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ニナが求婚を受け入れた後、フレデリックはとにかく精力的に動き回った。
騎士団全体に『ニナと結婚する!』と宣言したところから始まり、新居や結婚式の準備のため、寝る間も惜しんで頑張った。
ただ、最初のデートの際の反省から、ニナには逐一確認をとり報告・連絡・相談を怠らなかった。
『サプライズなんて絶対に考えるなよ。失敗する未来しか見えない』と悪友の魔術師に釘を刺されたことも大きい。
ニナとフレデリックの結婚を一番喜んだのは、ニナの母だった。
フレデリックが結婚の許可を得るためにニナの家を尋ねると、ニナの母はその場で泣き崩れた。
ニナはぎょっとし、フレデリックは反対されるのかと身構えたが、すぐにそうではないとわかった。
「私のせいで、この子にはいらぬ苦労をさせてしまいました……持参金も、なにもかもなくなってしまって……いい人に縁づかせてあげたいと思っても、私にはそんな伝手もなくて……このままでは若い盛りを、家族のために働くだけで終えてしまうのかと……この子も、自分の結婚のことは諦めてしまっているようで……親として不甲斐なくて……亡くなった夫に申し訳なくて……」
ニナの母は、事故で負った怪我の治療費で一家が全てを手放さなければならなかったことをずっと気に病んでいたのだ。
「お母さん、そんなこと思ってたのね……お母さんは、なにも悪くないのに。全部、私が自分の意志で選んだことよ。苦労したなんて思ってないわ。事務官の仕事は遣り甲斐があってとても楽しいの。私、フレディに雇ってもらって本当によかったって思ってるわ。だから、もう泣かないで」
ニナの母は、フレデリックの手をとって涙ながらに訴えた。
「この子は、私の大事な娘です……とてもいい子なのです……どうか、ニナをよろしくお願いします…どうか、どうか…ニナを、幸せに……」
「リンドール夫人。この四年間、ニナは事務官として俺を支えてくれました。ニナがいい子だということは、俺もよく知っています。ニナは、俺が誰よりも幸せにします。ご安心ください」
ちょうどそこに弟のクリスが帰宅し、泣いている母を見て姉と同じようにぎょっとした顔をした。
だが、そのすぐ後に姉とフレデリックが結婚すると聞いて、
「騎士団長が俺の義兄さんになるの!?すげー!学校で自慢していい!?」
と少年らしい理由で大喜びだった。
その数日後、今度はニナがフレデリックの実家であるアイザス伯爵家の邸宅を訪れた。
フレデリックの両親であるアイザス伯爵夫妻と兄夫婦が待つ応接室に通され、ガチガチに緊張していたニナだったが、予想に反してここでも二人の結婚は大歓迎された。
「フレディは、体ばっかり大きくなって、いつまでたってもどこか頼りなくて。しっかりしたお嫁さんがきてくれないかなってずっと思っていたのよ」
フレディの母、アイザス伯爵夫人はそう言っておっとりと笑った。
一方、王城で文官をしているというフレデリックの兄は、
「きみがニナ・リンドールか。きみが考案した書式は僕のところでも重宝されてるよ。一度きみに会わせてくれってフレディに何度も頼んだのに、ずっと断られてたんだ。若い女の子だってことは聞いてたけど、こんなに可愛い子だったとはね。フレディが抱え込んで放さなかったのもわかるなぁ」
そう言ってフレデリックに睨まれていた。
「あの……私、平民で、父も亡くなっていないのですが……それでもよろしいのでしょうか?」
一番の懸念を口にしたニナに、笑顔が返ってきた。
「事情はフレディから聞いていますよ。とても努力家で、家族思いなお嬢さんなのね。フレディにはもったいないくらいだわ」
「近い将来、貴族と平民を隔てる垣根はなくなるだろう。僕たちの次の世代くらいでは、王族に平民が嫁入りすることも普通になるかもしれない。優秀な事務官であるニナさんがアイザス家に縁づいてくれるのは、僕としては願ってもないことだよ」
「ニナさんが義妹になってくれたら、とても嬉しいわ。私、男兄弟しかいなくて、ずっと可愛い妹がほしかったの。いつかフレデリックさんが結婚して、義妹ができるのを楽しみにしていたのよ」
ほっと胸を撫でおろしたニナだったが、まだ心配は尽きない。
それは、アイザス夫人の隣に腕を組んで座って、最初から一言も口を開かずにじっとニナを見ているアイザス伯爵、つまりフレデリックの父の存在だ。
アイザス伯爵は、今は領地運営に専念しているが、かつては騎士だったのだそうで、そこにいるだけで威圧感がある。
夫人が夫を肘でつつくと、やっと重い口を開いた。
「あー……ニナ……さん」
「は、はい」
「……うちの息子を、頼みます」
「はい!」
これでやっと安心できたと破顔したニナの肩をフレデリックが抱き寄せた。
「ほら、大丈夫だって言っただろ?」
「ええ……よかったわ」
「ところで、ニナさん。今度、僕のところの部署に顔を出してくれないかな?きみの意見を聞いてみたいことがあるんだけど」
「その前に花嫁衣裳よ!次のお休みはいつ?仕立屋を呼ぶから、また来てちょうだいね」
「式場も決めなくてはいけませんね。楽しみだわ!」
こうしてニナはアイザス伯爵家に受け入れられた。
後日、ニナの母と弟もガチガチになりながら伯爵家に招かれたのだが、お茶を一杯飲み終える前にすっかり打ち解けてしまった。
両家の母はニナをそっちのけで花嫁衣裳のデザインについて熱く語り、弟のクリスはフレデリックの姪にあたる四歳の女の子に懐かれて絵本を読んであげていた。
母と弟の順応性の高さに舌を巻くニナだったが、ニナ本人も義姉のお下がりのドレスを着せられていたので他人のことを言えたものでもない。
家族の問題もなくなり、ニナとフレデリックは正式に婚約することとなった。
結婚式が行われたのは、それから僅か二か月後のことだった。
フレデリックも頑張ったが、それよりも両家の女性陣の尽力が大きい。
結婚式は、なんと騎士団本部の大会議室で行われることとなった。
こうなったのは、少しでもいいからニナの花嫁姿が見たい!と第三騎士団のほぼ全員が歎願したからだった。
騎士団本部で結婚式を挙げたら、非番でない騎士も少しだけ覗きにくることが可能ではある。
流石にそれは公私混同ではないかと思いつつも、フレデリックが騎士団長会議の議題にあげてみたら、あっさり承認されてしまった。
公式行事での要人警護の訓練を新米騎士にさせるため、というのが表向きの理由なのだそうだが、単純に騎士団長たちが面白がっているだけの話なのだろう、とニナは思っている。
こうして騎士団本部での異例の結婚式を挙げた二人は、家族と友人と多くの騎士に祝福をされながら夫婦の誓いを交わした。
純白の花嫁衣装に身を包んだニナと騎士の礼装姿のフレデリックが壇上でキスをした時は、怒号に近い歓声が上がった。
ニナを娘のように見守っていた年嵩の騎士たちは目頭を押さえ、ニナに密かに思いを寄せていた若い騎士たちは切ない気持ちを隠しながら声を張り上げた。
エルネストが魔術で白い薔薇の花びらのような氷の結晶をキラキラと降らせる中、満面の笑みのフレデリックはニナを抱き上げて新たな一歩を踏み出した。
騎士団全体に『ニナと結婚する!』と宣言したところから始まり、新居や結婚式の準備のため、寝る間も惜しんで頑張った。
ただ、最初のデートの際の反省から、ニナには逐一確認をとり報告・連絡・相談を怠らなかった。
『サプライズなんて絶対に考えるなよ。失敗する未来しか見えない』と悪友の魔術師に釘を刺されたことも大きい。
ニナとフレデリックの結婚を一番喜んだのは、ニナの母だった。
フレデリックが結婚の許可を得るためにニナの家を尋ねると、ニナの母はその場で泣き崩れた。
ニナはぎょっとし、フレデリックは反対されるのかと身構えたが、すぐにそうではないとわかった。
「私のせいで、この子にはいらぬ苦労をさせてしまいました……持参金も、なにもかもなくなってしまって……いい人に縁づかせてあげたいと思っても、私にはそんな伝手もなくて……このままでは若い盛りを、家族のために働くだけで終えてしまうのかと……この子も、自分の結婚のことは諦めてしまっているようで……親として不甲斐なくて……亡くなった夫に申し訳なくて……」
ニナの母は、事故で負った怪我の治療費で一家が全てを手放さなければならなかったことをずっと気に病んでいたのだ。
「お母さん、そんなこと思ってたのね……お母さんは、なにも悪くないのに。全部、私が自分の意志で選んだことよ。苦労したなんて思ってないわ。事務官の仕事は遣り甲斐があってとても楽しいの。私、フレディに雇ってもらって本当によかったって思ってるわ。だから、もう泣かないで」
ニナの母は、フレデリックの手をとって涙ながらに訴えた。
「この子は、私の大事な娘です……とてもいい子なのです……どうか、ニナをよろしくお願いします…どうか、どうか…ニナを、幸せに……」
「リンドール夫人。この四年間、ニナは事務官として俺を支えてくれました。ニナがいい子だということは、俺もよく知っています。ニナは、俺が誰よりも幸せにします。ご安心ください」
ちょうどそこに弟のクリスが帰宅し、泣いている母を見て姉と同じようにぎょっとした顔をした。
だが、そのすぐ後に姉とフレデリックが結婚すると聞いて、
「騎士団長が俺の義兄さんになるの!?すげー!学校で自慢していい!?」
と少年らしい理由で大喜びだった。
その数日後、今度はニナがフレデリックの実家であるアイザス伯爵家の邸宅を訪れた。
フレデリックの両親であるアイザス伯爵夫妻と兄夫婦が待つ応接室に通され、ガチガチに緊張していたニナだったが、予想に反してここでも二人の結婚は大歓迎された。
「フレディは、体ばっかり大きくなって、いつまでたってもどこか頼りなくて。しっかりしたお嫁さんがきてくれないかなってずっと思っていたのよ」
フレディの母、アイザス伯爵夫人はそう言っておっとりと笑った。
一方、王城で文官をしているというフレデリックの兄は、
「きみがニナ・リンドールか。きみが考案した書式は僕のところでも重宝されてるよ。一度きみに会わせてくれってフレディに何度も頼んだのに、ずっと断られてたんだ。若い女の子だってことは聞いてたけど、こんなに可愛い子だったとはね。フレディが抱え込んで放さなかったのもわかるなぁ」
そう言ってフレデリックに睨まれていた。
「あの……私、平民で、父も亡くなっていないのですが……それでもよろしいのでしょうか?」
一番の懸念を口にしたニナに、笑顔が返ってきた。
「事情はフレディから聞いていますよ。とても努力家で、家族思いなお嬢さんなのね。フレディにはもったいないくらいだわ」
「近い将来、貴族と平民を隔てる垣根はなくなるだろう。僕たちの次の世代くらいでは、王族に平民が嫁入りすることも普通になるかもしれない。優秀な事務官であるニナさんがアイザス家に縁づいてくれるのは、僕としては願ってもないことだよ」
「ニナさんが義妹になってくれたら、とても嬉しいわ。私、男兄弟しかいなくて、ずっと可愛い妹がほしかったの。いつかフレデリックさんが結婚して、義妹ができるのを楽しみにしていたのよ」
ほっと胸を撫でおろしたニナだったが、まだ心配は尽きない。
それは、アイザス夫人の隣に腕を組んで座って、最初から一言も口を開かずにじっとニナを見ているアイザス伯爵、つまりフレデリックの父の存在だ。
アイザス伯爵は、今は領地運営に専念しているが、かつては騎士だったのだそうで、そこにいるだけで威圧感がある。
夫人が夫を肘でつつくと、やっと重い口を開いた。
「あー……ニナ……さん」
「は、はい」
「……うちの息子を、頼みます」
「はい!」
これでやっと安心できたと破顔したニナの肩をフレデリックが抱き寄せた。
「ほら、大丈夫だって言っただろ?」
「ええ……よかったわ」
「ところで、ニナさん。今度、僕のところの部署に顔を出してくれないかな?きみの意見を聞いてみたいことがあるんだけど」
「その前に花嫁衣裳よ!次のお休みはいつ?仕立屋を呼ぶから、また来てちょうだいね」
「式場も決めなくてはいけませんね。楽しみだわ!」
こうしてニナはアイザス伯爵家に受け入れられた。
後日、ニナの母と弟もガチガチになりながら伯爵家に招かれたのだが、お茶を一杯飲み終える前にすっかり打ち解けてしまった。
両家の母はニナをそっちのけで花嫁衣裳のデザインについて熱く語り、弟のクリスはフレデリックの姪にあたる四歳の女の子に懐かれて絵本を読んであげていた。
母と弟の順応性の高さに舌を巻くニナだったが、ニナ本人も義姉のお下がりのドレスを着せられていたので他人のことを言えたものでもない。
家族の問題もなくなり、ニナとフレデリックは正式に婚約することとなった。
結婚式が行われたのは、それから僅か二か月後のことだった。
フレデリックも頑張ったが、それよりも両家の女性陣の尽力が大きい。
結婚式は、なんと騎士団本部の大会議室で行われることとなった。
こうなったのは、少しでもいいからニナの花嫁姿が見たい!と第三騎士団のほぼ全員が歎願したからだった。
騎士団本部で結婚式を挙げたら、非番でない騎士も少しだけ覗きにくることが可能ではある。
流石にそれは公私混同ではないかと思いつつも、フレデリックが騎士団長会議の議題にあげてみたら、あっさり承認されてしまった。
公式行事での要人警護の訓練を新米騎士にさせるため、というのが表向きの理由なのだそうだが、単純に騎士団長たちが面白がっているだけの話なのだろう、とニナは思っている。
こうして騎士団本部での異例の結婚式を挙げた二人は、家族と友人と多くの騎士に祝福をされながら夫婦の誓いを交わした。
純白の花嫁衣装に身を包んだニナと騎士の礼装姿のフレデリックが壇上でキスをした時は、怒号に近い歓声が上がった。
ニナを娘のように見守っていた年嵩の騎士たちは目頭を押さえ、ニナに密かに思いを寄せていた若い騎士たちは切ない気持ちを隠しながら声を張り上げた。
エルネストが魔術で白い薔薇の花びらのような氷の結晶をキラキラと降らせる中、満面の笑みのフレデリックはニナを抱き上げて新たな一歩を踏み出した。
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