かえる王女と真実の愛

夏生 羽都

文字の大きさ
4 / 8

4話

しおりを挟む
【魔法使いside】

 魔法使いの朝はいつも遅い。その日の前日も、遅い時間まで魔法の研究をしていたので、寝台に入ったのは空の色が東雲に変わろうとしていた夜明け前の時刻だった。

 ドンドンと強くドアを叩く音によって、すっかり寝入っていた魔法使いは起こされた。

 眠い目をこすりながらドアを開けると、目の前には城勤めの騎士がいて、魔法使いに至急登城するようにと指示が降りたと伝えられた。

 魔法使いが案内されたのは城の中にある一室で、前に国王に言われて魔法使いが音漏れを防ぐ魔法を掛けた部屋だった。

 案内された部屋には深刻そうな顔色をした国王と、頭からすっぽり被った紺色のベールで顔を隠した女性がいるだけだった。

 魔法使いには女性が着けているベールと同じ色のドレスに見覚えがあった。いつもは美しい金色の髪を結っているのに、今日は珍しく長い髪を下ろしていたので、ベールの裾の下から金色の髪が出ている。魔法使いは自分の目の前に座っている女性が、王女なのだとすぐに分かった。

 王女の隣にいる時の国王はいつも機嫌が良いのに、今日の国王はそうではないのが魔法使いは気になっていた。

 国王が王女に目配せをすると、王女はゆっくりとベールを上げる。

 ベールで隠されていた王女の顔を見て、魔法使いは目を見開いた。

 ベールの下には、いつもの美しいかんばせではなく、醜いヒキガエルの顔があったのだから。

「コレを元に戻せ」

 国王はそれだけ言うと黙ってしまった。

 魔法使いは王女の顔をじっと観察する。斑な茶色の肌に、頬まで裂けた口。頭頂部に近い位置には、人としてはおかしなサイズで白目が無い大きな瞳が乗っている。さらに形の良かった小さな鼻は、平たくつぶれている。どう見てもヒキガエルとしか思えない顔だった。ただのカエルと違うのは、髪は元のままなのと、瞳の色が他のカエルのように黒くはなく、元の王女の色と同じ碧色をしているところだった。

「王女さまとお話しをする事は出来るのでしょうか?」

 恐る恐る魔法使いがそう尋ねると、国王は無言で頷いた。

「王女さま、どうしてこのようなお姿になられたのかお心当たりはございますか?」

 そう魔法使いが尋ねると、王女は首を横に振るのだった。人の顔とは違うので、王女の表情から気持ちを読み取る事はできない。王女が今どのような気持ちでいるのかが魔法使いには分からなかった。

「わからないわ、今朝起きたらこうなっていたの」

 魔法使いはしばらく考えていた。幻覚の類だったら彼にも解けるのだが、これはおそらく変身魔法だろう。あれは魔法薬を飲まないとかかる事はない魔法だ。そういった薬を作るのが得意な者に魔法使いは心当たりがあった。

 魔法使いは以前、東の森には魔女が住んでいると、うっかり王女に話してしまった事があった。魔女は人を嫌うので、魔女の存在は口外しないようにしていたのだが、不用意にも一度だけ口にしてしまったのだ。

「王女さまにはとても強い魔法がかけられているようです。私にはこの魔法は解けません」

 魔法使いが苦しそうな表情を浮かべながらそう告げる。

「王女を呪った相手は分からないのかっ! お前はこの国一番の魔法使いだろうっ!」

 国王は王女に掛けられた魔法を呪いだと決めつけ、恫喝するように魔法使いに詰め寄ると、強い力で襟首を掴むのだった。

 魔法薬にどのような効果を加えたのかを知らない魔法使いには、それ以上は何も言えなかった。



 ◆◆◆



 それから数日ほど過ぎた日の午後、ベールを被った王女が魔法使いの家へやってきた。

 魔法使いはいつものように、テーブルの上を片付けてから王女にお茶を出した。

「……」

「お父様には黙っていてくれてありがとう、ハミルは分かっていたのでしょう? 私が魔女の作った薬を飲んでしまったのを」

 椅子に座ってベールを取った王女は、お茶をひと口を飲んでからぽつりとそう言った。

「はい、王女さまに魔女の事を教えてしまったのは私ですから。しかし、どうしてそのようなお姿に?」

「私の姿が醜くなれば婚約はなくなると思ったの。それに醜くなった私でも愛してくれる人が現れたら、それこそが真実の愛だと思ったのよ」

「まさかずっとその姿のままでいるような薬ではありませんよね? 元の姿に戻す方法や条件は何なのです?」

 カエルの顔では人のような動きをしないので表情がよく分からないが、魔法使いは王女の様子をじっと見る。表情が見えなくても、王女の俯き加減や指の震えから彼女の気持ちを量ろうとしているのだ。

「魔法を解く方法は、……私を本当に愛している人との口づけなの」

 恥ずかしいのか、王女はより深く俯いた。

 魔法使いは己の額に手を当ててため息を吐いた。

「せめて十日くらいで効果がなくなるとか、短時間で効果が切れるようにしておけばよかったのに。よりによって絵物語のような事を……」

「でもお陰で婚約を解消することができたのよ。これで私は私を本当に愛してくれる人を探せるわ! このような姿の私でも愛して下さる方からの愛こそが真実の愛なの!」

 侯爵令息は確かに王女を愛していた。しかし彼が愛していたのは、王女の顔と王や兄王子のお気に入りという王女の立場だった。今頃侯爵令息は自分を守るために、王女の顔がヒキガエルに変わってしまった事を言い触らしているだろう。

 魔法使いは一度目を閉じて考えた。魔女の作る魔法薬は一級品だから効果に間違いはない。もしかしたら自分の思い伝えるのに良い機会なのかもしれない。そう思った魔法使いは、一度深呼吸をしてから改めて王女を見つめる。

「王女さま、実は私は以前から王女さまの事をお慕いしておりました。この私でしたら王女さまにかけられた魔法を解けるかもしれません」

 何の前触れもなく努めて冷静に、淡々と話したのが良くなかったのかもしれない。王女は魔法使いの思いをあっさりと否定したのだった。

「ハミルは私が元の姿に戻るためには口づけが必要だと知ってしまったわ。それは条件があっての愛なの。ヒキガエルの私でもずっと愛し続ける、それくらいの強い思いがないと真実の愛とは言えないわ」

 王女の言葉を聞いて、魔法使いは魔法薬の効果を消すための本当の制約に気が付いたのだった。

 魔女の作った魔法薬はおそらく、相手が王女をどれくらい思っているのかでは無い。口づけをする相手が自分を真に愛してくれていると王女が思わないと解けないのだと。

 そしてこの夢見がちな王女が思い描いているのは、散らかった小さな家の中で友人のように気安く話す男からの告白ではなく、それこそ花が咲いているような庭園や花畑で貴公子のような男からの愛の告白なのだ、きっと。

 その夜、魔法使いは東の森に住んでいる魔女に手紙を書いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

薫る袖の追憶を捨て、月光の君に溺愛される

あとりえむ
恋愛
名門の姫君・茜は、夫の高彬に蔑まれ、寂れた離れで孤独な死を迎えた…… けれど意識が途切れた瞬間、視界を埋め尽くしたのは命を削って輝く緋色の夕映え。 目が覚めると、そこは高彬との婚約が決まったばかりの十五歳の春に戻っていた。 「二度目の人生では、誰のことも愛さず、ただあの方の幸せだけを願おう」 茜は、かつて自身の孤独を救ってくれた「最推し」の東宮・暁を、未来の知識で密かに支えることを決意する。 執着を捨て、元夫に無関心を貫く茜。 一方、高彬は自分に興味を失った茜の価値に気づき、今更遅い後悔に狂い始めるが……。 「見つけた。お前は俺の、運命の番だ」 正体を隠して東宮を支えていたはずが、冷徹な暁に見出され、逃げ場のないほどの執着と溺愛を注がれることに。 平安の雅な風情の中で描かれる、逆転と救済の物語。 最後は、二人が永遠の契りを交わす和歌で幕を閉じます。

前世を思い出した我儘王女は心を入れ替える。人は見た目だけではありませんわよ(おまいう)

多賀 はるみ
恋愛
 私、ミリアリア・フォン・シュツットはミターメ王国の第一王女として生を受けた。この国の外見の美しい基準は、存在感があるかないか。外見が主張しなければしないほど美しいとされる世界。  そんな世界で絶世の美少女として、我儘し放題過ごしていたある日、ある事件をきっかけに日本人として生きていた前世を思い出す。あれ?今まで私より容姿が劣っていると思っていたお兄様と、お兄様のお友達の公爵子息のエドワルド・エイガさま、めちゃめちゃ整った顔してない?  今まで我儘ばっかり、最悪な態度をとって、ごめんなさい(泣)エドワルドさま、まじで私の理想のお顔。あなたに好きになってもらえるように頑張ります! -------だいぶふわふわ設定です。

ソロキャンする武装系女子ですが婚約破棄されたので傷心の旅に出たら——?

ルーシャオ
恋愛
ソロキャンする武装系女子ですが婚約破棄されたので傷心の旅に出たら——? モーリン子爵家令嬢イグレーヌは、双子の姉アヴリーヌにおねだりされて婚約者を譲り渡す羽目に。すっかり姉と婚約者、それに父親に呆れてイグレーヌは別荘で静養中の母のもとへ一人旅をすることにした。ところが途中、武器を受け取りに立ち寄った騎士領で騎士ブルックナーから騎士見習い二人を同行させて欲しいと頼まれる。 そのころ、イグレーヌの従姉妹であり友人のド・ベレト公女マリアンはイグレーヌの扱いに憤慨し、アヴリーヌと婚約者へとある謀略を仕掛ける。そして、宮廷舞踏会でしっかりと謀略の種は花開くことに——。

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

過労薬師です。冷酷無慈悲と噂の騎士様に心配されるようになりました。

黒猫とと
恋愛
王都西区で薬師として働くソフィアは毎日大忙し。かかりつけ薬師として常備薬の準備や急患の対応をたった1人でこなしている。 明るく振舞っているが、完全なるブラック企業と化している。 そんな過労薬師の元には冷徹無慈悲と噂の騎士様が差し入れを持って訪ねてくる。 ………何でこんな事になったっけ?

『無能な聖女』と婚約破棄された私、実は伝説の竜を唯一従える『真の守護者』でした。~今さら国に戻れと言われても、もう遅いです~

スカッと文庫
ファンタジー
「魔力値たったの5だと? 貴様のような偽聖女、この国には不要だ!」 聖女として国を支えてきたエルナは、第一王子カイルから非情な婚約破棄を言い渡される。隣には、魔力値を偽装して聖女の座を奪った男爵令嬢の姿が。 実家からも見捨てられ、生きては戻れぬ『死の森』へ追放されたエルナ。しかし、絶望の中で彼女が目覚めさせたのは、人間には測定不能な【神聖魔力】だった。 森の奥で封印されていた伝説の銀竜を解き放ち、隣国の冷徹皇帝にその才能を見出された時、エルナを捨てた王国は滅びの危機に直面する――。 「今さら謝っても、私の結界はもうあなたたちのために張ることはありません」 捨てられた聖女が真の幸せを掴む、逆転劇がいま幕を開ける!

『奢侈禁止令の鉄槌 ―偽の公爵令嬢が紡ぐ、着られぬ絹の鎖―』

鷹 綾
恋愛
亡き母の死後、公爵家の正統な継承者であるはずの少女は、屋敷の片隅で静かに暮らしていた。 実権を握っているのは、入り婿の父とその後妻、そして社交界で「公爵令嬢」として振る舞う義妹。 誰も疑わない。 誰も止めない。 偽りの公爵令嬢は、華やかな社交界で輝き続けていた。 だが、本来の継承者である彼女は何も言わない。 怒りも、反論も、争いも起こさない。 ただ静かに、書類を整えながら時を待っていた。 やがて王宮で大舞踏会が開かれる。 義妹は誇らしげに、亡き公爵夫人の形見である豪華な絹のドレスを身に纏って現れる。 それは誰もが息を呑むほど美しい衣装だった。 けれど―― そのドレスには、誰もが知らない「禁忌」があった。 舞踏会の夜。 華やかな音楽が流れる王宮で、ある出来事をきっかけに空気が一変する。 そして静かに現れる、本当の継承者。 その瞬間、 偽りの身分で築かれた栄光は、音もなく崩れ始める。 これは、 静かに時を待ち続けた一人の少女が、 奪われたものを正しい場所へ戻していく物語。 そして―― 偽りの公爵令嬢が辿る、あまりにも残酷な結末の物語でもある。

冷徹公に嫁いだ可哀想なお姫様

さくたろう
恋愛
 役立たずだと家族から虐げられている半身不随の姫アンジェリカ。味方になってくれるのは従兄弟のノースだけだった。  ある日、姉のジュリエッタの代わりに大陸の覇者、冷徹公の異名を持つ王マイロ・カースに嫁ぐことになる。  恐ろしくて震えるアンジェリカだが、マイロは想像よりもはるかに優しい人だった。アンジェリカはマイロに心を開いていき、マイロもまた、心が美しいアンジェリカに癒されていく。 ※小説家になろう様にも掲載しています いつか設定を少し変えて、長編にしたいなぁと思っているお話ですが、ひとまず短編のまま投稿しました。

処理中です...