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追う者の末路~執着クズ野郎、永久追放~
4.淡く揺れる夜の余韻
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side 神谷 拓実
夜のシティホテル。
静かなロビーのソファーに腰を下ろし、ポケットからスマホを取り出す。
エレベーターの音がして、彼女が姿を現した。
昼間のスーツとは違い、シンプルなワンピース。派手さはないのに、自然と目を引く雰囲気がある。
「神谷社長」
「こんばんは。来てくれてありがとう」
会釈を交わすと、彼女は少し照れたように笑った。
「この前はありがとうございました」
「いやいや、礼を言われるほどのことじゃないよ」
軽口を返すと彼女は安心したように、肩の力を抜いた。その仕草に素の表情が見える気がした。
二人でラウンジ奥のテーブルに腰を下ろすと、大きな窓越しに夜景が広がり、柔らかなジャズが静かに流れている。
「社長って、こういう場所にも来られるんですね」
「気分転換にね。たまには雰囲気を変えたくなるもんで」
俺はグラスを軽く持ち上げ、笑みを添える。
「……なんて言いながら、実際は滅多に来ない。今日は、ちょっと特別」
その言葉に、彼女の唇が弧を描く。
「そう言っていただけると、私まで特別な気分になりますね」
「うん。たまには、そういう時間も必要だから」
互いにグラスを軽く合わせると、静かな音がラウンジに溶けた。
「社長って、意外と几帳面ですよね」
「そう見える? 自分じゃ全然そう思ってないけど」
「ふふ。だって、資料を扱う手つきとか、机の上の整い方とか……すごく性格が出てました」
「単に、散らかってると落ち着かないだけだよ」
「やっぱり几帳面じゃないですか」
小さなやりとりに、自然と笑いがこぼれる。
仕事では見せない表情が、自分の中にも引き出されているのを感じた。
話題は最初こそ仕事の延長だったが、やがて自然に趣味や最近の出来事へと移っていく。
「最近は何か、楽しみにしてることはある?」
「そうですね……映画が好きで、この前も友達と観に行ったんです」
「どんな映画?」
「サスペンスなんですけど、途中で犯人が誰か分かっちゃいました」
「推理力があるんだな」
「ただの勘ですよ。でも……意外と鋭いって言われますね」
彼女はよく笑い、思っていた以上に気さくに話す。
「でも、神谷社長も隠すのが上手そうですよね」
「隠す?」
「はい。表情とか、言葉の選び方とか。……本当の気持ちを、あまり外に出さないタイプじゃありません?」
彼女の声は穏やかで、責める調子ではない。
むしろ、心の奥をそっと覗き込もうとするような、柔らかさを帯びていた。
「……まあ、経営者なんてみんなそんなもんだ」
「そうですよね。……それにしても、神谷社長のことは最近、名前をよく耳にします」
「俺のこと?」
彼女は軽くグラスを揺らし、夜景の光を追うようにして視線を流した。ほんの一瞬、窓とは別の方向を見やったのは、癖のようにも見える。
「事業のこともそうですけど……“どんな人と付き合っているのか”って、気にしてる人もいるみたいです」
「俺、芸能人じゃないんだけどね」
俺の言葉に、彼女は小さく瞬きをしたあと、また視線を夜景へ向けた。
「でも、どこで食事をしていたとか、誰と歩いていたとか……そういう話題が、妙に早く広まるんです」
彼女は肩をすくめて、世間の噂を語るように笑った。
「……それはまた、余計なお世話だな」
「ふふ。社長が想像しているより、ずっと目立ってるってことですよ」
なるほど、と俺は笑って受け流す。
「……まあ、注目される立場っていうのは、そういうものかもしれないな」
「そうですね。動きがある人の周りには、自然と目が集まりますから」
彼女は軽くグラスを傾けて、目を細める。
その声音は柔らかいのに、不思議と奥底に揺さぶるものを含んでいた。
「だからこそ、信じられる人が近くにいるって大事だな」
「……ええ。本当に」
短い沈黙のあと、互いに微笑む。
だが、その奥では――言葉にしない温度が確かに揺れていた。
「あと、見る目があるかどうかも重要だね。その人がどういう人間か、見極めたりとかさ」
「ですよね」
「見誤れば、思わぬところで足をすくわれる。逆に……一度信じると決めたなら、徹底的に守り抜く。それくらいの覚悟がないと、結局は長く続かない」
「……覚悟ですか」
彼女の声は小さく、でも確かな問いかけだった。
俺はグラスを軽く傾け、夜景の光を映す窓の向こうを見やる。
街の明かりが雨粒に揺れ、ひとつひとつが微かに震えているように見えた。
夜のシティホテル。
静かなロビーのソファーに腰を下ろし、ポケットからスマホを取り出す。
エレベーターの音がして、彼女が姿を現した。
昼間のスーツとは違い、シンプルなワンピース。派手さはないのに、自然と目を引く雰囲気がある。
「神谷社長」
「こんばんは。来てくれてありがとう」
会釈を交わすと、彼女は少し照れたように笑った。
「この前はありがとうございました」
「いやいや、礼を言われるほどのことじゃないよ」
軽口を返すと彼女は安心したように、肩の力を抜いた。その仕草に素の表情が見える気がした。
二人でラウンジ奥のテーブルに腰を下ろすと、大きな窓越しに夜景が広がり、柔らかなジャズが静かに流れている。
「社長って、こういう場所にも来られるんですね」
「気分転換にね。たまには雰囲気を変えたくなるもんで」
俺はグラスを軽く持ち上げ、笑みを添える。
「……なんて言いながら、実際は滅多に来ない。今日は、ちょっと特別」
その言葉に、彼女の唇が弧を描く。
「そう言っていただけると、私まで特別な気分になりますね」
「うん。たまには、そういう時間も必要だから」
互いにグラスを軽く合わせると、静かな音がラウンジに溶けた。
「社長って、意外と几帳面ですよね」
「そう見える? 自分じゃ全然そう思ってないけど」
「ふふ。だって、資料を扱う手つきとか、机の上の整い方とか……すごく性格が出てました」
「単に、散らかってると落ち着かないだけだよ」
「やっぱり几帳面じゃないですか」
小さなやりとりに、自然と笑いがこぼれる。
仕事では見せない表情が、自分の中にも引き出されているのを感じた。
話題は最初こそ仕事の延長だったが、やがて自然に趣味や最近の出来事へと移っていく。
「最近は何か、楽しみにしてることはある?」
「そうですね……映画が好きで、この前も友達と観に行ったんです」
「どんな映画?」
「サスペンスなんですけど、途中で犯人が誰か分かっちゃいました」
「推理力があるんだな」
「ただの勘ですよ。でも……意外と鋭いって言われますね」
彼女はよく笑い、思っていた以上に気さくに話す。
「でも、神谷社長も隠すのが上手そうですよね」
「隠す?」
「はい。表情とか、言葉の選び方とか。……本当の気持ちを、あまり外に出さないタイプじゃありません?」
彼女の声は穏やかで、責める調子ではない。
むしろ、心の奥をそっと覗き込もうとするような、柔らかさを帯びていた。
「……まあ、経営者なんてみんなそんなもんだ」
「そうですよね。……それにしても、神谷社長のことは最近、名前をよく耳にします」
「俺のこと?」
彼女は軽くグラスを揺らし、夜景の光を追うようにして視線を流した。ほんの一瞬、窓とは別の方向を見やったのは、癖のようにも見える。
「事業のこともそうですけど……“どんな人と付き合っているのか”って、気にしてる人もいるみたいです」
「俺、芸能人じゃないんだけどね」
俺の言葉に、彼女は小さく瞬きをしたあと、また視線を夜景へ向けた。
「でも、どこで食事をしていたとか、誰と歩いていたとか……そういう話題が、妙に早く広まるんです」
彼女は肩をすくめて、世間の噂を語るように笑った。
「……それはまた、余計なお世話だな」
「ふふ。社長が想像しているより、ずっと目立ってるってことですよ」
なるほど、と俺は笑って受け流す。
「……まあ、注目される立場っていうのは、そういうものかもしれないな」
「そうですね。動きがある人の周りには、自然と目が集まりますから」
彼女は軽くグラスを傾けて、目を細める。
その声音は柔らかいのに、不思議と奥底に揺さぶるものを含んでいた。
「だからこそ、信じられる人が近くにいるって大事だな」
「……ええ。本当に」
短い沈黙のあと、互いに微笑む。
だが、その奥では――言葉にしない温度が確かに揺れていた。
「あと、見る目があるかどうかも重要だね。その人がどういう人間か、見極めたりとかさ」
「ですよね」
「見誤れば、思わぬところで足をすくわれる。逆に……一度信じると決めたなら、徹底的に守り抜く。それくらいの覚悟がないと、結局は長く続かない」
「……覚悟ですか」
彼女の声は小さく、でも確かな問いかけだった。
俺はグラスを軽く傾け、夜景の光を映す窓の向こうを見やる。
街の明かりが雨粒に揺れ、ひとつひとつが微かに震えているように見えた。
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