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4 続かない会話
遅い夕食を摂ろうとした頃になってようやくローゼリアが食堂に顔を出した。昼間お茶の断りを入れた時の忙しいという理由はどうやら本当だったようだった。
「失礼します」
ローゼリアはそれだけ言うとローゼリアを待っていたヘンリックを見ずに、黙々と食事を始める。
かつて婚約者時代でのお茶会の時は彼女の方から色々な話題を振ってきたのだったが、今朝はそれがなかった。夕食でも彼女から何か話しかけてくれるような様子は見られない。
外見もそうだが、結婚して彼女の態度もこれまでとは違うものになっていた事にヘンリックは気付いてしまった。
「き、今日は執務初日で疲れただろう」
「ええ、お陰さまで今日もぐっすり眠れそうですわ」
「そ、そうか」
「……」
「……」
国王が五十を過ぎた頃に生まれた、たった一人の王子であるヘンリックは常に周りが先を見越して行動をしてきたので、自分から何かをするという事が少なかったせいで、自分から行動を起こそうと言う発想をする機会に恵まれずに生きてきた。
咽がかわいたと思ったら何も言っていないのに飲み物が出てきたし、寒いと思ったら震えるより先にコートを着せてもらえた。
その代わり周りからの指示には素直に従ってきた。侍従から早く寝るように言われたら全く眠気がなくても寝台の中に入ったし、侍女からこちらの色が似合うと言われたら何も考えずに出されたものを着てきたのだった。
夜会で自分の周りに侍ろうとする令嬢や親たちも、あちらから話しかけてくれるのでヘンリックは笑顔を浮かべて頷くだけで良かった。
皆が皆ヘンリックに優しかったから、ヘンリックは好意を素直に受け取っていただけだった。
見方を変えると、ヘンリックはこれまで自分で考えて行動をするという事を周りから阻害されてきており、本人も周囲もその弊害に全く気付いていなかったのだった。
そのヘンリックが初めて自ら欲したのが伯爵令嬢のマリーナだった。彼女は最初、ヘンリックに視線しか送ってこなかった。それが気になって自分から話しかけて少しずつ彼女が自分にとって特別な存在だと思えてきたのだった。しかしその彼女との関係はぎくしゃくしていた。
特に前のシーズンでの夜会でマリーナは貴族たちの前でヘンリックに恥をかかせた。貴族同士であったなら痴話喧嘩として笑い話になったのだろうが、ヘンリックは将来の国王で国の顔となっていくべき存在なのだ。たとえヘンリックが間違っていたとしても、大勢の前でそれも大きな声でヘンリックを罵るような事はあってはならない。
だからなのか、これまで王太子の最愛だからとマナーのなっていないマリーナの態度に甘かった城の者たちの態度が少しずつ変わっていった。
今までは顔パスでマリーナを通していた門番は、許可証が無いと入城は出来ないと言い、こっそりヘンリックの予定を教えていた一部の侍女は離宮へと異動させられていたので、マリーナからヘンリックに会う事ができないように少しずつ外堀を埋められていたのだった。
マリーナは恋愛では駆け引きが大切だと言われ、しばらくヘンリックを避けるようにと言われたので表面上はそうしていた。
しかしマリーナ自身は、今はヘンリックの気持ちをしっかり捕まえておくべきだと思っていたので、独自にヘンリックに会うための行動を起こそうとしていた。しかし見えない誰かによって邪魔をされているかのように、ヘンリックと接触をする事が以前のように上手くいかなくなっていた。
マリーナがヘンリックに送ったあの白い結婚を願う手紙でさえも、顔見知りの文官を使ってやっと送られたものであった。ヘンリックには強気で接した方が思い通りに動いてくれる事が多かったので、あのような文面にしたのだが、内心ではヘンリックの気持ちが離れかけている事にマリーナは焦っていた。
しかしヘンリックはそれらの事を知らず、手紙も文面通りに受け取っていたので、自分がマリーナの機嫌を損ねたから疎遠にされているのだと思い込んでいたのだった。
◆◆◆
【ローゼリアside】
夕食の後自室へと戻ったローゼリアはソファに座ると大きなため息をついた。
「どうして結婚なんてしてしまったのかしら……」
昨日は大聖堂での挙式の後に大々的なパレードを行って王都中に笑顔を振りまき、城のバルコニーの上からも集まった民に向けて笑顔で手を振っていた、あの幸せそうな王太子妃がまさか翌日に自室で大きなため息をついているなんてきっと誰も思ってはいないだろう。
ローゼリアは早くもこの結婚を後悔していた。
半年ほど前に兄であるエーヴェルトから、ヘンリックとの婚約の継続についてローゼリア自身がどのように考えているのかを聞かれたのだった。
エーヴェルトはそんなにもヘンリックとの結婚が嫌ならば、全力を尽くして自分が破談に持っていこうとまで言ってくれた。
そして、今この時が引き返せる最後のチャンスで、ここを過ぎたらもう引き返す事は出来なくなるとも。
その時ローゼリアは兄の気持ちを嬉しく思うと同時に、家や兄の為にヘンリックとの結婚を選んだのだった。
それからほどなくして王妃の生家で当主の交代があった。
王妃は侯爵家出身であったが、生家を継いだ兄の妻つまり義理の姉と王妃は仲があまり良くなかった。これまでは弟が当主としていたので、王妃も実家の力を使う事ができたのだが、弟の子供に代替わりをした事で実家に頼れなくなり、王妃の力がかなり削がれたのだった。
前侯爵は既に六十歳を超えており、息子は四十代になっていた。息子の年齢を考えると遅過ぎるくらいの当主交代ではあったが、生家の当主交代があった後すぐに王宮の敷地内ではあったが、離宮へと引きこもってしまったのだった。
何も知らされなかったが、侯爵家の当主交代にはおそらく自分の生家であるフォレスターがどこかで関わっているのだとローゼリアは直感していた。
ローゼリアに王太子殿下の婚約者らしくと厚化粧を強制させてきたのは王妃の意向だった。結婚後に王妃とどうやり合おうかとローゼリアは考えていたのだが、厚化粧をやめても王妃は何も言ってこなかった。それだけ王妃の発言力が弱くなっているという事だった。
茶会の話題については国王からの意向で固い内容の話題ばかりをローゼリアからしてきたが、結婚をした事でもう必要はないと思っているのか、こちらも結婚してからはぱたりと何も言ってこなくなったので、ローゼリアはヘンリックに自分から話をする事をやめていた。
そしてヘンリックの最愛であるマリーナ、彼女とヘンリックが一緒にいるところをローゼリア自身はそれほど多く見てはいなかったが、王宮内や夜会で一緒にいる姿は度々目撃されていたようで、社交界では彼らが親密な関係だという話は有名だった。しかし結婚を前にした、ここ数カ月は二人が会っているという噂話を全く聞かなくなってしまった。
実はローゼリアは何度か、夜会でマリーナに絡まれた事があった。挨拶も無く彼女から「ヘンリック様を束縛しないでください!」と大声で言われた事もあった。ヘンリックからも何か言われるのではと思っていたのだが、結局その夜会にヘンリックが参加をしていなかった事もあってか、ローゼリアとマリーナの一件はヘンリックの耳にまで届いていないようだった。
王太子妃となって立場を得てから戦うつもりだったいくつもの問題が、僅か数ヶ月の間にことごとく解決していき、気付いたらローゼリアが立ち向かうべき相手はヘンリックだけとなっていた。そしてそのヘンリックも結婚した昨夜からずっと様子がおかしいのだった。
前シーズンの終わり頃にはマリーナに、ヘンリックはローゼリアとの白い結婚を望んでいるのだと言われた。ヘンリックにはフォレスターの力を使って知っていたのだと昨日は言ってみたのだが、あの程度であんなに動揺するとは思わなかった。
そして結婚二日目の今日はヘンリックの方からお茶に誘ってきたのだ。
こんな事は今まで一度もなかった。実は今日の執務はそれほど忙しくはなく、ヘンリックの誘いを受ける事は簡単に出来たのだが、明日の分の仕事も今日の分の仕事だと周りに言い張って断りの手紙をローゼリア付きの侍従に書かせたのだった。
これまで彼には過去に何度も手紙を送ってきたが、彼の自筆で返事をもらった事はなかったし、今日のお茶会の誘いも侍従の口からであったので、これで充分だろうと執務用の便箋を使って代筆をさせたのだった。
それに、彼と過ごすお茶の時間はローゼリアにとって苦痛以外の何ものでもなかった。王妃からは地味な装いを強制され、国王からはヘンリックに教養を付けさせたいからと話題を決められ、肝心の婚約者からは不機嫌な態度を取られ続けてきたのだ。
どうせあちらは自分の事を嫌っているのだから、わざわざ夫婦の交流を持つ必要はないとローゼリアは自分で判断をしていて、お飾りの王妃となる気が満々であった。
「めんどうな事は嫌だからこの際お飾りの王妃でもいいのだけれど、お兄様が納得してくれなさそうなのよね」
結婚をすると決めた以上、エーヴェルトが敷いてくれた盤石な道を進むべきだとは思うのだが、実際には思っていた以上にローゼリアの自身の気持ちがついていけなかったのだ。
「女ひとりでも子供が産めるような魔法があればいいのに……」
そう言いながらローゼリアは『大魔法使いと王妃』とエルランド語でタイトルが書いてある小説を閉じた。
実は彼女の趣味は恋愛小説を読む事なのだが、ランゲル王国には恋愛小説がなかった。ランゲル王国で小説と言えば冒険小説ばかりで、男性が主人公の物語だった。
エルランドに留学した際に、伯母から勧められた事で恋愛小説を読むようになったローゼリアは令嬢達が繰り広げる恋愛劇に夢中になり、留学中は貪るように恋愛小説ばかり読んでいたのだった。
恋愛小説を読んでいる時だけは婚約者に冷遇されているという現実から離れられて自由だった。ローゼリアは小説に出てくるヒロインたちを応援しながら一緒に泣いて笑った。
輿入れの時もエルランドから取り寄せた自分のコレクションを全て持ってきたかったのだが、さすがにそれは駄目だと父親に言われてしまったので、お気に入りの本だけを持って残りは泣く泣く置いていくしかなかったのだった。
「失礼します」
ローゼリアはそれだけ言うとローゼリアを待っていたヘンリックを見ずに、黙々と食事を始める。
かつて婚約者時代でのお茶会の時は彼女の方から色々な話題を振ってきたのだったが、今朝はそれがなかった。夕食でも彼女から何か話しかけてくれるような様子は見られない。
外見もそうだが、結婚して彼女の態度もこれまでとは違うものになっていた事にヘンリックは気付いてしまった。
「き、今日は執務初日で疲れただろう」
「ええ、お陰さまで今日もぐっすり眠れそうですわ」
「そ、そうか」
「……」
「……」
国王が五十を過ぎた頃に生まれた、たった一人の王子であるヘンリックは常に周りが先を見越して行動をしてきたので、自分から何かをするという事が少なかったせいで、自分から行動を起こそうと言う発想をする機会に恵まれずに生きてきた。
咽がかわいたと思ったら何も言っていないのに飲み物が出てきたし、寒いと思ったら震えるより先にコートを着せてもらえた。
その代わり周りからの指示には素直に従ってきた。侍従から早く寝るように言われたら全く眠気がなくても寝台の中に入ったし、侍女からこちらの色が似合うと言われたら何も考えずに出されたものを着てきたのだった。
夜会で自分の周りに侍ろうとする令嬢や親たちも、あちらから話しかけてくれるのでヘンリックは笑顔を浮かべて頷くだけで良かった。
皆が皆ヘンリックに優しかったから、ヘンリックは好意を素直に受け取っていただけだった。
見方を変えると、ヘンリックはこれまで自分で考えて行動をするという事を周りから阻害されてきており、本人も周囲もその弊害に全く気付いていなかったのだった。
そのヘンリックが初めて自ら欲したのが伯爵令嬢のマリーナだった。彼女は最初、ヘンリックに視線しか送ってこなかった。それが気になって自分から話しかけて少しずつ彼女が自分にとって特別な存在だと思えてきたのだった。しかしその彼女との関係はぎくしゃくしていた。
特に前のシーズンでの夜会でマリーナは貴族たちの前でヘンリックに恥をかかせた。貴族同士であったなら痴話喧嘩として笑い話になったのだろうが、ヘンリックは将来の国王で国の顔となっていくべき存在なのだ。たとえヘンリックが間違っていたとしても、大勢の前でそれも大きな声でヘンリックを罵るような事はあってはならない。
だからなのか、これまで王太子の最愛だからとマナーのなっていないマリーナの態度に甘かった城の者たちの態度が少しずつ変わっていった。
今までは顔パスでマリーナを通していた門番は、許可証が無いと入城は出来ないと言い、こっそりヘンリックの予定を教えていた一部の侍女は離宮へと異動させられていたので、マリーナからヘンリックに会う事ができないように少しずつ外堀を埋められていたのだった。
マリーナは恋愛では駆け引きが大切だと言われ、しばらくヘンリックを避けるようにと言われたので表面上はそうしていた。
しかしマリーナ自身は、今はヘンリックの気持ちをしっかり捕まえておくべきだと思っていたので、独自にヘンリックに会うための行動を起こそうとしていた。しかし見えない誰かによって邪魔をされているかのように、ヘンリックと接触をする事が以前のように上手くいかなくなっていた。
マリーナがヘンリックに送ったあの白い結婚を願う手紙でさえも、顔見知りの文官を使ってやっと送られたものであった。ヘンリックには強気で接した方が思い通りに動いてくれる事が多かったので、あのような文面にしたのだが、内心ではヘンリックの気持ちが離れかけている事にマリーナは焦っていた。
しかしヘンリックはそれらの事を知らず、手紙も文面通りに受け取っていたので、自分がマリーナの機嫌を損ねたから疎遠にされているのだと思い込んでいたのだった。
◆◆◆
【ローゼリアside】
夕食の後自室へと戻ったローゼリアはソファに座ると大きなため息をついた。
「どうして結婚なんてしてしまったのかしら……」
昨日は大聖堂での挙式の後に大々的なパレードを行って王都中に笑顔を振りまき、城のバルコニーの上からも集まった民に向けて笑顔で手を振っていた、あの幸せそうな王太子妃がまさか翌日に自室で大きなため息をついているなんてきっと誰も思ってはいないだろう。
ローゼリアは早くもこの結婚を後悔していた。
半年ほど前に兄であるエーヴェルトから、ヘンリックとの婚約の継続についてローゼリア自身がどのように考えているのかを聞かれたのだった。
エーヴェルトはそんなにもヘンリックとの結婚が嫌ならば、全力を尽くして自分が破談に持っていこうとまで言ってくれた。
そして、今この時が引き返せる最後のチャンスで、ここを過ぎたらもう引き返す事は出来なくなるとも。
その時ローゼリアは兄の気持ちを嬉しく思うと同時に、家や兄の為にヘンリックとの結婚を選んだのだった。
それからほどなくして王妃の生家で当主の交代があった。
王妃は侯爵家出身であったが、生家を継いだ兄の妻つまり義理の姉と王妃は仲があまり良くなかった。これまでは弟が当主としていたので、王妃も実家の力を使う事ができたのだが、弟の子供に代替わりをした事で実家に頼れなくなり、王妃の力がかなり削がれたのだった。
前侯爵は既に六十歳を超えており、息子は四十代になっていた。息子の年齢を考えると遅過ぎるくらいの当主交代ではあったが、生家の当主交代があった後すぐに王宮の敷地内ではあったが、離宮へと引きこもってしまったのだった。
何も知らされなかったが、侯爵家の当主交代にはおそらく自分の生家であるフォレスターがどこかで関わっているのだとローゼリアは直感していた。
ローゼリアに王太子殿下の婚約者らしくと厚化粧を強制させてきたのは王妃の意向だった。結婚後に王妃とどうやり合おうかとローゼリアは考えていたのだが、厚化粧をやめても王妃は何も言ってこなかった。それだけ王妃の発言力が弱くなっているという事だった。
茶会の話題については国王からの意向で固い内容の話題ばかりをローゼリアからしてきたが、結婚をした事でもう必要はないと思っているのか、こちらも結婚してからはぱたりと何も言ってこなくなったので、ローゼリアはヘンリックに自分から話をする事をやめていた。
そしてヘンリックの最愛であるマリーナ、彼女とヘンリックが一緒にいるところをローゼリア自身はそれほど多く見てはいなかったが、王宮内や夜会で一緒にいる姿は度々目撃されていたようで、社交界では彼らが親密な関係だという話は有名だった。しかし結婚を前にした、ここ数カ月は二人が会っているという噂話を全く聞かなくなってしまった。
実はローゼリアは何度か、夜会でマリーナに絡まれた事があった。挨拶も無く彼女から「ヘンリック様を束縛しないでください!」と大声で言われた事もあった。ヘンリックからも何か言われるのではと思っていたのだが、結局その夜会にヘンリックが参加をしていなかった事もあってか、ローゼリアとマリーナの一件はヘンリックの耳にまで届いていないようだった。
王太子妃となって立場を得てから戦うつもりだったいくつもの問題が、僅か数ヶ月の間にことごとく解決していき、気付いたらローゼリアが立ち向かうべき相手はヘンリックだけとなっていた。そしてそのヘンリックも結婚した昨夜からずっと様子がおかしいのだった。
前シーズンの終わり頃にはマリーナに、ヘンリックはローゼリアとの白い結婚を望んでいるのだと言われた。ヘンリックにはフォレスターの力を使って知っていたのだと昨日は言ってみたのだが、あの程度であんなに動揺するとは思わなかった。
そして結婚二日目の今日はヘンリックの方からお茶に誘ってきたのだ。
こんな事は今まで一度もなかった。実は今日の執務はそれほど忙しくはなく、ヘンリックの誘いを受ける事は簡単に出来たのだが、明日の分の仕事も今日の分の仕事だと周りに言い張って断りの手紙をローゼリア付きの侍従に書かせたのだった。
これまで彼には過去に何度も手紙を送ってきたが、彼の自筆で返事をもらった事はなかったし、今日のお茶会の誘いも侍従の口からであったので、これで充分だろうと執務用の便箋を使って代筆をさせたのだった。
それに、彼と過ごすお茶の時間はローゼリアにとって苦痛以外の何ものでもなかった。王妃からは地味な装いを強制され、国王からはヘンリックに教養を付けさせたいからと話題を決められ、肝心の婚約者からは不機嫌な態度を取られ続けてきたのだ。
どうせあちらは自分の事を嫌っているのだから、わざわざ夫婦の交流を持つ必要はないとローゼリアは自分で判断をしていて、お飾りの王妃となる気が満々であった。
「めんどうな事は嫌だからこの際お飾りの王妃でもいいのだけれど、お兄様が納得してくれなさそうなのよね」
結婚をすると決めた以上、エーヴェルトが敷いてくれた盤石な道を進むべきだとは思うのだが、実際には思っていた以上にローゼリアの自身の気持ちがついていけなかったのだ。
「女ひとりでも子供が産めるような魔法があればいいのに……」
そう言いながらローゼリアは『大魔法使いと王妃』とエルランド語でタイトルが書いてある小説を閉じた。
実は彼女の趣味は恋愛小説を読む事なのだが、ランゲル王国には恋愛小説がなかった。ランゲル王国で小説と言えば冒険小説ばかりで、男性が主人公の物語だった。
エルランドに留学した際に、伯母から勧められた事で恋愛小説を読むようになったローゼリアは令嬢達が繰り広げる恋愛劇に夢中になり、留学中は貪るように恋愛小説ばかり読んでいたのだった。
恋愛小説を読んでいる時だけは婚約者に冷遇されているという現実から離れられて自由だった。ローゼリアは小説に出てくるヒロインたちを応援しながら一緒に泣いて笑った。
輿入れの時もエルランドから取り寄せた自分のコレクションを全て持ってきたかったのだが、さすがにそれは駄目だと父親に言われてしまったので、お気に入りの本だけを持って残りは泣く泣く置いていくしかなかったのだった。
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