【完結】こじらせ半猫くんは、好きな人の前だけ可愛い―溺愛ダーリン×半猫化男子―

砂原紗藍

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【第一章】優しい隣人と半猫の僕

3.素直じゃない甘え

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あれから、毎日なんとなく――
カナトさんの帰る時間を意識するようになっていた。

窓の外をぼんやり眺める。
カナトさんはいつも19時頃に帰ってくる。
時計を見ると、18時50分。

……ちょっと、外の空気でも吸いに行こうかな。

そう自分に言い訳しながら部屋を出た。
マンションの前は、夕焼けに薄く染まり、冷たい風が頬を撫でていく。

「今日は雨、降らないんだ……」

ぽつりと呟いて、道をぼんやり見つめていると――
駅の方から、見慣れた背の高い影が歩いてきた。

「あ……」

胸の奥が熱くなる。
カナトさんはすぐ僕に気づいて、軽く手を上げた。

「レン、今帰り?」
「あ……うん」

嘘だ。
本当は、待ってたくせに。
でも、それは絶対言えない。

「そうか。一緒に行こう」

隣に並んでエントランスを通り、エレベーターに乗り込む。
カナトさんのスーツからふと香る匂いに、胸がまたちょっとドキドキした。

「今日、大学はどうだった?」
「……普通」
「そっか」

そっけない返事でも、優しく笑ってくれる人。

エレベーターが3階に着き、僕は自分の部屋の前に向かう。

「……じゃあ、また」

そう言ってドアノブに手を伸ばした、その瞬間。

「レン」

優しい声に引き止められた。

「……なに?」
「俺の部屋、来ないか? 美味いお菓子があるんだ。お茶くらいは淹れるよ」

その誘いは、思っている以上に胸に響く。

「……暇だし、いく」
「そうか。じゃあおいで」

カナトさんが自分の部屋のドアを開けた。
部屋に入ると、ふわっと落ち着いた空気が僕を包んだ。

「座ってて」
「うん」

僕は言われるままソファに座った。なんかドキドキする。
しっぽが少し出そうになって、慌てて抑える。

カナトさんがキッチンでお茶を淹れている間、僕はぼんやりと部屋を眺めていた。

この前来たときも思ったけど、カナトさんの部屋は綺麗に片付いてる。
本棚には技術書と小説が並んでいて、テーブルの上には何もない。

僕の部屋とは大違いだ。
カナトさん、“すごくちゃんとしてる人”って感じがする。

「はい、どうぞ」

お茶と、小さな焼き菓子が乗った皿がテーブルに置かれた。

「わ……美味しそう」
「職場の後輩にもらってさ。甘すぎなくて美味いんだ」
「……ありがと」
「どういたしまして」

気づけば、カナトさんはすぐ隣に腰を下ろしていた。
距離が、近い。

「レンってさ……お菓子で釣られるタイプだよな」
「釣られてないし」
「気をつけろよ。そんな可愛い顔でふらふら来たら、誘拐されるぞ」

……なんか、ちょっと子供扱いされてる?

「別に、誰でもいいわけじゃない」
「へぇ。じゃあ、俺は例外ってこと?」

カナトさんの口元が悪戯っぽく歪む。

「今日さ、ちょっと仕事でバタついてたんだけど……レンの顔見たら、疲れ全部飛んだ」
「……なにそれ」
「そのまんまの意味。レン、ほんと癒し」

ひと息置いてから、ふっと僕の頭を見る。

「今日は耳、出てないんだな」
「勝手に出るだけだよ。感情が揺れると」
「なるほど。じゃあ今は落ち着いてるんだ」

ゆっくり微笑むその顔を見ると――
本当に、落ち着く。

「でも、耳が出てるレンも可愛いよ」
「可愛くない」

言い返した瞬間、カナトさんがくすっと笑った。

「レン、もっと素直になれよ」
「僕は十分素直だけど」
「じゃあ一つ質問」

カナトさんが身を乗り出してくる。
近い。息がかかる。

「レン、俺のこと嫌い?」
「……え」

突然の質問に、僕は言葉に詰まった。

「嫌いじゃ……ないけど」

僕は顔を真っ赤にして目を逸らした。
心臓がドキドキと激しく鳴っている。
すると、頭の上にふっと感覚が現れた。

「あ……」

猫耳が出てしまった。

「ほら、出た」
「もう……勝手に出るの、やだ……」

恥ずかしくて隠そうとした手を、カナトさんがやんわり押さえた。

そして――そっと耳に触れた。

「……っん」

体の奥が震えて、変な声が漏れる。

「お前の耳、柔らかいな……」
「触んないで……」
「嫌か?」
「嫌じゃ……ないけど……」

僕の喉から、小さなゴロゴロという音が漏れ始めた。
嬉しいときや気持ちいいときに出る音。
これも、自分では止められない。

「ほら、素直だな。身体は」
「言い方……!」

恥ずかしすぎて手を払おうとした瞬間、カナトさんに腰をそっと引き寄せられた。

「ちょっ……!」

気づいたら、膝の上に座らされていた。

「近いってば!」
「素直じゃないお前が悪い」

腰を片腕で支えられて逃げられない。
背中を撫でられると、体の力が抜けていく。

「……隠してることなんてないし」
「ほんとに?」

耳元で低い声が落ちた。

「レン、俺のこと好きだろ?」

否定しようとしたのに、しっぽが勝手にカナトさんの腕に絡みついていく。

「ほら、しっぽは正直」
「だから、勝手に動くの……!」

頬を撫でられ、心臓がまた跳ねた。

「猫ならもっと甘えていいのに」
「半猫! しかも甘えるって……」
「こうやって」

胸元へそっと抱き寄せられる。

「っ……カナトさん……」
「隠してばっかで疲れるだろ」

規則正しい心臓の音が耳に響く。

「……別に疲れてない」
「はいはい、素直じゃない」

カナトさんの手が僕の髪を、そして耳を優しく撫でた。

「んん……」

気持ちいい。すごく気持ちいい。

「レン、可愛い」
「可愛くない……」

でも、喉のゴロゴロは止まらなかった。

「ん……」

カナトさんの腕の中で、僕はだんだん力が抜けていった。
温かくて、優しくて、安心する。

こんなの、初めてだ。
こんなに安心できる場所、あったんだ。

「……カナトさん」
「ん?」
「僕のこと、……気になるの?」
「ああ。気になる」

胸がじわっと熱くなる。

でも――

「……そのうち、飽きるよ」
「飽きない」

強く、迷いなく言い切ってくる。
その瞬間、しっぽがふわりと揺れた。

嬉しい。
でも――きっといつか終わる。

そんな不安が、胸の奥に渦巻いていた。


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