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56 密談
【ヘンリックside】
翌日の朝、ヘンリックの元にエーヴェルトが病床にある国王をヘンリックと共に見舞いたい事を希望しているとの報告が上がった。
ローゼリアもエーヴェルトも、フォレスター公爵家があった頃は筆頭公爵家令息と令嬢という貴族の最上位の存在でであったにもかかわらず、見た目よりもずっと大人しくて慎ましい存在だった。しかし、ここにきて兄妹で目立つ存在となっていた。
前日の謁見の間ではエーヴェルトの言葉によって彼を支持する流れが出てきてしまったのだ。あの場でエーヴェルトに異議を唱えたのはヴィルタだけだった。
元々の正当性はあちらにある。そして大国を後ろ盾とした場合、どちらが勝つのかは目に見えている。
つまり彼を敵に回せば大国エルランドをも敵に回す事になるとあの場にいた誰もがそう思ったから誰も異議を申し立てる者がいなかったのだろう。
貴族たちは今はまだ動く事を迷っていたり、時局を見てから判断しようと思っている者たちが大半だろうが、もしかしたら既にエーヴェルトに何かしらのアクションを取っている者もいるかもしれない。
最悪の場合、王族の首を差し出してエルランドに恭順しかねない可能性だってあった。
フォレスターを追いやったのはヴィルタだが、最初の引き金を引いたのはヘンリックなのだ。自分がマリーナに懸想をした結果、ヴィルタに付け入られて彼の立場を強いものとしてしまった。
どうして自分はローゼリアを見ようとしなかったのだろう。成長するに従ってローゼリアが優秀だと気付いてはいたが、彼女の優秀さはあまり周りに知られていなかったし、婚約していた頃は化粧で不美人に見えていたので特に劣等感は抱いていなかった。堅苦しい話題ばかりを提供する彼女をつまらない存在だといつも思っていた。
ローゼリアは侍女や令嬢たちと違い、ヘンリックをちやほやして持ち上げてくれるような事はなかった。自分に関心を持たない相手には自分も関心を持てない、それだけだった。
そんな事を考えているうちに国王の私室のドアの前まできてしまった。約束の時間よりも少し早く来たので、エーヴェルトはまだ来ていないだろう。
本来ならば病床にある国王の体調を考えるとエーヴェルトを会わせたくは無かった。国王も昼間の謁見の間での事は側近からおおよその事は聞いているだろう。しかし、エルランド王国を後ろ盾にしたエーヴェルトの要求を断る事は出来ない。
ドアをノックすると侍女がドアを開けてくれた。近頃は寝台の上で執務をする事も多いのだが、エーヴェルトと会うためだろうか、今日の国王はソファーに座ってゆっくりとお茶を飲んでいた。
国王の私室は薬草茶独特の強い匂いがしていた。小さい頃、薬草茶の匂いが嫌だと言ったら父王は『お前の為に長生きをしないといけないからな』と笑って頭を撫でてくれた。ヘンリックが生まれた時に国王は既に50を越えていた。たった一人きりの息子を父王は可愛がってくれた。
ヘンリックは国王の隣の一人掛けソファーに座り、大きな父を見る。母親に似て背の低い自分はついぞ父親の身長を越える事が出来なかった。
歳を取った父に若い頃の面影は無い。ヘンリックが物心をついた時にはもう父は老いていた。その父に心配をかけまいと、早く父に楽をさせて自分が国を動かしていくのだと思ってきた。それなのに今はこうして老体に鞭を打たせているのだと思うと胸が痛くなった。
ドアがノックされ、廊下から『ピオシュ様がお見えになられました』とエーヴェルトに付けた侍従の声がした。
国王の私室に入室したエーヴェルトは先ず、国王の元まで来ると片膝をついて頭を垂れた。
「エーヴェルトか、大きくなったな。お前も掛けるといい」
「失礼します」
そう言ってエーヴェルトは国王とヘンリックの前のソファーに腰を掛けた。
「クレメンスは息災にしておるか?」
「父は今、伯父の元で過ごしております」
「そうか、お前を見ていると先のピオシュ公爵夫妻を思い出すな。私の父はお前の祖母を私の妃に迎えたがっていたが叶わなかった。父は早くからエルランドとの繋がりが重要だと考えていた。もしも先のピオシュ夫人を妻に迎える事が出来たのならお前のような子供が生まれていたのかもしれないな」
ヘンリックは国王がエーヴェルトに親しそうな態度を見せた事に驚いていた。
「ピオシュの祖父は幼い頃から祖母一筋であったと聞いています。その祖父から祖母を取り上げる事は難しかったでしょう。孫の中でも私と妹は特に祖母によく似ていますので、離れていてもいつも祖父は私たちの事を気に掛けていたと母はよく申しておりました」
ふと国王がそばに仕えている侍従に目配せをした。部屋にいた侍従や侍女たちは皆が示し合わせたように出て行ってしまい、国王とヘンリック、エーヴェルトの三人だけが部屋に残された。
「………愚息が申し訳なかった」
そう言って国王はエーヴェルトに頭を下げる。ヘンリックは国王が頭を下げた事に驚いた表情を見せたが、エーヴェルトは表情も変えずに国王を見ていた。
「頭をお上げ下さい。人払いをされたのは賢明なご判断だと思います。私は我が父からの言伝と、この国に来た真の目的をお話したく参りました」
翌日の朝、ヘンリックの元にエーヴェルトが病床にある国王をヘンリックと共に見舞いたい事を希望しているとの報告が上がった。
ローゼリアもエーヴェルトも、フォレスター公爵家があった頃は筆頭公爵家令息と令嬢という貴族の最上位の存在でであったにもかかわらず、見た目よりもずっと大人しくて慎ましい存在だった。しかし、ここにきて兄妹で目立つ存在となっていた。
前日の謁見の間ではエーヴェルトの言葉によって彼を支持する流れが出てきてしまったのだ。あの場でエーヴェルトに異議を唱えたのはヴィルタだけだった。
元々の正当性はあちらにある。そして大国を後ろ盾とした場合、どちらが勝つのかは目に見えている。
つまり彼を敵に回せば大国エルランドをも敵に回す事になるとあの場にいた誰もがそう思ったから誰も異議を申し立てる者がいなかったのだろう。
貴族たちは今はまだ動く事を迷っていたり、時局を見てから判断しようと思っている者たちが大半だろうが、もしかしたら既にエーヴェルトに何かしらのアクションを取っている者もいるかもしれない。
最悪の場合、王族の首を差し出してエルランドに恭順しかねない可能性だってあった。
フォレスターを追いやったのはヴィルタだが、最初の引き金を引いたのはヘンリックなのだ。自分がマリーナに懸想をした結果、ヴィルタに付け入られて彼の立場を強いものとしてしまった。
どうして自分はローゼリアを見ようとしなかったのだろう。成長するに従ってローゼリアが優秀だと気付いてはいたが、彼女の優秀さはあまり周りに知られていなかったし、婚約していた頃は化粧で不美人に見えていたので特に劣等感は抱いていなかった。堅苦しい話題ばかりを提供する彼女をつまらない存在だといつも思っていた。
ローゼリアは侍女や令嬢たちと違い、ヘンリックをちやほやして持ち上げてくれるような事はなかった。自分に関心を持たない相手には自分も関心を持てない、それだけだった。
そんな事を考えているうちに国王の私室のドアの前まできてしまった。約束の時間よりも少し早く来たので、エーヴェルトはまだ来ていないだろう。
本来ならば病床にある国王の体調を考えるとエーヴェルトを会わせたくは無かった。国王も昼間の謁見の間での事は側近からおおよその事は聞いているだろう。しかし、エルランド王国を後ろ盾にしたエーヴェルトの要求を断る事は出来ない。
ドアをノックすると侍女がドアを開けてくれた。近頃は寝台の上で執務をする事も多いのだが、エーヴェルトと会うためだろうか、今日の国王はソファーに座ってゆっくりとお茶を飲んでいた。
国王の私室は薬草茶独特の強い匂いがしていた。小さい頃、薬草茶の匂いが嫌だと言ったら父王は『お前の為に長生きをしないといけないからな』と笑って頭を撫でてくれた。ヘンリックが生まれた時に国王は既に50を越えていた。たった一人きりの息子を父王は可愛がってくれた。
ヘンリックは国王の隣の一人掛けソファーに座り、大きな父を見る。母親に似て背の低い自分はついぞ父親の身長を越える事が出来なかった。
歳を取った父に若い頃の面影は無い。ヘンリックが物心をついた時にはもう父は老いていた。その父に心配をかけまいと、早く父に楽をさせて自分が国を動かしていくのだと思ってきた。それなのに今はこうして老体に鞭を打たせているのだと思うと胸が痛くなった。
ドアがノックされ、廊下から『ピオシュ様がお見えになられました』とエーヴェルトに付けた侍従の声がした。
国王の私室に入室したエーヴェルトは先ず、国王の元まで来ると片膝をついて頭を垂れた。
「エーヴェルトか、大きくなったな。お前も掛けるといい」
「失礼します」
そう言ってエーヴェルトは国王とヘンリックの前のソファーに腰を掛けた。
「クレメンスは息災にしておるか?」
「父は今、伯父の元で過ごしております」
「そうか、お前を見ていると先のピオシュ公爵夫妻を思い出すな。私の父はお前の祖母を私の妃に迎えたがっていたが叶わなかった。父は早くからエルランドとの繋がりが重要だと考えていた。もしも先のピオシュ夫人を妻に迎える事が出来たのならお前のような子供が生まれていたのかもしれないな」
ヘンリックは国王がエーヴェルトに親しそうな態度を見せた事に驚いていた。
「ピオシュの祖父は幼い頃から祖母一筋であったと聞いています。その祖父から祖母を取り上げる事は難しかったでしょう。孫の中でも私と妹は特に祖母によく似ていますので、離れていてもいつも祖父は私たちの事を気に掛けていたと母はよく申しておりました」
ふと国王がそばに仕えている侍従に目配せをした。部屋にいた侍従や侍女たちは皆が示し合わせたように出て行ってしまい、国王とヘンリック、エーヴェルトの三人だけが部屋に残された。
「………愚息が申し訳なかった」
そう言って国王はエーヴェルトに頭を下げる。ヘンリックは国王が頭を下げた事に驚いた表情を見せたが、エーヴェルトは表情も変えずに国王を見ていた。
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