茨姫は辺境の地で花開く

鈴木かなえ

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④ 新たな目標

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 アボットにある辺境伯様の屋敷に着いたのは、もう深夜になってからだった。

「おかえりなさいませ……そちらのご令嬢は」
 
 出迎えてくれた家令だと思われる初老の使用人は、私を見て目を丸くした。
 
「エメライン嬢だ。
 いろいろとあって、俺が保護することになった。
 詳しいことは明日説明するから、客人として丁重にもてなしてくれ」

「かしこまりました」

 さっきまで私を包んでいたマントを受け取りながら、家令は頭を下げて背後に控えていた使用人に指示をとばし始めた。

「エメライン嬢。今夜はもう遅い。
 これからのことは、明日以降に話し合うことにしよう。
 王都からこんな田舎に連れて来てしまったが、この屋敷には女性に無体を働くようなものはいない。
 安心して休むといい」
 
 私は辺境伯様の胸に寄りかかりぐっすり眠ったので元気だが、他の人たちはそうではない。
 特に、王都とアボットをグリフォンに乗って往復した彼は疲れているはずだ。
 
「そうさせていただきます。
 お気遣いありがとうございます、辺境伯様」

 私が素直に礼を言うと、周りの人たちは少しほっとしたような顔をした。
 今の私は、見るからに傲慢で我儘な印象の『茨姫』だ。
 なにやら面倒なことを言い始めるかもしれない、と警戒されるのも当然のことだ。
 
 もちろん、そんなことをするつもりはないのだが。

 私は辺境伯様に就寝の挨拶をして、客室に案内してくれるという年嵩のメイドに大人しくついていった。

「こちらのお部屋になります。
 申し訳ございません、何分急なことで、若いご令嬢をお迎えする準備はなにもありませんので……」

「わかっているわ。
 むしろ、謝らないといけないのは私の方よ。
 ごめんなさいね、面倒をかけてしまって」

 清掃が隅々まで行き届いていて、きちんと整えられている部屋だ。
 装飾品などはないが、淡い色合いの壁紙や家具で揃えられている。
 落ち着いた雰囲気で、居心地よさそうな部屋だと思う。
 
「ええと、まずはお風呂に入ってさっぱりしたいから、ドレスを脱ぐのだけ手伝ってくれる?
 あとは自分でできるから」

「かしこまりました。
 では、入浴なさっている間に、夜着になりそうなものを探してまいります」

「ありがとう。
 とりあえず着ることができれば、なんでもいいわ。
 男物のシャツとかでも構わないから」

 むしろ、辺境伯様のシャツを持ってきてくれたら、とても嬉しいのだけど。

 なんてことを思ったりはしたが、もちろん口にはしなかった。

 アクセサリーを全て外し、重いドレスも脱いで身軽になってから、浴室に入った。
 体用と髪用の、新品の石鹸が一つずつ。
 化粧落としもあるが、これだけ新品でないのは、おそらくさっきのメイドの私物なのだろう。

 もちろん、文句を言うつもりはない。
 むしろ、申し訳ない。

 お風呂から上がると、脱衣所にネグリジェが置かれていた。
 これも新品ではないが、手触りが良い絹製だ。

 庶民が着るようなものではないので、きっと辺境伯様の亡くなった奥様のものだろう。
 これはこれでまた申し訳ないが、今夜はこれを着るしかない。

 浴室から出ると、さっきのメイドが控えていて、すっぴんになった私を見て驚いた顔をした。

 そうだろうね。驚くよね。

 テーブルの上には、ティーセットとサンドイッチが乗せられた皿がある。
 それから、これも新品ではない化粧水の瓶。

「ありがとう。
 この化粧水、もしかしてあなたの私物ではない?」

「……さようでございます。
 こんなものでもないよりはマシかと思い、お持ちしました」

「とてもありがたいわ。
 気を使わせてしまってごめんなさいね。
 後で新しいものを買って返すわね」

 化粧落としも化粧水も、私が普段使っているものとは違い庶民向けの安価なものだが、とてもありがたい。
 
「それから、お茶とサンドイッチもありがとう。
 昼からなにも食べていなくて、お腹が空いていたの」

 化粧水を肌に塗り、食事を胃の中に収めると、やっと人心地つくことができた。

 メイドは空になった皿などを手押しカートに乗せ、一礼をして去っていた。

 一人になった私は、寝台に潜りこんで大きく息をついた。

 激動の一日が、やっと終わった。
 
 今日だけで一生分の運を使い果たして、明日には私は死んでしまうのではないだろかと思えるくらい、ご褒美な展開になった。

 私は辺境伯様のマントの中にいた時の感触を思い出し、赤くなった頬を押さえながら寝台の上をゴロゴロと転がった。

 強く逞しいだけでなく、私を優しく気遣ってくれた辺境伯様。
 
 大好き。
 前から憧れて好意は持っていたけど、今はもう心から大好きだ。

 私は完全に恋におちてしまった。

 だからこそ。

 彼にも、私を好きになってほしい。 
 嫌がらせで無理矢理押しつけられた結婚だが、逆に幸運だったと思えるような関係を築きたい。

 王太子殿下との婚約破棄という一つの大きな目標を達成した私に、新たな目標ができた。

 辺境伯様を、絶対に落とすのだ!
 
 そのためにも、今夜はぐっすり眠らなくては。
 明日、寝不足の顔を彼の前に晒すのは避けたい。

 私は目を閉じ、眠りについた。
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