【完結】メゾン漆黒〜この町の鐘が鳴る時、誰かが死ぬ。

大杉巨樹

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最終章 決戦

8 コミケ炎上

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 令和5年8月12日

 この日、浦安うらやすはT都で開かれるコミックマーケットの会場にいた。会場となる国際展示場の、ピラミッドを逆さにして被せたような茶色い奇抜な建物の前には開場前から十万人を超える人が並び、その規模の大きさに浦安は自分のコミケに対する認識の甘さを呪った。パンデミックの脅威が去り、久しぶりの開催となって押し寄せたのもあるだろうが、それにしても日本のコミック文化への熱狂具合を見誤っていた。浦安はこの会場での神坂善晴かみさかよしはるの警護を頼まれてやって来たのだったが、予想外の人の多さに自分の任務について改めて気を引き締めていた。

 神坂は禍津町まがつちょうにあるシェアハウス、ノワールの大家だ。そして漫画家でもある。彼は五十年前に『漆黒のポラリス』という作品でデビューし、その後ホラー漫画家として一世風靡した。最近は鳴りを潜めていたが、デビュー作の『漆黒のポラリス』が最近になって人々の話題に上っていた。その作品には人の首が伸びたり、頭だけになって飛び回ったりして人を殺しまくるという描写があるのだが、それが今起こっていることを予言していたとして注目されているのだ。浦安もコミケ前に実際に手に取って読んでみたが、本当に自分の知る禍津町での出来事がそのまま描かれているようだった。なぜそのような作品を五十年も前に描くことが出来たのか、浦安はその話を神坂から直接聞きたかった。ノワールは禍津町が将門まさかどから逃れる為に張られた結界の一つとなっており、そのことも何か関連があると思われた。そしてその答えを、コミケで無事彼を守り切ることが出来たら教えてもらうことになっていた。

 禍津町の結界は尽く破られた。まずは聖連せいれん女子高校の生徒たちが妖化あやかしかし、当初は全国を賑わせていた女子高生首無し連続殺人の一つに数えられた。それを発端にして次々に禍津町で事件が起き、久遠寺くおんじが、セフィロトが、将門の傀儡の手に墜ちた。七星妙見ななほしみょうけんの神主は二年前に起きた惨殺事件で亡くなっているし、みなもとの鳥居駅には昔の土砂崩れによって社屋すら無い。さらにはノワールの住人も次々と死に、今は自衛隊の管理下にある。最後の砦だった鷹田たかだ神社では一週間前の襲撃で服部はっとり神主をはじめ、栗原くりはら町長と聖連女子の小泉こいずみ理事長が散っていった。鷹田神社でのことは、報道では巫女の一人が神社を放火し、そこで会合をしていた三人が巻き込まれて死んだことになっている。確かに巫女が火を点けたのかもしれない。久遠寺襲撃の折、鷹田神社の巫女が一人逃げ出していた。だが神主と町長、理事長の死はあの夜飛来した飛頭蛮ひとうばんによるものだ。神主はタダでは殺られないと言っていたが、飛頭蛮の数が多すぎた。結局彼らも、将門の手に落ちてしまったのだった。そしてその事実は国民には隠されている。警察も自衛隊も政治家も、すでに将門の手の中にある。当然、マスコミを操作するなど造作もないことだろう。

 その裏では将門の影武者たちが暗躍している。やつらが兄者という呼称を使っているのを浦安は襲撃された時に何度か聞いた。平安時代中期、坂東の国の領主だった平良持たいらのよしもちには七人の息子がいた。長男は早死し、次男が将門だ。久遠寺の襲撃の折、まずはシュプレヒコール集団を先導していたユァチューバーが本性を現したのだったが、彼はおそらく七郎・将為まさため。そして酒井田さかいだに乗り移っていたのが六郎・将武まさたけで、遠藤えんどうに乗り移っていたのが五郎・将文まさふみだ。セフィロト襲撃の折りには朝霧あさぎりが四郎・将平まさひらの名で呼ばれていた。とすると、室町むろまちが残る影武者の一人、三郎・将頼まさより ではないかと推察される。彼は最終的に禍津町での権限を任されたと言っていた。首相の特別諮問機関にも出入りしているようだし、彼が禍津町襲撃を目論む最後の影武者と見て間違いないだろう。

 室町はノワールにセフィロトの主導者がおり、その一人を探していると言っていた。結局その一人とは誰だったのだろう、と浦安は考える。三国みくに四條畷しじょうなわてが死に、弾正だんじょうはその犯行を管理人だった青井草太あおいそうたがやったと言っていた。俄かに信じ難かったが、セフィロトで浦安も実際に青井が天冥てんめいを殺害するのを見た。彼は、室町が禍津町に送り込んだ手の者だったのだ。ということは、室町は探していた一人を見つけ、青井を操ってすでに殺したということだろうか……?

 いや、と、浦安は首を振る。浦安にはまだ、気になる人物が二人いた。一人はつむぎと名乗る少女。彼女のことは、聖連女子で初めて見た日から不思議に惹かれるものがあった。実際彼女は自分を現代の物理法則を超越したゲートを使ってセフィロトから、そして鷹田神社から脱出させてくれた。鷹田神社から抜けたあの日、抜け出たのは七星妙見の中だった。そこの社務所に、一人の老人が控えていた。それが神坂だった。神坂は言った。将門に打ち勝つには黄泉よみの波動に負けない人々の希望が必要なのだと。その布石を現在打っている。自分が原案を作成し、それを駿佑しゅんすけが作画して乃愛のあがウェブサイトに載せる。浦安はそれを聞き、彼らの活動がここで繋がってくるのかと感心した。

 マスコミ統制がされたとしても、テレビからインターネットへと情報収集の場は移ってきている。銭形ぜにがたちゃんと名乗る将門の影武者が撮った久遠寺襲撃時のライブ映像が、YourTubeなどの配信サイトでアーカイブとなって拡散されていた。人々は人間が異径の姿になる映像に恐怖した。ここでふと、浦安は矛盾に気づく。なぜ将門陣営は一方で禍津町での事件を隠蔽しながら、その一方で人が妖化する姿を映像として見せるのか?その疑問に、紬が答えた。

「大きく二つ、理由があるよ。一つは、人が集まるイベントを中止にしないこと。政府が正式に人の首が伸びたり飛んだりするなんて現象を発表しちゃうと、みんな怖がって外に出なくなるからねえ。将門はもっと恐怖を振り撒きたいんだよ。だから、人がお化けになるっていう噂を流しつつ、人の行動に制限をかけないようにしてるんだ。人に恐怖の根を植え付けて、次に何か起った時に一気にその根を開花させて世界に穢れを広めたいんだ。自分の闇の力がこの世界を支配できるようにね」

 紬の話に、浦安は背筋を凍らせる。

「次に何か…ということは、これから禍津町でおこったこと以上のことが起きる…と?」

 紬は頷き、神坂が浦安に頭を下げる。

「直近の大きなイベントにコミケがあります。おそらく、次に将門はその会場を襲ってくるでしょう。どうか、私を、そして駿佑くんを守って下さい」

 神坂の計画はこうだった。現在、乃愛がYourTube内にて『漆黒のポラリス』が予言書になっているという内容を流布している。その内容は都市伝説系の配信者界隈で浸透し、どんどん拡散されてきている。そこへ、神坂自身が原案を出した『漆黒のポラリス』の続編が描かれていることを宣伝する。それが現在駿佑が手掛けている『メゾン漆黒』という新作であり、そこには迫りくる闇の時代をどう回避したらいいかが描かれている。コミケにてさらにその作品が載っているサイトを宣伝するとともに、当日ブースに来てくれた人には出来上がった冊子をプレゼントする、と触れ込んでいく。浦安はなぜその警護を自分に頼むのかと神坂に聞いた。その理由は以前、室町から聞いたことと同じようだった。浦安は穢れの濃い最前線にいながら、影響をほとんど受けていない。すでに将門の侵食を受けている可能性の高い警察などに頼むより、余程安心なのだと。だが浦安は地方公務員でしかなく、T都での活動など許可されない。仕方がないので浦安は禍津町で捜査しているふりをして、誰にも内緒でT都まで来た。上着に隠したショルダーホルスターに銃を忍ばせて。強行犯係のほとんどを失い、混乱の中にあるK署の誰も、浦安の行動に気づき、咎める者はいなかった。

「約束の一冊なんでつ。大切に読んで下さいね」

 駿佑はいつかの約束を守り、T都に向かう新幹線の車内でしっかりと製本されたA5サイズの漫画本を渡してくれた。浦安はそれを移動中にじっくりと読んだ。久々に漫画を読んだが、なかなかの出来だった。神坂の影響を受けているのか『漆黒のポラリス』と絵柄が似ていた。そして神坂が言っていたように、その内容は世界がろくろっ首や飛頭蛮に支配された前作の続きからになっていた。将門の子どもたちが登場し、将門と直接対決するという内容だ。浦安は鷹田神社での神主の最期の言葉を思い出した。彼も将門の子どもたちが将門とその叔父たちを討ち破ると言っていた。浦安は漫画に描かれている将門の子どもたちの姿を見てハッとした。どうやら駿佑は、ノワールに住む住人たちをモデルにしているようだ。

 室町が探していたノワールの重要人物は案外、神坂であり駿佑だったのかもしれない。彼らは将門の闇の力に最後まで抵抗しようとしている。ならば、何としても守らなくては…それが散っていった仲間たちの敵討ちにもなるのだと、浦安は決意を新たに会場に乗り込んだ。


 パビリオンの中で同人誌即売会は行われ、建物の屋上ではコスプレーヤーによる撮影会も始まった。乃愛は自分のYourTube配信時の姿であるダークエルフの姿のままにコスプレ撮影会に参加し、『メゾン漆黒』の宣伝プラカードを掲げて、訪れた人たちに即売会に足を運ぶように促していた。コスプレ会場だけを目指して来ている者も多くいるようで、即売会場とはまた別の、特殊な熱気に包まれていたが、乃愛は自分の警護はいいから駿佑を守ってくれと浦安に頼む。禍津町から乗り込んできたのは自分と神坂、駿佑と乃愛の四人に加え、神坂の家の家政婦をしている女性、千草ちぐさもいた。浦安は千草に乃愛を任せ、神坂と駿佑とともに即売会場の方に立った。宣伝効果もあり、ブースにはなかなかの列が出来ている。駿佑が冊子を渡し、神坂は要望に応じてせっせとサインを書いていた。

 会場となっている国際展示場は実際にはT都とC県の県境のC県寄りにあり、T湾に突き出た埠頭に建っている。南にT湾が一望でき、午前中はその凪いだ海から潮の香りを運んできていた。だが午後に入り、南から暗雲が立ち込める。灰色の雲はたちまち雷雲となり、南海上からビカッと稲光を走らせたと思うと、ゴロゴロと大きな雷鳴を轟かせる。

「乃愛たんを!乃愛たんを守ってほしいんでつ!」

 駿佑の叫びに浦安はどうするか躊躇したが、やがてゲリラ豪雨にびしょ濡れになった人々が屋外から即売会場へ駆け込んでくると、乃愛を無事に連れてくるためにその流れに逆らって走り出した。急な雨に何の用意もしていなかったコスプレーヤーたちが次々に駆け下りてくる中、肩にぶつかった黒いフードの男の顔がチラッと見えた際に衝撃が走った。青井草太あおいそうただ!青井がコスプレーヤーたちに紛れ、まっしぐらに駿佑たちのブースへと向かっていた。浦安は慌てて踵を返し、青井を追った。だがすでに加速のついた青井の足を止めることは出来なかった。右往左往する人垣の向こうで、パンパンと二発の銃声が鳴った。駿佑たちのブースに駆け込んた時にはもう遅かった。駿佑が、神坂が、胸から血を流しながら、白目を向いて倒れていた。青井の射撃は着実に致命的な部位を捉えていた。側に駆け込んで脈を診たが、二人の脈動はすでに感じられなかった。屋上から何とか辿り着いた乃愛がその惨状を目にし、駿佑を抱きかかえた。そして駿佑の胸に顔を埋め、彼の血で顔を真っ赤に染めながら、泣き叫んだ。浦安はその光景を呆然と見ていた。会場から荒波が打ち寄せるように悲鳴が広がっていく。それは二人が銃殺されたからではなかった。背後の海から、漆黒の雲に隠れていた無数の人の頭が飛来し、会場の人々を襲い始めたからだった。




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