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第3部
13 解題
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丘の上から見る空には雲はなく、風もない昼時に、街の喧騒は遠い。
「ここまでくれば丁度よいか」
毛玉が用意した地下道を抜けると、そこは街外れの丘の上だった。
眼下に見えるのは、国境に沿って建設された巨大な防壁、それに守られた獣達の要塞都市、建ち並ぶ木組みと漆喰の鮮やかな外壁の家々、石造りの頑丈な聖堂、都市を流れる川──人の手で作られた物と考えると途方も無く思える。
けれど。
「時間が経っても、そう変わらぬな。"人間"供の作る物は」
毛玉……と名乗る老人は、街を眺める私に言うでもなく。
「…….そうですか?」
「"脅威"から逃れる為に"壁"を作って中に籠る。頑丈に作ったつもりでも、ここから見れば手の平の中に収まる程の大きさでしかない」
老人は私の肩に手を置いて、片手で私の視界にある街を掴むように握り込む。
「ここから見ればそうかも知れませんが……」
「蟻の巣と同じだ」
「……」
「現にお前は地を裂き、防壁を砕いた。本来、我らからすれば、幾万の軍勢だろうがあってないようなものだ」
「それだけでは及ばない相手もいます」
「……あの小娘か?確かにアレは多少面倒だ」
「それとレオンも」
「人間程度に成り下がった"王"など、戦わずとも殺せる。……我の言えた事ではないが」
「獣さんと同じ……いえ、それ以上の力を持っているんですよ?」
「いや、"だからこそ"簡単に殺せる。それよりもあの小娘をどうするか考えた方がいいだろうな」
「アリアの《制約》が分かりません。それがいくつあるのかすら」
「そんなものは分かるわけがあるまい」
私の疑問はバッサリと切り捨てられた。
「え……?」
「"人間程度で"奴ほどの魔力を手に入れるには、それこそ、一挙手一投足すべて、制約の元に動く事になる」
「そんな事をして……無事で済むのですか?」
「破ればタダでは済まぬであろう。常に綱の上を渡り続けるようなものだ。だが、《制約》に必要なのは、それを遵守する意志だけだ」
「……では、少し押せば容易に墜落するという事ですか?」
「そうだ。そして調べるでもなく、奴が行った行動そのものが《制約》を明らかにする」
老人はこともなげに言ってのけた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「奴が何をしたのか思い出せ。一つ一つな」
老人の冷たい目が私を見る。
その目は、いつかあの薄暗い湖畔で毛玉と邂逅した時に感じたものと同質の威圧感を持っていた。
あの瞳の奥にいたのだろう。
「……彼女は私に冤罪を負わせ、私は決闘を持ちかけました。それに応じた彼女が操る兄上……あの様子だと既に亡くなっていたでしょうが……と決闘し、私は敗北……その後私を幽閉しました」
「決闘を受けた……断らなかったのだな?」
「……はい」
「初歩的な《制約》だが命の危険を伴う以上、それなりに有効なものだ。先ず一つ目は《決闘を断ってはならない》だろう」
「……え」
老人は一瞬で断定した。
足跡を辿っても、たった二つしか知り得なかったものを即座に。
「次に……代役を立てたのは本人が《決闘をしてはならない》か、《武器を持つ事が出来ない》何れにせよ、逃げられない状態で本人と直接戦闘すれば、そのもう一つの制約も破れる」
そしてさらに、もう一つ。
「また、幽閉した事から、何かしらの条件によって処刑はできないかった。女神の権能を考えれば殺した方が早い。さて次だが……?どうした?」
「……なぜそんな簡単に」
「初歩的な推理だ。今回の場合は仮定すら必要がないごく簡単な代物でしかない。但し前提として、奴の行動全てが制約に則っていると思いつかなければ、分かりようが無い。人間と獣の王の違いを明確に理解している者で無ければな」
どうあがいても人間には知りようが無かったと言う。
だから、自分自身の痕跡を辿れるような状況で放置していたのだろう。
そうすると疑問が湧いてくる。
「……貴方はかつての聖女、或いはアリアから《契約》を受けていないのですか?」
でなければ毛玉の本体、彼こそがアリアの致命的な失策を生み出す事になるから。
「我にはない。これまでは外側のあやつが殆どこの身体の権限を握っていた。内側に隠されていた我の事は気がつかなかったのだろう」
「毛玉さんはそれほど我が強かったんですね」
「ああ、恐ろしい事にな。そこまでの精神力を持った者はそういる者ではない、意地でも主導権は譲らないと言っていたな」
「どうしてそこまで……?」
「さてな。"孫娘一人を暗闇の中に残して消える訳には行かない"と言っていたが」
「──っ」
確かに振り返ると、毛玉の態度はアトラさんの保護者のような雰囲気だったように思える。
……だいぶ呆けてしまっていたかも知れないけれど。
それでも彼女を一人にしまいとして……でも。
「言っていたって……どういう意味ですか?」
「もうあまり、そう言った意思を感じる事が少なくなってきている。限界が近いのかこうして我が主導権を握る事も難しくない」
「……それは、つまり。……いえ、言わなくても分かります」
予め定められたものを、変える事は出来ない。
どれほど先延ばしにしたとしても、いずれその日が来る。
いつか私が目を背けたものを。
「さて、次だ。まだ終わった訳ではあるまい?」
私の感傷を微塵も気に留めない老人。
そうだ。確かに、この人はあの毛玉とは違う。
「はい、続けましょう。確実にアリアを滅ぼすために」
だから、感傷に浸ってなんていられない。
「ここまでくれば丁度よいか」
毛玉が用意した地下道を抜けると、そこは街外れの丘の上だった。
眼下に見えるのは、国境に沿って建設された巨大な防壁、それに守られた獣達の要塞都市、建ち並ぶ木組みと漆喰の鮮やかな外壁の家々、石造りの頑丈な聖堂、都市を流れる川──人の手で作られた物と考えると途方も無く思える。
けれど。
「時間が経っても、そう変わらぬな。"人間"供の作る物は」
毛玉……と名乗る老人は、街を眺める私に言うでもなく。
「…….そうですか?」
「"脅威"から逃れる為に"壁"を作って中に籠る。頑丈に作ったつもりでも、ここから見れば手の平の中に収まる程の大きさでしかない」
老人は私の肩に手を置いて、片手で私の視界にある街を掴むように握り込む。
「ここから見ればそうかも知れませんが……」
「蟻の巣と同じだ」
「……」
「現にお前は地を裂き、防壁を砕いた。本来、我らからすれば、幾万の軍勢だろうがあってないようなものだ」
「それだけでは及ばない相手もいます」
「……あの小娘か?確かにアレは多少面倒だ」
「それとレオンも」
「人間程度に成り下がった"王"など、戦わずとも殺せる。……我の言えた事ではないが」
「獣さんと同じ……いえ、それ以上の力を持っているんですよ?」
「いや、"だからこそ"簡単に殺せる。それよりもあの小娘をどうするか考えた方がいいだろうな」
「アリアの《制約》が分かりません。それがいくつあるのかすら」
「そんなものは分かるわけがあるまい」
私の疑問はバッサリと切り捨てられた。
「え……?」
「"人間程度で"奴ほどの魔力を手に入れるには、それこそ、一挙手一投足すべて、制約の元に動く事になる」
「そんな事をして……無事で済むのですか?」
「破ればタダでは済まぬであろう。常に綱の上を渡り続けるようなものだ。だが、《制約》に必要なのは、それを遵守する意志だけだ」
「……では、少し押せば容易に墜落するという事ですか?」
「そうだ。そして調べるでもなく、奴が行った行動そのものが《制約》を明らかにする」
老人はこともなげに言ってのけた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「奴が何をしたのか思い出せ。一つ一つな」
老人の冷たい目が私を見る。
その目は、いつかあの薄暗い湖畔で毛玉と邂逅した時に感じたものと同質の威圧感を持っていた。
あの瞳の奥にいたのだろう。
「……彼女は私に冤罪を負わせ、私は決闘を持ちかけました。それに応じた彼女が操る兄上……あの様子だと既に亡くなっていたでしょうが……と決闘し、私は敗北……その後私を幽閉しました」
「決闘を受けた……断らなかったのだな?」
「……はい」
「初歩的な《制約》だが命の危険を伴う以上、それなりに有効なものだ。先ず一つ目は《決闘を断ってはならない》だろう」
「……え」
老人は一瞬で断定した。
足跡を辿っても、たった二つしか知り得なかったものを即座に。
「次に……代役を立てたのは本人が《決闘をしてはならない》か、《武器を持つ事が出来ない》何れにせよ、逃げられない状態で本人と直接戦闘すれば、そのもう一つの制約も破れる」
そしてさらに、もう一つ。
「また、幽閉した事から、何かしらの条件によって処刑はできないかった。女神の権能を考えれば殺した方が早い。さて次だが……?どうした?」
「……なぜそんな簡単に」
「初歩的な推理だ。今回の場合は仮定すら必要がないごく簡単な代物でしかない。但し前提として、奴の行動全てが制約に則っていると思いつかなければ、分かりようが無い。人間と獣の王の違いを明確に理解している者で無ければな」
どうあがいても人間には知りようが無かったと言う。
だから、自分自身の痕跡を辿れるような状況で放置していたのだろう。
そうすると疑問が湧いてくる。
「……貴方はかつての聖女、或いはアリアから《契約》を受けていないのですか?」
でなければ毛玉の本体、彼こそがアリアの致命的な失策を生み出す事になるから。
「我にはない。これまでは外側のあやつが殆どこの身体の権限を握っていた。内側に隠されていた我の事は気がつかなかったのだろう」
「毛玉さんはそれほど我が強かったんですね」
「ああ、恐ろしい事にな。そこまでの精神力を持った者はそういる者ではない、意地でも主導権は譲らないと言っていたな」
「どうしてそこまで……?」
「さてな。"孫娘一人を暗闇の中に残して消える訳には行かない"と言っていたが」
「──っ」
確かに振り返ると、毛玉の態度はアトラさんの保護者のような雰囲気だったように思える。
……だいぶ呆けてしまっていたかも知れないけれど。
それでも彼女を一人にしまいとして……でも。
「言っていたって……どういう意味ですか?」
「もうあまり、そう言った意思を感じる事が少なくなってきている。限界が近いのかこうして我が主導権を握る事も難しくない」
「……それは、つまり。……いえ、言わなくても分かります」
予め定められたものを、変える事は出来ない。
どれほど先延ばしにしたとしても、いずれその日が来る。
いつか私が目を背けたものを。
「さて、次だ。まだ終わった訳ではあるまい?」
私の感傷を微塵も気に留めない老人。
そうだ。確かに、この人はあの毛玉とは違う。
「はい、続けましょう。確実にアリアを滅ぼすために」
だから、感傷に浸ってなんていられない。
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