【完結】メゾン漆黒〜この町の鐘が鳴る時、誰かが死ぬ。

大杉巨樹

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最終章 決戦

2 二本松駿佑の創作

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 昭和47年9月

 祖母が亡くなり、花子とも会えなくなった駿佑しゅんすけは、つむぎと名乗った少女に連れられて黒藪寺こくそうじにやって来た。紬がパンと手を打つと、空中に穴が開いて落下していく感覚に陥り、平常に戻った時には全く別の場所に移動していた。それがここ、オンボロの寺である黒藪寺であり、耳の中ではずっとこの寺の二階部分にある鐘楼の鐘が鳴り響いていた。

 寺は鬱蒼とした竹林の中にあり、鐘の音が止むとサラサラと竹の葉が擦れる音しかしなくなる。ポツンと建つ静寂の寺からふと祖母が味噌汁を作ってくれた時のような懐かしい匂いがし、ぼうっとした仄かな電灯の明かりに引き寄せらて寺の中に入ると、お堂の隣りの広間に鍋が用意されていた。出汁のいい香りに腹が鳴る。そういえばもう何時間も何も食べていなかったことを思い出す。脱力してヘナヘナと腰を落とし、四つん這いになって吸い寄せられるように鍋の側に寄った。すると何者かが駿佑の背中にドンと飛び乗った。

「お馬ー!走れ走れー!」

 キャッキャと騒ぎながらペチペチと駿佑の尻を叩く。重さと声の感じからどうやら小さな男の子が乗っているようだ。いきなりのことで立ち上がろうかとも思ったが、なにかの拍子に転げ落ちた男の子が鍋で火傷を負うかもしれない。しばらくされるがままにしていると、鍋の横でアクを取っていた女性が男の子を注意した。

「こら竹丸たけまる、ダメだよ、シュンくんはお腹空いてるんだから」

 その柔らかい声で自分の名前を呼ばれてハッとする。そして見上げて女性の顔を覗き見、その目を大きく見開いた。

「あ、は、花子?花子…なんじゃないでつか?」

 胸が熱くなり、急に切なさで息苦しくなった。駿佑が咳き込んだことで背中にいた男の子はビクッとし、ゆっくりと背中から下りる。

「わ、悪かったのじゃ。わちは竹丸。そちは新たなわちの兄弟なのか?」
「そうよー。名前は駿佑。仲良くしてあげてね~」

 紬が竹丸を抱き上げ、竹丸はパッと顔を明るくする。

「うん、わち、仲良くする!しゅんすけ、よちなに」

 竹丸は紬の腕の中から手を伸ばし、駿佑は理由の分からないままにその手を軽く握る。そして鍋を作る女性に目を移した。女性も駿佑に顔を向け、

「鍋、できたよ。いっぱい食べて?」

 と言って微笑んだ。

乃愛のあちゃんだよ。駿佑のためにお鍋作ってくれたんだよ。さ、食べよ食べよ!」

 紬が囲炉裏の周りに置かれた座布団に座って女性を駿佑に紹介し、駿佑にも座るように促した。

「のあ…?花子じゃ、ない?」

 駿佑は女性のすぐ横の座布団に座を取りながら、視線はずっと女性に注いでいた。よく見ると女性が花子であるはずがない。花子よりもかなり背が高く、年も駿佑と変わらないか少し下くらいだった。駿佑が初めて見た花子の姿は幼稚園くらいの年の頃で、それから十年程経っても花子の年齢や身長はずっと変わらずにいた。姿や年齢が全然違うのになぜこの目の前の女性のことを花子と思ったのか…まずは顔立ちが似ていること、そして、女性がまとっている空気感が花子とそっくりなのだ。駿佑はしげしげと女性を見つめながら、渡されたお椀を受け取った。



 それから、四人で鍋を囲み、駿佑は空腹を満たしていった。チロチロと乃愛を盗み見し、それに気づいた乃愛はその都度笑顔を向けてくれる。温かいものが込み上げてくるのは、鍋の野菜や肉が胃に落ちたからだけではなかった。ふと、さっき竹丸が言った兄弟という言葉が思い出される。その意味を聞こうと紬に向いた時、外からディーゼルエンジンの音が近づき、寺の前当たりで止まった。バタンバタンとドアを閉める音がし、枯れ葉を踏みしめる音が寺に真っ直ぐ向かってくる。固唾を呑んでいると、お堂とは反対側の土間の方から二人の大男が現れた。二人はズカズカと土間を進み、上がり框で靴を脱いで板間に上がる。そして空いていた駿佑の向かい側にどっかりと腰を下ろした。

「何とか無事な者をセフィロトへ送った。今は天冥てんめいが診てくれてるよ」

 鋭い目をした男が紬に話し掛けた。それに続いて、もう一人の鳥の巣頭の男が深いため息をつく。

「一体…何でこんなことが起こるんだ?K府から連れて来た運動のメンバーのうち、半数が殺られた。南西部の村人たちからは何かと嫌がらせを受けていたからな、感情が爆発するまでは分かる。だが、そんなことで殺し合いを始めるか?いや、弾正と現場を見てきたんだが、あれは村人と俺たちの仲間が殺り合ったなんて単純なもんじゃない、村人同士、俺たちの仲間同士も殺し合ってたらしい。一体……何でそんなことが……!?」

 駿佑はガタイの大きな見知らぬ男たちがいきなり入ってきて身を縮こませていたが、鳥の巣頭の男が悔しげに語る話の内容で祖母が殺されたことを思い出し、寂しさと悲しみの感情がまた湧き上がってきた。そして持っていた椀を置き、感情を表出させてシクシクと泣き、さらに感情を爆発させてワアワアと声を大きくした。その姿を見て悲しみの感情が移ったのか、竹丸も泣き出した。

「うわあ~ん、おとたま~!おかさま~!」

 いきなり二人が泣き出したのを見て、鳥の巣頭の男がハッとした目で駿佑を見る。

「あ、そうか、今日は確か、新たな仲間が加わる日だったな」
「そうよー!駿佑っていうの。仲良くね」

 紬が軽い感じで紹介し、鋭い目の男が駿佑に言葉を投げる。

「よう、俺は弾正だんじょう。これから共に暮らす仲間だ。よろしくな」
「あ、俺は、すぐるだ。なぜそんなに泣く?」

 弾正に続いて鳥の巣頭の傑が自己紹介するが、駿佑はずっと泣き続けている。

「一緒に暮らしていたおばあさんがその殺し合いに巻き込まれて死んだの。駿佑に取っては大切な存在の人だったのよ。おーよちよち、竹丸もかなちくなっちゃったのね~」

 紬は傑に説明しながら、竹丸を抱き寄せた。大切な存在の人という紬の表現を聞き、傑は直子なおこのことを思い出した。肉親とか、親友とか、恋人とか、そんなありきたりな言葉では言い表わせない、そんな大切な存在がいなくなった時の空虚感は自分も嫌という程味わった。傑は眉間に深い溝を作り、弾正に向く。

「なあ、以前言っていた将門まさかどの怨霊の話、あれが今回のことと関係しているのか?」
「ああ、そう見ていいと思う。直接の原因は天冥も言ってたように、数日前の隕石落下だ。何か人間の感情のたがを外すような物質が含まれていたんだろう。だがそれがなぜわざわざこの禍津村まがつむらなのか、そこには将門の思惑が関与していると見て間違いない。そしてこれは発端に過ぎないということだ。いよいよ、俺たちの戦いが始まるってこった」

 弾正が傑の肩をポンポン叩く。その話を、駿佑は泣きながら聞いていた。そして、一つのワードが駿佑の心を捉える。

「将門の…怨霊?それが、おばあちゃんが死んだ原因なんでつか?」

 弾正が駿佑に鋭い目を向ける。

「ああ、そうだ。そして俺たちは、そいつをやっつけるために集まった仲間だ」
「やっつけるために集まった…て、僕も?」
「そうだ、お前も、将門の子どもの血を濃く引き継いでいる、俺たちの兄弟なんだ」
「え!?僕が…将門の子どもの血を……?」

 将門の怨霊…そういった類の漫画は読んだことがある。だがそれを現実のこととして弾正は語り、そして自分もその血を引いていると言う。駿佑は泣くのを忘れ、目を丸くして弾正を見た。弾正が駿佑に大きく頷く。そこに、傑が口を挟む。

「まあ、それに関しちゃあ俺はまだ半信半疑なんだがな。だが、科学では説明のつかないことが起こっているのは確かだ。俺はまず、その隕石の成分を調べてみようと思う。怨念だ何だと理屈をつける前に、まずは科学で解明し、回避策が見つかればそれに越したことはない」
「ああ、分かった。傑はその線で動いてくれ。お前と天冥が手を組めば、未知なことも理路整然と説明できるようになるかもしれんからな」

 俺たちの戦いと弾正は言った。だが駿佑には、そんなスキルに自信がない。自分は学校の体育の授業ですらまともに受けたことがないのだ。将門の怨霊などと、そんな荒唐無稽な存在と戦って勝てるとは到底思えない。

「ぼ…僕には無理なんでつ。怖いでつ。僕は戦闘力ゼロなんでつよ」

 駿佑が弱気な発言をしたのを受け、紬がすっくと立ち上がった。

「じゃーん!て、おもっ!」

 片手を上げてポーズを取ったが、抱いている竹丸を落としそうになる。すぐに弾正に寄り、竹丸を渡す。

「お、おう、竹丸、泣くな。お前さんは相変わらず感情豊かだなあ。誰に似たんだ?」

 弾正が竹丸を膝に抱え入れ、プクッと膨れたほっぺをちょんと指でつつくと、竹丸は泣き止んでニパっと笑い、弾正に抱きついた。それを見て、紬がため息をつく。

「ホント、竹丸は弾正が好きなんだね。ほんじゃ、改めましてぇ、じゃーん!」

 紬がまた片手を上げ、もう一方の手を腰に当ててウルトラマンが変身する時のようなポーズを取る。そしてゆっくり、上げた方の手を前方に回して駿佑を指差した。

「あたしからシュンくんに、新しいミッションを発表しまーす!それはあ、この村で起こってることを漫画に描いて賞を取ることでーす!」

 駿佑はドッジボールに当たったような衝撃を受け、しきりに手を振る。

「無理無理無理、無理でつ無理でつ」
「無理じゃなーい!」
「いや、無理でつって!だって僕、好きな漫画家さんの真似しかしたことありませんから。新作を描いて、それで賞を取るなんて絶対に無理なんでつ!」 
「無理じゃなーい!」

 紬と駿佑のやり取りを見て、弾正が苦笑いする。

「いや無理じゃなーいの一点張りじゃ無理だろ。大体紬、何でここにきて漫画なんだ?」
「それはあ、後になってわかるのでーす!」
「いや後っていつだよ」
「それはあ、20年後か、50年後か、はたまた百年後か…」
「いやなげーよ!もっと何か、ちゃちゃっと勝てる手はないのかよ」
「ちゃちゃっとは勝てないのですよ、ちゃちゃっとは!」

 紬に睨まれ、弾正は肩をすくませた。

「まあ、何だ、紬がそう言うなら、やってみるか。何にもしないよりはましだもんな。駿佑、俺も手伝うぜ!何でも言ってくれ」
「い、いやあ、手伝うって言われても…」

 尚も弱気な駿佑に、乃愛も声をかける。

「ボクも手伝うよ。一緒にガンバロ?」

 にっこりと顔を傾げた乃愛の身体から、野の草花の香りがした。それは、花子がいつもまとわせていた匂い。

「はい!やるでつ。新作漫画、頑張るでつ!」
「ゲンキンかよ!」

 乃愛に即答した駿佑に場が笑いに包まれ、また紬が片手を突き上げる。

「よーしじゃあみんなあ、がんばるぞー!」

 弾正のおーと手を上げるのを真似て、竹丸もおーと片手を上げる。乃愛も合わせて手を上げたのを見て、駿佑もおずおずと手を上げた。傑はニヒルに片口を上げ、目を細める。ここに集った面々のチームワークは怪しかったが、駿佑は久々に、人の温もりを感じた夜だった。




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