茨姫は辺境の地で花開く

鈴木かなえ

文字の大きさ
5 / 31

⑤ きみは誰だ?

しおりを挟む
 翌朝起きて顔を洗っていると、昨夜のメイドがドレスや化粧品などを持ってきてくれた。
 深緑色のデイドレスは、私が昨日着ていた夜会用の派手な赤いドレスとは違い、コルセットで腹部を締めつける必要もなく、シンプルで動きやすそうなデザインになっている。
 地味といえば地味な色だが、私の髪と瞳の色にあわせて選んでくれたのだと思う。
 着てみると少し肩回りがブカブカするが、これくらいは許容範囲だ。

 化粧品は、これまたどう見てもこのメイドの私物だ。
 申し訳ないがすっぴんでいるわけにもいかないので、白粉と頬紅を少しだけ使わせてもらった。

 身支度をしている間に、メイドは朝食を運んできてくれた。

 テーブルに並べられたのは、刻んだ野菜がはいったオムレツ、ジャムが添えられた丸くて小さいパン、葉野菜のサラダ、ポタージュスープ、食べやすいように切られたオレンジだった。
 いい匂いが漂い、私のお腹がぐぅと鳴りそうになった。

「お嬢様の好みがわかりませんでしたので、一般的なメニューにしてあります」

「ありがとう。どれも美味しそうだわ」

 きれいに盛りつけられた料理は、見た目通りとても美味しかった。
 
「この卵も野菜も、すごく味が濃いわ。
 新鮮なだけでなくて、王都で手に入るものよりも質がいいのね」

「ここは田舎ですから。
 食材はこの近辺で採れたものばかりです」

 素直な感想を口にすると、メイドが少し嬉しそうに応えてくれた。
 
 食事が終わると、さてこれからどうしようとなった。

「辺境伯様にお話をしておかなければならないことがあるのだけど……お会いできるかしら?」

「旦那様は午前中は執務をなさっていることが多いので、午後からの方が面会予約がとりつけやすいかと」

「そうなのね。なら、午後からということで予約をお願いできる?」

「かしこまりました」

 ということは、午前中は私はすることがない。
 どうしようかと思いながら、私はふと窓の外に目を向けた。

「お庭に出てみてもいいかしら」

 屋敷の中を探検してみたいところではあるが、まだ私がここでどういう扱いになるかがはっきりしていない。
 中途半端な部外者が歩き回るのは気が引ける。
 だが、庭の散策くらいなら大丈夫だろうと思ったのだ。
 きっと、王都にはない植物もたくさんあるのではないだろうか。

「旦那様からは、自由にしていただくようにと仰せつかっております。
 ただし、私が傍に控えさせていただきます」

 もちろん、拒否するつもりはない。 
 慣れない場所だから、誰かがついていてくれないと迷子になってしまうかもしれないのだから。
 私はメイドに連れられ、屋敷の外に出た。

 昨夜は暗かったからよく見えなかったが、外から見ると古く重厚な造りの屋敷だということがわかる。
 土地が広いということもあってか、王都で私が住んでいたアシュビー侯爵家の屋敷より大きい。
 マクドゥーガル辺境伯家も、ホールデン王国の建国時からの歴史ある家柄なのだ。
 
 おそらく庭もかなり広いのではないだろうか。

 王都では、貴族の屋敷の庭には色とりどりの花が咲き誇っているのが普通だが、ここにはそういったものはなさそうだ。
 その代わりに木がたくさん植えてあり、その間に小路が通してある。

 小路を歩いてみると、自然の森の中にいるような感じがした。

 どこまでが庭なのだろう?
 もしかして、このまま森に続いているのだろうか?

 メイドも後ろをついてきているし、小路から外れなければ大丈夫だろうとそのまま歩いていると、前方の茂みがガサガサと揺れた。
 誰かいるのだろうかと思ったら、ひょこっと大きな獣が顔を出した。

 白い首、金色の瞳、黒い前脚、茶色の下半身。
 見覚えのあるグリフォンだ。

「……ロニー?」

「クエ」

 教えてもらった名を呼ぶと、返事をしてくれた。
 
 ロニーはとことこと近寄ってきて、昨日と同じように私の匂いを嗅ぎ、縦ロールでなくなった金髪を軽く引っ張った。
 長い金髪が珍しいのだろうか。

「昨日は乗せてくれてありがとうね。助かったわ」

「クエ」

「柔らかそうな羽毛をしているのね。少し触ってみてもいい?」

 いいよ、というようにロニーは頭を差し出してきたので、そっとその白い羽毛に触れてみた。

「……すごい……最高の手触りだわ」

 侯爵家の令嬢で王太子殿下の婚約者だった私は、最高級の絹やベルベットでできたドレスをたくさん持っていた。
 だが、そのどれもがロニーの羽毛の手触りには敵わない。

 戦場では勇猛果敢で、敵を容赦なく爪や嘴で引き裂くというグリフォンの羽毛が、こんなにも柔らかいなんて。
 グリフォンの羽毛は魔法具の素材としても珍重されている。
 王都でも高値で取引されていることは知っていたが、こうして触れるのは始めてなのだ。

 しばらく撫でていると、ロニーは頭をぐいっと私の胸に押しつけてきた。
 どうやら、私に甘えているらしい。
 両腕で大きな頭を抱えるようにして、ついでに頬を羽毛に埋めてみた。

 やっぱり、とても気持ちいい。
 ロニーも気持ちいのか、金色の瞳を細めた。
 
 それがなんとも可愛くて、頬を緩めて撫でまわしていると、

「きみは……誰だ?」

 後ろから、低い男性の声がした。

 振り返ると、辺境伯様が榛色の瞳を大きく見開いて私とロニーを見ていた。

「おはようございます、辺境伯様」

 私はロニーから離れ、優雅にカーテシーをした。

「ま、まさか……きみは……」

「エメラインですわ」

 にっこりと笑って見せると、彼は困惑の表情を浮かべた。
 それも無理はないと思う。

「本当に、エメライン嬢なのか? 声も、髪の色も、同じではあるが……」

「顔と印象が違う、とおっしゃりたいのでしょう?」

 彼は素直に頷いた。少し離れたところに控えいるメイドも頷いた。

「辺境伯様とお話をしなくてはいけないことがたくさんございます。
 この容姿のことも、きちんとご説明いたしますので、お時間をいただけませんか?」

「ああ、もちろんだ。
 俺もきみとは話をしないといけないと思っていた」

 彼も、私のことを気にかけてくれていたのだ。
 とても嬉しい。

「では早速、サロンに行こう。
 こういうことは早いほうがいい」

 目の前に大きな手が差し出された。

「私は構いませんけど……辺境伯様は、お忙しいのではありませんか?」

「急ぎの仕事は昨日のうちに片づけた。
 今はきみの処遇をはっきりさせることが最優先だ。
 そうしないと、きみも落ち着かないだろう」

 それはそうだ。
 私だけでなく、マクドゥーガル辺境伯家の全員が落ち着かないと思う。

「お気遣いありがとうございます、辺境伯様」

 私は頬を染めながら、褐色の大きな手に自分の手を重ねた。

しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

これで、私も自由になれます

たくわん
恋愛
社交界で「地味で会話がつまらない」と評判のエリザベート・フォン・リヒテンシュタイン。婚約者である公爵家の長男アレクサンダーから、舞踏会の場で突然婚約破棄を告げられる。理由は「華やかで魅力的な」子爵令嬢ソフィアとの恋。エリザベートは静かに受け入れ、社交界の噂話の的になる。

「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。

海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。 アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。 しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。 「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」 聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。 ※本編は全7話で完結します。 ※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。

政略結婚した旦那様に「貴女を愛することはない」と言われたけど、猫がいるから全然平気

ハルイロ
恋愛
皇帝陛下の命令で、唐突に決まった私の結婚。しかし、それは、幸せとは程遠いものだった。 夫には顧みられず、使用人からも邪険に扱われた私は、与えられた粗末な家に引きこもって泣き暮らしていた。そんな時、出会ったのは、1匹の猫。その猫との出会いが私の運命を変えた。 猫達とより良い暮らしを送るために、夫なんて邪魔なだけ。それに気付いた私は、さっさと婚家を脱出。それから数年、私は、猫と好きなことをして幸せに過ごしていた。 それなのに、なぜか態度を急変させた夫が、私にグイグイ迫ってきた。 「イヤイヤ、私には猫がいればいいので、旦那様は今まで通り不要なんです!」 勘違いで妻を遠ざけていた夫と猫をこよなく愛する妻のちょっとずれた愛溢れるお話

【完結】何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること

大森 樹
恋愛
辺境伯の娘であるナディアは、幼い頃ドラゴンに襲われているところを騎士エドムンドに助けられた。 それから十年が経過し、成長したナディアは国王陛下からあるお願いをされる。その願いとは『エドムンドとの結婚』だった。 幼い頃から憧れていたエドムンドとの結婚は、ナディアにとって願ってもいないことだったが、その結婚は妻というよりは『世話係』のようなものだった。 誰よりも強い騎士団長だったエドムンドは、ある事件で左目を失ってから騎士をやめ、酒を浴びるほど飲み、自堕落な生活を送っているため今はもう英雄とは思えない姿になっていた。 貴族令嬢らしいことは何もできない仮の妻が、愛する隻眼騎士のためにできることはあるのか? 前向き一途な辺境伯令嬢×俺様で不器用な最強騎士の物語です。 ※いつもお読みいただきありがとうございます。中途半端なところで長期間投稿止まってしまい申し訳ありません。2025年10月6日〜投稿再開しております。

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

勘違い令嬢の離縁大作戦!~旦那様、愛する人(♂)とどうかお幸せに~

藤 ゆみ子
恋愛
 グラーツ公爵家に嫁いたティアは、夫のシオンとは白い結婚を貫いてきた。  それは、シオンには幼馴染で騎士団長であるクラウドという愛する人がいるから。  二人の尊い関係を眺めることが生きがいになっていたティアは、この結婚生活に満足していた。  けれど、シオンの父が亡くなり、公爵家を継いだことをきっかけに離縁することを決意する。  親に決められた好きでもない相手ではなく、愛する人と一緒になったほうがいいと。  だが、それはティアの大きな勘違いだった。  シオンは、ティアを溺愛していた。  溺愛するあまり、手を出すこともできず、距離があった。  そしてシオンもまた、勘違いをしていた。  ティアは、自分ではなくクラウドが好きなのだと。  絶対に振り向かせると決意しながらも、好きになってもらうまでは手を出さないと決めている。  紳士的に振舞おうとするあまり、ティアの勘違いを助長させていた。    そして、ティアの離縁大作戦によって、二人の関係は少しずつ変化していく。

私の願いは貴方の幸せです

mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」 滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。 私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。

処理中です...