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第2部

07 抱擁

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 得体の知れないガラクタが山積みされた小屋。

「……焦るのはわかるがの、もう少しどうにかなー」

 アトラは糸で巨大なハンモックを編んでいたが、それを作り終えると、私の顔を見てそう言った。

「……私には正当性を主張する他に無いように思えたのですが……あのように否定されては……」

「慣れん交渉ごとに張り切るなら、相手の情報を余からもう少し聞くのが懸命だったな。言ったであろ?対価さえ支払えば手を貸す友好的な存在だと」

 天井から糸でぶら下がったアトラの逆さまの顔が、目の前へ降りてきた。

「……対価ですか?」

「言っておったろ、“なんのとくがあるのか”とな……皆まで言わせるほど愚かでもあるまい?」

 ……何の得……私の事を聞いているんじゃないなら、毛玉は自分の得の話をしていた……?

「しかし、私の戦う意味を問いかけていましたが……」

「奴はお主の復讐についてただ尋ねただけで、何の否定もしとらんよ、お主がそう思っているだけでな、まあ"覚悟の確認"をするとは相変わらずお人好しにも程があるがの」

「覚悟の確認……?」

 復讐が起こす事を説いていたのは、お人好しだから……?復讐を否定していたのではなく……?

 もしそれが本当なら、それではまるで、"利益さえ明示できれば"なんの問題も無かったって事じゃ……?

「その顔はわかったようじゃな。良いか?大義だ正当性だなんだと言う言葉で、動く者もいれば、己の利益を優先に動く者もおるのだ」

「相手によって言う言葉を変えるという事ですか……?」

「その通り、相手を見極めるのだ。どのような思いを持とうが、動かせんときもある。お主が持ち得ていない"物欲"さえあれば、すぐにでもわかったと思うがの」

「……それは教えでは罪で……」

「その教えはお主をどのように扱った?結局はこの牢獄へ閉じ込め、不具にしたのではないか?」

 後ろから囁き、肩に手をかけるアトラ。

「──そんなことは」

 言い切れるのだろうか?

「言い切れないであろう?」

「っ──」

 やはり心が読まれているように思えてしまう。

「どうだ同盟者よ、お主が真に信仰すべきは──」

 アトラの唇が私の頬に近づき、蜘蛛の脚が視界の端から私を抱え込も──

「……何をしている、蜘蛛よ」

 小屋へ入って来た獣の声に、私はハッとした。


◆◆◆◆◆◆◆◆


「おおっと怖い怖い。飼い犬がおったのじゃったな……もう寝床は作ってやったぞ同盟者もお前も休むがよい」

 そう言ってアトラは、そそくさと天井に貼った巣に戻る。

「何を言われたか知らないが、我々は獣なのだ。耳を貸すなら冷静になれ」

 諭すように言う獣。 

「……貴方の言うことも最もです、ですがこのような事になって、尚、信仰しろというのですか?」

「そのままでは、結局、何も選んだ訳ではない」

「私の事も知らずに知ったような事を」

「……言われていないからな、ただ復讐がしたいという他にはな」

「……いいでしょう、それでは私の話を聞かせてあげましょうとも、そうしたらその減らず口も利けないようになるでしょう!」

 私はそれから、獣に何が起きたのかを詳細に話した。獣は適度に相槌は打っていたけども、渋い顔をしたままだった。

「──そして、そして……」

 話しているうち、声が出なくなってしまった。家族の死、レオンの裏切り、着せられた汚名。どれも思い出すだけで胸が締め付けられた。

「そして──」

 涙が勝手に溢れ出していた。

 その後、どういう風に話したのかあまりよく分からない。

 ただ、私は獣に縋り付いて泣きじゃくっていて、獣は何も言わずに私を抱きしめていた。

 ごわごわとした毛皮が肌にちくちくと刺さった。すえた匂いがした。

 獣は文句ひとつ言わなかった。

 涙や鼻水でぐしゃぐしゃだったろうに。

 あれだけ水に入る事や、濡れることを嫌がっていたはずなのに。
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