茨姫は辺境の地で花開く

鈴木かなえ

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③ グリフォンのロニー

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「きみはこのまま俺と一緒にアボットに行くほうがいいと思う。
 王都に残っていたら、また王太子殿下がきみになにかするかもしれないからな。
 だがもちろん、無理にとは言わない。
 アボットは遠い辺境の地だ。
 家に帰りたいというのなら、引きとめはしない」

 アボットというのは、ホールデン王国の南端にある辺境伯様の領地のことだ。
 隣国バンクスとの国境と接しており、バンクスとホールデンの王都を結ぶ大きな街道が通っている。

 どうしたい? と問う辺境伯様だが、私の答えは決まっている。

「アボットに、連れて行ってくださいませ」

「……本当に、それでいいのか?」

「はい、お願いします。家に帰る必要はありません」 

 私の手を引きながら、私の歩幅に合わせて辺境伯様は歩いてくれている。 
 無骨な容姿に反して、こういう気遣いができる方なのだ。

 私、本当にこんなに素敵な方と結婚したの?
 夢をみてるんじゃない?
 だとしても、なんて幸せな夢……このまま覚めなければいいのに……
 
 迷いのない足取りで歩く辺境伯様に、私はぽーっとなりながらふわふわした気持ちでついていった。

 そして、足を止めたのは大きな厩舎の前だった。

「あれ? 早かったですね? もう夜会は終わったんですか?」

 声をかけてきたのは、騎士服を着た辺境伯様と同じ年頃の男性。
 おそらく部下なのだろう。

「夜会はどうか知らないが、用は済んだ。さっさと帰るぞ」

「そちらのご令嬢は?」

「……アボットに連れて帰ることになった」

「ええぇ⁉ なんで⁉ 嘘でしょう⁉」

「しかたないんだ。事情は後で説明する。
 ロニーたちの準備はできているか」

「はい、いつでも飛べますよ。
 ですが、その、ご令嬢は……」

「わかっている。ロニーは俺が説得するから、連れて来てくれ」

「はあ、わかりましたよ」

 男性は頭を掻きながら厩舎の中に入って行った。

「エメライン嬢、といったか」

「は……はい」

 ふいに名を呼ばれ、私の心臓がまた跳ねた。

「グリフォンを見たことはあるか」

「はい……遠くからですが」

 辺境伯様はグリフォンに乗って王都と領地を行き来する。
 今日もそれは同じはずだ。

 ということは……私もこれからグリフォンに乗るのね⁉

 先ほどの男性が厩舎から出てきて、その後ろから馬の二倍くらいはある大きな獣がのっそりと現れた。
 
「これが俺のグリフォンだ。ロニーという」

 グリフォンというのは、上半身が鷲、下半身は獅子の姿をした魔法生物だ。

 ロニーという名のグリフォンは、首から上は白い羽毛、肩、胸部、前脚は黒い羽毛に覆われ、下半身の獅子の部分はこげ茶色をしている。
 前脚には鋭い爪があり、後脚は強靭な筋肉が盛り上がっているのが見える。
 そして、大きな黒い翼。
 この翼でグリフォンは空を駆け、戦場では背に乗せた騎士と一体となって一騎当千の活躍をするのだ。

 こんなに近くでグリフォンを見るのは初めてだ。
 なんてきれいな生き物なんだろう。
 
 ロニーは金色の瞳を辺境伯様の隣に立っている私を向け、少し首を傾げた。
 
 その仕草は、誰? と問いかけているようで、なんとも可愛らしい。

「ロニー、俺の客人のエメライン嬢だ。
 背中に乗せてくれるか」

 ロニーはぱちぱちと瞬きをして、顔を私に近づけてふんふんと匂いを嗅いだ。

 グリフォンは嗅覚で、人間が敵意を持っているかどうかを判断すると本に書いてあった。
 動かず騒がずじっとしていると、検分するように鋭く大きな嘴でちょんちょんと私の腕をつつき、金髪縦ロールを一房くいくいと引っ張った。

 それでも動かずにいると、ロニーはふいと横を向いて地面に伏せた。

「ほう、驚いたな。どうやらロニーはきみを気に入ったらしい」

 なるほど、これは背中に乗れ、ということなのか。
 
 なんと光栄なことだろう!

 また新たな感動に震えていると、

「失礼」

 そう短く告げた辺境伯様は、私を軽々と抱え上げてロニーの背にとりつけられた鞍の上にそっと下ろした。

 私は突然のことに声も出せずされるがままになっていたが、次の瞬間、ガチッと硬直した。

 だって、彼も同じ鞍に跨り、私をその逞しい胸に抱き寄せたのだ。
 それだけでも鼻血がでそうなくらい大興奮だというのに、まだ終わりではなかった。

(ふおおおおおおおお!)

 肩にかけていたマントを広げ、私を頭からすっぽりと包みこんでくれた辺境伯様に、私は声を出さずに心の中で大絶叫した。

 なにこれ⁉ 
 心臓が爆発しそうなんですけど!
 このひと、私を殺そうとしてるの⁉


「アボットまでは数刻かかる。そのまま大人しくしていてくれるか」

 低い声には私への優しさと労りが満ちていて、私は歓喜に震えながらマントの下で小さく頷いた。
 
 温かい……いい匂いがする……

 誘われるように頬を逞しい胸に埋めると、力強い鼓動が聞こえた。

 ああ、本当に鼻血が出ちゃいそう……
 
「では、出発するぞ。ロニー、頼む!」

 一度ぐっと体を沈めたロニーは、大きく上へと跳躍した。
 バサバサと羽ばたく音が聞こえて、マントに包まれているので外は見えないが、ぐんぐんと高度が上がっていくのを感じる。
 さすがに少し怖くて、とっさにしがみついた私を、彼は片手でまた抱き寄せてくれた。

「大丈夫だ。決して落としはしない。
 疲れているようなら、眠っていてもいいからな」

 そう言われて、私はやっと自分がくたくたに疲れていることに気がついた。

 ここ数日はいろんなことに大忙しで、昨夜もほとんど眠ることができなかったのだ。

 辺境伯様は英雄として有名だが、直接言葉を交わしたのは今日が初めてだ。
 それなのに、こうして身を任せることに欠片の不安もないのだから自分でも不思議に思う。

 もっとこの状況を堪能したいという気持ちもあったが、彼の体温と優しさに包まれ、いい匂いを嗅いでいるうちに、だんだん瞼が下がってきた。
 私は眠気に逆らうことなく、幸せな気分で目を閉じた。
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