフサフサとしていると思って目を凝らすと、その尾は幾重にも別れていた。

「面妖なことだな。ここでは九尾の狐を祀っているのか」

 背後でガサッと枯れ草を踏む音がし、おいっと甲高い声が呼びかける。傑が振り向くと、そこには平安時代のような白い狩衣を着た女と、まるで真多呂人形のような五月の節句から抜け出てきたような男の子が歩いてきた。男の子は真っ直ぐこちらを指差している。

「お主、お狐様をぐろうするか。ようちゃちないぞ!」

 福々としたほっぺをさらに膨らまし、男の子が睨む。弾正が眉を八の字にし、男の子の前にしゃがんでその艶艶しい黒髪を撫でた。

竹丸たけまる、こいつが新しい仲間だよ。仲良くな」

 竹丸と呼ばれた男の子はふーんと鼻を鳴らして傑を見据え、てててと駆け寄って小さな手を差し出した。

「竹丸ともうす。よちなに」

 それを見た傑はプッと吹き出す。

「おいおい弾正、何の余興だよ。まさか児童劇団でも立ち上げようってんじゃないだろうな」

 竹丸は握り返されなかった手を引っ込め、泣きそうになる。弾正はその気配を察し、竹丸を後ろから抱き上げた。

「あーよちよち、泣かない泣かない。傑、この竹丸はな、俺たちの兄上なんだよ。もう少し敬意を持って接してくれ」
「弾正、わちはあいつ好かん」
「まあまあそう言わず。同じ父上の血を分けた兄弟なんだからさ」

 傑は竹丸をあやしながら言った弾正の言葉に眉根を寄せた。

「おい弾正、ふざけるのもいい加減にしろ。兄弟とは何のことだ」

 不快な色を全面に出した傑の言葉に、白装束の女が反応する。

「確かに、血を分けた兄弟という言い方は正確ではありません。前世での兄弟と言った方がこの場合近いでしょう」

 傑は目を細め、白装束を睨む。

「前世?くだらん。俺も科学者の端くれだ。科学で証明出来ない物事を俺は信じないようにしている。大体何だ弾正、こんな古びた寺に連れて来たと思えば、俺をいかがわしい宗教にでも嵌めようと言うのか?そういうことなら俺は帰らせてもらう。俺はな、お前が共にいつか体制に反旗を翻してくれるんじゃないかと思い、その為の足掛かりを作るものと見込んで付いて来たんだ。くだらん余興に付き合っている暇はない」

 傑が踵を返し、寺への石段に向かおうとしたその時、背後の稲荷の祠から眩い光が発される。傑はいきなり明るくなった視界の端に向き直り、その眩しさに手で目を覆った。同時に寺の本堂の方から、ゴーンゴーンという鐘の音が響く。頭に直接響いてくる轟音に立ち眩みがし、うずくまる。うずくまって低くっなった目線を、ヒョイと何かが横切った。

「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん!」

 光と音が消え、顔を上げて声の方向を見る。ぼやけた視界が元に戻ってくると、そこにはセーラー服を着た女学生の姿があった。傑のすぐ目の前で女学生がにっこり微笑み、両手を広げておどけたポーズで立っている。女学生は得意気な顔を傑に向けているが、傑がポカンとしているのを見て、横一文字の眉をハの字に曲げた。

「あれ?驚かなかった?」
「いやいや、光が強すぎるんだって。あんなに眩しくしたら肝心の急に現れたところが見えないだろ」
「ちゃはー!そっかあ!あたしとしたことが」

 弾正の突っ込みに頭に手をやって大袈裟なリアクションを取る。そんな女学生を見ながら、傑は呆然としながら立ち上がった。

「今、祠から出てきたのか?いや、まさかな。どういうトリックなんだ?祠が発光しているように見えたが」

 傑は稲荷を一周し、あちこちを点検する。地面に積もった枯れ葉も払い除けている。

「見たところ電源らしき物も無いようだが…いや、俺にはこの祠自体が発光しているように見えた。ただの木に見えるが、何か特別な素材が使われているのか…?」
「いやそこかい!」

 女学生が傑の背中をポンと叩いて突っ込んだ。

「こんな可愛い子が飛び出てきたんだよ?もうちょっとそこに惹かれないかな」
「あー何だ、とにかくさあ、寺の中に入ろうぜ。詳しい話はそれからだ」


 
 弾正に促され、全員で寺の中に入る。電気は引かれているようで、お堂の天井から裸電球が吊るされていた。お堂の横の板間には正方形の囲炉裏があり、その上には鉄瓶がかけてられている。囲炉裏の周囲に座布団が敷かれ、傑以外はその座布団にまちまちに座った。竹丸は弾正に懐いているようで、その膝にちょこんと座る。白装束が慣れた手つきで人数分の茶を用意し、それぞれの前に置いた。その間、傑は寺の内装を見回していた。お堂の正面に祀られているのは観音像で、寺の外観が朽ちかけているのに対し、真新しい金の屏風が背後から荘厳な光を当てていた。

「九面観音だよ。ここの御神体なんだ」

 いつの間にか背後に立っていた女学生に観音像の説明をしてもらう。それによると、この寺はかつて妙見信仰のために建てられ、そのシンボルとして九面観音が祀られたのだそう。正面の顔とは別に、八つの顔を冠のように頭の周囲に張り付かせ、頭頂部にまた別の顔が突き出ている。顔の表情はそれぞれ違っていて、人間の代表的な感情を表しているということだった。

「面白い。プルチックの感情の輪というのがある。人間は喜び、信頼、恐れ、驚き、悲しみ、嫌悪、怒り、期待という八つの感情で基本的に成り立っているという考えだ。この観音像もおそらくそういた観点で造られたんだろう」
「へえ~おじさん、そういうのに詳しいんだ」
「お、おじ…俺はまだそんな年ではない!」

 傑が声を荒げたところで、弾正が板間に呼び寄せた。傑も座に着き、弾正がその場にいる面々の紹介を始める。白装束の女は五月山さつきやま天冥てんめいといい、自分のことを陰陽師だと名乗った。そもそも陰陽師という職業が現代でも成り立つのかと懐疑的に思ったが、神妙に座る天冥のそれらしい装束を見てそこは突っ込まずに受け流した。

「で、こっちの女子高生もどきが、つむぎといって、まあ何だ、信じるかどうかは任せるが、妙見菩薩の代理人てところだ」
「もどきじゃないし。あたし、ちゃんと女子校に在籍したもん。ほらほら、可愛いでしょ?」

 紬は立ち上がってセーラー服のスカートをヒラヒラさせる。

「在籍した?全く、どんな手を使ったんだ?」
「いやこれでもあたし、全国にファンがいるからね~。ちょおっと頼めば女子校に在籍するくらいお手のモンなのよ」
「いやアイドルみたいなこと言ってんじゃねーよ」
「え?あたし、アイドルだもん」

 何やら不毛な掛け合いをしている弾正と女学生に聞こえよがしに咳をする。不信顔を強めている傑を見て、弾正が話の先を進める。

「えーと、それから、この子だ。この竹丸はな、何と、平将門《たいらのまさかど》の長男なんだぜ?」
「将門?あの承平天慶の乱のか?」
「ああそれそれ。その将門だ」

 弾正が膝に座る竹丸の頭を撫で、竹丸は気持ち良さそうに目を細めた。傑も同時に目を細める。訝しさを前面に出したのだ。

「おい、まさかそんな世迷い言を本気で言ってるんじゃないだろうな?さっきも前世がどうとか言っていたが、宗教の勧誘ならお断りだ」

 傑は弾正を、そして天冥を睨んだ。弾正も困った顔を天冥に向ける。天冥が話を引き継いだ。

「あなたは自らを科学者と言いましたね。だとしたら、こう考えたらどうでしょう?人間の身体は数多の細胞から成り立っていますが、その細胞を構成する物質は循環しています。物質レベルで見て、自分の身体を構成する物質が以前に生きていた人間を構成する物質と高いパーセンテージで一致することはあり得るのです。そういう見方で転生を捉えたなら、十分あり得る話ではないですか?」

 傑はそこまで天冥の話を聞き、口を曲げて鼻を鳴らした。

「ふん、そのパーセンテージがどのくらいの数字を指しているのか分からんが、そんなことはほぼあり得ないに等しい確率だ。百歩譲ってそれが起こったとしても、記憶や性格などが引き継がれるなんてことはあり得ないだろう?だったらそれは転生などではない。全くの別人ということだ」

 傑の言葉に、今度は天冥が口の端を上げる。

「あり得ない確率とは、逆に言えばあるということ。あなたは人間がこの世に誕生するための確率を計算したことはありませんか?一説によれば、それは循環する水流にバラバラにした時計を流し、その水流の中でまた元の時計に組み上がる確率に等しいとか。でもそれが起こったからこそ、現在私達が存在しているのです。人間は存在する、それが変えようのない事実であるということと同じです。この私、そして弾正、それにあなた、それぞれ将門の子の要素を引き継いで生まれました。それは起こったことであり、変えようのない事実なのです」
「ふん、バカらしい!」

 傑は吐き捨てるように叫び、立ち上がった。

「悪いが、俺は宗教家とはディベートしないことにしている。結局信じるの信じないのという話になり、虚しいだけだからな。弾正、俺はこれで失礼させてもらう」

 弾正を一瞥し、囲炉裏に背を向けた時、パーンと誰かが手を打つ音がした。それと同時に奈落に落ちるような感覚が胸を締め付け、頭に先程のゴーンゴーンという鐘の音が鳴り響く。傑はまた目を瞑ってうずくまり、しばらくして風の気配を感じて目を開いた時、そこはさっきまでとは全く別の場所だった。どこかの神社の鳥居の下に立っているが、奥に見える境内の様子から、明らかに先程の黒藪寺ではない。驚いて辺りを見回す傑を、弾正がニヤニヤとした顔で見ている。肩に竹丸を乗せ、横には天冥もいる。

「おじさんさあ、頭固すぎ!もっと気楽にさ、起こってることは受け入れようよ」

 傑のすぐ横で、紬が肩に手を乗せてパンパンと叩いた。

「こ、ここは…?」
「ちょっとこっちに顔貸せ。ここがどこか教えてやる」

 弾正がそう言って境内横の石段を登る。天冥、紬とそれに続き、状況が全く掴めない傑もおずおずとそれに続いた。石段を上がると景色の開けた丘に出る。村が一望でき、弾正がその景色を見ながら言った。

「ここは禍津村まがつむらの西に位置する鬼墓山きぼさんにある七星妙見ななほしみょうけんという神社だ。ほら、向こうに見える丘にさっきいた黒藪寺がある。紬が瞬間移動させたんだ。どうだ、お前はこれを科学的に説明できるか?」

 弾正は東を指差して傑に問う。その指差した対面には小高い丘が見え、その中腹に黒い鐘を吊った鐘楼のある寺も見える。距離にして3キロはあるだろうか?傑にも、自分が先程までとは全く別の場所に移ったことは分かった。

「傑、さっき天冥が言ったように、ここにいる俺たちはみんな兄弟みたいなもんだ。そして、将門の怨霊からこの村、いや、引いては日本、そして世界を守る運命にある。今はまだ訳が分からなくても、そのうち嫌でも分かるようになる。その時、俺たちと一緒に戦って欲しい。打倒権力だなんだと言ってみても、世界あっての権力だろ?いっそ世界を守る方が格好良くねえか?」

 弾正が傑に寄り、肩を抱き寄せる。弾正に肩車されていた竹丸が、傑の鳥の巣頭をワシャワシャと撫で、キャッキャと笑っていた。



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