【完結】メゾン漆黒〜この町の鐘が鳴る時、誰かが死ぬ。

大杉巨樹

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最終章 決戦

3 第一の襲撃

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 すぐる鬼墓山きぼさんに入り、まずは隕石を採取して分析をするところから始めた。すでに国立K大の講師の職は解かれていたが、頼めば分析器と光学顕微鏡くらいは使わせてくれるだろう。鬼墓山の南側の集落に住む村人と、北側に居を取っていた自分たちの仲間がいさかいを起こし、それは殺し合いにまで発展した。その数日前、仲間たちの何人かが目から血を流しているのを見た。病院で検査させたが特に異常は見つからなかった。だがそのことが事件と無関係とは思えない。目から血を流した人間は感情の起伏が明らかに激しくなっていた。

 事件後、何らかの感染症の疑いから村の要請で集落の人間と傑たちは検査を受けた。たがそこでもやはり、何の異常も見つからず、媒介となるようなウイルスのような存在も見つからなかった。事件の捜査の結果、集団ヒステリーが起こったものと発表された。傑の分析の結果も特に変わった物は見つからず、隕石の組成もよくある石鉄隕石で、珪酸塩鉱物や鉄、ニッケルが多いくらいで未知の物質が見つかるなどということは無かった。 
 
 もし天冥てんめいがいなかったなら、隕石と殺人事件の因果関係は見つけられなかっただろう。傑が採取した隕石に天冥が彼女の陰陽師の流派の術式を唱えると、隕石は仄かに虹色に発光した。だがいくら光学顕微鏡で調べても、その発光の元となる物質は特定出来なかった。当然放射能も調べたが、いかなる放射壊変も認められなかった。天冥には科学知識が豊富とは言えず、傑には陰陽師の知識は皆無だ。なので傑は天冥に、石に悪い「気」が宿っていると言われてもそれを科学用語に変換できないのだったが、もし仮に光学顕微鏡でも見つけられないほどの微細な粒子が介在しているなら厄介な話だ。素粒子の構成要素はクォーク、電子やニュートリノなどのレプトン、光子、ウィークポゾン、グルーオン、ヒッグス粒子などとされているが、それら全てを合わせても宇宙の構成物質のうちの六分の一ほども人類は解明できていないのだ。いつか天冥が言っていた、確率ではなく目の前で起こっている事実を見よ、という言葉が重くのしかかる。天冥の祝詞に反応して隕石が光っているのは明らかで、さらにその物質が人間の感情に悪影響を与えていることも間違いないのだ。

 傑は天冥の言葉に耳を傾けるようになった。科学で説明出来ないことは信じないという主義は貫きつつ、現代の科学で説明出来ない現象については可能性という部分において陰陽師の言葉も聞いた。もし科学で証明出来ないからと切り捨ててしまえば、それはそれで単なる科学という宗教の信奉者に成り下ると思われた。

 傑は大学で知り合った新左翼運動の活動者のうち、資本主義社会に溶け込めないでいる者に声をかけて回った。過激な者たちはテロ活動を起こして警察に捕まっていったが、過激になり切れず、かといって権力に迎合出来ないと息巻いて彷徨っている者は何人もいた。傑はそういった者のうち、農業主体のコミューンを作ることに賛同してくれる者をこの禍津村まがつむらに連れて来ていた。自分たちはセフィロトと名乗り、まずは共同生活できるロッジを作ることから始めた。村人の指導の元で田や畑も切り開いた。村長は物欲豊かな気性の荒い人物だったが、村の人口が増えることは歓迎してくれ、最低限のインフラは整えてくれた。新参者を訝しむ村人も多かったが、快く手助けしてくれる人たちもいた。そうして半年、何とか最低限の生活ができるようになった矢先の、セフィロトを良く思っていない集落の村人との殺し合い事件だったのだ。

 セフィロトに与えられた村の北西部には小さな湖があり、その中洲には大きなけやきの木が育っていた。かつてはその木を神木とする神仏習合の寺があったそうなのだが、明治政府の廃仏毀釈政策により取り壊されてしまったらしい。天冥指導の元、その中洲に傑が採集してきた隕石を集め、天冥の力で悪い気を取り込んで逆に治療のための「気」に転嫁させた。いわば、ワクチンの「気」バージョンだ。そのセフィロトの地は長年培われた神木信仰と、天冥の手による新たな「気」のお陰で、気性の荒くなる未知の病いを治療する拠点となった。後に南西部の集落はダム建設によって湖の底に沈められることになったが、天冥と村長の協定により、セフィロトの土地は密かに守られ、生き残った南西部の村人もセフィロトへ移り住んで天冥の治療を受けた。こうして村ぐるみで存在を秘匿されるセフィロトの地が出来上がったが、その裏にはつむぎの手回し、すなわち将門まさかどの怨霊から逃れるという妙見信仰の力が働いていたことを傑は後々に知った。




 駿佑しゅんすけ黒藪寺こくそうじに住み、漫画大賞に応募するための新作に取り掛かった。プロットの基底には禍津村で起こった謎の隕石落下からの村人同士の殺し合いという実際にあった出来事を置いた。黒藪寺には弾正だんじょう乃愛のあ竹丸たけまるも住んでいて、彼らもアシスタントとして手伝ってくれた。竹丸は邪魔する専門だったが。夕食時にはどこに住んでいるのか、紬もやって来て、たまに村の北西部に住むという傑も加わって賑やかになった。同じく北西部に住むという天冥の存在もその時紹介してもらった。黒藪寺に集う人間(紬を除いてだが)は皆、将門の血を分けた兄弟だという。駿佑には実家に血の繋がった兄と姉が二人いて、実感としてこの寺に集う彼らのことを兄弟姉妹とは思いにくかったが、日々一緒に生活する中で連帯感は強まっていった。

 鬼墓山で隕石落下を目撃して以来、駿佑には不思議な力が備わっていた。明晰夢をよく見るようになったのだ。初めはただ色鮮やかな夢だなくらいに思っていた。妙に現実味があり、ある時などはその夢とそっくりな場面に出くわすこともあった。といっても取り立ててびっくりするような内容ではなく、例えば竹丸が泣くな、と思ったら泣いたり、乃愛がこう言うだろうなと思ったことを言ったり。ただのデジャヴュかなとも思った。だがデジャヴュとはっきり違うのは、起こる前にそれが認識できることだ。幾度かそういうことが続き、駿佑はそういうことが詳しそうな天冥に聞いた。

「あなたには予知夢を見る能力があります。そしてあなたの予知夢は普通のものと少し違う。あなたが夢の中で願えば、現実でその通りになります。大きなことは願っても無理でしょう。ですが小さなことなら、あなたの行動した夢の通りに現実も動きます。もとより人には多かれ少なかれそういう力が備わっています。こうなればいいなと思ったことが実際に起こるという経験は誰にもあることです。あなたの場合、それが夢を通じて起こるということと、少しばかり人よりその力が強いということです。そして紬があなたに漫画を描かせるのは、その力を当てにしてなのです」

 天冥が言ってくれたことの半分も理解していなかったと思う。だけど、自分に人より優れた能力があると言ってもらえて嬉しかったし、漫画を描くことが周囲の期待に添えることなら、こんなに願ったり叶ったりの状況なんてない。嬉々として漫画を描く日々に励んでいた駿佑だったが、そのうち、目が覚めてからも震えるような怖い夢も見るようになった。人間の首が伸び、あるいは首だけとなって襲ってきた。こんなことが実際に起こるわけがないと思いながらも、いつかそんな未来が来るような気がして背筋を凍らせた。駿佑はその恐怖を漫画の中に盛り込んだ。プロットは完成し、それを絵にしていく日々は充実していた。漫画の神様、手塚治虫がトキワ荘というアパートで駆け出しの漫画家たちを支援していたと聞くが、駿佑も黒薮寺での共同生活をそんなレジェンド漫画家たちの物語にオーバーラップさせていた。そうして数ヶ月の後、漫画は出来上がった。題名は『漆黒のポラリス』。大手出版社の漫画賞に応募した。そして夢の中で、大賞を取った明晰夢を見た。でも現実は甘くなかった。残念ながら大賞は逃した。だけど、新人賞を取った。自分の能力が働いたのかどうか微妙だった。でも新人賞でもすごいことだ。みんなで盛大にお祝いをしてくれた。駿佑に取って人生で一番楽しい日だった。



 駿佑が新人賞を取って数日後のことだった。その日の夕食には駿佑、弾正、乃愛、竹丸に加え、紬も天冥も傑も揃っていた。通常この人数が揃うとワイワイ賑やかになるのだが、その日はお通夜のように静かだった。駿佑と竹丸、それに傑以外の四人の顔が強張っていた。全員が揃ったところで天冥が口を開く。

「今日、攻撃が来るわ。間違いない」

 紬に目線を流し、普段は楽観的な紬も珍しく鎮痛な面持ちで頷く。

「そっかあ~やっぱり今日くるかあ。思ったより早かったね~。まあ世界がちょっと荒れちゃってるから、そろそろかなぁ~とは思ってたんだけどね」

 折しも世界では中東戦争が長引き、石油の高騰によって日本ではインフレとなって第一次オイルショックが起こり、店頭からトイレットペーパーが消えるなんて事態にもなっていた。

「世界情勢が悪いと人心も荒れ、悪いものがつけ込む隙も大きくなります。人の感情を荒らす隕石もこの地に落下し、将門が攻撃してくる土壌は整っています」

 天冥の言葉に、駿佑は不安な顔を向けた。直近で、自分が土砂に押し潰されるなんて夢を見ていた。ひょっとして、それが現実になるのかと目に恐怖の色を強くする。天冥がそんな駿佑の表情に気づく。

「そう、駿佑も見たんですね。その時、逃げ切りましたか?」
「え、いや、土砂に埋まってしまったんでつ。逃げる暇もないくらい、一瞬のことで…」

 青ざめる駿佑に、隣りから乃愛が頭を撫でる。

「大丈夫だよ。みんな付いてるから」
「おう、不安になり過ぎるなよ。つけ込まれるからな」

 弾正は明るく声を張るが、傑は眉根を寄せた。

「土砂崩れでも起こるのか?なら、早く避難すればいいだけのことでは?」
「今から起こることは、単純な物理現象とは違います。将門が黄泉よみの国から次元の違う波動を送ってくるのです。直撃されれば、普通の人間は黄泉に取り込まれます」

 天冥の説明に、傑は眉間のシワを深める。

「そんなものがなぜここをピンポイントに襲ってくる?一体、この地に何があるというんだ?」
「それは……」

 天冥は言い淀み、竹丸を見た。普段は自分と遊べと煩い竹丸は、場の重々しい空気を読んだのか、弾正の膝の上にちょこんと大人しく座っている。紬が手を伸ばして竹丸の頭を撫で、竹丸はニパっと笑った。 

「この子がさ、将門の依り代となるんだ。もし将門が身体を得たら、もうこの世界では誰にも手がつけられないんだよ。だから、全力でこの子を守らないといけないんだ。それが、ここに集まったみんなの使命なんだよ」

 紬が囲炉裏を囲んでいる一人ひとりの顔を見回す。そして駿佑と傑の二人に強い視線を送る。

「あたしたちはね、もう何度も将門からの波動を受けてるんだ。弾正も、天冥も、乃愛もね。そして今回は、駿佑と傑にその身体を提供してもらわないといけない。そして駿佑はみんなの無事を祈って。傑は、風を起こしてみんなを出来るだけ遠く飛ばして。いい?ぶっつけ本場になるけど、二人にはちゃんと前世の記憶が刻まれているから戦えるはず。お願いね、竹丸を全力で守って。そして、無事に生き延びたらまたここに集まってきて」

 紬の言葉が終わらないうちに、視界が急に暗転する。ゴゴゴゴという凄まじい地響きの音が鳴り、身体が押し潰された感覚があった。でも痛みはない。天冥が聞き慣れない言葉で祝詞を唱えている。駿佑は泣きそうになりながら、手足をバタつかせた。ふと、温かい何かが背中に乗る。恐る恐る目を開くとそこは真っ暗な空間で、目の前に大きな銀色の狼と、狛犬のような顔の縞模様の犬が飛んでいた。狛犬の吐く息で渦が巻き上がり、駿佑はその風に飛ばされる。

「大丈夫!みんなの無事を祈って!」

 背中から聞き覚えのある声。その声は、おばあちゃんと一緒に暮らした花子の声。そしてそれは、乃愛の声だった。駿佑は紬の言葉を思い出し、竹丸が、共に暮らすみんなが、無事に木々の生い茂る平和な地に着地するイメージを思い浮かべた。すると自分の身体もどこかに吸い寄せられるように飛んで行く。横に迫る灰色の雲に映る自分の影は、牛の形に見えた。
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