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第6章過去転移
108狩人の思い出②
しおりを挟むオーガに囲まれる狩人のサシャ。
少女は本来この場所で死ぬはずだった。いくら狩人といえども巨大なオーガに囲まれてしまえばひとたまりもない。
だが、彼女は幸運だった。
不自然なくらいに幸運だったのだ。
「人の昼寝を邪魔しやがって」
オーガに襲われたその場所は偶然にも勇者アーサーが寝ていたのだ。
オーガの背丈を越える木の上で寝ていたらしい。
寝ぼけた顔で下を見つめている。
若き頃の勇者アーサーはまだこの時、そこまで名を馳せていなかった。
特殊な強化魔法と剣1本で立ち振る舞うシンプルな戦闘スタイルから噂になっていた程度であった。
そんな彼は下にあるオーガに剣の切っ先を向けながら、眠たそうな目をこすっている。
「全く。オーガがこんなに集まって何事だよ」
「た……。助けて!」
「ん?」
巨大なオーガが数匹いるせいで木の上からはサシャの小さな姿が見えないのだ。
サシャは、狩人の目、を発動しているのでアーサーの姿は見えているが勇者からは全く見えない。
勇者はこう思っただろう。なんでこんな森の中で女の子の声が聞こえるんだ?と。
「おい! 誰かいるのか?」
「いるよ!」
サシャは元気に返事をした。
オオトカゲは未だ震えたまま動けないが、サシャの方はというと落ち着きを取り戻したらしい。
目に輝きが戻ってきた。
一人ぼっちではない事を確信して多少は安堵しているのだろう。
しかしこの時、彼女は勇者アーサーの事を全く知らなかった。
ただいる、だけで心が落ち着いただけだ。
「今行くから待ってろ」
勇者アーサーは下に向けて、そう声をかけると勢いよく地面へと降り立った。
それを見てサシャは驚きの表情を見せた。
ビルから飛び降りるのと大差ないのだ。驚くのも無理はない。
ここで勇者の体は頑丈なのだろうか。と思う人も出てくるだろう。
しかし、勇者はこのまま地面へ激突するつもりはない。
彼は急速に落下しながらも剣を両手で構えた。
そして……。放ったのだ。
「魔法……。勇者の斬撃」
彼は地面に向かって飛び降りると、地面ギリギリになって斬撃を叩きつけたのだ。
これは着地の衝撃を和らげるためである。
斬撃を放つ際に地面の逆方向へと引っ張られるので地面に直接ダイブせずに済む。
本当は降りる際に斬撃をオーガに当ててもいいのだが、女の子の居場所が確実でないので地面へと当てたのだろう。
「わぁ。すごい! お兄ちゃん今の何?!」
一気に笑顔に変わるサシャの表情。
興奮を抑えられずに、オオトカゲを降りてサシャはアーサーの着地点へと近づいてきた。
今までに見たこともない魔法を放つアーサーに興味津々のようだ。
実際にサシャだけではなく、その斬撃を目にしたオーガも固まっていたのだ。彼らにも緊張が走ったのだろう。
強敵が現れた、と。
「ねぇねぇ。その剣触らせて~」
「だっ。ダメだ! これは由緒正しき剣なんだ」
「どういうこと~?」
「今はそんなこと話してる場合じゃないだろ」
勇者は呆れた顔をしてサシャを見つめた。
オーガに囲まれる状況であっても恐怖の表情は一切ない。
ただ、森を颯爽と駆け抜ける風がサシャの髪と勇者のマントを揺らすだけであった。
ここだけ見るとなんとも平和な気がするが、本来なら緊迫する状況である。
女の子1人に若造1人。
これだけの戦力しかないにも関わらず、オーガに囲まれてしまっている。
普通なら諦めてその場に座り込むだろう。
だが彼らは違う。
「「ォォオオオオオオ!」」
オーガが雄叫びをあげてもひるみもしない。
彼らは地面を何度も踏み、勇者たちを威嚇し始めた。
ドゴォン、ドゴォン、という爆音のような音が森中に響きだす。
先ほどの斬撃を見て固まっていたオーガ達も気づいたのだろう。
所詮、目の前にいるのは人間の子供が2人だけという事に。
オーガが威嚇するのは何も相手を恐れているからではない。
相手を怯えさせる事にある。
怯えさせ疲弊させて捕まえやすくするのだ。
彼らの巨大な体と足踏みによる爆音は威嚇するのにもってこいである。
まぁそれは相手が、普通、であればの話だが。
「ドンドンうるさなぁ」
もちろん。勇者にはこんな威嚇通用しない。
両耳を手で塞いで不快な顔をしている。
もちろん、これは戦闘経験豊富かつ力のある者だけが許される反応だ。
村に閉じ込められていたサシャは違う。
「怖い……」
彼女は目を細めてその場に座り込んでしまった。
その表情は絶望に満ちていた。もう助からない、怖い、以外の感情がないのだろう。
戦闘経験の無い彼女でも死ぬということは感覚的に分かるのだ。
オーガから目を背けるように地面を見つめている。
「おいおい。大丈夫か?」
「……」
勇者の反応にも応えられずに肩を震わせている。
それを見た勇者は少し微笑みながらサシャの顎を上げた。
「な……に…?」
「前を見て」
「え?」
「前を見ないと戦えないし、逃げられないだろう」
勇者は優しく彼女に微笑みかけた。
これは勇者なりの勇気づけなのだろう。恐怖に支配されないでほしい、そんな願いを感じた。
サシャもそんな彼の暖かい心に溶かされていく。
表情から絶望が消えていったのだ。
引きつった口元は自然と緩み、肩の震えがおさまっていく。まるで魔法みたいだ。
「うん! ありがとう!」
「その調子だ」
サシャと勇者はお互いの目を見つめてニッコリとした。
だが、すぐに片方の表情が一気に変わった。
「お、お兄ちゃ……ん……。うしろ……」
サシャの瞳に映ったのは、勇者の背後から遅いかかるオーガの巨大な棍棒だったのだ。
新幹線のような速さで迫り来る棍棒は死を表していた。
通常なら目に見えない速さなのに、不思議とサシャにはコマ割りで見えた。
死が近づくと異常に神経が鋭くなるのだろう。
「お、お兄ちゃん……」
しかし、勇者はサシャの表情を見ても何も変わらい。
ニッコリとしたその表情はむしろ不自然だ。
「ふふ。安心して」
「お兄ちゃん!!!」
サシャが絶叫した時がオーガの棍棒は勇者を直撃するタイミングだった。
本来ならサシャは、勇者もろとも棍棒の餌食になるはずだった。
だが、それは違った。
【サクッ】
勇者が背中に沿って刀を寝かせると直撃した棍棒が真っ二つに切れていく。
「魔法。勇者の斬撃」
勇者はそう呟くと自分に棍棒を振るったオーガを見つめてまたニッコリと微笑んだ。
「次は、こっちの番」
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