2 / 12
小瓶の星座
しおりを挟む
初出:2013年12月8日
お題:フニャフニャの蟻 必須要素:オリーブオイル 制限時間:30分
小瓶の星座
オリーブオイルに蟻が浮かんでいた。
イタリアン好きの友達の家で、パンにつけるとうまいというオリーブオイルを教えてもらったのが昨晩の話だった。ワインとチーズとスペイン産のイベリコ豚の生ハムとをご馳走になったのだが、一番うまかったのはそのオリーブオイルだった。青くて、甘くて、みずみずしくて、オリーブが果実だということがよくわかる。500mlで二千円だが三千円だかする量り売りのそれを、恵比寿の専門店で買ってくるのだという。
硬くなったパンをそいつに浸して食べるのがべらぼうにうまい。初めて食べたそれに感動してベタ褒めしたら、友人は瓶に小分けにして寄越してくれた。持ち帰って、キッチンに置いて、冷蔵庫にパンがあったはずだと期待して開けたにも関わらず、パンは見当たらず、がっかりしてダイニングテーブルに瓶を置きっぱなしにして着替えもせずに寝たことまでは、思い出した。
問題は、その、小瓶の中にいつ、この、黒い小さなお邪魔虫…蟻が、闖入していたのかということだ。
ダイニングテーブルの真ん中に鎮座した小さな小瓶に、もっと小さな蟻が浮かんでいる。
死んでいる…のだと思う。ピクリとも動かないし。
人間だって、自分の体積の十倍以上の油の中に一晩突っ込まれたら死ぬだろう。昆虫は人より丈夫らしいけれど。浸透圧とかそういうので。
このアリの中に量り売りの高級オリーブオイルが浸透しているのなら、では、オリーブオイルの中には蟻の体液が染み出しているのだろうか。そこまで考えてぞっとした。そして、勿体無い。せっかくもらったのに。アリの体液入りオリーブオイルをパンにつけて食うのは、ちょっと遠慮したい。
まろい、緑と黄色の中間の、光の透けるオリーブ色に浮かんだ蟻を、小瓶を持ち上げてしげしげと眺めた。それは、遠い昔に、琥珀の中に閉じ込められた虫の様子を連想させた。
ジュラシックパークで観たあれだ。
どろどろで、濃くて、密度の高い液体の中に閉じ込められて、体液をすっかり押し出されて、腐ることもなくそのままの姿で死んでしまった虫。オリーブオイルの中のアリは、そんな風になれるのだろうか?否、琥珀はともかく、オリーブオイルは腐るだろう。多分。一人暮らしを始めてから、オリーブオイルを買ったことがないので分からないが。
数分眺めていたら、これはこれで洒落たオブジェのような気がしてきた。
1畳程度のキッチン付けられた小窓のへりに、小瓶の置き場所を変えてみる。昼下がりの陽光を受けてキラキラと輝き、ふにゃりと脱力したアリの手足に活力が戻った・・・ように見えた。
いいんじゃないの。
この蟻は、たまたま、イタリアン好きの俺の友達の家に侵入し、たまたま小瓶に入り込み、たまたま友人がそれに気づかず、たまたまオイルを注がれて、そのまま溺死して、俺の家のオブジェになって。
それって少しだけ、ロマンチックじゃないかしら。ほら、ギリシャ神話とかで、神様に見初められて、本人の意思とか全然無関係に連れ去られて、星座とかになっちゃう美少年や美少女の話、あるじゃない。そんな感じ。
世の中って、そんな、美しくて残酷なものだよね。
結論づけて、俺は、パンを買いに玄関へ向かった。
お題:フニャフニャの蟻 必須要素:オリーブオイル 制限時間:30分
小瓶の星座
オリーブオイルに蟻が浮かんでいた。
イタリアン好きの友達の家で、パンにつけるとうまいというオリーブオイルを教えてもらったのが昨晩の話だった。ワインとチーズとスペイン産のイベリコ豚の生ハムとをご馳走になったのだが、一番うまかったのはそのオリーブオイルだった。青くて、甘くて、みずみずしくて、オリーブが果実だということがよくわかる。500mlで二千円だが三千円だかする量り売りのそれを、恵比寿の専門店で買ってくるのだという。
硬くなったパンをそいつに浸して食べるのがべらぼうにうまい。初めて食べたそれに感動してベタ褒めしたら、友人は瓶に小分けにして寄越してくれた。持ち帰って、キッチンに置いて、冷蔵庫にパンがあったはずだと期待して開けたにも関わらず、パンは見当たらず、がっかりしてダイニングテーブルに瓶を置きっぱなしにして着替えもせずに寝たことまでは、思い出した。
問題は、その、小瓶の中にいつ、この、黒い小さなお邪魔虫…蟻が、闖入していたのかということだ。
ダイニングテーブルの真ん中に鎮座した小さな小瓶に、もっと小さな蟻が浮かんでいる。
死んでいる…のだと思う。ピクリとも動かないし。
人間だって、自分の体積の十倍以上の油の中に一晩突っ込まれたら死ぬだろう。昆虫は人より丈夫らしいけれど。浸透圧とかそういうので。
このアリの中に量り売りの高級オリーブオイルが浸透しているのなら、では、オリーブオイルの中には蟻の体液が染み出しているのだろうか。そこまで考えてぞっとした。そして、勿体無い。せっかくもらったのに。アリの体液入りオリーブオイルをパンにつけて食うのは、ちょっと遠慮したい。
まろい、緑と黄色の中間の、光の透けるオリーブ色に浮かんだ蟻を、小瓶を持ち上げてしげしげと眺めた。それは、遠い昔に、琥珀の中に閉じ込められた虫の様子を連想させた。
ジュラシックパークで観たあれだ。
どろどろで、濃くて、密度の高い液体の中に閉じ込められて、体液をすっかり押し出されて、腐ることもなくそのままの姿で死んでしまった虫。オリーブオイルの中のアリは、そんな風になれるのだろうか?否、琥珀はともかく、オリーブオイルは腐るだろう。多分。一人暮らしを始めてから、オリーブオイルを買ったことがないので分からないが。
数分眺めていたら、これはこれで洒落たオブジェのような気がしてきた。
1畳程度のキッチン付けられた小窓のへりに、小瓶の置き場所を変えてみる。昼下がりの陽光を受けてキラキラと輝き、ふにゃりと脱力したアリの手足に活力が戻った・・・ように見えた。
いいんじゃないの。
この蟻は、たまたま、イタリアン好きの俺の友達の家に侵入し、たまたま小瓶に入り込み、たまたま友人がそれに気づかず、たまたまオイルを注がれて、そのまま溺死して、俺の家のオブジェになって。
それって少しだけ、ロマンチックじゃないかしら。ほら、ギリシャ神話とかで、神様に見初められて、本人の意思とか全然無関係に連れ去られて、星座とかになっちゃう美少年や美少女の話、あるじゃない。そんな感じ。
世の中って、そんな、美しくて残酷なものだよね。
結論づけて、俺は、パンを買いに玄関へ向かった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる