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第3部
35《全て》
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◇◇◇◇◇◇◇◇
「俺はお前を殺さないぞ、クララ」
「…………え?」
「クララ、演技をするなら最後までちゃんとするんだな。目が見えなくなっても、わかるさ」
「な、何を根拠に……!」
「声が震えていた」
「そんな事はありません!私は!」
「いつもの調子に戻っているぞ、狂った演技はどうした?」
「……そうですか、仕方ありませんね……有難う、ございました」
「ああ、俺を騙すなんて──」
獣の腹に深々と突き刺さったのは、巨大な触手だった。
「──は?」
「獣さんがいけないんですよ、私の言う通りにしないから……」
「ク、ララ……?どうして……?」
「それが、私の《制約》だからです」
次の瞬間、私の腹部は弾け飛んだ。
獣さんには傷一つなく。
「何!?何が起きている?」
「何って……それは……言ったじゃないですか……これが私の《制約》ですよ、《私の持ちうる全てを捧げる》つまり、私の命は……貴方の身代わりになるように……なっていたのです」
「なぜだ!」
「そうでもしなければ……お祖母様の《契約》を破ることが……出来なかったからです、貴方が死ぬような事態になれば……どうあがいても私は死ぬでしょうから……お陰でかなり強力な《制約》になりましたよ……」
「一体何がしたいんだ!クララ!」
「簡単です……女神を完全に殺す為に、そして、これから死ぬ私に囚われないよう、《契約》や《制約》から貴方を解き放つ為に……これが、破棄すべき……最初で、最後の《制約》だったんですよ」
玩具修理者に"修理"されたものは、どんなものでもいずれ崩壊する。
つまり──私と女神が一体化すれば"壊す"事が出来るようになる。
そして私が死ねば、獣さんに関わる《制約》も、《契約》も完全になくなって自由になる。
死ななければならない私が、彼にしてあげられることはこれくらいしか無い。
酷な事かも知れないけれど。
「復活する寸前の女神と融合した私を、誰かに殺させれば、女神を完全に滅ぼせると思いついたんですよ。これで……人も、獣も生き残れる……世界は滅びずに……」
わたしは崩れ落ちる。
「何を言ってるんだクララ!」
受け止める獣さん。
「ああ、もしかしたら少しは滅びてるかもしれませんね……召喚はしてしまいましたから……」
「こんな、こんな終わりでいいのか!?」
「ええ、私の願いはとうに叶っているのですから」
「何が叶ったと言う……!」
「私は貴方と出会って、人並みの感情を知りました。聖女クララ、ではなく、"私"として。皆と共にいれたそれだけで良かったのです。なにもかも失ったように見えて、全て聖女に与えられただけの物、初めから"私"には何一つ与えられていなかったのですよ」
「そんなの、あんまりじゃないか!負け惜しみのような事を言うな!お前が得た苦しみに対し、何故報いが訪れない!何故お前がこうして消えねばならない!」
「もう、たくさんもらいましたよ」
「お前が好きなのだ、美しいその魂が!行くな!お前は俺の物なら勝手にいなくなるな!全てをくれるというのなら、行くんじゃ無い!俺はお前が……お前が欲しい!」
「困った人。私は最初から……全て差し上げていたというのに……まだ……ふふ」
音が遠く、色はなくなり、瞼を閉じると延々と闇が広がっていた。
私はそれを受け入れ微睡み──
◆◇◆◇◆◇◆◇
「てぃき、り、り、しんだ、か」
極彩色の髪を持つ異形がクララを覗き込む。
「……玩具修理者!俺の命と引き換えに──」
「……いいや──」
「『それには及ばない』」
その時、光を纏った竜に乗り、白い何かは曇天を払って、晴天と共に舞い降りた。
姿は曖昧だが"それ"を見るものには、"それ"が何なのか明確に理解できた。
かつて、獣が人であった時代に、女神の前に存在した大いなる存在であると。
「「『輝かしい、だが、その瞬間は過ぎ去った。なんと愚かな事だろうか』」
「『何かあったような、空騒ぎ、全ては永遠の"絶無"へ引きさらう』」
「『しかし、今を持って約定は果たされた。今ここに生命の起源たる我が力を。哀れな娘の為に与えた《制約》の真価を見せよう』」
「ま、まさか、貴方様は……!?」
「人が大いなる精霊と呼ぶもの、永遠の眠りのうちに自らの尾を噛む、自然摂理そのもの」
「クララはそんな存在と契約を交わしていたのか……?」
「『そうだ、女神の為に封じられていた私を解き放ったのは彼女であり、そして私は与えた。《お前は冥界に相応しくない》という『呪い』を!』」
「『故に、許さない。このまま死ぬ事を許さない。現世にて贖罪し、天へ登る事以外を私は許さない!』」
「『娘は、崇高なる美徳を果たした、しかし償うべき罪、未だ数多。故に裁定を下そう。《その命、正しく尽きるまで、罪を償え!》」
クララに暖かな光が集まる。
「クララ!良かった……良かった!」
悍しい触手は姿を消し、痛ましい傷もまた、跡形も無く修復された。
「『行け、貴様らには自らが撒いた戦乱の種を、そして今後の世界を平定する義務がある。自らの望みの為に乱した世界をな。さらばだ』」
「偉大なるものよ!貴方様の慈悲に感謝を!」
「『いいや、礼には及ばない。この世界で正しく命尽きるで、生き続けるほど、長く苦しい旅など他に無いのだから。貴様らには永劫に近い贖罪が待っている』」
「それは……どういう意味なのですか?」
「『その娘は女神であり女神では無い、しかし変異は世界に残り続ける。これまで女神に捧げられた全ての生贄の分、癒しの力が無くなるまでそれを使い続けるのだ。果たして、それがいつ終わるのかは私にすら分からないが、な』」
その言葉を残すと、その光は薄く、闇に溶けるように消えていった。
「……永劫に近い贖罪……はは、また呪いにかけられてしまったな、クララ──」
獣はゆっくりと地上へ戻るように降下していく祭壇で静かに寝息を立てる少女に語りかけた。
いつの間にか極彩色の異形の神は消えていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「俺はお前を殺さないぞ、クララ」
「…………え?」
「クララ、演技をするなら最後までちゃんとするんだな。目が見えなくなっても、わかるさ」
「な、何を根拠に……!」
「声が震えていた」
「そんな事はありません!私は!」
「いつもの調子に戻っているぞ、狂った演技はどうした?」
「……そうですか、仕方ありませんね……有難う、ございました」
「ああ、俺を騙すなんて──」
獣の腹に深々と突き刺さったのは、巨大な触手だった。
「──は?」
「獣さんがいけないんですよ、私の言う通りにしないから……」
「ク、ララ……?どうして……?」
「それが、私の《制約》だからです」
次の瞬間、私の腹部は弾け飛んだ。
獣さんには傷一つなく。
「何!?何が起きている?」
「何って……それは……言ったじゃないですか……これが私の《制約》ですよ、《私の持ちうる全てを捧げる》つまり、私の命は……貴方の身代わりになるように……なっていたのです」
「なぜだ!」
「そうでもしなければ……お祖母様の《契約》を破ることが……出来なかったからです、貴方が死ぬような事態になれば……どうあがいても私は死ぬでしょうから……お陰でかなり強力な《制約》になりましたよ……」
「一体何がしたいんだ!クララ!」
「簡単です……女神を完全に殺す為に、そして、これから死ぬ私に囚われないよう、《契約》や《制約》から貴方を解き放つ為に……これが、破棄すべき……最初で、最後の《制約》だったんですよ」
玩具修理者に"修理"されたものは、どんなものでもいずれ崩壊する。
つまり──私と女神が一体化すれば"壊す"事が出来るようになる。
そして私が死ねば、獣さんに関わる《制約》も、《契約》も完全になくなって自由になる。
死ななければならない私が、彼にしてあげられることはこれくらいしか無い。
酷な事かも知れないけれど。
「復活する寸前の女神と融合した私を、誰かに殺させれば、女神を完全に滅ぼせると思いついたんですよ。これで……人も、獣も生き残れる……世界は滅びずに……」
わたしは崩れ落ちる。
「何を言ってるんだクララ!」
受け止める獣さん。
「ああ、もしかしたら少しは滅びてるかもしれませんね……召喚はしてしまいましたから……」
「こんな、こんな終わりでいいのか!?」
「ええ、私の願いはとうに叶っているのですから」
「何が叶ったと言う……!」
「私は貴方と出会って、人並みの感情を知りました。聖女クララ、ではなく、"私"として。皆と共にいれたそれだけで良かったのです。なにもかも失ったように見えて、全て聖女に与えられただけの物、初めから"私"には何一つ与えられていなかったのですよ」
「そんなの、あんまりじゃないか!負け惜しみのような事を言うな!お前が得た苦しみに対し、何故報いが訪れない!何故お前がこうして消えねばならない!」
「もう、たくさんもらいましたよ」
「お前が好きなのだ、美しいその魂が!行くな!お前は俺の物なら勝手にいなくなるな!全てをくれるというのなら、行くんじゃ無い!俺はお前が……お前が欲しい!」
「困った人。私は最初から……全て差し上げていたというのに……まだ……ふふ」
音が遠く、色はなくなり、瞼を閉じると延々と闇が広がっていた。
私はそれを受け入れ微睡み──
◆◇◆◇◆◇◆◇
「てぃき、り、り、しんだ、か」
極彩色の髪を持つ異形がクララを覗き込む。
「……玩具修理者!俺の命と引き換えに──」
「……いいや──」
「『それには及ばない』」
その時、光を纏った竜に乗り、白い何かは曇天を払って、晴天と共に舞い降りた。
姿は曖昧だが"それ"を見るものには、"それ"が何なのか明確に理解できた。
かつて、獣が人であった時代に、女神の前に存在した大いなる存在であると。
「「『輝かしい、だが、その瞬間は過ぎ去った。なんと愚かな事だろうか』」
「『何かあったような、空騒ぎ、全ては永遠の"絶無"へ引きさらう』」
「『しかし、今を持って約定は果たされた。今ここに生命の起源たる我が力を。哀れな娘の為に与えた《制約》の真価を見せよう』」
「ま、まさか、貴方様は……!?」
「人が大いなる精霊と呼ぶもの、永遠の眠りのうちに自らの尾を噛む、自然摂理そのもの」
「クララはそんな存在と契約を交わしていたのか……?」
「『そうだ、女神の為に封じられていた私を解き放ったのは彼女であり、そして私は与えた。《お前は冥界に相応しくない》という『呪い』を!』」
「『故に、許さない。このまま死ぬ事を許さない。現世にて贖罪し、天へ登る事以外を私は許さない!』」
「『娘は、崇高なる美徳を果たした、しかし償うべき罪、未だ数多。故に裁定を下そう。《その命、正しく尽きるまで、罪を償え!》」
クララに暖かな光が集まる。
「クララ!良かった……良かった!」
悍しい触手は姿を消し、痛ましい傷もまた、跡形も無く修復された。
「『行け、貴様らには自らが撒いた戦乱の種を、そして今後の世界を平定する義務がある。自らの望みの為に乱した世界をな。さらばだ』」
「偉大なるものよ!貴方様の慈悲に感謝を!」
「『いいや、礼には及ばない。この世界で正しく命尽きるで、生き続けるほど、長く苦しい旅など他に無いのだから。貴様らには永劫に近い贖罪が待っている』」
「それは……どういう意味なのですか?」
「『その娘は女神であり女神では無い、しかし変異は世界に残り続ける。これまで女神に捧げられた全ての生贄の分、癒しの力が無くなるまでそれを使い続けるのだ。果たして、それがいつ終わるのかは私にすら分からないが、な』」
その言葉を残すと、その光は薄く、闇に溶けるように消えていった。
「……永劫に近い贖罪……はは、また呪いにかけられてしまったな、クララ──」
獣はゆっくりと地上へ戻るように降下していく祭壇で静かに寝息を立てる少女に語りかけた。
いつの間にか極彩色の異形の神は消えていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
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