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あれは、私が十歳になってすぐのころだった。
その日、私たち三人は年嵩のメイドを連れて本屋に買い物に出かけていた。
その帰りに、いつもの待ち合わせ場所で馬車を待っていたのだが、なぜかいつまでたっても迎えの馬車が来なくて、しかたなくメイドは私たち三人を残し辻馬車を探しに行った。
子供だけだが三人もいるし、まだ昼間で治安がいい地域だからとなにも心配していなかったのだが、運の悪いことにすぐ近くで数匹の魔獣が檻を破って脱走するという事件が起こった。
あとでわかったことだが、当時愛玩用の小型魔獣を飼うのが流行っていて、なかには愛玩には向かない魔獣に手を出す人も少なくなく、そういった需要に応えるため違法に都に持ち込まれた魔獣が暴走したのだ。
周囲の人たちは悲鳴を上げて逃げまどう中、私はエルヴィンとマリアンネの手を掴んで建物と建物の間の狭い通路に飛び込んだ。
魔獣もこんな狭いところには目も向けないだろうと思ったのだが、私のそんな予想は外れてしまった。
私たちを追うように、一匹の魔獣が通路に侵入してきたのだ。
ちょうどエルヴィンと同じくらいの大きさの、角が生えた狼のような姿の魔獣だった。
「ひっ……!」
マリアンネが恐怖に体をこわばらせた。
逃げないとまずいのに、私も体が動かない。
「お嬢! マリー! 逃げろ!」
そんな私たちを背中に庇い、エルヴィンは果敢に魔獣に立ち向かった。
当時十一歳だった彼は、魔力は十分あるはずなのになぜか魔法が使えなかった。
そういうことも稀にあるとのことで、魔法は諦め剣術と体術の鍛錬に集中するようになったところだった。
私は水魔法が使えるには使えるが、魔獣を攻撃できるような魔法はとても無理で、マリアンネはまだ魔法の訓練を始めたばかりだった。
まさに、絶体絶命のピンチである。
魔獣はエルヴィンに襲いかかり、地面に押し倒して首筋に噛みつこうとした。
彼は咄嗟に首を腕で庇い、なんとか急所を守ることができたが、まだ細い腕には深々と魔獣の牙が突き刺さるのが見えた。
いけない。このままでは、彼が死んでしまう!
「エルから離れなさい!」
私は落ちていた小石を拾い、魔獣に投げつけた。
ほとんど狙いも定めずただ投げただけだというのに、運がいいのか悪いのかそれは魔獣の赤い目のすぐ近くにぶつかった。
『ギャゥウ!』
思わぬところから攻撃を受け、魔獣は悲鳴を上げてエルヴィンの腕を離すと私をギラリと睨みつけた。
標的がエルヴィンから私に変わったのだ。
私はせめての目くらましと牽制のため精一杯大きな水球をつくりだし、マリアンネを背に魔獣を睨みつけた。
魔獣がこちらにむけて駆けてくる。
「お嬢! マリー!」
エルヴィンの悲鳴が響いたその次の瞬間。
魔獣の後ろから黒い紐のようなものが伸びてきて、魔獣の体に巻き付いた。
そして、紐が触れているところから魔獣の体はすっぱりと切断され、五分割くらいになって地面にボトボトと落ちた。
目の前でなにが起きたのかわからず唖然としていると、なにやら黒いものが動いているのが視界の端に映った。
また魔獣か⁉ と思い私は身構えたが、すぐにそうではないとわかった。
「……エ……エル……?」
そこにいたのは、驚愕の表情のエルヴィンだった。
ただし、姿がさっきまでと大きく違っている。
すべすべで真っ白だった肌は褐色に染まり、澄んだ青い瞳は金色にギラギラと輝いている。
そして、背中には烏のような黒い翼。
魔獣に噛まれて血に濡れた手には、翼と同じ色の紐のようなものがある。
よくわからないが、きっとこれがさっき魔獣を切断したのだ。
その日、私たち三人は年嵩のメイドを連れて本屋に買い物に出かけていた。
その帰りに、いつもの待ち合わせ場所で馬車を待っていたのだが、なぜかいつまでたっても迎えの馬車が来なくて、しかたなくメイドは私たち三人を残し辻馬車を探しに行った。
子供だけだが三人もいるし、まだ昼間で治安がいい地域だからとなにも心配していなかったのだが、運の悪いことにすぐ近くで数匹の魔獣が檻を破って脱走するという事件が起こった。
あとでわかったことだが、当時愛玩用の小型魔獣を飼うのが流行っていて、なかには愛玩には向かない魔獣に手を出す人も少なくなく、そういった需要に応えるため違法に都に持ち込まれた魔獣が暴走したのだ。
周囲の人たちは悲鳴を上げて逃げまどう中、私はエルヴィンとマリアンネの手を掴んで建物と建物の間の狭い通路に飛び込んだ。
魔獣もこんな狭いところには目も向けないだろうと思ったのだが、私のそんな予想は外れてしまった。
私たちを追うように、一匹の魔獣が通路に侵入してきたのだ。
ちょうどエルヴィンと同じくらいの大きさの、角が生えた狼のような姿の魔獣だった。
「ひっ……!」
マリアンネが恐怖に体をこわばらせた。
逃げないとまずいのに、私も体が動かない。
「お嬢! マリー! 逃げろ!」
そんな私たちを背中に庇い、エルヴィンは果敢に魔獣に立ち向かった。
当時十一歳だった彼は、魔力は十分あるはずなのになぜか魔法が使えなかった。
そういうことも稀にあるとのことで、魔法は諦め剣術と体術の鍛錬に集中するようになったところだった。
私は水魔法が使えるには使えるが、魔獣を攻撃できるような魔法はとても無理で、マリアンネはまだ魔法の訓練を始めたばかりだった。
まさに、絶体絶命のピンチである。
魔獣はエルヴィンに襲いかかり、地面に押し倒して首筋に噛みつこうとした。
彼は咄嗟に首を腕で庇い、なんとか急所を守ることができたが、まだ細い腕には深々と魔獣の牙が突き刺さるのが見えた。
いけない。このままでは、彼が死んでしまう!
「エルから離れなさい!」
私は落ちていた小石を拾い、魔獣に投げつけた。
ほとんど狙いも定めずただ投げただけだというのに、運がいいのか悪いのかそれは魔獣の赤い目のすぐ近くにぶつかった。
『ギャゥウ!』
思わぬところから攻撃を受け、魔獣は悲鳴を上げてエルヴィンの腕を離すと私をギラリと睨みつけた。
標的がエルヴィンから私に変わったのだ。
私はせめての目くらましと牽制のため精一杯大きな水球をつくりだし、マリアンネを背に魔獣を睨みつけた。
魔獣がこちらにむけて駆けてくる。
「お嬢! マリー!」
エルヴィンの悲鳴が響いたその次の瞬間。
魔獣の後ろから黒い紐のようなものが伸びてきて、魔獣の体に巻き付いた。
そして、紐が触れているところから魔獣の体はすっぱりと切断され、五分割くらいになって地面にボトボトと落ちた。
目の前でなにが起きたのかわからず唖然としていると、なにやら黒いものが動いているのが視界の端に映った。
また魔獣か⁉ と思い私は身構えたが、すぐにそうではないとわかった。
「……エ……エル……?」
そこにいたのは、驚愕の表情のエルヴィンだった。
ただし、姿がさっきまでと大きく違っている。
すべすべで真っ白だった肌は褐色に染まり、澄んだ青い瞳は金色にギラギラと輝いている。
そして、背中には烏のような黒い翼。
魔獣に噛まれて血に濡れた手には、翼と同じ色の紐のようなものがある。
よくわからないが、きっとこれがさっき魔獣を切断したのだ。
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