上 下
67 / 95
第3部

09 戦略

しおりを挟む

 扉は粉々に砕け散った。

「……な、何事だ……!」

 剣を構えた私の目の前には、ぜい肉とハゲ頭で出来た、喋る肉の塊のような人間が。

「こんばんは教皇サマ。よくもまあ、この変異まみれの世の中で"綺麗"な姿を保てましたね」

「一体何処から入った……!」

「ちゃんと玄関から来ましたよ。お忘れですか?私です、クララ・アメストリス・ハシュヤーラです」

「生きていたのか……!偽聖女……!」

「あら、アリアからなんの情報も来ていないということは……あなた、切られましたね」

「何をいう!教会の下にある聖女ごときが私の……は?」

 ごちゃごちゃとうるさい口に、剣を添える。

「ここで切られるか、アリアの呼ぶ終末に巻き込まれて死ぬか選びなさい」

「き、貴様!」

「ああ、まだ道がありました。変異を受け入れて、変異者あるいは、獣として生きる道が」

「そんなものが飲めるか……!」

「じゃあ、ここで剣を飲んでもらってもいいんですよ?もしくは……獣の牙に噛み砕かれるか」

「グルル……」

 窓の外に映るのは、ランプの光を反射する蒼銀の毛並みと巨大な牙、獣の眼光。

「ああ!窓に!窓に!」

「何を恐れているのですか?いつも貴方達が殺している、ただの獣さんじゃあ、ないですか。貴方達の順番が回って来ただけでしょう?……ねぇ、教皇サマ?あの指示を出したのは貴方でしたよね?傷病者の列を守らせたのは。お陰で──」

「わ、わかった!金でも地位でもなんでもくれてやる!だから命だけは勘弁してくれ!」

「金に地位ねぇ……それって価値のあるものですか?」

「何を言って……」

「いえ、私の契約者が満足するものかな、っと思いまして。……どうでしょうか?」

「何処を見て……うわぁぁぁ!!な、なんだ!?糸!?」

 糸に絡め取られ、浮遊する教皇。

「……だめだの、全っ然、だめだの。ちっとも価値のある戦利品ではないのー」

 教皇をぶら下げたアトラは、つまらなそうに検分する。

「蜘蛛……!?女!?やめろ!触れるな!変異が感染るだろうが!」

「……太ってて、食いでがありそうですし、ツァト様、食べてもいいですよ」

「食う!?」

「だめだ、このにんげんはできそこないだ、たべられないぞ」

 肩に乗った毛玉は興味がなさそうだ。

「貴様ら!黙って聞いていれば図に乗りおって!今に聖伐軍が貴様らを……!」

「あら、教皇サマ、よく考えて発言した方がよろしいのでは?厳重な警備の教皇領に、獣を引き連れた"偽聖女"が、何故か無事にここまで来れている意味を」

「……まさか」

「ご想像にお任せしますよ、でも今の私には宮殿を破壊するのも、城を崩すのも簡単です」

 ぶら下がった教皇を剣で押して揺らす。

「……その抉り出された左目、赤と灰色の腕。そうか、終末に訪れる《偽りの救世主》とは、お前のことだったのか……」

「……そうかもしれませんね……私は終末を運ぶ反救世主……全てに復讐するものです」

 アリアが聖女を名乗り、救世を為すというのなら、私はそれを討つ反救世主となろう。

 私は、アリアの救世を認めない。

 たとえ──人の世界が滅んでも。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「教皇領はこれで片付きました。これで協力を確約して頂けますよね?」

 簀巻きにした教皇を玉座の間に投げる。

「……まさか三日とかからず……とは。流石はロドグネ様のお孫様」

 雄鶏の頭をした獣国の王は、信じられないものを見るような目で私を見る。

「……もし不安であれば、そちらが追跡させていた密偵からの報告を待ちましょうか」

「──どのような意味か、わかりかねるな?教皇様をお連れ頂いて、我々に疑う余地など──教皇をご案内しろ」

 王の言葉で、簀巻きの教皇は衛兵達に運ばれていった。

「これで教皇座は貴方の物。あなた方、異端派は、今日から主上教の最大派閥になる……と言うわけですね」

 ……これから"滅びる"世界では何の意味もないけれど。

「……何の事かな、我々はあくまで腐敗した教会を正したかったのみ」

「綺麗事はやめましょう──"アリアを止めなければ、この世は滅ぶのですから"」

「……まつりごとはそれが無ければ上手く回らないのだ、わかりきっていても」

「……箴言、感謝します。しかし、獣国王ルイス、私が聞きたいのは」

「無論、国境の封鎖……同時侵攻は了解した。そして、新教皇の継承が終わり次第、クララ、そなたを正式に主上教の"聖女"として認める」

「……本当は名乗りたくないんですけどね」

 アリアと同じとは思われたくない。

「……士気の為には、それが最善だ。……我々は帝国に負け続けている。いくら獣となった者が屈強といえど、戦場に出れば多くは死を免れない。永遠と続く絶望的な戦いを、ジリジリと国境を削られながら抵抗し続けていたのだ……」

「それで彼らの心が救われるとは限りませんが」

「我々は漸く、甕の底に眠る希望を見たのだ。厄災溢れる千の夜の中にも、希望はあった。それだけで我々は十二分に救われる。ただ其方が言ってくれれば良い。──我々も天の国へ行けるのだと」

 獣の国王は静かな目で私を見た。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 私にできることは限られている。

 いつまで、私が私でいられるかもわからない。

 終末は、女神の降臨は、もはや避けられない。

 私には、どういう風に"終わるか"を選ぶことしかできないのだ。

 だから、私は決めたのだ。

 "私達"が犯した過ちを正し、全てを終わらせる。

 祖母の代から続いてきた、憎しみと、復讐を終わらせる。

 私自身の恨みも晴らす。難しくは考えない。
 
 正面から喧嘩を売る。

 戦争だ。アリアが作り上げた帝国を正面から叩き潰してやる。

 その為に獣の国を足がかりに、周辺国家へ協力を求め、その過程で教会を襲撃した。

 思ったよりもあっさり、教皇領は軍門に下った。地震を起こすだけでも、"信心深い"人々には十分な脅しになったらしい。

 今や周辺国の指揮権は私の下にある。

 後はどうやって帝国と戦うか、ということだけ。

 不死の軍勢に対しては、長期間戦えば戦うほど不利になっていく。

 もしこれが騎士同士の騎馬突撃なら、ある程度の削り合いをして戦術的勝利だのどうだの、という事も考えられたかもしれない。

 だけど相手には、負傷して再起不能という事が、ない。

 こちらには、獣といえど生身の生き物である以上、兵站と体力の問題が常につきまとう。

 ましてや、全ての兵を騎士と獣だけで揃えることなんて、できやしない。

 そうすると、当然、人数が足りなくなる。

 だから子供だろうが女性だろうが、農民だろうが貴族だろうが、誰でも戦場に立たせる。

 武器を扱えないなら、慣れた道具を持たせればいい。

 或いは、誰でも扱いやすい、武器を作れば良い。

 馬に乗らずとも、戦える戦術を用意すればいい。

 アリアの回復魔術にも欠点はある。あいつが、それを使わないと兵士を治せない以上、あいつは戦線の近くに立たざるを得ない。

 だからこそ、多方面からの総動員で同時に叩く。

 逃げ込まれても数で押し込む。

 相手に聖女が居ても、まだ国が残っているのだから、ある程度は戦える筈──

 というのが、毛玉とアトラが考えた戦略だ。

 騎士や私兵、傭兵以外を戦場に立たせるというのは、考えたこともなかった。

 そんな都合の良い武器が作れるのか、毛玉に聞くと、

「そのための、けんのうだ」

 と言って、妙な鉄の筒がついた、長い笛のような物を作った。

 獣達が使っていた、大砲を小型化したとか。火薬を詰め、鉄の玉を打ち出すらしい。人の手によるものでは精度に若干の難があったが、土の権能でならば、幾らでも精巧な物を量産できる。

 さらに恐ろしい事に、腕力がなくても持つ事が可能で、命中すれば騎兵だろうが、遠距離から容易に命を奪えてしまう。

 弩ほどの腕力も要らず、弓ほど訓練も要らない。

 火薬に必要な素材がこの地域にはあまりなく、兵器よりは、花火等に使われていた……だけど、それも土の権能があれば集めるのも、作るのも容易いようだ。

 ……一応、土の権能がなくても作れる方法を教えてくれたけど、まあ、それをしなくて良かった。時間がかかるし、ちょっとアレなので。

 笛のような見た目から、そのまま"笛"と名付けられたそれは、実際、こちら側につかない国を落とすのに、恐ろしい程の効力を発揮した。

 私が土の権能を使う必要すらないほどに。

……毛玉が敵に回っていなくてよかった。

 もし仮に、あの牢獄で味方に出来ていなかったら、アリアが自在にこれを使っていた可能性があったのだから。

 それを使う戦術はアトラが考えた。

 ただ、相手に模倣される恐れがあるので、決戦までは訓練だけに留めている。

 ……訓練と称して従わない連中や教会の残存勢力、東方の異民族を掃討してるらしいけど。

 そしてさらに、彼女はアリアと同じ手を使う事を提案してきた。

 教えを利用する。人々の心につけ込んで戦意を向上させるのだという。

 嫌だったけど、効果的だった。

 獣国王が言うように、"希望を与えて"しまったらしい。

 もっとも、アトラが考えた中で悪辣なのは、戦場で子供達に歌わせる事だった。

 それは敵の、騎馬達に立ち向かう勇気を与え、相手に呵責を感じさせる、或いは──"これからお前らを殺す"と言う宣言だとか。

 最後に、獣さんが提案したのは、帝国の国境の封鎖だ。

 他国の協力があるならば、不可能ではないと言うそれは、物資、食料の流れを断つと言うものだった。

 帝国は元々それほど豊かな国ではない。

 モノの流れを寸断して仕舞えば良いという。

 特に、あの変異者達の祭りに集められていたモノを見るに、間違いなく外から運ばれてきたものだと。

 その上で私達の兵站の問題は、"現地で調達しながら進めばいい"……というものだった。

 こちらへの参加を望む村や都市は生かし、諸侯の離反を促して物資を拠出させ、それ以外は略奪して進み、効率よく帝国を衰えさせる……そうでもしなければ、不死の軍勢には勝てないのならば、仕方ない。

 もう私は決めてしまったのだから。

 戦術と戦略、武器に兵力は揃った。

 あと一ヶ月だ、全ての準備が整った時、この世を終わらせる為の戦端は開かれる。

 ──勝っても負けても、世界が滅ぶことは、私とアリア以外だれも知らないままに。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

後悔させてやりますわ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:1,941

俺を裏切り大切な人を奪った勇者達に復讐するため、俺は魔王の力を取り戻す

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:5,212pt お気に入り:91

鉱夫剣を持つ 〜ツルハシ振ってたら人類最強の肉体を手に入れていた〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,087pt お気に入り:160

仲良しな天然双子は、王族に転生しても仲良しで最強です♪

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:688pt お気に入り:305

女學生のお嬢さまはヤクザに溺愛され、困惑しています

恋愛 / 完結 24h.ポイント:198pt お気に入り:686

腹黒上司が実は激甘だった件について。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:610pt お気に入り:139

処理中です...