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25 ロード・ランダル-2
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◆◆◆◆◆◆◆◆
皇帝が命を落とした事は、ハインリヒにとって必ずしも、思惑通りという訳でなかった。
想定よりも早過ぎたからだ。
「僕が手を降すまでも無さそうですね、父上」
ハインリヒは病床に臥す父親を見て、そう吐き捨てた。
「……まだ、玉座を狙っているのか」
深い皺が刻まれた、老人のような男。
彼はそれほど年老いているわけではない。
全ては病によるものだった。
皇帝バルバロッサは、かつての強健な姿など見る影もなく痩せ衰え、もはやその面影は赤い髪だけしか残っていなかった。
その髪にすら白髪が混じっている為に、誰が見ても、その死期は間近であると察するほどに。
「僕以上に相応しい者などいません。今世紀で最も優れた人間が皇帝になるべきだ」
「……私は……優れてなどいなかったよ」
静かに言う皇帝の言葉は自嘲によるものと、ハインリヒには聞こえていた。
「だから僕がその席を担おうと言うのです」
「皇帝位に着いた人間が優れているなど、戯言だと言う事だ」
「その言葉こそ戯言です」
「好きに思えば良い。私の席はお前が座るには、大きい」
「子供扱いしないで頂きたい」
「お前達は……幾つになっても子供だ」
「僕以上に帝国の未来を憂慮している者など!」
「……私が守らねばならないと言うのに……」
「僕らはいつまでも庇護下にいる訳にはいかない!」
「……そうか……そうだな……だが……ぐっ」
「ま、まだ勝手に死なれては困ります。僕の準備が整うまでは……!」
「時というのは、常に今だ。如何なる場合においても……待たない。終わりを迎える迄、〈時〉という猟犬は我々を追い続ける」
「迷信は結構だ!あんたらの神は死んでる!」
「死を迎えるのは、神々を作りし神が眠りから目覚める時のみ。その時、神の結んだ儚い夢である我々は、永劫に消え去るのだ」
「現に千年の節目は訪れ、魔術は消えた!人は神に見捨てられた!」
「違う、神は在る。私は知っている」
「なら神にお願いでもすれば良い!私を生き永らえさせろ、とでもな!」
「神は、人の願いなど聞かない。人が獣と言葉を交わさないようにな」
「やめろ、死ぬな、まだ準備が……!」
「やめておけ……お前は……マナを守れ……それだけがお前の……お前にはそれが」
「聞いてたまるか!一生介護しろというのか!いつもそうだ!貴方は僕たちよりも、あの白痴の方が大事なんだ!あの娘は第一王妃の娘だからな!」
「そうか……そうだったか……」
「残念だったな!お前の一番大事な娘は、貴方の死と共にこの国を去る!僕達を蔑ろにした罰を受けると良い!」
「………っ、やめろ……それだけは……それだけはならん……!マナを庭園から出しては……!あるべき物はあるべき形に……!」
「最後まであの娘の事か……気が変わったよ……相応しい最後を与えてやる……!母上を見殺しにしたお前、そしてその娘に……!」
「済まなかった……ハインリヒ……お前には何も言えなかった……言えばお前は……!」
「何も変わらない!今更謝ったところで!」
「アルティア、ロドグネ……ベストラ……ブルー……済まなかった……私は……私が、」
そう最後に口にして、皇帝はそれっきり喋る事は無かった。二度と。
「なんだよそれ、それが最後の言葉か……?母上は二番目じゃないか……!第一王妃はお前を捨てたんだぞ……!死ぬ前くらい……気遣えないのか…僕だってあんたの…」
憤る彼の後ろで、ノックもなく部屋の扉が開く。
「お兄様……どうかされましたの……?え……?お父様……?」
息を引き取った父親を見て、ギョッとするアンナ。
「……アンナ……分かってるよな?」
「…ええ、勿論ですの」
「……あぁ……僕が……僕こそが……!」
「皇帝に相応しいのはお兄様だけですの、それがあるべき形……ですの」
こうして、歯車は狂い始めた。
皇帝が命を落とした事は、ハインリヒにとって必ずしも、思惑通りという訳でなかった。
想定よりも早過ぎたからだ。
「僕が手を降すまでも無さそうですね、父上」
ハインリヒは病床に臥す父親を見て、そう吐き捨てた。
「……まだ、玉座を狙っているのか」
深い皺が刻まれた、老人のような男。
彼はそれほど年老いているわけではない。
全ては病によるものだった。
皇帝バルバロッサは、かつての強健な姿など見る影もなく痩せ衰え、もはやその面影は赤い髪だけしか残っていなかった。
その髪にすら白髪が混じっている為に、誰が見ても、その死期は間近であると察するほどに。
「僕以上に相応しい者などいません。今世紀で最も優れた人間が皇帝になるべきだ」
「……私は……優れてなどいなかったよ」
静かに言う皇帝の言葉は自嘲によるものと、ハインリヒには聞こえていた。
「だから僕がその席を担おうと言うのです」
「皇帝位に着いた人間が優れているなど、戯言だと言う事だ」
「その言葉こそ戯言です」
「好きに思えば良い。私の席はお前が座るには、大きい」
「子供扱いしないで頂きたい」
「お前達は……幾つになっても子供だ」
「僕以上に帝国の未来を憂慮している者など!」
「……私が守らねばならないと言うのに……」
「僕らはいつまでも庇護下にいる訳にはいかない!」
「……そうか……そうだな……だが……ぐっ」
「ま、まだ勝手に死なれては困ります。僕の準備が整うまでは……!」
「時というのは、常に今だ。如何なる場合においても……待たない。終わりを迎える迄、〈時〉という猟犬は我々を追い続ける」
「迷信は結構だ!あんたらの神は死んでる!」
「死を迎えるのは、神々を作りし神が眠りから目覚める時のみ。その時、神の結んだ儚い夢である我々は、永劫に消え去るのだ」
「現に千年の節目は訪れ、魔術は消えた!人は神に見捨てられた!」
「違う、神は在る。私は知っている」
「なら神にお願いでもすれば良い!私を生き永らえさせろ、とでもな!」
「神は、人の願いなど聞かない。人が獣と言葉を交わさないようにな」
「やめろ、死ぬな、まだ準備が……!」
「やめておけ……お前は……マナを守れ……それだけがお前の……お前にはそれが」
「聞いてたまるか!一生介護しろというのか!いつもそうだ!貴方は僕たちよりも、あの白痴の方が大事なんだ!あの娘は第一王妃の娘だからな!」
「そうか……そうだったか……」
「残念だったな!お前の一番大事な娘は、貴方の死と共にこの国を去る!僕達を蔑ろにした罰を受けると良い!」
「………っ、やめろ……それだけは……それだけはならん……!マナを庭園から出しては……!あるべき物はあるべき形に……!」
「最後まであの娘の事か……気が変わったよ……相応しい最後を与えてやる……!母上を見殺しにしたお前、そしてその娘に……!」
「済まなかった……ハインリヒ……お前には何も言えなかった……言えばお前は……!」
「何も変わらない!今更謝ったところで!」
「アルティア、ロドグネ……ベストラ……ブルー……済まなかった……私は……私が、」
そう最後に口にして、皇帝はそれっきり喋る事は無かった。二度と。
「なんだよそれ、それが最後の言葉か……?母上は二番目じゃないか……!第一王妃はお前を捨てたんだぞ……!死ぬ前くらい……気遣えないのか…僕だってあんたの…」
憤る彼の後ろで、ノックもなく部屋の扉が開く。
「お兄様……どうかされましたの……?え……?お父様……?」
息を引き取った父親を見て、ギョッとするアンナ。
「……アンナ……分かってるよな?」
「…ええ、勿論ですの」
「……あぁ……僕が……僕こそが……!」
「皇帝に相応しいのはお兄様だけですの、それがあるべき形……ですの」
こうして、歯車は狂い始めた。
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