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種火

第五話 雛鳥

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 アクトとマリアが目を覚ました時、既に日が顔を出し、朝と言うべき時間になっていた。

「あれ? いつの間に……」
「おはよ……もう見張りの時間? 次どっちだっけ?」

「いや、外見てみろよマリア。もう朝らしいぞ」
「え! 嘘、なんで? え、ちょっと待って、テアドラさんは?」

 ようやく頭が動いてきた二人は、慌ててテントの外に出る。
 森は涼しい風に包まれ、柔らかい朝日を静かに迎え入れていた。

「二人とも起きたか、身体はどうだ? ゆっくり休めたか?」

 テアドラは日課の鍛錬に区切りをつけ、寝起きの二人の元へ寄りつつ、優しく声をかけたが、二人の感情としては素直にその優しさを受け入れることができなかった。

「なんで起こしてくれなかったんだよ、師匠!」
「テアドラさん! 全く寝てないんですよね? そういうのは駄目です、ちゃんと私たちは対等って言ってくれたじゃないですか……」

 少し困った様子で、テアドラは流れる汗を拭きながら二人の様子を見るが、どうやら昨日の疲れは抜けているらしい。
 安心すると同時に、若干の反省をするテアドラだった。

「すまんな、昨日は流石に疲れたと思ってな。今後気をつけるとしよう」
「はい、お願いします。と言うことでテアドラさんは、もう休んでください。朝ごはんは私が準備しますから!」

「え?」
「は?」

 マリアはまだ怒り心頭といった感じだけれど、それでもテアドラの優しさは理解しているのか、休ませてもらった分は働こうと、行動に移る。
 そして、マリアの言葉にアクトとテアドラが同時に反応し、徐々に青褪めていく。

 マリアは二人の反応など、全く意に介さず川の方へと歩いて行ってしまった。

 残された二人は、青褪めたまま出来るだけ小さな声で話し合う。

「師匠、マリア相当怒ってんじゃねえの?」
「むぅ、これはその仕打ちと言うわけか? し、しかし……」

 二人が戦慄するのも仕方がないことなのかもしれない。
 二人には、忘れたくても忘れられない恐怖の記憶が、脳裏にこびりついているのだ。

 マリアを止めるわけにもいかず、かといって手伝いに行く勇気も湧いてこないアクトとテアドラは、遂にその時を迎えてしまう。

「はい、できたわよ。テアドラさんも、夜通し見張りなんてしてたんですから、たくさん食べて少しでも体力を回復してください」

 二人の前に出されたものは、この世の絶望と狂気を無理矢理スープに閉じ込め、ありとあらゆる悲劇を一応肉の形に似せて具現化したかのような何かだった。

「し、師匠……村でやった時よりひどくなってねえか?」
「しかし、マリアが作ってくれたものだ。感謝して食うしかないだろう、覚悟を決めろ」

 二人は、目の前のおよそ食べ物とは思えない何かに恐れ慄きつつも、ゆっくりと慎重にそれを口に運んだ。

「遠慮せず、どんどん食べていいからね。まだたくさんあるし」

 マリアは作り過ぎた小さな失敗を恥ずかしがるような、可愛い笑顔をアクトとテアドラに向けるが、二人にはそれを見る余裕などない。

「……」
「……ぉえ」

 まさに生と死の間を彷徨う二人だが、マリアは平然と自分用に取り分けたそれを食べている。
 この光景、実を言うと恒例というほどではないかもしれないけれど、この三人の中ではよくある地獄の一つなのだ。
 
「なあ、師匠……俺たち、魔物じゃなくてマリアに殺される確率の方が高いんじゃないか?」
「悔しいが、否定できん。早急に解決策を練らねばならん」

 この三人、戦闘面ではかなりの練度まで修行をしてきているのだけれど、生活力においてまともな戦力がいないという致命的な欠点を抱えていた。
 
 アクトは一切料理ができず、テアドラも素材を焼いてそのまま食べるしかできない。
 過去に、泊まりで修行を行った際も、アクトとテアドラの手際にマリアが呆れかえっていた。
 マリアは家事全般、ルージュの教えもあり、なんでもそつなくこなすけれど、唯一料理だけは奇跡のような不味さに仕上げてしまう才能を持っていた。
 工程は何も問題ない、分量も材料も概ね許容範囲内のはずなのだ。

 しかし、出来上がる料理の味は殺人的なものになってしまう。
 流石のルージュも、冷や汗をかきながら目を逸らし、指導を諦めてしまったらしい。
 その皺寄せを、盛大に受け止めるのはアクトとテアドラである。

「ちょっと、何こそこそ話してんのよ。アクト、あんたいつももっと食べるでしょ? 何か失礼なこと考えてるんじゃないわよね?」
「なんで俺だけなんだよ! 師匠だって進んでねえだろ」
「なっ、アクト! 俺に振るな」

 賑やかで楽しい朝食の風景がそこにはあった。



 時間は進み、昼を少し過ぎた頃。
 猛烈な吐き気に耐え続けた二人は、ようやく落ち着きつつある体調に安堵しつつ、森の先へと足をすすめる。

「やっと、体の調子が戻ってきたな。師匠もさっきまで喋ることもできなかったくらいだしな」
「やめろ、しかし魔物が少なかったのはありがたかったな」

 既に顔に疲れが見えるアクトとテアドラ、そして対照的に元気一杯のマリアの三人は順調に森を進んでいく。
 しかし、テアドラは一つ違和感を抱いていた。

 昨日に比べ、魔物の数が異常に少ないのだ。
 全くいないと言うわけではないのだけれど、それでも襲撃される回数や魔物の数は、昨日の半分にも満たないのである。

 テアドラは元々気配に敏感であり、多少の障害物など全く問題にならないのだけれど、それでも自身の探知範囲にひっかかる魔物の数に違和感があった。

「二人とも、ここからは少し警戒を強めておいてくれ。魔物の数こそ少ないが、この森で何か起きているのかもしれん」

 まだ何が起きているのかはわからないけれど、それでも事前に体勢を整えることには大きな意味があると考えるテアドラは、アクトとマリアにそう指示を出し、自身も神経を尖らせていく。

 アクトとマリアはテアドラの表情を見るまでもなく、その指示に従う。
 こういう時のテアドラの勘はよく当たることを知っているからである。

「マリア、すぐ動けるよう用心しておこうぜ。師匠にばっかりいいとこ譲ってばっかりじゃアレだしな」
「わかった、魔力もまだ余裕あるから安心して」

 森は静かなままだが、微かに違和を含んでいた。
 アクトたちのいる場所からかなり離れた所にて、大量の魔物に追われる何者かの姿があった。

「師匠、何か聞こえる……あっちの方からだ」

 アクトが指差した方角に、全員が意識を向ける。
 
「え、何も聞こえないわよ?」
「俺もだな、気配も探れん。しかし、アクトの耳は馬鹿にはできんからな。これまでも何度もその耳に助けられている、どうする?」

 マリアもテアドラも、アクトが聞き取った何かには気付いてはいない様子だったけれど、それでもアクトのことを信じてくれている。

「行ってみよう、このまま待つだけってのは性に合わねえよ。無理だと判断したらすぐ撤退、それは守るから。一度様子だけでも見に行ってみようぜ」

 アクトの提案に、二人は素直に頷き従う。

 三人は、進む方向を変え、アクトが差した方へと進んでいく。
 変わらずアクトには、何かが聞こえているようで、その正体がわかったのはしばらく進んだ後だった。

「これ……悲鳴だ。誰かが襲われてる!」

 アクトの顔に緊張が走る。
 テアドラも流石に何かを感じ取ったようで、さらに状況を探っていく。

「アクトの言う通りらしい。この先で魔物に襲われている者がいるな、しかも魔物の数は相当のものだ」
「え、それなら助けに行かないと!」

 三人の意思は、無駄なく共有され、それぞれが戦闘態勢を維持したまま、速度を上げ森を進んでいく。
 
「誰……すけて!」

 マリアたちの耳にも、ようやくその声が届いた。

「急ごう、マリアいつものやつ頼む!」
「うん、今掛けるから……【ライトアーマー】」

 マリアの杖が神々しい光を放ち、その光はアクトとテアドラを包んでいく。
 マリアの持つ魔法、【ライトアーマー】は聖属性の防御膜を対象に付与するものであり、マリア自身の魔力が枯渇しない限り永続的にその身を守ってくれる。

「よし、師匠は先行してくれ、俺とマリアがそれに合わせる!」
「わかった、では先に行く」

 テアドラもアクトの指示に従い、さらに速度を上げ、森を駆けていく。
 一瞬で見えなくなってしまうが、それでもおおよその位置は掴めている。
 アクトもマリアも迷うことなく、その後に続く。

 テアドラはすぐに状況を理解した。
 複数の魔物たちに追われながらも、一人の亜人の女が懸命に逃げていて、その身体には数えきれない程の傷が見られた。

 テアドラは躊躇うことなくその者の横を並走し、端的に重要なことだけ伝える。

「よく走った、生き延びたいのであればここから西に向かって走れ。俺の仲間が来ている、ここは俺が請け負うから、行け」

 突然の助け船に戸惑う様子はあったが、彼女としても藁にも縋る思いだったのだろう、言われた通り西の方へと方向を変え走っていった。

 テアドラは速度を落とし、後ろに続く魔物たちに向き直る。
 魔物の数は二十を超えているが、臆することはない。
 
「頼れる弟子がすぐ後ろに控えているからな。この大刀【真月】を構えて、無様な姿は見せられん」

 テアドラが愛用する大刀【真月】、長い柄の先に湾曲した刃を取り付けたものであるが、その刃は幅広で大きなものとなっている。
 それなりの重量のある武器だが、テアドラはそれを問題としていない。

「実践でこれを使うのは久しぶりだな……【瓦崩眼がほうがん】」

 テアドラは【真月】を構えながら、その瞳に魔力を溜め、一気に放った。
 【瓦崩眼】は、威圧スキルの一種でありながら、テアドラの固有スキルである。
 対象を睨みつけ、威圧することで行動を遅らせ、その者の攻撃力を減少させる効果を持つ。

 流石に全ての魔物にその効果を齎すことは叶わなかったけれど、テアドラにとっては十分だった。
 構えた【真月】を上段に持ち替え、待ちの姿勢をとる。

 魔物たちは構わず距離を詰めていくが、それではテアドラの的でしかない。

「知恵がないというのは不自由なものだな……【影断えいだん】!!」

 テアドラが繰り出した剣技【影断】は、音もなく間合いを詰め、目にも止まらぬ速さで蓮撃を食らわせるものであり、本来攻めで用いる技だけれど、テアドラは敢えて、それを魔物を捌き受け流す為に使った。

 魔物たちは、吸い込まれるようにテアドラの間合いへと侵入してくるが、片っ端から【影断】の餌食となっている。
 全ての魔物がテアドラを通過した時、半数、十体の魔物は既に細切れになってしまっていた。
 
「流石に全てを一気に仕留めるというわけにはいかなかったか、まあいい。そんなことをしてしまえば、後から文句を言われてしまうからな」

 テアドラは背後に移った魔物たちを振り返りながら、小さく笑った。
 まだ息がある魔物たちも、幾重もの斬撃を身体に浴びており、テアドラを餌ではなく敵と認識したようだ。

「済まんが、ここから先はもっと一方的になるぞ?」

 テアドラの言葉と同時、アクトが魔物たちの真横から両手剣を構えたまま突っ込んでいく。
 無策ではない、完璧なタイミングと言っていい。

「ったく、倒しすぎだろ、師匠! 【空斬】」

 アクトの繰り出した【空斬】は四体の魔物を捉える。
 以前の失敗を受けて、アクトなりにしっかり工夫しており、木々に邪魔されることはなく、完璧に魔物たちを両断した。

「ふむ、結局文句を言われてしまったな」
「師匠、残りもさっさと片付けちまおうぜ! 女の人はマリアが治療してる!」

 そうだな、そう呟きテアドラも戦闘に再度加わる。
 たった六体となった魔物たちは、成す術なく屠られていく。

「ふう、師匠……技使ったろ?」
「ああ、俺も実践で使わなければ鈍ってしまうからな」

 戦闘を終え、マリアたちを待つ。
 マリアは程なくして、合流するけれど、その肩には意識を失ってしまった亜人の女を抱えていた。

「やっぱり、もう終わってたのね。それにしてもこの人なんでこの森に一人、しかも丸腰だし」

 アクトとテアドラの側で、彼女を横にしながら、マリアは疑問を口に出していく。

「この人の服、この辺の物じゃないよね? 私もあんまり詳しくはないけど、お母さんの持ってる服でもこういうのは見たことがなかったし」

 マリアの指摘は的確で、実際核心をついているのだけれど、その答えをこの場にいるものは持ち合わせていなかった。

「冒険者って格好じゃなさそうだよな、マリアの言う通り武器も持ってねえし。それにしても初めて見た、亜人ってやつだろ、この人」
「ああ、兎人族だろうな。故に単独で森にいるとは考えにくい。兎人族の特徴として、狩りや戦闘を得意としていないことが多く、その代わり探索や採取に長けた種族だった筈だ」

 アクトとマリア、テアドラもなんとなくその兎人の女を見守りつつ、それぞれの見解を述べていくけれど、三人は結局彼女の目を覚ますのを待つしかなかった。

 戦闘が終わったとしても、三人がいるのは魔物が出現する森の中なのだ。
 これから起きることに対して、彼らを責めるのはあまりにも酷と言うものではあるけれど、それでも反省点を上げるとするのであれば、戦闘の後こそ最大限に警戒をしておくべきだった。
 魔物が出る森に、魔物しかいないということはないのだから。
 そして、アクトの耳やテアドラの気配察知を完全に掻い潜った上で、自由に行動できる存在がいる可能性だって吐き捨てられる理由はどこにもないのだから。

「おー、よかったよかった。無事生きててくれてんな、あんたらが助けてくれたんだな。ありがとよ」

 完全に意識の外からの声だった。
 気付けば、いつの間にかそこにいた。
 
 当然のように、テアドラの間合いに入ってくるが、テアドラはあることに気が付く。
 目の前の何者か、いくら探ろうと全く隙がないのだ。

「ん、あたし警戒されてんの? 別に戦うつもりはねえよ? 私の目的はそこの子だけだから、そう怯えんなって…くく」

 楽しそうに、実に楽しそうに彼女は笑った。
 右手に和傘を持ち、左手で髪を掻きながらも、一切の隙を見せない彼女。
 
「何者だよ、あんた」

 アクトは、テアドラの反応ですぐさま最大の警戒を敷いていたけれど、目の前の女と自分の力量さが全く掴めずにいた。
 それ故の、絞り出した質問だった。

「あたし? まあ名乗るくらいならいいか、ミーシャだ。妖狐のミーシャ、ん? ああ、これか? 珍しい格好だからな、何処行っても聞かれんだよな。キモノっていうらしいぞ、これ。うちの過保護な親父が作ってくれたんだけどさ、なかなかイカすだろ?」

 ミーシャと名乗った彼女は、キモノという衣服を自慢するようにその場で一周回って見せた。
 灰を被ったような燻んだ髪色ではあるが、みすぼらしさはなく、寧ろ美しさすらあり、妖狐というに相応しい妖艶さがあった。
 特徴的な狐の耳は、ミーシャの表情に合わせて小さく動いており、この状況でなければ、マリアは声を上げて喜んでいたかもしれない。
 しかし対峙している三人は、それでも気を抜けずにいたわけだけれど、その理由は彼女が放つ強者特有の覇気と腰に差した物があまりにも異質だったからである。
 武器に詳しくないマリアでさえも感じ取れるほどの武器だったのだから、当然と言えば当然なのかもしれないのだけれど。

「えっと、ミーシャさんでいいのか? この子をどうするつもりだ?」

 アクトは出来るだけ情報を聞き出そうと試みるけれど、ミーシャはその警戒を嘲笑うようにどんどん喋ってくれる。

「だから、別に襲いやしないって。ほら、これもここに置くからさ。あたしはその子を保護しに来ただけだって」

 ミーシャは腰のそれを地面に置き、あらためて戦闘の意思がないことを示す。
 流石に、そこまでされてしまえば、こちらが武器を構え続けているというのも失礼となってしまう。
 アクトはゆっくりと武器をしまい、それに倣いテアドラとマリアも態勢を改めた。

「で、あたしにだけ名乗らせて、そっちは名乗ってくれねえの?」

 ミーシャはその場から動くことこそないが、じっとこちらを見据えて尋ねてきた。

「あ、それもそうだ。俺はアクト」
「わ、私はマリアです!」
「……テアドラだ」

 それぞれ簡単に名乗ってみせたが、ミーシャの興味はまだ尽きていないらしい。

「人間の冒険者……ってところか? この辺は雑魚しか出ないとはいえ、この数相手にできるってんなら、そこそこランクは高かったりすんの?」
「いや、俺たちは冒険者になるために旅に出たばかりだから、まだランクとかはよくわかんねえよ」

「へえ……、なるほどね。あ、もうこれ拾っていい? これでも大事な相棒なもんでね」
「ああ、悪い。警戒しすぎてたみたいで」

 ミーシャは、アクトの許可を聞く前にもう既にそれを拾っていたけれど、それに文句を言うものはいなかった。

「ミーシャ殿、相当の実力者と見えるが、それはなんだ?」

 ミーシャがそれを拾い上げ、腰に差し直すタイミングでテアドラが口を開いた。
 ミーシャは、その質問に対し、またしても笑って応えた。

「カタナっていうらしい。片刃の剣だと思ってくれりゃ、いいよ。つか、お兄さん人間にしちゃ強えな」

 どこか挑発的な言い回しではあったが、テアドラはそれに応じることはしない。
 ミーシャも気にする様子はなかった。

「ま、あたしはその子をうちに連れ帰ってやれればいいわけだし、な」

 アクトもマリアも、テアドラもミーシャに対し攻撃的な姿勢をとるつもりはもはやないけれど、それでも怪我を負った者を任せていいのかの判断はまだできない。
 
 三人がどうするべきか困り果てていると、丁度彼女は目を覚ました。

「あれ、私、生きて……え?」

 状況が変わり果てていることに一瞬驚いた彼女だが、視界にミーシャを捉えると表情を変えた。

「ミーシャさん、来てくれたんですね! ありがとうございます!」
「おう、悪かったね。迎えにくんのが遅くなっちまった」

「大丈夫です、こうして来てくれましたから……でもエルダは」
「ああ、さっき向こうで見つけたよ。連れていくことはできねえけど、これくらいは拾って来たからさ」

 喜び安心したかと思えば、泣き出しそうなほど落ち込んでしまう彼女だが、ミーシャが差し出した物を見て、感極まってしまった。
 ミーシャはペンダントを握っていた、会話の流れから、そのエルダという者の所有物なのだろうけれど、彼女にとってはそれが意味することが何かはっきりわかっているようだ。

「あ、ありがとうございます。……えっと、あなたたちも助けていただいてありがとうございました。私は兎人のヴィオレと言います。この恩は一生忘れません」

 涙を拭きながら、アクトたちに向き直り、ヴィオレは深々と頭を下げた。
 アクトたちがしていた心配は、杞憂に終わったらしく、ミーシャは信じていい相手だと判明したことで、アクトたちはヴィオレをミーシャに任せることにした。

「任せときな、この子はちゃんとあたし一人で守ってやるからさ。それじゃな、また何処かで会えるといいな」

 ミーシャはヴィオレを連れて、森の奥へと消えていった。
 消えていく二人を見送り、アクトは深い溜め息を吐きながら、その場に座り込んだ。

「師匠、さっきのお姉さんは結局何者なんだよ」
「わからん、ただ俺よりも強いだろうな。世界は広いということだ、アクト……お前が望んだ強者との出会いだったが、どうだった?」

「……すげえなって思った。急に現れたことにも驚いたけどさ、俺と師匠が構えたのに、ミーシャさんは一切気にしてなかった。なのに、それなのに斬り込めるイメージが全く湧いてこなくて、動けなかった……」
「アクト……大丈夫?」

「すっっっっっっっげえな! 実際どんだけ強いのかな? 一回くらい斬り込んでおけばよかったかもなあ」
「は?」
「……はぁ」

 アクトは全く落ち込んでおらず、寧ろ想像以上の強者との遭遇に感動さえしていた。
 マリアとテアドラは一瞬でも心配した自身の優しさを後悔することになったわけだけれど、こういうところがアクトの良いところであり、期待してしまうところでもある。



 視点は変わり、ミーシャとヴィオレの会話。

「ミーシャさん、なんだか嬉しそうですね。さっきの子たちと何かあったんですか?」
「ん? まあね、あいつら強くなるなあって思ってさ……」

「そうなったら、嬉しいんですか?」
「さあ? どうだろうな、なかなか異色の混合パーティだし、いつか戦ってみてえなって」

 この会話の意味を、アクトたちが知る由も知る術もないわけだけれど、ミーシャとの間にできた不思議で歪な縁は、アクトたちの冒険の旅に大きな意味を齎すことになる。
 
 
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