リスタート・ショコラ―拾われた俺、溺愛されてます―世界でいちばん甘い場所は、あなたの隣。

砂原紗藍

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煌めくシュガーグラス―光と影のコントラスト―

3.ワインと疑念

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side 花村 環

朝、目を覚ますと、美味しそうな匂いが漂っていた。
リビングに行くと、透さんが手際よく朝食を準備している。

「おはよう」
「おはようございます、環」

席に着く。
焼き魚に味噌汁、ご飯、漬物が並んでいた。

「透さん、料理上手いな」
「一人暮らしが長いので」

淡々と答えながら、透さんが味噌汁を注いでくれる。
湯気が立ち上り、出汁の香りが鼻をくすぐった。

「いただきます」

箸を手に取る。焼き魚の身がふっくらとしていて、味噌汁は優しい味わいだ。
無言で食べながら、ふと透さんの横顔を盗み見る。

「……今日は、何するの?」

透さんが箸を置き、タブレットを取り出した。

「西条の取引先を、もう一つ奪います」

画面には、洗練された店構えの写真。

「高級ワインの輸入業者『ヴィノテーク』。ここも西条の主要取引先です」

透さんの指が画面をスライドする。店内の写真、オーナーの顔写真――。

「西条を経済的に追い詰めていく。それが今の段階です」

透さんの目が、わずかに鋭くなる。

「環にもついて来てもらいます」
「……わかった」

即答したものの、胸の奥に不安が広がる。
古賀さんは俺の料理で信じてくれた。でも、次はどうなるかわからない。

「不安ですか?」

透さんが、静かに尋ねた。
見透かされている気がして、少し目を逸らす。

「……別に」
「嘘は下手ですね」

くすりと笑われて、むっとした。

「古賀さんは俺のスイーツで納得してくれたけど……次も同じようにいくとは限らないだろ」

透さんが箸を置き、真っ直ぐこちらを見た。

「桐谷さんは真面目な人物です。しかし――」

少しの間。

「西条への忠誠心も強い。簡単には説得できないかもしれません」
「じゃあ……どうするんだよ」
「あなたの才能を、もう一度見せればいい」

透さんが穏やかに微笑む。

「環、あなたは本物です。それは誰にも否定できない」

その言葉が、胸の奥に染みた。



午後――ヴィノテーク。
銀座の一角、落ち着いた佇まいのビル。
店内に足を踏み入れると、木の温もりと石造りの壁が調和した空間が広がっていた。

世界中の銘酒が、まるで美術品のように整然と並ぶ。
フランス、イタリア、スペイン――ラベルを見ているだけで、かつての記憶が蘇る。

「いらっしゃいませ」

声の主は、40代ほどの上品な男性。
きちんとプレスされたシャツに、落ち着いた物腰。

「神崎と申します。お電話で――」
「ああ、お待ちしておりました。桐谷です」

桐谷さんは穏やかに微笑み、奥の応接スペースへと案内してくれた。
革張りのソファに腰を下ろすと、静かにコーヒーが出される。

「それで、ご用件は?」

桐谷さんが丁寧に尋ねる。
透さんがゆっくりと口を開いた。

「単刀直入に申し上げます。西条慎吾との契約を、解除していただけないでしょうか」

桐谷さんの表情が、わずかに曇る。

「……それは、どういう?」
「西条には、表に出ていない裏の顔があります」

透さんがタブレットを差し出す。
桐谷さんが画面を見つめ――しかし、すぐに顔を上げた。

「これは……確かに怪しいですが」

声のトーンが、少し硬くなる。

「西条さんは私の恩人なんです。彼のおかげで、この店が軌道に乗った」

桐谷さんが静かに、しかし強く言った。

「これだけの情報では……西条さんを疑うことはできません」

透さんが黙って頷く。
俺は、何も言えずにいた。沈黙が重く、部屋に広がる。

「……すみません、お力になれなくて」

桐谷さんが申し訳なさそうに言う。
透さんは表情を変えず、ゆっくりと立ち上がった。

「いえ、突然のお願いで失礼しました」

透さんが頭を下げる。
俺も慌てて立ち上がり、頭を下げた。

「お邪魔しました」

店を出る。
扉が閉まった瞬間、胸の奥に焦りが広がった。

「……ダメだったな」
「まだです」

透さんが静かに言う。 

「焦らなくていい。桐谷さんは、迷っている」
「迷ってる……?」
「ええ。あの目は、何かを隠している目でした」

透さんが歩き出す。

「もう一度、機会を作ります」 

俺はその後ろ姿を見つめながら、少しだけ胸が落ち着くのを感じた。

まだ終わりじゃない――勝負はこれからだ。

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