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恋と忠誠の間で
16.ベンチの記憶、ベッドの現実
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酔いで鈍くなった頭の奥に、あの日の記憶が蘇る。
このベンチで初めて出会った拓実。
温かくて安心できた彼の声が、今でも胸の奥で響いている。
視界がゆらりと揺れ、時間の感覚さえも曖昧になっていく。
「タクシー呼びました。来たら、移動しましょう」
田中さんの声が現実に引き戻すように耳に届く。
皮肉なことに、同じベンチに座っているのは今は拓実ではなく田中さんだ。
街灯の下、地面に映る自分の影をぼんやりと見つめる。胸の奥にわずかな痛みが広がっていく。
頭も体も重い。もう抗おうとする力も残っていない。
まぶたが自然と閉じていき、意識はゆっくりと闇の中に沈んでいった。
*
ふと気付けば、そっと誰かに押し倒され、背中にベッドの柔らかさが伝わる。
夢うつつの意識の中、浮かぶのはまた――拓実の顔だった。
“遥……大好きだ”
夢の中の拓実がそう言って、優しく見下ろしている。
「俺も……大好きだよ……」
“俺からは逃げんなって言ったじゃん”
ごめん、約束したのに。本当はずっと側にいたい。
「離れたくない……」
その声に応えるように、体が自然と近づいてきた。
そして唇が重なる――柔らかく、ほんの一瞬の感触。
軽く離れた唇の余韻が、口の中でほんのり甘い。
「っ……」
しかし、暗がりに引っ張られるように、ふと意識が戻る。
……そうだった。さっき、俺といたのは拓実じゃない。
ベンチで一緒にいたのは田中さんで、俺は酔いつぶれて意識を失ったんだった。
ということは、今俺に触れているのは……田中さん?
心臓がドキドキと早鐘を打つ。
でも、なぜかその鼓動は恐怖からではなく、別の理由のような気がした。
肌の温度、息づかい、胸の鼓動——どうしても違和感があった。
まさか。そんなはずはない。
でも、この感覚は間違いなく——。
「拓実……?」
小さな声で呼ぶと、すぐ近くでふっと笑う気配がした。その笑い方にも聞き覚えがある。
「……遥、目が覚めたか」
低くて温かい、ずっと恋しかった声。
「……え、拓実? 本物?」
「当たり前だろ」
拓実の少し寄った眉が視界に入り、胸がぎゅっと締め付けられる。
夢でも幻でもない、目の前にいるのは拓実だ。
「……なんで、拓実……」
自分の声が掠れていることに気づく。まだアルコールが残っているのか、喉がカラカラだった。
「遥、気分はどうだ?」
優しい声に、ようやく周りを見渡す余裕ができた。
見慣れた天井、見慣れた壁。いつもの机の上には昨日まで作業していた資料が散らかったまま放置されている。
「ここ、俺の部屋……」
震える声に、彼の腕が強く抱き寄せる。
ベッドの上で拓実の温もりに包まれながら、まだ頭はぼんやりしている。
「あぁ。俺が連れて帰ってきた」
「拓実が? ありがとう……」
お礼を言いながらも、頭の中は混乱していた。
なんで拓実が? 田中さんはどうなったんだろう。
そもそも、なぜ拓実が俺の居場所を?
「遥が無事でよかった。……なぁ、どうして田中の誘いに乗ったんだよ」
拓実の声のトーンが少し変わった。優しさの奥に、何か別の感情が隠れているような。
「そ、それは……」
まともに答えられず、口ごもる。
「俺より、田中の方がよかった?」
「いや、ちが……」
「遥」
名前を呼ばれた瞬間、心臓がドキッとした。
視線を逸らそうとすると、拓実の手がそっと俺の顎を支えて、強制的に目を合わせられる。
その瞳は、いつもより真剣で、少しだけ厳しかった。
「ひどく酔わされてたよな。変な薬でも盛られてたかもしれない」
低く吐き出された言葉には、怒りと不安が入り混じっている。
拓実の本気で心配している顔を見ると、胸が苦しくなる。
「それに——編集長から聞いた。お前、会社辞めようとしてたんだろ?」
バレていた。胸の奥が重くなる。
「……うん」
拓実は短く息を吐き、真っ直ぐに俺を見た。
「仕事終わりに神谷メディアに寄ったけど、お前はもういなかった。電話かけたら様子が変だしさ……それで何かあるって気づいたんだよ」
「……でも、なんで居場所まで?」
弱々しく問うと、拓実は苦笑を浮かべた。
「電話越しのBGMでわかったんだよ。あそこのバー、オーナーがやたら映画音楽にこだわってるからさ」
確かに、かかっていたのはクラシックでもジャズでもなく、懐かしい映画のサントラばかり。
「前に行った時も同じ曲が流れてたから、あの店しかないって思った」
拓実は肩をすくめるけど、その目は少しだけ鋭い。
探偵みたいだ、なんて場違いなことを考えてしまう。
「だから駅前まで行ったら……案の定、ベンチに座る田中と眠ってるお前がいたんだよ」
拓実の声が少し強まる。
「マジで危なかったんだからな、お前」
強い言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。
「お前が俺から離れようとした理由は、今は追及しない。……でもさ」
拓実は視線を落とし、わざとらしくため息をつく。その表情が、いつものからかうような顔に戻る。
「俺のこと、大好きなんだろ?」
このベンチで初めて出会った拓実。
温かくて安心できた彼の声が、今でも胸の奥で響いている。
視界がゆらりと揺れ、時間の感覚さえも曖昧になっていく。
「タクシー呼びました。来たら、移動しましょう」
田中さんの声が現実に引き戻すように耳に届く。
皮肉なことに、同じベンチに座っているのは今は拓実ではなく田中さんだ。
街灯の下、地面に映る自分の影をぼんやりと見つめる。胸の奥にわずかな痛みが広がっていく。
頭も体も重い。もう抗おうとする力も残っていない。
まぶたが自然と閉じていき、意識はゆっくりと闇の中に沈んでいった。
*
ふと気付けば、そっと誰かに押し倒され、背中にベッドの柔らかさが伝わる。
夢うつつの意識の中、浮かぶのはまた――拓実の顔だった。
“遥……大好きだ”
夢の中の拓実がそう言って、優しく見下ろしている。
「俺も……大好きだよ……」
“俺からは逃げんなって言ったじゃん”
ごめん、約束したのに。本当はずっと側にいたい。
「離れたくない……」
その声に応えるように、体が自然と近づいてきた。
そして唇が重なる――柔らかく、ほんの一瞬の感触。
軽く離れた唇の余韻が、口の中でほんのり甘い。
「っ……」
しかし、暗がりに引っ張られるように、ふと意識が戻る。
……そうだった。さっき、俺といたのは拓実じゃない。
ベンチで一緒にいたのは田中さんで、俺は酔いつぶれて意識を失ったんだった。
ということは、今俺に触れているのは……田中さん?
心臓がドキドキと早鐘を打つ。
でも、なぜかその鼓動は恐怖からではなく、別の理由のような気がした。
肌の温度、息づかい、胸の鼓動——どうしても違和感があった。
まさか。そんなはずはない。
でも、この感覚は間違いなく——。
「拓実……?」
小さな声で呼ぶと、すぐ近くでふっと笑う気配がした。その笑い方にも聞き覚えがある。
「……遥、目が覚めたか」
低くて温かい、ずっと恋しかった声。
「……え、拓実? 本物?」
「当たり前だろ」
拓実の少し寄った眉が視界に入り、胸がぎゅっと締め付けられる。
夢でも幻でもない、目の前にいるのは拓実だ。
「……なんで、拓実……」
自分の声が掠れていることに気づく。まだアルコールが残っているのか、喉がカラカラだった。
「遥、気分はどうだ?」
優しい声に、ようやく周りを見渡す余裕ができた。
見慣れた天井、見慣れた壁。いつもの机の上には昨日まで作業していた資料が散らかったまま放置されている。
「ここ、俺の部屋……」
震える声に、彼の腕が強く抱き寄せる。
ベッドの上で拓実の温もりに包まれながら、まだ頭はぼんやりしている。
「あぁ。俺が連れて帰ってきた」
「拓実が? ありがとう……」
お礼を言いながらも、頭の中は混乱していた。
なんで拓実が? 田中さんはどうなったんだろう。
そもそも、なぜ拓実が俺の居場所を?
「遥が無事でよかった。……なぁ、どうして田中の誘いに乗ったんだよ」
拓実の声のトーンが少し変わった。優しさの奥に、何か別の感情が隠れているような。
「そ、それは……」
まともに答えられず、口ごもる。
「俺より、田中の方がよかった?」
「いや、ちが……」
「遥」
名前を呼ばれた瞬間、心臓がドキッとした。
視線を逸らそうとすると、拓実の手がそっと俺の顎を支えて、強制的に目を合わせられる。
その瞳は、いつもより真剣で、少しだけ厳しかった。
「ひどく酔わされてたよな。変な薬でも盛られてたかもしれない」
低く吐き出された言葉には、怒りと不安が入り混じっている。
拓実の本気で心配している顔を見ると、胸が苦しくなる。
「それに——編集長から聞いた。お前、会社辞めようとしてたんだろ?」
バレていた。胸の奥が重くなる。
「……うん」
拓実は短く息を吐き、真っ直ぐに俺を見た。
「仕事終わりに神谷メディアに寄ったけど、お前はもういなかった。電話かけたら様子が変だしさ……それで何かあるって気づいたんだよ」
「……でも、なんで居場所まで?」
弱々しく問うと、拓実は苦笑を浮かべた。
「電話越しのBGMでわかったんだよ。あそこのバー、オーナーがやたら映画音楽にこだわってるからさ」
確かに、かかっていたのはクラシックでもジャズでもなく、懐かしい映画のサントラばかり。
「前に行った時も同じ曲が流れてたから、あの店しかないって思った」
拓実は肩をすくめるけど、その目は少しだけ鋭い。
探偵みたいだ、なんて場違いなことを考えてしまう。
「だから駅前まで行ったら……案の定、ベンチに座る田中と眠ってるお前がいたんだよ」
拓実の声が少し強まる。
「マジで危なかったんだからな、お前」
強い言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。
「お前が俺から離れようとした理由は、今は追及しない。……でもさ」
拓実は視線を落とし、わざとらしくため息をつく。その表情が、いつものからかうような顔に戻る。
「俺のこと、大好きなんだろ?」
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