迷信聖女は不要らしいので、私は騎士と幸せを探しに行きます。

銀杏鹿

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17 ウェイクアップ・リトル・マナ◆◇-1

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◆◆◆◆◆◆◆◆

 俺は、獣の咆哮を聞き、即座に叫んだ。

「走れ!俺が引き付ける!」

「うん……!」

 二手に分かれて走り出す、俺の方が当然早い。

「◾︎◾︎◾︎◾︎──!」

 獣は、先に前へ出た俺へ目掛けて、突進し始めた。

 ほんの一瞬、背後を見る。

 遅れたマナ様が、息を切らして走っているのが見えた。

 信じるしかない、彼女が無事に潜り抜ける事を。

 これは──"彼女が"生き残る為のたった一つの冴えたやり方なのだから。

「来いよデカブツ!こっちだぁぁ!!」

 襲いくる機海獣の巨体は、俺が防ぐにはあまりに大きく速い。

 分かっている、生身で機海獣をどうにか出来るわけが無い。

 見栄を張ったところで、まるで及ばない。

 倒せるわけがない、立ち向かうなんて、愚か者のする事だ。

 腰から抜いた剣一本など、あっという間にへし折られて終わりだろう。

 分かりきったことだ、

 これは俺の半端な正義感の終着点。

 彼女の父を見殺しにして、帝国への忠誠を裏切った俺への罰。

 帝国の恩恵を受けて生き、騎士となった筈だった俺の。

 誰かが俺達を殺す為に、アレを解き放ったんだろう。

 あの庭園から出た、たったそれだけで自由になれるわけもない。

 マナ様を縛り続けた陛下の呪縛は、今、目前の脅威として形を成したのだ。

 これが現実。

 逆立ちしたってどうにもならない残酷な事実。

 だとしても、そうだとしても。

「引くわけにはいかないだろうがぁ!!男ならぁぁぁ!!」

「◾︎◾︎◾︎◾︎──ッ!!」

 振り上げる剣、視界の端でマナ様が通り抜けていくのが見えた。

 奇跡でも起きなければ、二人とも無事では済まないだろう。

 だがそれはありえない。

 魔術はこの世界からとっくの昔に消えてしまったのだから。

 ありもしないことを、俺は願っていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 何か鈍い音が響いた。

「──っ!!」

「振り…向くな!走れ……!走ってくれぇぇ!」

 そのオードの声は必死に絞り出したような掠れ声だった。

 動悸は激しい、息が苦しい。初めて踏む橋の上は冷たくて硬い。

 急に動かした足は、慣れない運動で悲鳴を上げている。

 ほんの少ししか走っていないのに、この短い時間がまるで永遠のように感じる。

 振り返れば、きっともうここを渡り切る事は出来ない、私は行かなきゃならない。

 彼の声に私は振り返っちゃいけないんだ。

 外に踏み出す為には、彼を置いて──。

 置いて……?私が?

 そんなこと、私には。

「──オードぉぉぉ!!」

 私は置いていけない!

 脇目も振らず、私は怪物へ向かって走り出す。

 置いて行かれた私が、誰かを置いていくことなんて出来ない!

 もし、誰かが私のことを白痴だと言うのなら、馬鹿だと言うのなら。

 全く否定できない、否定しない。

 彼が開いた血路を無駄にするなんて正気じゃない。そんなこと分かってる。

 私が引き返して何になると言う。

 ──何も出来ない私が。

 ──石ころに過ぎない私が。

 でも、もしも、私に出来る事が何かあるのなら。

 私の"役目"が偽物じゃなかったのなら!

『るぅなふ!いぶるぐんとむ!ぶくとらぐる!』

 唱えたのは、ただのおまじない…でしかない。

 願掛けに言うだけの、誰にも理解されなかった私達の言葉。

 遠く海を回遊する孤独な鯨と同じ、私だけの言語。

 魔術、魔法なんて、今や迷信で影も形も無い、誰一人として信じていない。

 誰も信じなくても、私はそれを信じよう。

 どっちも、私にとって本当なのだから。

「《──夢よ!私の願いに応えよ!》」 

 たった一度だけでもいい。

 私に夢を──!
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