【完結】メゾン漆黒〜この町の鐘が鳴る時、誰かが死ぬ。

大杉巨樹

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 令和5年4月1日

 春の陽気に包まれた禍津町まがつちょうを囲む山々には、満開の桜が所々で雪色の花びらを舞わせていた。ノワールのダイニングルームでは住人たちが何やら賑やかに騒いでいる。

「ねえねえ、もっとさあ、ほら、色紙で作った輪っかとか繋げて華やかに飾った方がよくない?こう、パァ~ッと」

 朱美あけみが西側に立ち、部屋全体を見渡しながら両手を広げた。

「いや小学生のお誕生日会かって」
「じゃあさじゃあさ、今日ってエイプリルフールじゃん?何かサプライズ的なことやっちゃう?」
「いやはしゃぐなって。自然でいいんだよ、自然で」

 一人どっかりソファに座っていた弾正だんじょうは朱美に首を振り、テーブルに置いたウィスキーセットからロックグラスに氷をカランと落とした。

「そういう弾正だってさ、いつもよりピッチ早くない?自分だってホントはソワソワしてるくせにぃ~」

 朱美に冷やかされ、弾正は手元が狂って溢れたウィスキーに口を寄せて慌てて吸った。

「おおっと。そ、そりゃあ俺だって、楽しみっちゃあ楽しみだぜ。あのガキんちょがさ、大人になって戻って来るんだぜ?どんなふうになってるか、じっくり見てやろうと思ってさ」
「そんなこと言って、イジメちゃだめなんでつよ、イジメちゃ」

 キッチンからシチューの入った鍋を持った駿佑しゅんすけが、開け放たれた南のガラス戸から庭のテーブルに運ぶ途中で、弾正にツッコミを入れる。

「い、イジメねーよ。俺あな、思いっ切り可愛がってやるぜぇ、思いっ切りさあ、こう」

 弾正が脇に抱えた頭をグリグリするような仕草をし、

「いやパーソナルスペース近すぎなんでつ!」

 と駿佑がまた突っ込み、朱美はそんな通りすがりの駿佑の首元にしがみついた。

「パーソナルスペースがなんだってえ?シュンちゃあん。あたしらにそんなもんないっつーの!」
「わあ、近いんでつ、暑苦しいんでつ~!」

 駿佑が懸命に朱美の絡みついた腕を振り解こうともがく横を、せっせとキッチンから料理を運び出していた乃愛のあが庭から入ってきて口を尖らせる。

「もお!朱美ちんも弾正もサボってないで手伝ってよね!」
「へーいへい」

 朱美の手が解かれ、開放された駿佑はやっと鍋をテーブルに置いた。

「でもさ、シュンも嬉しいでしょ?だって竹丸たけまるとめっちゃ仲良かったじゃない?」
「うん、ずっと楽しみにしてたんでつ。今日の歓迎会の料理も気合い入れて作ったでつよ~ぉ」
「おーそりゃあ楽しみだね」

 そこへまた、乃愛が今度は餃子を盛った大皿を持って通りすがる。

「朱美ちんも楽しみなんでしょ?だって今日はお店のかき入れ時のはずなのに休むんだもん」
「まあ~ね~、あいつとは毎日毎日野山を駆け回って遊んだ仲だからねえ、夕べは店から帰って眠れなくてさあ、何度もトイレにいったよ」
「うん、夜中にバタバタうるさかった」
「いやいやそういう乃愛だってさあ、そん時起きてたわけじゃん!あんたも眠れなかったんでしょお?」
「えへへ、バレたか。竹丸、ちゃんといい男になってるか楽しみだね!」

 仏頂面の多い乃愛には珍しく、破顔しなから言う。そんな乃愛ににっこり頷き、朱美は在りし日を思い出すように遠い目をした。


 一方庭では明彦あきひこすぐるが、バーベキューコンロのセッティングをしていた。

「傑くん、この、炭に混ざっている石は何かな?」
「ああ、それは隕石だよ」
「え、隕石?いや、道理で火が点きにくいと思った。こんなの入れたら燃えにくくなってしまうよ」
「いや、この石には人の感情を正常にする作用があるんだよ。そうだよな?天冥てんめいさん」

 コンロ横に置いたサイドテーブルでセフィロトからもらってきた野菜を切り分けていた天冥が、横のコンロを覗いた。

「取ってきた隕石そのまま入れても効果はありません。ちゃんと浄化しないと。いや、むしろそのままだと余計に負の気を高めてしまうかもしれません」
「ええ!?」

 天冥の言葉を聞き、傑は慌ててコンロから網をどけ、中から石を取り除き始めた。ため息をつき、明彦もそれを手伝う。

「でも傑くん、君は理論で説明できないことは信じなかったはずでは?なのに天冥さんの言うことは信じるんだね」

 明彦に言われ、傑はバツが悪そうにンンッと喉を鳴らす。天冥を見ると、口元に含み笑いが伺えた。きっと天冥さんの陰陽師としての知識が、傑を何度も論破することでそうなったんだろうなと明彦は推察する。傑が旗色を変えるように天冥に向いた。

「でも竹丸は敵の懐で洗脳されているのだろう?早くそれを解いてやらないといけないのでは?」

 天冥は傑のその問いに首を振る。

「影武者側も竹丸の放つ気の変化は敏感に感じ取ることでしょう。竹丸を正常に戻すにはまず、それを察知されないように竹丸の心をコーティングしなければなりません」
「え、コーティングって、どうやって……」

 明彦も天冥に問いかけるが、何かを思いついて言葉を止める。傑が顔を上げて明彦を見た。

「ん?どうした?」
「いや、ほら、僕らにはまだ仲間がいるでしょ?きっと、彼女らが来るのを待つんじゃないのかなって…」

 天冥が二人の視線を感じ、静かに頷く。

つむぎの力が戻り、桔梗ききょうさんを連れてきてくれるまで、作戦は始められません。でも心配には及びません。竹丸は強い子です。例え記憶をいいように改変されても、完全に闇に落ちることはありません。私たちは今日、竹丸を迎え入れ、戦いの始まりまで共に暮らす、そうすることによって、竹丸の心も次第に整っていくでしょう」

 天冥の言葉に明彦と傑は顔を見合わせ、互いに頷き合った。

百目ひゃくめの能力を持ってる天冥さんが言うんなら間違いないな。そっか…また共に暮らす、か。じゃあまた竹丸に勉強を教えてやるとするかな」

 明彦の楽しいことを思い出すような緩んだ顔の前で、傑が手を振る。

「アキさん、何を言ってる。竹丸はもう高等教育を終えてるんだぞ。次は大学で講師経験のある俺の番だ。俺が科学の何たるかを竹丸に叩き込んでやる」
「いやいや、教えることに関しては僕の方がプロだよ。教えるのは僕が…」
「いや俺が…」

 変な諍いを始めた二人に、天冥がシッと唇に人差し指を立てて見せる。

「来ましたよ」






 玄関の門を抜け、大きなバックパックを背負った青年がノワールの黒い壁を見上げている。青年は二階のテラスに群がるカラスに少し眉根を寄せたが、すぐに正面を向き、玄関の扉を潜った。そして玄関口で大きく息を吸い、目一杯口を開いた。

「ごめんください!青井草太あおいそうたと言います!今日からここの管理人としてお世話になります!」

 青年の大声に驚いたカラスたちがバタバタと羽ばたき、青空に舞った。






                 (了)
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