28 / 102
追う者の末路~執着クズ野郎、永久追放~
4.淡く揺れる夜の余韻
しおりを挟む
side 神谷 拓実
夜のシティホテル。
静かなロビーのソファーに腰を下ろし、ポケットからスマホを取り出す。
エレベーターの音がして、彼女が姿を現した。
昼間のスーツとは違い、シンプルなワンピース。派手さはないのに、自然と目を引く雰囲気がある。
「神谷社長」
「こんばんは。来てくれてありがとう」
会釈を交わすと、彼女は少し照れたように笑った。
「この前はありがとうございました」
「いやいや、礼を言われるほどのことじゃないよ」
軽口を返すと彼女は安心したように、肩の力を抜いた。その仕草に素の表情が見える気がした。
二人でラウンジ奥のテーブルに腰を下ろすと、大きな窓越しに夜景が広がり、柔らかなジャズが静かに流れている。
「社長って、こういう場所にも来られるんですね」
「気分転換にね。たまには雰囲気を変えたくなるもんで」
俺はグラスを軽く持ち上げ、笑みを添える。
「……なんて言いながら、実際は滅多に来ない。今日は、ちょっと特別」
その言葉に、彼女の唇が弧を描く。
「そう言っていただけると、私まで特別な気分になりますね」
「うん。たまには、そういう時間も必要だから」
互いにグラスを軽く合わせると、静かな音がラウンジに溶けた。
「社長って、意外と几帳面ですよね」
「そう見える? 自分じゃ全然そう思ってないけど」
「ふふ。だって、資料を扱う手つきとか、机の上の整い方とか……すごく性格が出てました」
「単に、散らかってると落ち着かないだけだよ」
「やっぱり几帳面じゃないですか」
小さなやりとりに、自然と笑いがこぼれる。
仕事では見せない表情が、自分の中にも引き出されているのを感じた。
話題は最初こそ仕事の延長だったが、やがて自然に趣味や最近の出来事へと移っていく。
「最近は何か、楽しみにしてることはある?」
「そうですね……映画が好きで、この前も友達と観に行ったんです」
「どんな映画?」
「サスペンスなんですけど、途中で犯人が誰か分かっちゃいました」
「推理力があるんだな」
「ただの勘ですよ。でも……意外と鋭いって言われますね」
彼女はよく笑い、思っていた以上に気さくに話す。
「でも、神谷社長も隠すのが上手そうですよね」
「隠す?」
「はい。表情とか、言葉の選び方とか。……本当の気持ちを、あまり外に出さないタイプじゃありません?」
彼女の声は穏やかで、責める調子ではない。
むしろ、心の奥をそっと覗き込もうとするような、柔らかさを帯びていた。
「……まあ、経営者なんてみんなそんなもんだ」
「そうですよね。……それにしても、神谷社長のことは最近、名前をよく耳にします」
「俺のこと?」
彼女は軽くグラスを揺らし、夜景の光を追うようにして視線を流した。ほんの一瞬、窓とは別の方向を見やったのは、癖のようにも見える。
「事業のこともそうですけど……“どんな人と付き合っているのか”って、気にしてる人もいるみたいです」
「俺、芸能人じゃないんだけどね」
俺の言葉に、彼女は小さく瞬きをしたあと、また視線を夜景へ向けた。
「でも、どこで食事をしていたとか、誰と歩いていたとか……そういう話題が、妙に早く広まるんです」
彼女は肩をすくめて、世間の噂を語るように笑った。
「……それはまた、余計なお世話だな」
「ふふ。社長が想像しているより、ずっと目立ってるってことですよ」
なるほど、と俺は笑って受け流す。
「……まあ、注目される立場っていうのは、そういうものかもしれないな」
「そうですね。動きがある人の周りには、自然と目が集まりますから」
彼女は軽くグラスを傾けて、目を細める。
その声音は柔らかいのに、不思議と奥底に揺さぶるものを含んでいた。
「だからこそ、信じられる人が近くにいるって大事だな」
「……ええ。本当に」
短い沈黙のあと、互いに微笑む。
だが、その奥では――言葉にしない温度が確かに揺れていた。
「あと、見る目があるかどうかも重要だね。その人がどういう人間か、見極めたりとかさ」
「ですよね」
「見誤れば、思わぬところで足をすくわれる。逆に……一度信じると決めたなら、徹底的に守り抜く。それくらいの覚悟がないと、結局は長く続かない」
「……覚悟ですか」
彼女の声は小さく、でも確かな問いかけだった。
俺はグラスを軽く傾け、夜景の光を映す窓の向こうを見やる。
街の明かりが雨粒に揺れ、ひとつひとつが微かに震えているように見えた。
夜のシティホテル。
静かなロビーのソファーに腰を下ろし、ポケットからスマホを取り出す。
エレベーターの音がして、彼女が姿を現した。
昼間のスーツとは違い、シンプルなワンピース。派手さはないのに、自然と目を引く雰囲気がある。
「神谷社長」
「こんばんは。来てくれてありがとう」
会釈を交わすと、彼女は少し照れたように笑った。
「この前はありがとうございました」
「いやいや、礼を言われるほどのことじゃないよ」
軽口を返すと彼女は安心したように、肩の力を抜いた。その仕草に素の表情が見える気がした。
二人でラウンジ奥のテーブルに腰を下ろすと、大きな窓越しに夜景が広がり、柔らかなジャズが静かに流れている。
「社長って、こういう場所にも来られるんですね」
「気分転換にね。たまには雰囲気を変えたくなるもんで」
俺はグラスを軽く持ち上げ、笑みを添える。
「……なんて言いながら、実際は滅多に来ない。今日は、ちょっと特別」
その言葉に、彼女の唇が弧を描く。
「そう言っていただけると、私まで特別な気分になりますね」
「うん。たまには、そういう時間も必要だから」
互いにグラスを軽く合わせると、静かな音がラウンジに溶けた。
「社長って、意外と几帳面ですよね」
「そう見える? 自分じゃ全然そう思ってないけど」
「ふふ。だって、資料を扱う手つきとか、机の上の整い方とか……すごく性格が出てました」
「単に、散らかってると落ち着かないだけだよ」
「やっぱり几帳面じゃないですか」
小さなやりとりに、自然と笑いがこぼれる。
仕事では見せない表情が、自分の中にも引き出されているのを感じた。
話題は最初こそ仕事の延長だったが、やがて自然に趣味や最近の出来事へと移っていく。
「最近は何か、楽しみにしてることはある?」
「そうですね……映画が好きで、この前も友達と観に行ったんです」
「どんな映画?」
「サスペンスなんですけど、途中で犯人が誰か分かっちゃいました」
「推理力があるんだな」
「ただの勘ですよ。でも……意外と鋭いって言われますね」
彼女はよく笑い、思っていた以上に気さくに話す。
「でも、神谷社長も隠すのが上手そうですよね」
「隠す?」
「はい。表情とか、言葉の選び方とか。……本当の気持ちを、あまり外に出さないタイプじゃありません?」
彼女の声は穏やかで、責める調子ではない。
むしろ、心の奥をそっと覗き込もうとするような、柔らかさを帯びていた。
「……まあ、経営者なんてみんなそんなもんだ」
「そうですよね。……それにしても、神谷社長のことは最近、名前をよく耳にします」
「俺のこと?」
彼女は軽くグラスを揺らし、夜景の光を追うようにして視線を流した。ほんの一瞬、窓とは別の方向を見やったのは、癖のようにも見える。
「事業のこともそうですけど……“どんな人と付き合っているのか”って、気にしてる人もいるみたいです」
「俺、芸能人じゃないんだけどね」
俺の言葉に、彼女は小さく瞬きをしたあと、また視線を夜景へ向けた。
「でも、どこで食事をしていたとか、誰と歩いていたとか……そういう話題が、妙に早く広まるんです」
彼女は肩をすくめて、世間の噂を語るように笑った。
「……それはまた、余計なお世話だな」
「ふふ。社長が想像しているより、ずっと目立ってるってことですよ」
なるほど、と俺は笑って受け流す。
「……まあ、注目される立場っていうのは、そういうものかもしれないな」
「そうですね。動きがある人の周りには、自然と目が集まりますから」
彼女は軽くグラスを傾けて、目を細める。
その声音は柔らかいのに、不思議と奥底に揺さぶるものを含んでいた。
「だからこそ、信じられる人が近くにいるって大事だな」
「……ええ。本当に」
短い沈黙のあと、互いに微笑む。
だが、その奥では――言葉にしない温度が確かに揺れていた。
「あと、見る目があるかどうかも重要だね。その人がどういう人間か、見極めたりとかさ」
「ですよね」
「見誤れば、思わぬところで足をすくわれる。逆に……一度信じると決めたなら、徹底的に守り抜く。それくらいの覚悟がないと、結局は長く続かない」
「……覚悟ですか」
彼女の声は小さく、でも確かな問いかけだった。
俺はグラスを軽く傾け、夜景の光を映す窓の向こうを見やる。
街の明かりが雨粒に揺れ、ひとつひとつが微かに震えているように見えた。
183
あなたにおすすめの小説
気づいたらスパダリの部屋で繭になってた話
米山のら
BL
鎌倉で静かにリモート生活を送る俺は、極度のあがり症。
子どものころ高い声をからかわれたトラウマが原因で、人と話すのが苦手だ。
そんな俺が、月に一度の出社日に出会ったのは、仕事も見た目も完璧なのに、なぜか異常に距離が近い謎のスパダリ。
気づけば荷物ごとドナドナされて、たどり着いたのは最上階の部屋。
「おいで」
……その優しさ、むしろ怖いんですけど!?
これは、殻に閉じこもっていた俺が、“繭”という名の執着にじわじわと絡め取られていく話。
バツイチ上司が、地味な僕を特別扱いしてくる
衣草 薫
BL
理性的でクールなバツイチ上司・桐原恒一は、過去の失敗から、もう誰も必要としないと決めて生きてきた。
男が好きだという事実を隠し、「期待しなければ傷つかない」と思い込んできた部下・葉山直。
すれ違いと誤解の果てに、直が職場を去ろうとしたとき、恒一は初めて“追いかける”ことを選ぶ。
選ばれないと信じてきた直と、逃げないと決めた恒一。
二人の距離が近づくことで、直は「ここにいていい」と思える場所を見つけていく。
元ノンケ上司×自己肯定感低め部下の社会人BL。※ハッピーエンド保証。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました
由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。
ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。
遠い存在になったはずの彼。
けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。
冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。
入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?
monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。
そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。
主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。
※今回の表紙はAI生成です
※小説家になろうにも公開してます
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
双子のスパダリ旦那が今日も甘い
ユーリ
BL
「いつになったらお前は学校を辞めるんだ?」「いつになったら俺らの仕事の邪魔をする仕事をするんだ?」ーー高校二年生の柚月は幼馴染の双子と一緒に暮らしているが、毎日のように甘やかされるも意味のわからないことを言ってきて…「仕事の邪魔をする仕事って何!?」ーー双子のスパダリ旦那は今日も甘いのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる