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4 裏切りを決めた日
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【ヘンリックside】
緊急議会より数週間前、ヘンリックは迷っていた。
1年ほど前から仲良くなったマリーナ・アンダーソン伯爵令嬢から紹介したい人がいると言われて引き合わされたのがヴィルタ公爵だった。
令嬢が好きそうな流行りのカフェに連れて行かれたので、ヘンリックはてっきりマリーナの友人に引き合わされるのかと思っていたのだが、店の奥に作られた個室でヘンリックを待っていたのがヴィルタ公爵だった。
ヴィルタ公爵家と言えば、ローゼリアのフォレスター公爵家とは長年敵対関係にあり、ヘンリックにとっても仲を良くして良い相手とはいえない。
「これはどういうことだ、マリーナ?」
「マリーナを責めないで下さい殿下。私が殿下と話がしたいとマリーナに頼んでこのような場を設けさせていただいたのですから」
「ごめんなさい。公爵様がヘンリック様にとっても良いお話があるっておっしゃるので、ヘンリック様の為ならって思ったんです」
そう言いながらマリーナはヘンリックの腕に絡みつきながら、着席することを促す。
「して、どのような用向きなのだ?」
クッションのきいたソファーに座りながらヘンリックは疑いの目でヴィルタ公爵を見ていた。
「そのような怖い顔をされなくても……。いえね、殿下は近頃このマリーナがお気に入りだと耳にしましてね。マリーナの家は我がヴィルタ家の派閥の属していますから。寄子の家の令嬢が王太子殿下と懇意にしているのなら、ぜひ我が家が殿下のお力になれるかと思いまして」
ヴィルタ公爵は若いくせに似合わないヒゲを伸ばしているいけ好かない男だった。ヴィルタは自慢のヒゲを撫でながらヘンリックを値踏みするように見つめる。
「私がローゼリアを妃にするのは陛下のお考えで決めた事だ」
「ええ、ですが将来の王はヘンリック様、貴方だ」
何を考えているの分からない黒い瞳にじっと見つめられたヘンリックは、どこか居心地の悪い思いを感じていた。
ヘンリックの様子を見たマリーナは自分の腕をヘンリックに絡める。
「ヘンリック様、愚かな私はあなたの為に少しでもたくさんお側でお助けしたいと公爵様にお願いしてしまったのです。それでお優しい公爵様は私たちの為にお力になって下さるっておっしゃって下さったのですわ」
ヘンリックに自身の身体を擦りつけるように小柄なマリーナが上目遣いにヘンリックを見つめる。
赤い髪にうっすらと涙を浮かべた焦げ茶色の瞳は小動物を思い起こされるようでとても愛らしい。土産物屋でたくさん売られている陶器の人形のようなローゼリアと比べて、マリーナは他のどの令嬢にも似ていなかった。ヘンリックにとって彼女は唯一の存在だった。
「だが、今のところローゼリアには問題がない。彼女を排する事などできないし、そんな事をしたらフォレスター公爵家が黙っていないだろう」
「ええ、ですが家ごとでしたらどうでしょう?」
「フォレスターを裏切れというのかっ!?」
ヴィルタ公爵は小声で囁くように言う。
「お静かに……、殿下の後継を残す事も国王として大切なお役目。かの令嬢にそれが務まるのでしょうか?」
陶器のように白いローゼリアの肌は作り物めいていて、触れても硬く冷たそうに思えてしまう。自分は彼女と後継を成す事ができるのだろうか?
自分の隣に立つのは陶器の置物のような女性であっていいものだろうか?
そう思うとヘンリックはヴィルタ公爵に言い返す事が出来なかった。
◆◆◆
数日悩んだ末に、ヘンリックは内密に父親である国王に相談をしてみた。
国王は眉間に皺を寄せてしばらく考えてからこうヘンリックに告げる。
「余は歳を取り過ぎた。お前の治世になるのは早いだろう。だからフォレスターとヴィルタのどちらを選ぶのかはお前が決めるといい」
ヘンリックは悩んだ末に、ローゼリアとの最後のお茶会で彼女と夫婦になるのは無理だと最終的に判断をし、ヴィルタ公爵家を選ぶ事に決めてしまった。
ヴィルタ公爵が用意したフォレスター家の罪は実に小さなものだった。探せばもっと大きなものがあるだろうとヴィルタ公爵は言っていたが、小さな罪をきっかけに余罪を探しても結局は何も出てこなかった。
フォレスター家に書類の差し押さえに行っていた文官の一人が、フォレスター家の嫡男が公爵家に不正は何も無いと言っていたと報告してきたが、その通りだった。
国内最大の貴族はローゼリアの真っ白な肌のようにシミひとつ無かった。
あの程度の罪で建国以来王家を支えてくれた忠臣でもあった大きな家をひとつ潰してしまった事に気付いたヘンリックは自分の執務室で一人恐怖を感じたが、もう既に遅かった。
緊急議会より数週間前、ヘンリックは迷っていた。
1年ほど前から仲良くなったマリーナ・アンダーソン伯爵令嬢から紹介したい人がいると言われて引き合わされたのがヴィルタ公爵だった。
令嬢が好きそうな流行りのカフェに連れて行かれたので、ヘンリックはてっきりマリーナの友人に引き合わされるのかと思っていたのだが、店の奥に作られた個室でヘンリックを待っていたのがヴィルタ公爵だった。
ヴィルタ公爵家と言えば、ローゼリアのフォレスター公爵家とは長年敵対関係にあり、ヘンリックにとっても仲を良くして良い相手とはいえない。
「これはどういうことだ、マリーナ?」
「マリーナを責めないで下さい殿下。私が殿下と話がしたいとマリーナに頼んでこのような場を設けさせていただいたのですから」
「ごめんなさい。公爵様がヘンリック様にとっても良いお話があるっておっしゃるので、ヘンリック様の為ならって思ったんです」
そう言いながらマリーナはヘンリックの腕に絡みつきながら、着席することを促す。
「して、どのような用向きなのだ?」
クッションのきいたソファーに座りながらヘンリックは疑いの目でヴィルタ公爵を見ていた。
「そのような怖い顔をされなくても……。いえね、殿下は近頃このマリーナがお気に入りだと耳にしましてね。マリーナの家は我がヴィルタ家の派閥の属していますから。寄子の家の令嬢が王太子殿下と懇意にしているのなら、ぜひ我が家が殿下のお力になれるかと思いまして」
ヴィルタ公爵は若いくせに似合わないヒゲを伸ばしているいけ好かない男だった。ヴィルタは自慢のヒゲを撫でながらヘンリックを値踏みするように見つめる。
「私がローゼリアを妃にするのは陛下のお考えで決めた事だ」
「ええ、ですが将来の王はヘンリック様、貴方だ」
何を考えているの分からない黒い瞳にじっと見つめられたヘンリックは、どこか居心地の悪い思いを感じていた。
ヘンリックの様子を見たマリーナは自分の腕をヘンリックに絡める。
「ヘンリック様、愚かな私はあなたの為に少しでもたくさんお側でお助けしたいと公爵様にお願いしてしまったのです。それでお優しい公爵様は私たちの為にお力になって下さるっておっしゃって下さったのですわ」
ヘンリックに自身の身体を擦りつけるように小柄なマリーナが上目遣いにヘンリックを見つめる。
赤い髪にうっすらと涙を浮かべた焦げ茶色の瞳は小動物を思い起こされるようでとても愛らしい。土産物屋でたくさん売られている陶器の人形のようなローゼリアと比べて、マリーナは他のどの令嬢にも似ていなかった。ヘンリックにとって彼女は唯一の存在だった。
「だが、今のところローゼリアには問題がない。彼女を排する事などできないし、そんな事をしたらフォレスター公爵家が黙っていないだろう」
「ええ、ですが家ごとでしたらどうでしょう?」
「フォレスターを裏切れというのかっ!?」
ヴィルタ公爵は小声で囁くように言う。
「お静かに……、殿下の後継を残す事も国王として大切なお役目。かの令嬢にそれが務まるのでしょうか?」
陶器のように白いローゼリアの肌は作り物めいていて、触れても硬く冷たそうに思えてしまう。自分は彼女と後継を成す事ができるのだろうか?
自分の隣に立つのは陶器の置物のような女性であっていいものだろうか?
そう思うとヘンリックはヴィルタ公爵に言い返す事が出来なかった。
◆◆◆
数日悩んだ末に、ヘンリックは内密に父親である国王に相談をしてみた。
国王は眉間に皺を寄せてしばらく考えてからこうヘンリックに告げる。
「余は歳を取り過ぎた。お前の治世になるのは早いだろう。だからフォレスターとヴィルタのどちらを選ぶのかはお前が決めるといい」
ヘンリックは悩んだ末に、ローゼリアとの最後のお茶会で彼女と夫婦になるのは無理だと最終的に判断をし、ヴィルタ公爵家を選ぶ事に決めてしまった。
ヴィルタ公爵が用意したフォレスター家の罪は実に小さなものだった。探せばもっと大きなものがあるだろうとヴィルタ公爵は言っていたが、小さな罪をきっかけに余罪を探しても結局は何も出てこなかった。
フォレスター家に書類の差し押さえに行っていた文官の一人が、フォレスター家の嫡男が公爵家に不正は何も無いと言っていたと報告してきたが、その通りだった。
国内最大の貴族はローゼリアの真っ白な肌のようにシミひとつ無かった。
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