【完結】悪役令息、運命を変えたら政略婚約のイケメン伯爵に溺愛されました

砂原紗藍

文字の大きさ
8 / 18

7.悲劇の真実と、君の腕の中で

しおりを挟む
「お前……何を考えてるんだ」

振り向くと、マキューシオが眉を寄せて立っていた。

「……何のことですか?」
「とぼけんなよ。今日も――前と同じで、必死にティボルトを止めようとしてただろ」

思わず息を呑んだ。

「お前が間に入らなきゃ、今日は血を見るところだった」
「だから何だというんですか」

冷静に返すと、マキューシオは苦笑しながら僕の肩を軽く叩いた。

「ふん。冷たい坊っちゃんだな。……まあいい。じゃあな」

彼が去った後、僕はその場にしばらく立ち尽くしていた。

その背中が人混みに消えていく。
僕はその場でしばらく動けずにいた。

マキューシオ。
君は、やっぱり人の心を見抜く目があるね。
そして何より、ロメオの幸せを支えられる人だ。

「頑張って。……幸せになってね」

誰にも聞こえない声で呟き、僕は静かに教室へ向かった。


――そして、その夜。

約束どおりパリス邸を訪れると、扉が開き、優しい声が迎えてくれた。

「いらっしゃい、ジュリオ君」
「お招きいただき、ありがとうございます」
「こちらこそ。さあ、こちらへ」

案内されたのは、邸の奥にある小さなダイニングルーム。
豪華すぎず、温かくてほっとする空間だった。

「今夜は、二人だけでゆっくり話したかったんだ」
「……はい」

食事が運ばれてくる。
一口食べてみると、すごく繊細な味付けだった。

……めちゃくちゃ美味しい。
前の人生じゃ絶対に味わえなかったやつだ。

「……美味しい」

パリスは嬉しそうに目を細めた。

「気に入ってもらえて嬉しいよ。君が喜んでくれるのが一番だからね」

しばらくの間、穏やかな会話が続いた。
だが、デザートが運ばれてきた頃――パリスが真剣な顔をした。

「ジュリオ君」
「はい?」
「今日、学園で何かあったと聞いたが」
「大したことでは……」
「隠さなくてもいいよ。僕にも情報網はある。君がティボルトを必死に止めたそうだね」

もうパリスの耳に入っていたとは……。

「ジュリオ。僕には、君はずっと何かを演じているように見える」

パリスは席を立ち、僕の隣に座った。

……近い。
すごく距離が近くて、ドキドキする。

「パリス様……」
「僕に、本当のことを話してくれないか?」

紫の瞳が、真っ直ぐに僕を見つめる。
この人なら……話してもいいのかもしれない。

「パリス様。もし、僕が……常識では考えられないことを言ったとしても、信じていただけますか?」
「もちろんだよ」

僕は深呼吸をした。
そして、決意する。

「実は……僕は、未来を知っています」
「未来?」
「はい。この世界は、ある物語に沿って進んでいます。そして、その物語の結末は……悲劇なんです」

パリスは驚いた顔をしたが、黙って聞いてくれた。

「ロメオと僕は、原作では恋に落ちます。でも、家同士の確執で引き裂かれ、皆も争いに巻き込まれ……最終的に二人とも死にます」
「そんな……」
「もう一つの“ゲーム”の未来では、僕は悪役として嫌われ、国外追放されて……孤独に死にます」

こみ上げる涙を、何とか必死にこらえる。

「だから決めたんです。僕は悪役を演じながら、みんなを救うって」
「ジュリオ君……」
「ロメオには、マキューシオと幸せになってほしい。ティボルト兄さんには、死んでほしくない。そして……」
「そして?」

パリスがそっと僕の言葉を待つ。

「……僕自身も、生きたいんです」

その言葉を口にした瞬間、涙がこぼれた。

「前の人生で、僕は過労で死にました」

自分でも驚くほど、声が震えていた。

「前の人生で……死んだのか……?」
「はい。誰のために生きたのかも分からないまま……気づいたら、終わっていて。だから今度こそ……」

言葉が途切れた瞬間、パリスの腕がそっと伸びてきて、僕を抱き寄せた。

「ジュリオ……」

胸に顔が押しつけられ、声が詰まる。

「すみません……。こんな、馬鹿なことを……」
「馬鹿なことなんかじゃないよ」

彼の声は優しかった。

「君は、誰よりも勇敢だ。ずっと、一人で戦ってきたんだろう? 未来を知っている恐怖も、悲劇を避けようとする焦りも、誰にも言えずに」
「でも……」
「信じるよ、ジュリオ。君の言葉ごと、まるごと」

その言葉が胸に染み込む。
転生してから張りつめていた何かが、一気に崩れ落ちた。

「ありがとうございます……パリス様……」
「パリスでいい」
「え……?」
「君に“様”なんて呼ばれたくない。距離を感じる」
「……パリス」

顔を上げると、パリスが微笑んでいた。

「君の優しい嘘に……僕は恋をしたんだよ、ジュリオ。誰にも渡したくないと思った」

そっと頬に触れる手が優しい。

「君が望む未来に、僕も関わらせてほしい。君が救おうとしている世界を、僕も一緒に支えたいんだ」
「パリス……」
「君のすべてを、僕が守る。どんな未来でも、僕は君の隣にいる」

堪えきれなくて、僕は彼の胸に顔を埋めた。

その夜、初めて本当の意味で――僕は救われた気がした。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

妹を救うためにヒロインを口説いたら、王子に求愛されました。

藤原遊
BL
乙女ゲームの悪役令息に転生したアラン。 妹リリィが「悪役令嬢として断罪される」未来を変えるため、 彼は決意する――ヒロインを先に口説けば、妹は破滅しない、と。 だがその“奇行”を見ていた王太子シリウスが、 なぜかアラン本人に興味を持ち始める。 「君は、なぜそこまで必死なんだ?」 「妹のためです!」 ……噛み合わないはずの会話が、少しずつ心を動かしていく。 妹は完璧令嬢、でも内心は隠れ腐女子。 ヒロインは巻き込まれて腐女子覚醒。 そして王子と悪役令息は、誰も知らない“仮面の恋”へ――。 断罪回避から始まる勘違い転生BL×宮廷ラブストーリー。 誰も不幸にならない、偽りと真実のハッピーエンド。

【完結】悪役に転生したので、皇太子を推して生き延びる

ざっしゅ
BL
気づけば、男の婚約者がいる悪役として転生してしまったソウタ。 この小説は、主人公である皇太子ルースが、悪役たちの陰謀によって記憶を失い、最終的に復讐を遂げるという残酷な物語だった。ソウタは、自分の命を守るため、原作の悪役としての行動を改め、記憶を失ったルースを友人として大切にする。 ソウタの献身的な行動は周囲に「ルースへの深い愛」だと噂され、ルース自身もその噂に満更でもない様子を見せ始める。

前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。 ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。 雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。

転生DKは、オーガさんのお気に入り~姉の婚約者に嫁ぐことになったんだが、こんなに溺愛されるとは聞いてない!~

トモモト ヨシユキ
BL
魔物の国との和議の証に結ばれた公爵家同士の婚約。だが、婚約することになった姉が拒んだため6男のシャル(俺)が代わりに婚約することになった。 突然、オーガ(鬼)の嫁になることがきまった俺は、ショックで前世を思い出す。 有名進学校に通うDKだった俺は、前世の知識と根性で自分の身を守るための剣と魔法の鍛練を始める。 約束の10年後。 俺は、人類最強の魔法剣士になっていた。 どこからでもかかってこいや! と思っていたら、婚約者のオーガ公爵は、全くの塩対応で。 そんなある日、魔王国のバーティーで絡んできた魔物を俺は、こてんぱんにのしてやったんだが、それ以来、旦那様の様子が変? 急に花とか贈ってきたり、デートに誘われたり。 慣れない溺愛にこっちまで調子が狂うし! このまま、俺は、絆されてしまうのか!? カイタ、エブリスタにも掲載しています。

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

処理中です...