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翌日の早朝、ヘンリックは早起きをしてエーヴェルトよりも先へ執務室に来ていた。
執務室にヘンリックがいる事に気付いたエーヴェルトは片眉を上げる。
「本日は随分とお早いのですね」
「話したい事がある、少しいいだろうか?」
昨日ヘンリックが王妃に会いに行った事を知っているエーヴェルトは、思い詰めた表情をしている彼に何か変化があったのだと感じた。
「ええ、どのような事でしょう?」
そう言いながらエーヴェルトが執務室に置かれたソファへと座ったので、ヘンリックはエーヴェルトの正面に座る。
「昨日、王妃様と話をした。ローゼリアの事はキミが言った通りだった、すまなかった」
そう言ってヘンリックはエーヴェルトに頭を下げる。
「実は他にも王妃様から告げられた事があった。……キミは自ら国を治めたいと思っているのだろうか?」
「ええ、思っていますよ」
ヘンリックが言葉を発するよりも前にエーヴェルトは話を続けた。
「しかし、私は自分の立場にはこだわりを持っていません。どのような立場でも構わないのです。フォレスター領も広いですし、あなたの側近にならずに文官としてここで勤めていますが、いつかはこの部屋から異動したいと思っています」
「いずれここを出るつもりでいるのか?」
「当たり前です。私はあなたの下にずっと付いているつもりはありません」
「そうか……」
「王妃殿下に何か言われて国を治める事に自信を失くしましたか?」
「自信ではなく、資格の問題だ」
深刻そうな表情のヘンリックとは違い、エーヴェルトはあっさりとした返事を返す。
「別に問題はありませんよ。あなたの側に私と妹がいれば関係ありませんから。あなたも一応は王族として学んできたことも多少はあるのでしょう。今さら首を変えては面倒な事が増えるだけですからね。それに少し前にフォレスター領で税を上げましたら、領民たちが意図的に耕作地を減らし始めたので、そちらの対応に我が家は忙しく、王家の私的な問題を考えるほど私は暇ではないのです」
「キミはローゼリアと同じような事を言うのだな」
「私と妹がというより、この国においてのフォレスターの存在がそうなのです。フォレスターはいつでも王家と代わる事が出来る家です。母が嫁いできてくれたお陰でエルランドとの繋がりもありますし。もしもあなたが私たちの敵となった時は私も全力で立ち向かうつもりですが、少なくとも今のあなたはそうしようとは思わないでしょう?」
「ああ、私がフォレスターを裏切る事はない」
「そう思われるのでしたら妹の事を大切にしてやって下さい。あの子は外では表情をあまり出しませんが、鉄のような女ではございません。私の前では笑いますし、泣きもします。花一輪、リボンひとつといった些細な物にも喜んでくれるのです。……そうですね、妹に趣味は何かと聞いてみて下さい。殿下も読書がご趣味でしたからどこかで話が合うかもしれませんね」
ヘンリックは目を見開いた。ヘンリックは王都で一番大きな書店へ時々忍んで出掛けていたのだが、そのあたりもエーヴェルトには把握されていたらしい。
「キミは本当に、いいのだな?」
ヘンリックは確認するようにエーヴェルトの青い瞳をじっと見つめた。
「私にとってはどちらでも同じことなのですよ。仮に私があなたの代わりとなった場合ですが、その時はあなたにはどこかの離宮にでも退いてもらう事になるでしょう。妻であるローゼリアも一緒でしょうね。そうしたらフォレスターの事は父に任せたとしても、私は一人でこの国を背負わないといけない」
エーヴェルトはヘンリックの出生について知った上で、ヘンリックが廃嫡された後の事まで考えていた。
「私のようにランゲル人であっても外見がエルランド人にしか見えない者に国を任せたくない貴族家も多く出てくるでしょう。そうなった時に私が頼るべきものは母の実家である隣国エルランドのピオシュ家とエルランド王家になります。母は今のエルランド国王とは従兄妹に当たりますから、エルランドは私が王になる事は歓迎するでしょうし、喜んで後ろ盾にもなってくれるでしょう。しかし、そうなるとエルランドからの干渉は避けられなくなります。場合によっては属国のようになってしまうかもしれない。周辺の国々との関係を考えると今のエルランド王家にランゲルをどうかするような気配はありませんし、エルランド王家の血筋を持つローゼリアが王家に嫁いだ事も良い意味で歯止めとなっているのです」
そう言ってエーヴェルトは腕を組んでヘンリックを見つめる。
隣国エルランド王国は、ランゲル王国よりも国の規模が大きい。これまで両国は友好的な関係を続けてきた。かの国がランゲルを属国にする可能性なんてヘンリックはこれまで一度も考えた事はなかった。
「あなたがどのようなお気持ちで婚約者時代を過ごしてきたのかは分かりませんが、ローゼリアがあなたに嫁いだ事はランゲル王国にとってもあなたにとっても大きな意義がある事なのです。もしもどうしても血筋を気にされるのでしたら、ローゼリアの王配にでもなった気持ちでいて下さい。これまでランゲルに女王はいませんでしたが、そのあたりもいずれ変えたいと私は思っていますので」
「エーヴェルト殿!」
突然ヘンリックが大きな声を出したのでエーヴェルトは驚いて瞳を見開いた。
「……私に敬称はいりません、あなたが敬うのは国王陛下と王妃殿下だけです」
「す、すまない。じ、実は……私を鍛えて欲しい。キミから剣術を教わりたいんだ」
「えっ!?」
エーヴェルトは明らかに嫌そうな表情を浮かべる。今のエーヴェルトは多忙だと言ったばかりだし、これ以上余計な仕事は増やしたくなかった。
「私は文官で剣はそれほど出来ませんから、そういった事は騎士の誰かに命じて下さい」
「皆私には甘いんだ、キミならきっと私にも容赦しないだろう? だからキミに頼みたい」
エーヴェルトはこの忙しくてどうしようもないい時に何を言い出すのかと思い、げんなりとした表情を浮かべたのだが、ヘンリックは単純で素直な傾向が強い。自分が彼と繋がりを強くすればこちら側に彼を取り込む事ができる。それにいつかは内面的な意味で彼を鍛え直したいとは思っていた。その機会が予定よりもかなり早く訪れ、さらにヘンリック自らが志願してきたのだ。考えようによっては願ってもないチャンスではないだろうか?
「わかりました。私の時間の許す限りでよろしければ殿下のお手伝いを致しましょう」
そう言ってエーヴェルトは恭しくヘンリックに頭を下げた。
執務室にヘンリックがいる事に気付いたエーヴェルトは片眉を上げる。
「本日は随分とお早いのですね」
「話したい事がある、少しいいだろうか?」
昨日ヘンリックが王妃に会いに行った事を知っているエーヴェルトは、思い詰めた表情をしている彼に何か変化があったのだと感じた。
「ええ、どのような事でしょう?」
そう言いながらエーヴェルトが執務室に置かれたソファへと座ったので、ヘンリックはエーヴェルトの正面に座る。
「昨日、王妃様と話をした。ローゼリアの事はキミが言った通りだった、すまなかった」
そう言ってヘンリックはエーヴェルトに頭を下げる。
「実は他にも王妃様から告げられた事があった。……キミは自ら国を治めたいと思っているのだろうか?」
「ええ、思っていますよ」
ヘンリックが言葉を発するよりも前にエーヴェルトは話を続けた。
「しかし、私は自分の立場にはこだわりを持っていません。どのような立場でも構わないのです。フォレスター領も広いですし、あなたの側近にならずに文官としてここで勤めていますが、いつかはこの部屋から異動したいと思っています」
「いずれここを出るつもりでいるのか?」
「当たり前です。私はあなたの下にずっと付いているつもりはありません」
「そうか……」
「王妃殿下に何か言われて国を治める事に自信を失くしましたか?」
「自信ではなく、資格の問題だ」
深刻そうな表情のヘンリックとは違い、エーヴェルトはあっさりとした返事を返す。
「別に問題はありませんよ。あなたの側に私と妹がいれば関係ありませんから。あなたも一応は王族として学んできたことも多少はあるのでしょう。今さら首を変えては面倒な事が増えるだけですからね。それに少し前にフォレスター領で税を上げましたら、領民たちが意図的に耕作地を減らし始めたので、そちらの対応に我が家は忙しく、王家の私的な問題を考えるほど私は暇ではないのです」
「キミはローゼリアと同じような事を言うのだな」
「私と妹がというより、この国においてのフォレスターの存在がそうなのです。フォレスターはいつでも王家と代わる事が出来る家です。母が嫁いできてくれたお陰でエルランドとの繋がりもありますし。もしもあなたが私たちの敵となった時は私も全力で立ち向かうつもりですが、少なくとも今のあなたはそうしようとは思わないでしょう?」
「ああ、私がフォレスターを裏切る事はない」
「そう思われるのでしたら妹の事を大切にしてやって下さい。あの子は外では表情をあまり出しませんが、鉄のような女ではございません。私の前では笑いますし、泣きもします。花一輪、リボンひとつといった些細な物にも喜んでくれるのです。……そうですね、妹に趣味は何かと聞いてみて下さい。殿下も読書がご趣味でしたからどこかで話が合うかもしれませんね」
ヘンリックは目を見開いた。ヘンリックは王都で一番大きな書店へ時々忍んで出掛けていたのだが、そのあたりもエーヴェルトには把握されていたらしい。
「キミは本当に、いいのだな?」
ヘンリックは確認するようにエーヴェルトの青い瞳をじっと見つめた。
「私にとってはどちらでも同じことなのですよ。仮に私があなたの代わりとなった場合ですが、その時はあなたにはどこかの離宮にでも退いてもらう事になるでしょう。妻であるローゼリアも一緒でしょうね。そうしたらフォレスターの事は父に任せたとしても、私は一人でこの国を背負わないといけない」
エーヴェルトはヘンリックの出生について知った上で、ヘンリックが廃嫡された後の事まで考えていた。
「私のようにランゲル人であっても外見がエルランド人にしか見えない者に国を任せたくない貴族家も多く出てくるでしょう。そうなった時に私が頼るべきものは母の実家である隣国エルランドのピオシュ家とエルランド王家になります。母は今のエルランド国王とは従兄妹に当たりますから、エルランドは私が王になる事は歓迎するでしょうし、喜んで後ろ盾にもなってくれるでしょう。しかし、そうなるとエルランドからの干渉は避けられなくなります。場合によっては属国のようになってしまうかもしれない。周辺の国々との関係を考えると今のエルランド王家にランゲルをどうかするような気配はありませんし、エルランド王家の血筋を持つローゼリアが王家に嫁いだ事も良い意味で歯止めとなっているのです」
そう言ってエーヴェルトは腕を組んでヘンリックを見つめる。
隣国エルランド王国は、ランゲル王国よりも国の規模が大きい。これまで両国は友好的な関係を続けてきた。かの国がランゲルを属国にする可能性なんてヘンリックはこれまで一度も考えた事はなかった。
「あなたがどのようなお気持ちで婚約者時代を過ごしてきたのかは分かりませんが、ローゼリアがあなたに嫁いだ事はランゲル王国にとってもあなたにとっても大きな意義がある事なのです。もしもどうしても血筋を気にされるのでしたら、ローゼリアの王配にでもなった気持ちでいて下さい。これまでランゲルに女王はいませんでしたが、そのあたりもいずれ変えたいと私は思っていますので」
「エーヴェルト殿!」
突然ヘンリックが大きな声を出したのでエーヴェルトは驚いて瞳を見開いた。
「……私に敬称はいりません、あなたが敬うのは国王陛下と王妃殿下だけです」
「す、すまない。じ、実は……私を鍛えて欲しい。キミから剣術を教わりたいんだ」
「えっ!?」
エーヴェルトは明らかに嫌そうな表情を浮かべる。今のエーヴェルトは多忙だと言ったばかりだし、これ以上余計な仕事は増やしたくなかった。
「私は文官で剣はそれほど出来ませんから、そういった事は騎士の誰かに命じて下さい」
「皆私には甘いんだ、キミならきっと私にも容赦しないだろう? だからキミに頼みたい」
エーヴェルトはこの忙しくてどうしようもないい時に何を言い出すのかと思い、げんなりとした表情を浮かべたのだが、ヘンリックは単純で素直な傾向が強い。自分が彼と繋がりを強くすればこちら側に彼を取り込む事ができる。それにいつかは内面的な意味で彼を鍛え直したいとは思っていた。その機会が予定よりもかなり早く訪れ、さらにヘンリック自らが志願してきたのだ。考えようによっては願ってもないチャンスではないだろうか?
「わかりました。私の時間の許す限りでよろしければ殿下のお手伝いを致しましょう」
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