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フランベ・ルミエール―始まりの炎―
2.招待状の裏で動く企み
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マンションに戻ると、窓いっぱいに夜景が広がっていた。
遥はソファに荷物を置くなり、小さくため息をつく。
「はぁ……疲れた」
「シャワー、先に入ってきな」
「うん、ありがと」
バスルームのドアが閉まり、水音が響き始める。
そのあいだに俺はコーヒーを淹れた。
しばらくして、バスローブ姿の遥が戻ってくる。
「お待たせ」
「コーヒー、淹れたよ」
カップを差し出すと、ほっとした顔で受け取った。
「ありがと。……拓実も早くシャワー浴びてきなよ」
「そうする」
シャワーを浴びて戻ると、遥はソファに深く座り、タブレットを操作していた。
「何してんの」
「クリスマス特集の過去の記事見てる。あと、情報収集もね」
軽く伸びをする仕草が、やけに可愛く見えた。
俺はそのまま隣に座り、そっと手を握った。
「……手、冷たくない?」
「大丈夫。拓実の手、温かいから」
遥が手を握り返してくる。
そのまま体を寄せてきて、俺の肩に頭を預けた。
「……今日、お疲れ様」
頭を撫でると、遥はくすぐったように目を細めた。
「拓実こそ、お疲れ様」
その言葉が落ちたあと、ひと呼吸ぶんの静けさが生まれる。
「……なあ、拓実」
「ん?」
「西条さんって人、どう思った?」
真っ直ぐ向けられる視線に、俺も姿勢を正す。
「……表向きは紳士だった。礼儀正しくて、言葉も柔らかかった」
そこでいったん言葉を切る。
「でも、笑ってなかった。目だけは」
遥の表情がわずかに揺れる。
「……やっぱり。俺も変だと思った。環くんから店を取った人とは思えないくらい、丁寧で落ち着いてて」
「そこが一番厄介なんだ」
俺は遥の手をそっと包み込む。
「表と裏を切り替えられるやつは、危険だよ」
遥の肩が、ごく僅かに強張る。
その反応を受けて、俺は続けた。
「俺たちが視察に来たことも、俺の立場も、遥が編集者だってことも……全部わかった上で近づいてきたんだろうな」
遥は眉を寄せて、少し考えるように視線を落とした。
「……拓実もそう見た?」
「ああ。アークメディアの社長が食事に来たとなれば、店の格は一段上がる。宣伝にもなる。記事に繋がるかもしれないって期待もあるだろうな」
遥が静かに息を吐く。
「環くんから店を奪っただけじゃなくて、利用できる相手は何でも利用するってことか」
「そういうことだ」
悔しさを飲み込むように、遥は唇を噛んだ。
「……環くん、あんな人に騙されて」
「誰かを信じることに、ためらいがなかったんだろうな」
窓の外に視線を向けながら言った。
「それは弱さじゃない。あいつの優しさだ」
「……うん」
「遥と、どこか似てる」
遥は照れたように視線をそらした。
「……パーティー、本当に行くの?」
「行く。むしろ行くべきだと思ってる」
遥の目がわずかに開く。
「神崎さんに話しておきたい。この状況を、うまく使えるかもしれない」
「……拓実、本気なんだ」
「ああ。環くんを放っておけない。それに――」
遥の目に、まっすぐ言葉を落とす。
「西条みたいなやつを見逃すのは、もっと嫌だ」
遥はふっと笑った。
「……拓実ってさ、ほんと優しいよ」
「遥には負けるけどな」
言うと、遥は慌てて顔を背ける。
「……なんで急にそんなこと言うの」
「本音だから」
「……はいはい。本気で言われると照れるんだけど」
頬を赤くしたままくすっと笑うその横顔が、たまらなく愛おしい。
二人でソファに寄りかかり、夜景を眺める。
「……拓実といると、時間がゆっくりになる」
「俺もだよ」
手の温度、静かな呼吸、落ち着いた夜の光――
その全部に、ほっとする。
そうして、ゆるやかに夜が更けていった。
――数日後、俺は神崎さんに連絡した。
「神崎さん、少し時間ある?」
「もちろんです、拓実さん」
落ち着いた声が返ってくる。
「カフェで話せないかな」
「わかりました。場所を教えてください」
指定したカフェで落ち合うと、神崎さんは既に席についていた。
「お待たせしました」
「いえ、今来たところです」
俺は席に着き、静かに話を切り出した。
「先日、『Lumière』で西条慎吾と会った」
神崎さんの目が、わずかに鋭くなる。
「正式にパーティーに招待されてね。富裕層向けのイベントらしい」
神崎さんは驚きの色を隠せないが、すぐに落ち着いた表情で頷いた。
「そうですか。状況は把握しました」
「神崎さん、これ、使えるんじゃないかな」
神崎さんが、じっと俺を見つめる。
「……ええ。拓実さん、少し協力をお願いしたい」
「了解。任せて」
俺は安心して笑みを浮かべた。
「環くんのためにも、やれることはやりたいから」
「ありがとうございます、拓実さん」
カップに残ったコーヒーを飲み干す。
「それじゃあ、詳細が決まったら連絡するよ」
「お願いします」
神崎さんと別れ、カフェを出る。
空を見上げると、雲の間から青空が覗いていた。
遥はソファに荷物を置くなり、小さくため息をつく。
「はぁ……疲れた」
「シャワー、先に入ってきな」
「うん、ありがと」
バスルームのドアが閉まり、水音が響き始める。
そのあいだに俺はコーヒーを淹れた。
しばらくして、バスローブ姿の遥が戻ってくる。
「お待たせ」
「コーヒー、淹れたよ」
カップを差し出すと、ほっとした顔で受け取った。
「ありがと。……拓実も早くシャワー浴びてきなよ」
「そうする」
シャワーを浴びて戻ると、遥はソファに深く座り、タブレットを操作していた。
「何してんの」
「クリスマス特集の過去の記事見てる。あと、情報収集もね」
軽く伸びをする仕草が、やけに可愛く見えた。
俺はそのまま隣に座り、そっと手を握った。
「……手、冷たくない?」
「大丈夫。拓実の手、温かいから」
遥が手を握り返してくる。
そのまま体を寄せてきて、俺の肩に頭を預けた。
「……今日、お疲れ様」
頭を撫でると、遥はくすぐったように目を細めた。
「拓実こそ、お疲れ様」
その言葉が落ちたあと、ひと呼吸ぶんの静けさが生まれる。
「……なあ、拓実」
「ん?」
「西条さんって人、どう思った?」
真っ直ぐ向けられる視線に、俺も姿勢を正す。
「……表向きは紳士だった。礼儀正しくて、言葉も柔らかかった」
そこでいったん言葉を切る。
「でも、笑ってなかった。目だけは」
遥の表情がわずかに揺れる。
「……やっぱり。俺も変だと思った。環くんから店を取った人とは思えないくらい、丁寧で落ち着いてて」
「そこが一番厄介なんだ」
俺は遥の手をそっと包み込む。
「表と裏を切り替えられるやつは、危険だよ」
遥の肩が、ごく僅かに強張る。
その反応を受けて、俺は続けた。
「俺たちが視察に来たことも、俺の立場も、遥が編集者だってことも……全部わかった上で近づいてきたんだろうな」
遥は眉を寄せて、少し考えるように視線を落とした。
「……拓実もそう見た?」
「ああ。アークメディアの社長が食事に来たとなれば、店の格は一段上がる。宣伝にもなる。記事に繋がるかもしれないって期待もあるだろうな」
遥が静かに息を吐く。
「環くんから店を奪っただけじゃなくて、利用できる相手は何でも利用するってことか」
「そういうことだ」
悔しさを飲み込むように、遥は唇を噛んだ。
「……環くん、あんな人に騙されて」
「誰かを信じることに、ためらいがなかったんだろうな」
窓の外に視線を向けながら言った。
「それは弱さじゃない。あいつの優しさだ」
「……うん」
「遥と、どこか似てる」
遥は照れたように視線をそらした。
「……パーティー、本当に行くの?」
「行く。むしろ行くべきだと思ってる」
遥の目がわずかに開く。
「神崎さんに話しておきたい。この状況を、うまく使えるかもしれない」
「……拓実、本気なんだ」
「ああ。環くんを放っておけない。それに――」
遥の目に、まっすぐ言葉を落とす。
「西条みたいなやつを見逃すのは、もっと嫌だ」
遥はふっと笑った。
「……拓実ってさ、ほんと優しいよ」
「遥には負けるけどな」
言うと、遥は慌てて顔を背ける。
「……なんで急にそんなこと言うの」
「本音だから」
「……はいはい。本気で言われると照れるんだけど」
頬を赤くしたままくすっと笑うその横顔が、たまらなく愛おしい。
二人でソファに寄りかかり、夜景を眺める。
「……拓実といると、時間がゆっくりになる」
「俺もだよ」
手の温度、静かな呼吸、落ち着いた夜の光――
その全部に、ほっとする。
そうして、ゆるやかに夜が更けていった。
――数日後、俺は神崎さんに連絡した。
「神崎さん、少し時間ある?」
「もちろんです、拓実さん」
落ち着いた声が返ってくる。
「カフェで話せないかな」
「わかりました。場所を教えてください」
指定したカフェで落ち合うと、神崎さんは既に席についていた。
「お待たせしました」
「いえ、今来たところです」
俺は席に着き、静かに話を切り出した。
「先日、『Lumière』で西条慎吾と会った」
神崎さんの目が、わずかに鋭くなる。
「正式にパーティーに招待されてね。富裕層向けのイベントらしい」
神崎さんは驚きの色を隠せないが、すぐに落ち着いた表情で頷いた。
「そうですか。状況は把握しました」
「神崎さん、これ、使えるんじゃないかな」
神崎さんが、じっと俺を見つめる。
「……ええ。拓実さん、少し協力をお願いしたい」
「了解。任せて」
俺は安心して笑みを浮かべた。
「環くんのためにも、やれることはやりたいから」
「ありがとうございます、拓実さん」
カップに残ったコーヒーを飲み干す。
「それじゃあ、詳細が決まったら連絡するよ」
「お願いします」
神崎さんと別れ、カフェを出る。
空を見上げると、雲の間から青空が覗いていた。
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