茨姫は辺境の地で花開く

鈴木かなえ

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⑥ 茨姫の真実

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 陽当たりのいいサロンで、私と辺境伯様は向かい合ってカウチに座った。
 メイドがお茶を淹れてくれて、昨日も会った騎士が辺境伯様の背後に立った。
 きっと腹心の部下なのだろう。

「まずは、私の容姿のことからお話をいたしましょうか。
 たぶん、一番気になっていらっしゃるでしょうから」

 辺境伯様が頷いたのを見て、私は語り始めた。

「ご存じの通り、私は『茨姫』と呼ばれておりました。
 キツい顔立ちで、王太子殿下の婚約者という立場を笠に着た傲慢な態度で、いつも偉そうに威張っていて、棘だらけの茨のようだというところからついた二つ名です。
 昨夜の私をご覧になった時、まさにその通りだと思われたことでしょう」

 これ見よがしな金髪縦ロール、吊り上がった目元を強調するような化粧、真っ赤な口紅、真っ赤なドレス。
 とげとげしさを全面に押し出した、それが私の標準装備だった。

 だが、今は違う。
 髪は緩やかなウェーブを描き、やや吊り上がり気味ではあるがくっきり二重の目元。
 最低限の薄化粧しかしていない顔は気が強そうに見えなくもないが、棘などないごく普通の女の子だ。
 
「あれは、私の仮の姿。
 今の私が、本来の私です。
 私は、敢えて『茨姫』に擬態していたのです」

 全ての始まりは、私と王太子殿下の婚約が結ばれた時だった。
 当時五歳だった私は、可愛らしいドレスを着せられて殿下と初めて顔を合わせた。

 ひとつ年上の、きれいな顔をした男の子にドキドキしながら私は教えられた通りにカーテシーをした。
 きっと優しく受け入れてくれると思っていたのに、そうはならなかった。

「別のにとりかえてくれ!
 こんな意地悪そうな顔をした女は嫌だ!」

 王子様の口から飛び出したとんでもない暴言に、私は傷つき泣きだした。
 今ならいくらでも言い返すことができるが、当時は私もまだ子供だったのだ。

 周囲の大人に宥められても、彼は頑なに嫌だと言い続けた。
 だからといって、私との婚約が取りやめになることはなかった。
 政治的な理由で結ばれる婚約なのだから、いくら王太子殿下でも子供の我儘が通せるわけがないのだ。

 嫌だ嫌だと騒ぐ彼と、わんわん泣く私を無視する形で婚約式は続行され、私たちは正式に婚約者となった。

 いくら顔がよくても、私を嫌う相手のことを好きになどなるわけがない。
 婚約者だからと私は月に二度は城に招かれ、二人だけのお茶会をさせられるようになったが、彼は毎回逃げ出すので、私は一人ぽつんと過ごしていた。

「そうか……それは、辛かっただろう」

「いいえ? まったく辛くありませんでしたわ」

 婚約者に見放され放置されていたわけだが、それは悪いことではなかった。
 私だって彼に会うのは嫌だったし、お茶会は私にとって一人で美味しいお茶とお菓子を堪能し、ゆっくり読書ができる快適な時間だった。
 王家主催のお茶会なだけあって、お茶もお菓子も絶品だったのだ。

 そんなわけで、私はウキウキしながら登城していたのだが、それを表に出すことはなかった。
 いつも機嫌が悪くツンツンしていて、稀に殿下と会うと必ずチクリと嫌味を言った。
 彼もそれに噛みついてきて、すぐに口論になる。
 人目があるところでもそうだから、私たちの仲が良好ではないことは有名だった。

 国王陛下はたまに息子を諫めていたようだが、そうすると必ず王妃殿下が庇うのだ。
 
 シェリル王妃殿下は『傾国』と謳われたほどの美女で、国王陛下に強く望まれ妃となった。
 もうすぐ四十代になる今でもその美貌は欠片も衰えておらず、国王陛下の寵を一身に受け溺愛され続けている。
 そんな王妃殿下が出てくると、国王陛下でもそれ以上なにも言えず、周囲の大人たちも従うしかなくなってしまうのだ。

 王妃殿下は、一人息子である王太子殿下を溺愛している。

 ほしがるものはなんでも与え、勉強や鍛錬から逃げても叱りもしない。
 私との婚約が続行されたことは例外として、我儘もなんでも叶えてあげる。
 王妃殿下がそうやって甘やかすので、彼は容姿だけは立派だが中身はなんとも残念な仕上がりになってしまった。

 それを嘆く声も多く上がっているが、彼には届いていない。
 周囲にいる側近たちが、彼をチヤホヤし甘い汁をすすることだけに長けた無能集団だからだ。
 そんな状況でも、国王陛下の唯一の子であるため、王太子としての彼の立場は揺るがない。
 
 彼は下半身も奔放で、側妃にするからという言葉につられて純潔を捧げた下位貴族の令嬢は、私が把握しているだけでも十指に余る。
 ケイロンの真似をして後宮を築くつもりなのか、と囁かれていたくらいだ。

 私にどうにかしろと言ってくる貴族もいたが、「これだけ嫌われているのに、私の言葉など聞いてくれるわけがない」と言うと、皆諦めた顔で引き下がった。

「女性関係がだらしないのはどうでもよかったのですが、私が一番許せないのは、騎士を見下し軽んじることです。
 王太子殿下は、美しく優雅なものが優れていて、そうでないものは劣っていると思っています。
 泥や汗にまみれて鍛錬をし、戦場では血も浴びる騎士を汚いもの扱いするのです。
 私たちが安全に暮らせているのは、騎士たちのおかげだというのに、それが全く理解できていない。
 どうしても許せなくて、何度か苦言を呈したのですが、罵詈雑言が返ってきただけでしたわ」

 辺境伯様は顔を顰めた。

 鉱山の所有権をめぐり西の隣国との国境で起きた先の戦役で、ホールデン王国が勝利することができたのは、辺境伯様が率いるグリフォン騎士団の働きによるものが大きいということは平民の間ですら一般常識だ。
 それなのに、王太子殿下はグリフォンを醜い獣だと公言し、珍しい褐色の肌の偉丈夫である辺境伯様を特に嫌っている。
 彼がほとんど王都に出てくることがないのは、それが理由でもあるのだろう。

「あんな救いようのない愚か者の妃になんて、絶対になりたくありませんでした。
 どう考えても泥船ですもの。
 ですから、精一杯嫌われてあちらから婚約破棄をしてくれるように『茨姫』に擬態していたのです」

「なるほど……そういうことだったのか」

 どうやら納得してくれたようで、私は一安心した。

「きみも、苦労したようだな」

「はい、それはもう!
 私もですが、私のメイドも苦労していましたわ。
 毎朝髪を縦ロールにするのは、なかなか大変なのですよ。
 もう釣り目の厚化粧もしなくていいし、真っ赤な重たいドレスで着飾る必要もありません。
 とても清々しい気分ですわ」

 本来の私は、今くらいの軽装が好みだ。
 きれいなドレスや宝石が嫌いなわけではないが、別にないならないで平気なのだ。
 
「きみの家族は、擬態のことを知っているのか?」

「いいえ。
 このことを知っているのは、私のメイドと、ごく少数の親しい人たちだけです」

 私の両親は絵に描いたような政略結婚だった。
 母は私を生むと、もう義務は果たしたとばかりに別宅に移り住み、今でもそこで愛人と暮らしている。
 もう何年も顔も見ていない。

 父は同じ屋敷で暮らしてはいたが、父の興味と関心は全て古書に向けられていて、最後に言葉を交わしたのがいつだったか覚えていないくらいだ。

 それから、私には一歳年下の義弟ブライアンがいる。
 私が殿下と婚約し将来的に家を出ることになったので、アシュビー侯爵家を継がせるために親戚から引き取った子だ。
 最初は私に懐いて可愛かったのに、いつからか殿下の腰巾着になって私を罵るようになった。
 外で私に関してのないことないことを声高に喋り悪評を広めるものだから、私も全力でそれを利用させてもらった。
 私が『茨姫』とよばれるようになったのは、ブライアンのおかげといっても過言ではない。
 
 そんな家族だから、私は一切愛着はないのだ。
 
「昨日の夜会で、王太子殿下が私との婚約破棄を強行しようと画策していることは事前に情報をつかんでいました。
 捨てられ傷モノになった私には、普通に考えると修道院に行くくらいしか未来はありませんが、それは私の性に合いません。
 ですから、夜会のあとは家には帰らず、そのまま出奔する予定でした」

 夜会に向かう前に、二度とアシュビー侯爵家には関わらないし、相続も放棄するという手紙を認め、私の籍を抜くための書類もそろえて私室に残してきた。
 これで家族とも家とも縁が切れたはずだ。
 
「出奔とは、随分と思い切りがいいな」

「もちろん、私一人でではありませんよ。
 私に長年仕えてくれているメイドと二人で王都を出るつもりで、準備万端で整えていたのです」

「そうなのか? なら、そのメイドは」

「今頃大急ぎでこちらに向かっていることでしょうね。
 なにかあっても臨機応変に対応できる優秀なメイドですので、心配はいりませんわ」

 まさか私が辺境伯様と結婚させられ、そのままグリフォンに乗って飛び去ってしまうとは思っていなかっただろうが、あのメイドは私の趣味を熟知している。
 『それなんてご褒美!』と叫びながら、アボットに向けて馬車を駆っていることだろう。
 
「きみの事情は、だいたいわかったと思う。
 それで、きみはこれからどうしたい?」

 ここからが正念場だ。
 私は気を引き締めて居住まいを正した。

「私は、このまま辺境伯様の妻としてここで暮らしたいと思っております」

 せっかく初恋の君と結婚できたのだ。
 離婚なんてするつもりはない。

「……本気で言っているのか」

「もちろんです。
 どちらにしろ、私たちはもう正式に結婚してしまっています。
 すぐに離婚というのも難しいでしょう。
 というか、そんなことをしたらまた殿下に別の嫌がらせをされるきっかけを与えることになるかもしれません」

 離婚するとしたら、王都まで書類を提出しに行かなくてはいけない。
 絶対にまたなにかされるに決まっている。
 あるいは、そうなることを予想して、次の嫌がらせをするために待ち構えているという可能性もある。

「それもそうだが……」

 彼は困惑顔で渋っている。
 私のような女は好みではないのだろうか。

 だが、もしそうだとしてもここで引くつもりなどない。

「では、とりあえずお試しの結婚ということにいたしませんか?」

「お試しの結婚?」

「身一つでアボットに来た私を、放り出すようなことはなさいませんでしょう?」

「もちろんだ。そんなことはしない」

「王都からアボットまで、馬車だと少なくとも五日はかかります。
 私はメイドが到着するまでどこにも行けません。
 それまでこのお屋敷でお世話になるわけですので、その間だけでも夫婦としてすごしてみませんか?
 せっかく結ばれた縁ですもの、私は大切にしたいと思っているのです」

 彼の奥様は、数年前に病で亡くなったと聞いている。
 まだ二十代後半の健康な男性なのだから、後妻を迎えるのも普通なことで、私は全力でその座に納まりにいくつもりなのだ。

 彼は思惑顔だが、その背後の騎士はきらきらと輝く瞳を私に向けている。
 きっと、私の申し出を歓迎してくれているのだろう。
 
 夜会で後妻はいらないと言っていたが、周囲の人たちは違う意見なようだ。

「お試しの結婚といってもな……具体的に、どのようなことをしたいのだ」

「そうですねぇ。
 夫婦になるのですから、食事はできるだけ一緒にいただくというのはどうでしょうか。
 それから、お時間があるようでしたら、お茶をしたりお出かけしたりもしたいですわ」

 またロニーに乗せてくれたら嬉しいが、そこまで贅沢は言わない。
 
「お仕事の邪魔はいたしません。
 部外者に見られたくないもの、知られたくないことがあるのでしたら、そこに立ち入るようなこともいたしません。
 高価な宝石を強請るようなこともいたしません。
 立場はわきまえておりますから、そこはご安心ください。
 そうした上で私との結婚を望まないとおっしゃるのであれば、メイドが到着したらすぐに出て行きます。
 その際、それまでに私にかかった費用はきちんとお支払します。
 ということで、いかがでしょうか?」

 この条件だと彼側に損はないはずだが、どうだろうか。

「旦那様」

 口を開いたのは、意外にも壁際に控えていたメイドだった。

「願ってもないことです。是非お受けしましょう」

 予想外のところからの援護射撃がきた。

「昨日からお世話をさせていただいておりますが、使用人の私に対しても丁寧に接してくださいます。
 今までのお話から聡明な方であることは明らかですし、 グリフォンを怖がることもなく、ロニーは既に懐いている様子。
 マクドゥーガル辺境伯夫人に相応しいご令嬢です」

「だが、シーラ」

 このメイドはシーラという名らしい。
 私がどういう扱いになるのか不明だったから、まだ名を尋ねることをしていなかったのだ。
 四十代半ばだと思われるシーラは、おそらく辺境伯様が子供のころから仕えていて、だからこそこんなことを遠慮なく言えるのだろう。

「しばらく滞在していただくことはもう決まっているのです。
 これまで苦労してこられたようですから、ここにおられる間だけでもご希望通りにしてさしあげてもよろしいのではありませんか。
 それに、若いご令嬢がいるというだけで屋敷が明るくなります。
 私たち使用人も働きがいがあるというものです」

「旦那様、俺もそう思います。
 お受けしましょうよ!
 こんなチャンス、二度とないですよ!」

 ありがたいことに、辺境伯様の後ろの騎士もシーラに同調した。
 
 これはいい流れだ。

 私は期待をこめてじっと辺境伯様を見つめた。
 
「……わかった。お試しの結婚というのを、やってみることにしよう」

 三対一になった彼は、渋々頷いてくれた。

「ありがとうございます、辺境伯様」
 
 私は飛び上がって喜びたいのを我慢するのに苦労しながら、にっこりと笑って見せた。

 話し合いが終わると、彼は仕事があるということで騎士を連れて去って行った。

 喜色満面のシーラは商人を呼び寄せて、下着類や化粧品など私に必要な細々としたものを買いそろえてくれた。
 私の着ているドレスは、辺境伯様の亡くなった奥様のものではなく、お母様のものなのだそうだ。
 他にも数着残してあるのだそうで、ドレスを買う必要はない。
 私のメイドは荷物を満載した馬車でやってくるので、それまで凌ぐことができればいいのだ。

「ねぇ、シーラ」

「はい、エメライン様。なんなりとお申し付けください」

 ご機嫌なシーラに、私はにっこりと笑って告げた。

「私ね、辺境伯様にずっと憧れていたのよ。
 でも、私は王太子殿下と婚約していたし、接点もなかったから、憧れだけで終わるんだと諦めていたわ。
 だからね、あんな形でだけど、辺境伯様と結婚することができて、とても嬉しかったの。
 お試しの結婚ではなくて、ちゃんとした本物の夫婦になりたいと思っているのよ。
 そうなるために、協力してくれないかしら」

「そのお言葉を待っておりました!」

 シーラは一瞬瞳を大きく見開いたが、その直後に私の手をガシッと握った。

「全力で! 協力させていただきます!」

 シーラが協力してくれたら、百人力だ。

「ありがとう。それでね……今夜、辺境伯様に夜這いをかけようと思うのだけど」

 私がそう言うと、シーラはたった一人でも私を胴上げしそうな勢いで喜んだのだった。
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