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本編・アリスティア、新天地へ征く

アリスティアと誘拐騒動

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アリスティアはアナスタシアに案内されて、イスト王国城下町の市場へとやって来た。
市場はとても賑わっていて、人混みが激しかった。
様々な屋台料理や珍しい民芸品、食材や香辛料そして武具等と、様々な店が所狭しと並んでいる。

「お姉様、迷子になるといけないので
私と手を繋ぎましょう♪」

「そうですね、繋ぎましょうか♪」

アリスティアは童心に返って市場の雰囲気を楽しむ。
メリディエス王国では優れた王妃になる為の勉強三昧の日々と、ナーティスから押し付けられた、想像を絶する様な大量の公務と雑用の毎日で、アリスティア自身が、メリディエス王国の城下町に出た事などは実際一度もなかった。
方や放蕩王子のナーティスは、毎日こう言った賑やかな景色を楽しんでいたのであろうと思うと、アリスティアは心の奥底で少しムッとしてしまった。

「…どうかしましたか?お姉様」

「なんでもないわ、楽しみましょう、アナスタシア」

変な顔をしているのを気付かれて、少し赤面するアリスティア。
アナスタシアはアリスティアのそんな表情を見て微笑む。
アナスタシアは市井の人や市場の事情をよく理解していて、アリスティアに美味しいものを食べさせてくれたり、アクセサリーや珍しい交易品などを紹介してくれたりした。

(…世の中にはこんな物もあるんですのね…)

王城に籠り気味だったアリスティアにとっては、見るもの全てが目新しく、とても新鮮な景色で、そのひとつひとつが楽しかった。

「お姉様、これなんてお姉様に似合うのではないですか?」

アナスタシアは 白金鋼プラティウム製の細いチェーンに、青紫の鮮やかな少し大きめのサファイアが取り付けられたネックレスを、アリスティアに見せた。

「まあ、素敵ね」

「…お姉様、私からのプレゼントです」

「え?良いの…?」

アナスタシアは黄金鋼アウルム中金貨1枚と小金貨1枚を店主に手渡す。
店主はアナスタシアから金貨を受け取ると、とても満面な笑みを見せた。
アリスティアはアナスタシアから受け取ったネックレスを付けてその場でくるりと一回転する。

「お姉様、とてもお似合いですわ」

「ありがとうアナスタシア、大切にするわね」

二人は微笑みあった後、次の店へと向かった。

「お姉様、美味しい物も沢山あるので少しずつ色んなものを食べませんか?」

いわゆる食べ歩きの提案だった、食べ過ぎるのは少し躊躇したものの、城の料理では食べられないものがここでは食べられる、こんなチャンスは少ない。
やはり美味しいものは美味しいのだ。丸焼きにしたタウスの肉を削ぎ落として、特製のソースと葉物の野菜を一緒にパンに挟んで食べたり。
潰したジャガイモを丸めて、衣を付けたものを揚げて、それに塩を振ったものだったり。
トマトやレタス、ひき肉と香辛料のソースを焼いた生地で包んだ物だったり。
一つのものをアリスティアとアナスタシアの二人で分け合って一緒に堪能した。

(…とっても楽しいわ…)

アリスティアには兄弟姉妹が居なかった為、アナスタシアと一緒に遊ぶのがとても楽しかった。
王族であるにも関わらず、アナスタシアは俗世や庶民の生活にとても詳しかった故にここまで楽しめるのだろう。

「何故そこまで詳しいの?」

とアリスティアがアナスタシアに問い尋ねると、アナスタシアは意気揚々と行った。

「…お姉様!国民の生活の中に国家繁栄のヒントがあるからですわ!」

アリスティアは成る程な、と思った。
国は王族だけではなく、数多のその土地に住む人々でその国は構成されている。
国民の生活を知りどの様な政策を行えば
国民が喜び、またそれによって国民の生活が豊かになれば、自ずと国も潤う。
最終的に国家の運営が円滑になる。
アナスタシアの考え方はいわゆる国家を
一つの商店、あるいは企業として見た様な考え方である。

「…アナスタシアは凄いわね…」

「…それ程でもございませんお姉様、趣味と実益が重なり合っただけですわ!」

アナスタシアは何よりも全ての事を楽しんでいる様だった。それに釣られてアリスティアも楽しい気分になっていた。
ただ一つアリスティアが疑問に思ったのは、護衛を付けずにこの様な市場に王族が来て良いものなのか、その事をアナスタシアに尋ねると。

「実は護衛は近くに居るのです、時間になったら迎えが来るのでお姉様は心配なさらず」

とだけ言ったので、アリスティアはアナスタシアを信じて、それ以上尋ねる事はしなかった。
すれ違う人混みの中、アリスティアの
視線はふと一人の人物に目が行った。

漆黒のローブに身を包み、灰色の長髪と
真っ赤な燃える様な紅蓮の瞳、そして生者とは思えない様な青白い肌の少女。
彼女のその視線はアナスタシアに向けられていて、少女は不気味にクスクスと笑っている様に思えた。
アリスティアは少し背筋が寒くなった。
しかし、気がつくとその女性は視界から消えていて、不意に背後から声をかけられた。

「…少々よろしいですか?お嬢様方」

屈強な男性が。アリスティアとアナスタシアの背後に立っていた。

「二人とも我々について来てください。黙ってついてくれば手荒な事は一切しません。」

「あっちでおじさん達と楽しい事しようや…。」

アリスティアとアナスタシアの頬を汗が静かに伝う。



町外れの小屋の扉の目の前で屈強な男が一人立つ。その場にやって来たのは半身鎧に身を包んだ女性だった。
黒艶のロングヘアーは背中の肩甲骨まで伸び、前髪で片目が隠れていた。
前髪から覗かせる視線は凛として鋭く
そして勇ましかった。

「…首尾はどうだい?」

「へい、姉御、二人とも中でお楽しみですぜ。」

「…ああ、そうかい」

男は扉を開く、すると男達の歓声の声が聞こえるとても盛り上がっている様で。女性はニヤリと笑う

「…これで…チェックメイトですわ!!」 

「流石ですわ!アナスタシア!!」

「あーっ?!また負けたー!!」

「アナスタシアちゃん!強過ぎるぜ!!」

アリスティアとアナスタシアは屈強な男達とチェスを楽しんでいた。
紅茶やお菓子などを広げ、二人は気の利く屈強な男達の手によって盛大にもてなされていた。

「…お前達はまったく、呑気なものだ」

女性は賑やかに楽しむ面々を見て呟いた。女性はアナスタシアに話しかける

「実に楽しそうじゃないか?…ええ?アナスタシア」

「叔母様!!」

「叔母様…?…よく見てみれば。ルビアーナ様に…何処となく似ていらっしゃる…?」

女性の凛としてアナスタシアに笑いかける、表情はイスト王国の王妃ルビアーナに似ている様にアリスティアは思った。

「…流石に姫様は察しがいいね」

「お姉様、この方は母上のお姉様なのですわ、とっても格好良い女性なのですわ」

「…何時も褒めてくれてありがとうね、アナスタシア、私はルピシア、よろしく姫様」

ルピシアはアリスティアの事をよく知っている様だった、
ルピシアは女性で有ると同時に、何処か武人の風格を漂わせる人だと、アリスティアは思った。

「…ところで、アナスタシア、あんたついこの間、誘拐や、殺人やらの脅迫状を送りつけられたばかりだってのに
なんで城に篭ってないんだい?」

「うっ…それは…えっと…」

「外に出る時に護衛も付けろってアレほど言ったのに懲りてないのかい?」

ルピシアに詰められるアナスタシアは、アリスティアを覗き込む様に見た。
その姿は困っている時のジークハルトそっくりだった。
間違いなく彼女は助けを求めていた。
義姉としては何とかしてあげたいと思うアリスティアであった。

「…それは、私が市場に連れて行って欲しいと、アナスタシアに頼んでしまったからです、私のせいです、ごめんなさい、ルピシア様」

アリスティアは深々と頭を下げる。
それを見たルピシアは一つため息を吐いて苦笑いだった。

「…私達が居るから良いものの…ジークハルトの坊やも、中々気が利かないね。」

「…こちらに辿り着いて、直ぐのことでしたので、全然気が回りませんでした…」

ルピシアはやれやれと言った面持ちだった。

「ところで、二人に聞くが、市場で遊んでる間に何か気になる様な、兎に角…変な奴は居なかったかい?」

「…私は気がつきませんでした。お姉様は?」

アナスタシアにそう言われて、アリスティアは市場で気になった事を思い出した。

「…そういえば、すれ違った時にアナスタシアをずっと見ている人が居ました、黒いローブに真っ赤な紅蓮の瞳…髪の毛は灰色で…」

アリスティアは出来るだけ詳細に思い出す。
特に何もされた訳ではないが、ものすごく印象に残ったから念の為ルピシアに全て伝えておこうと、アリスティアは思った。

「それは女か?」

「…ええ、とても青白い肌をしていましたので印象に残っています」

「そうか…」

ルピシアは何かを考える様に俯く、
直ぐに顔を上げてアリスティアとアナスタシアをじっと見た。

「…さあ、今日はもう遅い、私達が二人を送っていこう色々王城で話したい事もあるからな…お前達!さっさと片付けて準備しな!!」

屈強な男達はテキパキと動き出して
小屋の外へと出ていく。

「…二人とも、イスト王城へ帰ろう、あまりにも遅いと皆が心配する、私に離れずに付いてくるんだぞ」

ルピシアと彼女の部下による引率の元、アリスティアとアナスタシアはイストの王城へと帰って行った。
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