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 目を覚ますと、私は寝台の上にいた。
 いつもの癖で隣に手を伸ばしたが、そこには慣れ親しんだ温もりはない。

 隣にいるべき人がいない。
 寝台の上にいるのは私一人だけだ。

 そこまで意識がまわってから、はっとして飛び起きた。

 私はいつのまに眠っていたの?今は朝?夜なの?

「アーレン!アーレン、どこ!?」

 まさか、もう行ってしまったの!?
 慌てて寝台から飛び降りて、リビングに続く扉を開いた。

「ああ、ナディア。起きたのか」

 そこには普段通りの穏やかな表情のアーレンがいた。
 駆け寄ってぎゅっと抱きつくと、アーレンも私の体に腕を回して髪にキスをしてくれた。

 いつもと同じアーレンの体温と匂いに包まれて、ほっと息をつくと同時に涙が滲んだ。

 あれは、悪い夢だったのではないだろうか。
 ジェラルド王子も、東の山脈のドラゴンも、アーレンがドラゴン討伐に行くというのも、全部夢で……

「きみは一晩中刺繍をし続けて、剣帯を完成させてから眠ってしまったんだ」

 ダイニングテーブルに置かれた剣帯が視界に入った。
 菫とスズランの刺繍が全面に刺された、私が全力で加護を付加した剣帯だ。

 やっぱり、夢じゃなかった……どれだけ目を背けたくても、現実から逃れることはできないのだ。

「体は大丈夫か?どこか痛いところは?」
「ううん、大丈夫よ」

 体はどこも痛くない。
 ただ心がズキズキと痛むだけだ。

「もう夕方だ。食欲があるなら、夕飯にしないか?きみの好きなスープを作ったんだ。今までで一番美味しくできたと思う」

 そう言われて初めて、とても空腹なことに気がついた。
 最後になにかを口にしたのは、昨夜の夕飯だったから、ほとんど丸一日なにも食べていない。
 キッチンからは食欲をそそる匂いが漂っている。

「ありがとう。お腹ペコペコなの。夕飯にしましょう?」
「わかった。すぐ準備するから、座って待っていてくれ」

 アーレンは手際よくパンとサラダとスープをお皿に盛り付け、テーブルに並べた。
 瑞々しい葉野菜のサラダには、ルークさんにレシピを教えてもらった特製ドレッシングがかけられている。 
 鶏肉と野菜たっぷりのスープは、具材の旨味がしっかりとスープに染み出して優しい味に仕上がっている。
 どちらも私の大好物で、特にスープの方は、アーレンも言っていたように驚くほど美味しかった。

「美味しい!本当に今までで一番だわ!」

 一口食べて私が目を丸くすると、アーレンは嬉しそうに金色の瞳を細めた。

「そうだろう?きみのために心をこめて作ったからだな」
「私だって、いつもアーレンのために心をこめて作ってるわ!それなのに、これは……料理の腕でも抜かれる日が近そうね」
「そんなことはない。今回のは運がよかっただけだ。まだまだナディアには敵わないよ」
「またルークさんにお料理教えてもらわないといけないわね……靴屋のケニスさんの奥さんを知ってる?パイを焼くのがとても上手なの。今度教えてもらうことになっているのよ」
「その話は聞いたことがある。確か、白身魚のパイが絶品だとか」
「そう、そうなのよ!一度食べさせてもらったことがあるんだけど、すごく美味しかったわ。あれを私も作れるようになりたいの!私も、料理上手って言われるくらいにならなくちゃ!」
「今でもきみは十分に料理上手だがな」

 二人とも敢えて暗い話題は避けて、笑顔でアーレンの手料理に舌鼓を打った。
 ささやかながら幸せな食卓だった。

 そしてその後、いつもならゆっくりお茶をするところだが、今夜は当然ながらそうはならない。

 久しぶりに私はアーレンの魔法で作り出されたお湯で、体の隅々まで洗われた。
「一度全部きれいにしてから、改めて俺の印をつけておかないといけない」
 のだそうだ。

「あっ……は……アーレン、もう……」

 人の姿のアーレンは自身も泡だらけになりながら私を愛撫する。
 後から抱きしめられる体勢で胸と秘部をぬるぬると弄られると、アーレンの行為にすっかり慣らされた私の体はすぐに昇りつめそうになる。
 それなのに、アーレンは私が達する直前ギリギリのところで、その不埒な指の動きを止めてしまう。
 一度限界まで高まった熱が少し落ち着いたところで、さらに愛撫を加えられてまた高められる。  

「や、ん……ああっ、なんでぇ……あああっ!」 

 そんなことが何度も繰り返されると、発散できない熱で体の奥を焼かれるようで、私は悲鳴を上げて身を捩った。
 それくらいでアーレンの力強い腕から逃れられるはずもなく、しっかりと抱きしめられて耳を食まれて、またぞくぞくと体が震えた。

「ああ、ナディア、可愛いな」
「は……あ……お願い、だから……」
「どうしてほしい?もうイきたいか?」

 蜂蜜よりも甘いバリトンで耳元で囁かれると、アーレンのことだけしか考えられなくなる。
 それ以外のことは、全て意識の外に追い出されてしまう。

「もう、イかせてぇ……アーレンが、ほしい、の……」

 涙を流して訴えるのに、意地悪なアーレンはまだほしいものを与えてくれない。

「俺が、ほしいか?」
「ほしい……んんっ、もう、お願い……」
「なら、選んでくれ」

 選ぶ?こんな時になにを?

「どっちの姿の俺がほしい?」

 またこの質問!

「そんな……わかってるくせに!」

 私は、どっちの姿もアーレンも大好きだ。
 今までに幾度となくそう伝えてきたのに、意地悪モードのアーレンはこの質問で私を困らせるのだ。

「どっちだ?ちゃんと答えないと、ずっとこのままだぞ?それでもいいのか?」
「ダメっ!……それ、ダメだからぁっ!や、ああああっ!」

 アーレンの大きな右手の親指と薬指で同時に両方の胸の頂きを刺激され、左手の指で蜜壺の浅いところをぐるりとかき回され、私はまた悲鳴を上げた。
   
「教えてくれ。どっちがいい?どっちがほしい?」
「あ……も、お願い!この姿のままで!」

 もう苦しくて我慢できなくて一秒でも早くほしくて、なりふり構わずそう言ったのに、アーレンは秀麗な顔に楽しそうな笑みを浮かべた。

「へぇ?じゃあ、今夜は翼で包んであげるのはお預けだな?」
「やだ!それは嫌ぁ!」

 アーレンの素肌だけでなく、柔らかくて滑らかな漆黒の羽毛だって同じくらいほしくてしかたがないのに。
 特に、今夜は片方だけだと足りない。
 どうしても両方のアーレンに抱きしめてもらわないといけないのだ。

「嫌なのか?」
「どっちも、くれないと、嫌なの!」
「欲張りだな。そうなるように、俺が躾けたんだが……失敗だったかもしれないな。可愛すぎて、俺が負けてしまいそうだ」

 もう耐えられなくて、右手を後にまわしてアーレンの黒髪をかき回した。

「ね、早く……」
「ああ、俺ももう限界だ。まずは、こっちの姿からだな」

 私たちを包んでいた泡と水が瞬時に消え去り、私は寝台にうつ伏せに押し倒された。
 過剰な色気を孕んで乱れた呼吸音、熱い肌、腰の辺りにあたる硬い感触。
 私を追い詰めながらも、アーレンもずっと我慢していたのだ。

 でも、このままでは。

「待って!」

 私の尻を抱え上げて、獣のような体位で熱い楔を打ちこもうとしたアーレンに、私は必死で抵抗した。

「顔が見えないのは嫌!いっぱいキスして抱きしめたいの!だから、お願い、この体勢は」

 言い終わる前に、私の体は仰向けにひっくり返され、ギラギラと獰猛に光る金色の瞳が私を見下ろしているのが見えた。
 その直後に噛みつくようなキスで唇を塞がれ、ほぼ同時に一息で奥まで貫かれた。
 ずっとほしかったその刺激で溜まり溜まった熱が弾け飛んで、私は一瞬で絶頂に押し上げられてしまった。

 私がイっていることはわかっているはずなのに、アーレンはそのまま乱暴なほど激しい律動を開始した。
 びくびくと跳ねる体を押さえつけられ、奥の弱いところを穿たれ、舌を絡められることで悲鳴すらも封じられて、私はなすすべもなく貪られるしかなかった。

 キスして抱きしめたい、という希望は叶えられたわけだが、それにしても容赦なさすぎるのでは。
 そう思う一方で、それだけ求められているのだと思うと、嬉しくて愛しくて涙が零れる。 

 結局アーレンは吐精するまで同じペースで律動を続け、私は熱い欲望が最奥に注がれるのを朦朧とする意識の中で感じていた。
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