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5 新しい土地と難題
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フォレスター家が没落させられてから2カ月が過ぎた。ローゼリアと家族はこれまで縁の無かった領地へ領地替えをさせられて細々と暮らしていた。
新しくフォレスター領となった土地は小さな町がひとつと山あいに3つほどの村だけの領地で、酪農と僅かな農産物で何とか食い繋いでいる土地だった。
子爵家として与えられた家は町にほど近い場所にあり、屋敷という体裁は保っておらず、平屋の古い木の家で、家に入って直ぐにある居間の他には寝室がふたつしかなかったので、ローゼリアは物置として使われていたらしい屋根裏部屋を自分の部屋として使っていた。
「ふう、生きていくことがこんなに大変だって思いませんでしたわ」
額の汗をハンカチで拭いながらローゼリアは井戸から汲み上げた水を手桶へ移す。
公爵令嬢だった時は本よりも重いものを持った事がなかったローゼリアだったが、新しい領地で生きていく為に必要だったので、今では自ら井戸から水を汲み、洗濯や料理もこなせるようになった。
公爵家だった時は使用人が数十人いたのだが、今では通いの下女と下男が1人ずついるだけで、子爵とは名ばかりの平民と変わらない暮らしをしていた。
桶に水を入れたローゼリアは古びたドアを開けて家の中へ入ると、父と兄が深刻な表情をしながら食卓として使っているテーブルに肘をついて顔を突き合わせていた。
「どうなさいましたの?」
この時間はいつもなら兄は薪割りと畑の世話をしている時間だった。父は僅かな執務を終わらせると、没落した事ですっかり塞ぎこんでしまった母の相手をしている事が多いのに、こんな時間に兄と話をしているということは何かがあったのだろう。
公爵令嬢時代だったら父に気軽に話しかけるような事は出来なかった。食事の時は無難な会話をし、込み入った話をしたい時は必ず執事を通してから時間を作ってもらっていた。
子爵としての仕事は公爵時代に比べて格段に少なく、父も家の仕事を手伝えるくらいに時間が空いているし、住み込みの使用人はいないので家族水入らずで暮らしているから、いつの間にか家族間の距離はぐっと近くなっていた。
「ローゼリア、ナタリーの調子は日ごとに悪くなっていっている。」
「お母様…」
ローゼリアの母ナタリーは大国エルランド国の公爵家出身で、父との結婚は両国の友好も兼ねた政略結婚だったが、高位貴族に珍しく夫婦仲は良くてローゼリアにとっても自慢の両親だった。
しかし、これまで高位貴族としての暮らししかしてこなかったナタリーは子爵になってからは気鬱がちになり、食事もあまり摂らなくなっていた。
「我が家の窮状を知ったナタリーの実家であるピオシュ家から、ピオシュ家が持っている爵位のひとつをナタリーに譲るから家族で亡命するか、離縁してナタリーだけでもエルランドのピオシュ家に戻すようにと手紙がきた」
「お父様は、どうなさるのです?」
「子爵としてここに来てみたが、ここでの暮らしは子爵家レベルのものではない。エーヴェルトやローゼリアに下男や下女のような事をさせ続けている事を不憫だと毎日思っていた。だから爵位を国に返して家族でエルランドに行こうとしているのだが、国から爵位返還の許しが出なかった」
そう言って父クレメンスは肩を落とす。
ローゼリアは頭の中にあるランゲル王国の貴族法を思い出していた。特例が無い限り爵位の返還に規制は無かったはずだ。今のフォレスター家に特例に当たるような事は何も無い。
思いつめたような表情で兄のエーヴェルトがローゼリアを見た。
「我が家の亡命を陛下は良く思われていないようだ」
没落前の兄は王宮で文官勤めをしていた。この土地に来てからもいつもどこかへ手紙を出しているので、もしかしたら文官時代の伝手で情報を得ているのかもしれない。
国王陛下と聞いてもローゼリアは大した情報を持っていない。王太子の婚約者であってもほとんど交流が無かったので、王宮の誰もが知っている程度の事しか知らない。ヘンリックを溺愛している事と、高齢の為にいつ退位してもおかしくないという点くらいだった。
そこでふとローゼリアは、どうしてフォレスター家が国外に出れないのかに思い至ってしまった。
「………私が理由ですか?」
エーヴェルトは渋い表情を浮かべて、ローゼリアの疑問に是と言わんばかりに頷く。着ている物がみすぼらしくなっても、公子として生まれ育った彼は気品を失っていなかった。
「王太子の元婚約者の家門なのだから、殿下が婚姻されるまでは貴族を降りるのは認められないそうだ。陛下が手放したくないと思うほどにお前は優秀な上に血筋も良い。殿下はアンダーソン伯爵令嬢を婚約者候補としたが、王太子妃教育の進み具合が芳しくないらしい。我が家が爵位を返して平民になってしまうと、元公爵令嬢でも愛妾止まりだ。陛下はおそらく殿下の熱が冷めるのを待って、お前を側妃にするのを狙っているのだろう。文官たちもアンダーソン令嬢では公務は難しいと思っている。緊急議会の時は誰も手を差し伸べてくれなかったのに、勝手だよな」
ローゼリアは大きな音をバン!と立ててテーブルを叩いた。
こんな乱暴な事をしたのはローゼリア自身初めての事だったが、それくらいローゼリアは怒っていた。
「そのような事は嫌ですわ!」
没落しても貴族らしさを失わず変わらない兄に対して、没落生活に慣れつつあるローゼリアは以前の反動からか感情をあまり隠さなくなっていて、そんな妹を仕方無いと思いつつもエーヴェルトは苦い表情を浮かべた。
新しくフォレスター領となった土地は小さな町がひとつと山あいに3つほどの村だけの領地で、酪農と僅かな農産物で何とか食い繋いでいる土地だった。
子爵家として与えられた家は町にほど近い場所にあり、屋敷という体裁は保っておらず、平屋の古い木の家で、家に入って直ぐにある居間の他には寝室がふたつしかなかったので、ローゼリアは物置として使われていたらしい屋根裏部屋を自分の部屋として使っていた。
「ふう、生きていくことがこんなに大変だって思いませんでしたわ」
額の汗をハンカチで拭いながらローゼリアは井戸から汲み上げた水を手桶へ移す。
公爵令嬢だった時は本よりも重いものを持った事がなかったローゼリアだったが、新しい領地で生きていく為に必要だったので、今では自ら井戸から水を汲み、洗濯や料理もこなせるようになった。
公爵家だった時は使用人が数十人いたのだが、今では通いの下女と下男が1人ずついるだけで、子爵とは名ばかりの平民と変わらない暮らしをしていた。
桶に水を入れたローゼリアは古びたドアを開けて家の中へ入ると、父と兄が深刻な表情をしながら食卓として使っているテーブルに肘をついて顔を突き合わせていた。
「どうなさいましたの?」
この時間はいつもなら兄は薪割りと畑の世話をしている時間だった。父は僅かな執務を終わらせると、没落した事ですっかり塞ぎこんでしまった母の相手をしている事が多いのに、こんな時間に兄と話をしているということは何かがあったのだろう。
公爵令嬢時代だったら父に気軽に話しかけるような事は出来なかった。食事の時は無難な会話をし、込み入った話をしたい時は必ず執事を通してから時間を作ってもらっていた。
子爵としての仕事は公爵時代に比べて格段に少なく、父も家の仕事を手伝えるくらいに時間が空いているし、住み込みの使用人はいないので家族水入らずで暮らしているから、いつの間にか家族間の距離はぐっと近くなっていた。
「ローゼリア、ナタリーの調子は日ごとに悪くなっていっている。」
「お母様…」
ローゼリアの母ナタリーは大国エルランド国の公爵家出身で、父との結婚は両国の友好も兼ねた政略結婚だったが、高位貴族に珍しく夫婦仲は良くてローゼリアにとっても自慢の両親だった。
しかし、これまで高位貴族としての暮らししかしてこなかったナタリーは子爵になってからは気鬱がちになり、食事もあまり摂らなくなっていた。
「我が家の窮状を知ったナタリーの実家であるピオシュ家から、ピオシュ家が持っている爵位のひとつをナタリーに譲るから家族で亡命するか、離縁してナタリーだけでもエルランドのピオシュ家に戻すようにと手紙がきた」
「お父様は、どうなさるのです?」
「子爵としてここに来てみたが、ここでの暮らしは子爵家レベルのものではない。エーヴェルトやローゼリアに下男や下女のような事をさせ続けている事を不憫だと毎日思っていた。だから爵位を国に返して家族でエルランドに行こうとしているのだが、国から爵位返還の許しが出なかった」
そう言って父クレメンスは肩を落とす。
ローゼリアは頭の中にあるランゲル王国の貴族法を思い出していた。特例が無い限り爵位の返還に規制は無かったはずだ。今のフォレスター家に特例に当たるような事は何も無い。
思いつめたような表情で兄のエーヴェルトがローゼリアを見た。
「我が家の亡命を陛下は良く思われていないようだ」
没落前の兄は王宮で文官勤めをしていた。この土地に来てからもいつもどこかへ手紙を出しているので、もしかしたら文官時代の伝手で情報を得ているのかもしれない。
国王陛下と聞いてもローゼリアは大した情報を持っていない。王太子の婚約者であってもほとんど交流が無かったので、王宮の誰もが知っている程度の事しか知らない。ヘンリックを溺愛している事と、高齢の為にいつ退位してもおかしくないという点くらいだった。
そこでふとローゼリアは、どうしてフォレスター家が国外に出れないのかに思い至ってしまった。
「………私が理由ですか?」
エーヴェルトは渋い表情を浮かべて、ローゼリアの疑問に是と言わんばかりに頷く。着ている物がみすぼらしくなっても、公子として生まれ育った彼は気品を失っていなかった。
「王太子の元婚約者の家門なのだから、殿下が婚姻されるまでは貴族を降りるのは認められないそうだ。陛下が手放したくないと思うほどにお前は優秀な上に血筋も良い。殿下はアンダーソン伯爵令嬢を婚約者候補としたが、王太子妃教育の進み具合が芳しくないらしい。我が家が爵位を返して平民になってしまうと、元公爵令嬢でも愛妾止まりだ。陛下はおそらく殿下の熱が冷めるのを待って、お前を側妃にするのを狙っているのだろう。文官たちもアンダーソン令嬢では公務は難しいと思っている。緊急議会の時は誰も手を差し伸べてくれなかったのに、勝手だよな」
ローゼリアは大きな音をバン!と立ててテーブルを叩いた。
こんな乱暴な事をしたのはローゼリア自身初めての事だったが、それくらいローゼリアは怒っていた。
「そのような事は嫌ですわ!」
没落しても貴族らしさを失わず変わらない兄に対して、没落生活に慣れつつあるローゼリアは以前の反動からか感情をあまり隠さなくなっていて、そんな妹を仕方無いと思いつつもエーヴェルトは苦い表情を浮かべた。
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