婚約破棄された枯葉令嬢は、車椅子王子に溺愛される

夏生 羽都

文字の大きさ
18 / 33

18 それぞれの計略

しおりを挟む
 その夜、王太子の私室の応接セットのソファに座る兄弟がいた。片方の王子には杖が必要なので、ソファには杖が立て掛けられている。

 使用人は下がらせたので、密談にはぴったりの状況。兄が2つのグラスにワインを注いで弟に差し出す。

「この前毒入りワインを飲まされたのに、よく飲む気になれますね。私はあれでワインが嫌いになりましたよ」

「あの時置いてあったものは全て入れ替えたから大丈夫さ。毒が怖くてワインが飲めないなんて、未来の国王としてはつまらないし、器の小さな男だと思われたくないからね」

 そう言いながら兄はグラスの中の赤いワインを飲み干す。

「いいですよ私は、つまらなくても。気の弱い第二王子ですから、器も小さいですし、毒入りワインを怖がって笑われても気になりませんね」

「気が弱い割には、今回の計画をかなり変えてくれたみたいだね」

 兄のフレデリックの目がスッと細められる。

「当たり前でしょう。第二王子を身を挺して庇う婚約者なんて美談はいりません」

「あれは正確には、車椅子の第二王子を命懸けで庇う婚約者にしたかったんだがね」

 フレデリックが立てた計画では、暴漢に襲われるのはフィリアになるはずだった。

 雇った役者崩れの男には、貴族の女を刺せと指示していたのに、蓋を開けてみたら、役者崩れの男はクリフォードに買収され、クリフォードの手の者が暴漢役をしていた上に、騎士団へ引渡す前にどこかへ消えてしまっていた。

「兄上はそんなに私とポナーを敵にしたいのですか」

「まさか、ただ私の計画の方がより民を味方につけられる」

「生前、母上がおっしゃってましたよ。兄上が無謀な計略を立てようとしたら止めなさいと」

「そうだったな。まあ私は計略を立てるのは好きだが、それをお前がどう判断して、どこまで私を欺こうとしているのかを考えるのも面白いよ」

 クリフォードはため息をついた。

「いい加減、弟をおもちゃにするのは止めて下さい」

「体が思うように動かないから、つい色々考えてしまうのかな」

 フレデリックは青い瞳を輝かせながらも口許を歪ませるように笑う。

「あなたはそうなる前からいつも私を使ってばかりだったでしょう。大した用が無いのでしたら帰りますよ、一応私は重体なのですから」

「待て、『婚約者を庇う第二王子』の美談を出来るだけ迅速に広めて欲しい。もしかしたら引っ掛かってくれるかもしれない」

「第二王子としての私の人気が出てもいいのですか?」

「大丈夫さ。今回の計画が上手くいけば、王太子としての私の存在をアピールする計画がある」

「わかりました。それと私は今は重体なので、執務をこちらへ回すような事は止めて下さい。周りがあなたの頭を疑いますよ」

 そう言ってクリフォードは、至急と書かれているチェックが終わった書類の束を、テーブルの上にばさりと置く。

 いつもはイーサンか別の誰かに届けさせるのだが、今日のように言いたい事がある時は、直接届けるようにしている。

「可愛げの無い弟だな」

「可愛げなんてとうの昔に捨てましたから」

 そう言うとにっこりと笑い、侍従の扮装をしたクリフォードは部屋から出て行った。



 王子達の密談があった数日後、ギレット公爵は自分の屋敷にいた。そして、執務室の大きな椅子に座り、重厚でしっかりした机の上に置いてある新聞を忌々しそうに見ていた。

 しばらくそうしていたが、ドアのノック音がしたので、入れとだけ答える。

「失礼します」

 遠慮がちな声と共に公爵令嬢のマレーネが入室してきた。

「マレーネ、今日の新聞は読んだか?」

「いいえ、まだですが、どうかなさいましたか」 

 マレーネには新聞を読む習慣は無かったが、それを言えるような雰囲気ではなかった。

「この記事はどういう事だ?」

 新聞には『奇跡の愛!第二王子、暴漢から身を挺して婚約者を守る!』と大きく書かれていた。

「……これはっ!」

 マレーネはワナワナと震える手で新聞を読む。新聞には『奇跡と軌跡』の観劇を終えた第二王子と婚約者が暴漢に襲われたが、勇敢な第二王子が自分の体を盾にして婚約者を守った。これこそ奇跡の愛に違いない、と書かれていた。

「第二王子は噂通り弱腰の腑抜けで、傀儡にもなれそうもない、と言っていたな。お前たちの真実の愛もこの二人の奇跡の愛に塗り替えられるぞ。せっかくランドルフ殿下の人気を上げようと、お前たちの劇まで作らせたのに、これでは台無しだっ!」

「こ、これは何かの間違いですわっ」

「この事件は見ていた者が多数いて、皆が王子の勇敢さを称えていたそうだ。お前はあの王子の何を見ていたのだっ!お前がランドルフ殿下の方が見込みがあると言うから、第二王子と婚約解消をしたのだぞ!……遠縁の寄り子だから引き取ったのに、所詮は男爵令嬢だなっ!」

 そう言って公爵はマレーネの顔に向かって新聞を投げつける。

「っ!、申し訳ありません」

「ランドルフ殿下が王太子や第二王子よりも下のままでは、お前にも未来はないからな。……美しいだけで養子にと選んでしまったが、そこそこの容姿でも、もっと賢い女を養子に選ぶべきだったな。少しでも長くこの家の娘でいたかったら、ランドルフ殿下から我々にとって有益になりそうな王太子の情報を少しでも聞き出す事だっ!」

 実の親子ではないギレット公爵と養女であるマレーネとの関係は、親子というよりも上司と部下のような関係に近い。

 マレーネを自室へ下がらせた後、公爵は
ふと昔の事を思い出していた。

 公爵という地位では飽き足らず、更なる権力を望み、7年程前に自分の養女であるマレーネと王太子の婚約話を画策した。

 しかし、前王妃によってその話は潰されてしまい、王太子は隣国の王女と婚約をしてしまった。

 ランドルフが生まれた頃に、当時はどの派閥にも属していなかった側妃の実家を自分の派閥へと組み込み、前王妃が亡き後は側妃を正妃に押し上げる事に成功し、第二王子とマレーネを婚約させる事までは出来た。

 しかしここで公爵の計画が崩れる。

 第二王子の社交界での評判が悪過ぎたのだ。何度もみ消しても第二王子が無能だという噂が消えない。

 これでは第二王子を使って王太子を凌ぐ勢力を作れない。そして、いつまでも内向的で人を寄せ付けようとしない第二王子には公爵も嫌気が差していた。

 公爵の思い通りにならない王子たちに見切りを付けたのが一年ほど前。彼らはその2ヶ月後、毒に苦しむ事になる。

 王太子を狙ったハズが、たまたまその場にいた、出来損ないの第二王子が先に毒入りのワインを飲んでしまったので、王太子は無事だった。

 王太子の私室の掃除を担当していたメイドに毒を仕込ませたが、あちらは実行犯の゙特定までしか出来なかった。

 おそらくこちらを疑っているハズ。さすがにもう同じ手は使えないので、次の手を考えないといけない。

 しかし、あちらも警戒をしているので、時間を開けないといけない。

 今回は第二王子を使って上手く煽ってはきたが、今は動く時ではない。

(前王妃もその息子たちも、忌々しい奴らだ)



「どういう事なのよっ!」

「ひいぃっ」

 自室に戻ったマレーネは、侍女に向かってティーカップを投げつけて当たり散らす。

「あなただって一緒にいたから知っているでしょう!クリフォード殿下はいつもオドオドしていたわ。それにあの侍従に頼り切りで、ロクな会話も出来ない人なのよ!今回の事はきっと王太子殿下が何かされたのだわ。そうでないとあんな事はあり得ないわ!」

 カップを投げだだけでは足りないマレーネは、ベッドまでツカツカと歩くと絹のクッションを鷲掴んで、何度も乱暴に壁や家具に叩きつける。

 叩きつけられたクッションがどこかに引っ掛かって破れ、辺りを白い羽毛が舞う。

「これでは私とランドルフ様の美しい真実の愛が台無しよ!」

 何度も叩きつけられたクッションの残骸にマレーネは更に爪を立てて強く握る。

「……それにあの枯葉女、ランドルフ様に見向きもされなかったくせに生意気だわ。……許せない、こんなことは許される事ではないわ……。こうなったら見ていなさい。この私が罰を与えるわ」

 羽毛にまみれながらベッドの隅に座り込み、マレーネはブツブツと何事かを一人で話していたが、侍女には何を呟いているのかまでは聞き取れなかった。

 乱れた美しいプラチナブロンドの間から見える顔の表情はどこか虚ろで、薄い水色の瞳は暗く濁っていた。 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

大切にされないなら、大切にしてくれる人を選びます

南部
恋愛
大切にされず関係を改善できる見込みもない。 それならいっそのこと、関係を終わらせてしまえばいい。

もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」 婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。 もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。 ……え? いまさら何ですか? 殿下。 そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね? もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。 だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。 これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。 ※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。    他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。

婚約破棄された幼い公爵令嬢、目覚めたら絶世の美女でした

鍛高譚
恋愛
『幼すぎる』と婚約破棄された公爵令嬢ですが、意識不明から目覚めたら絶世の美女になっていました 幼すぎる、頼りない――そんな理由で婚約者に見限られた公爵令嬢シルフィーネ。 心ない言葉に傷ついた彼女は、事故に遭い意識不明となってしまう。 しかし一年後、彼女は奇跡的に目を覚ます。 そして目覚めた彼女は――かつての面影を残しつつも、見る者すべてを惹きつける絶世の美女へと変貌を遂げていた! 周囲の反応は一変。婚約破棄を後悔する元婚約者、熱視線を送る他家の令息たち、さらには王太子からの突然の縁談まで舞い込み――? 「もう、誰にも傷つけられたくない。私は私の幸せを手に入れるの」 これは、冷たく突き放された少女が美しく咲き誇り、誇りと自由を手に入れる、ざまぁ&逆転恋愛劇。

【完結】婚約破棄された地味令嬢は猫として溺愛される

かずきりり
恋愛
婚約者は、私より義妹を選んだ―― 伯爵家の令嬢なのに、その暮らしは平民のようで…… ドレスやアクセサリーなんて買ってもらった事もない。 住んでいるのは壊れかけの小屋だ。 夜会にだって出た事はないし、社交界デビューもしていない。 ただ、侯爵令息であるエリックに会う時だけ、着飾られていたのだ……義妹のもので。 侯爵夫人になるのだからと、教育だけはされていた……けれど もう、良い。 人間なんて大嫌いだ。 裏表があり、影で何をしているのかも分からない。 貴族なら、余計に。 魔法の扱いが上手く、魔法具で生計を立てていた私は、魔法の力で猫になって家を出る事に決める。 しかし、外の生活は上手くいかないし、私の悪い噂が出回った事で、人間の姿に戻って魔法具を売ったりする事も出来ない。 そんな中、師匠が助けてくれ……頼まれた仕事は 王太子殿下の護衛。 表向きは溺愛されている猫。 --------------------- ※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています。

追放された地味令嬢、実は王国唯一の“魔力翻訳者”でした 〜役立たずと言われましたが、もう契約は終了です〜

あめとおと
恋愛
王太子から「魔法が何も起こらない役立たず」と断罪され、婚約破棄された伯爵令嬢リリア。 追放された彼女の能力は―― 魔法の“意味”を読み解き、術式そのものを理解する力《魔力翻訳》。 辺境の魔導研究所でその才能を見出された彼女は、 三百年解読不能だった古代魔法を次々と再生させていく。 一方、彼女を失った王都では魔法事故が連鎖。 国家結界すら崩壊寸前に――。 「戻ってきてほしい」 そう告げられても、もう遅い。 私を必要としてくれる場所は、 すでに別にあるのだから。 これは、役立たずと呼ばれた令嬢が 本当の居場所と理解者を見つける物語。

婚約破棄をお望みでしたので。――本物の公爵令嬢は、奪った全員を生き地獄へ落とす

鷹 綾
恋愛
卒業舞踏会の夜。 公爵令嬢エルシェナ・ヴァルモンは、王太子エドガーから大勢の前で婚約破棄を言い渡された。 隣にいたのは、儚げな涙で男たちの同情を集める義妹セラフィナ。 「お姉様に虐げられてきました」と訴える彼女を庇い、王太子はエルシェナを悪女として断罪する。 けれど彼らは知らなかった。 王家の華やかな暮らしも、王太子の立場も、社交界での信用も、その多くがヴァルモン公爵家――そしてエルシェナの存在によって支えられていたことを。 静かに婚約破棄を受け入れたその日から、エルシェナはすべてを止める。 王宮に流れていた便宜も、信用も、優先も。 さらに継母イザベルの不正、義妹セラフィナの虚飾、王太子の浅はかさを、一つずつ白日のもとへ晒していく。 奪ったつもりでいた義妹も、捨てたつもりでいた王太子も、家を食い潰していた継母も―― やがて名誉も立場も未来も失い、二度と這い上がれない生き地獄へ落ちていく。 これは、すべてを奪われかけた本物の公爵令嬢が、 自分を踏みにじった者たちへ救済なき断罪を下す物語。

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜

入多麗夜
恋愛
【完結まで執筆済!】 社交界を賑わせた婚約披露の茶会。 令嬢セリーヌ・リュミエールは、婚約者から突きつけられる。 「真実の愛を見つけたんだ」 それは、信じた誠実も、築いてきた未来も踏みにじる裏切りだった。だが、彼女は微笑んだ。 愛よりも冷たく、そして美しく。 笑顔で地獄へお送りいたします――

処理中です...