リスタート・ショコラ―拾われた俺、溺愛されてます―世界でいちばん甘い場所は、あなたの隣。

砂原紗藍

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ビター・メモリー“甘くも苦い、傷ついた日々の痕”

3.失われた光

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side 花村 たまき

秋の夕暮れ、冷たい風が頬を撫でた。
俺は、ガラス張りの高級レストラン「Lumière」の前で立ち尽くしていた。

煌びやかな照明。笑い声、乾杯の音。
そのすべてが、俺の心を抉る。

「ここは……俺の居場所だったのに」

小さく呟いた声は、誰にも届かない。
ガラス越しに見える男――西条慎吾。
爽やかな笑顔で客をもてなしているその姿を、俺は拳を握りしめて見つめた。

『環、君の才能は本物だよ』
『一緒に店を作ろう。俺たちなら絶対に成功する』
『愛してる』

――全部、嘘だった。

西条は俺のオリジナルレシピを盗み、店を乗っ取り、食中毒事件の濡れ衣まで着せた。

20歳だった俺には、何も抵抗できなかった。
弁護士を雇う金も、証拠も、信じてくれる人もいなかった。

パティシエ業界から追放されて、もう3年が経つ。
今の俺は、小さなカフェでバイトをしながら、細々と生きている。

拳を握りしめたまま、その場を離れた。
背中に、Lumièreの眩しい光が刺さる。
その光を見た瞬間、3年前の記憶が鮮明に蘇った。

20歳の春。
俺は、パティシエ学校を首席で卒業した。
将来を嘱望され、いくつものレストランからオファーをもらっていた。

でも、俺が選んだのは、自分の店を持つこと。
そんな時に出会ったのが――西条慎吾だった。

「君のケーキ、食べたよ。素晴らしい才能だ」

当時30歳の西条は、若くして成功した実業家。
爽やかで優しくて、俺の才能を誰よりも理解してくれる人だった。

「一緒に店を作ろう。君は料理に専念してくれ」

その言葉を、俺は信じた。
頑張って貯めたお金を出し、残りは借金で賄った。
そして共同経営という形で、レストランをオープンした。

店の名前は「Lumière」――光という意味。
俺の夢が、光となって輝く場所になるはずだった。

開店当初から店は大繁盛。
俺のオリジナルケーキは評判になり、メディアでも取り上げられた。

「環、君は天才だよ」

そう言ってくれる西条の笑顔が、心から嬉しかった。

そして、ある夜。

「環……君のことが好きだ」

突然の告白に驚いた。
優しくて、自分の才能を認めてくれる人。

「俺も……西条さんのことが好きだよ」

そして、俺たちは恋人になった。
夢だった自分の店、愛する人、全てが手に入った。
でも、それは長く続かなかった。

――開店から半年ほど経ったころ。西条の態度が変わり始めた。

「最近、西条さん、少し疲れてるのかな」

そう思っていた。
優しく微笑むその目の奥に、ほんの少しだけ冷たい影を見た気がして。

「環、このレシピ、俺が考えたことにしてくれないか?」
「え……? でも、これは俺が……」
「いいじゃないか。どうせ共同経営なんだし」

違和感を覚えたが、断れなかった。
彼を信じていたから。

……それが始まりだった。

西条は俺のレシピを次々と自分のものだと主張し、取材でも「これは私のオリジナルです」と答えるようになった。

「西条さん……おかしくない? 俺が一生懸命考えたレシピ……」
「環、細かいこと気にするなよ。俺たちは一心同体だろ?」

その言葉に、嫌な予感が走った。

――そして、ある日。

「環、悪いけど君には出ていってもらう」

西条の冷たい声。

「え……?」
「この店は俺のものだ。君のアイディアもレシピも、全部俺が考えたことにする」
「そんな……!」

契約書を突きつけられ、震える手で目を通す。
全ての権利は西条にある――そう書かれていた。

「……こんな契約、覚えてない……!」
「君がサインしたんだろ?」

西条の冷笑。信じていたから、内容なんてろくに読まなかった。
契約関係は全部、西条に任せていた。
まさか、細かい条項に、権利を全部彼に帰属させる一文が紛れていたなんて――。

「環、ビジネスの世界はそんなに甘くない」
「でも……俺たち、恋人じゃないか……」
「は? 恋人?」

西条が笑った。

「あれは、君を手懐けるための演技だよ」

その言葉が、胸に突き刺さった。
信じていたすべてが嘘だった。

「さあ、出ていってくれ。もう用済みだ」

低く冷たい声。
肩を掴まれ、乱暴に突き放される。
足がもつれ、俺はそのまま扉の外に押し出された。

扉が閉まる音がした瞬間、胸の奥が崩れた。


――そして、数日後。

ニュース速報が流れた。
《高級レストラン「Lumière」で集団食中毒発生》

画面には、西条の冷静な記者会見の映像。

「原因は、元パティシエの花村環による衛生管理の不備でした」

……俺の名前が、全国に流れた。

「なんで……俺が……」

声が震えた。
俺がいなくなったあとに起きたことなのに、
メディアはこぞって俺を叩いた。

“花村環”――その名前は、一夜にして業界の禁句になった。
電話も、仕事の話も、すべて途絶えた。
残ったのは、絶望と、静まり返った部屋だけ。

街の灯りが遠くに滲む。
あの中に、Lumièreもある。

「西条……」

あいつのせいで、全てを失った。
夢も、信頼も、愛も。

そして――もう一度、誰かを信じる勇気さえも。


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