茨姫は辺境の地で花開く

鈴木かなえ

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⑪ 夜這いの翌朝

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 目が覚めると、まず最初に知らない天井が見えた。

 ええと、ここはどこだっけ……?

 起き上がろうとして、体のあちこちが痛むことに気がついた。

 そこで、やっと昨夜のことを思い出した。

 今私がいるのは、辺境伯様の寝室。
 私は昨夜、彼に夜這いをかけたのだった。

 そしてそれはめでたく成功して、私たちのお試しの結婚は白いものではなくなった。
 
(きゃああああああああ!)

 昨夜のことを思い出し、私は声にならない悲鳴を上げた。

 辺境伯様……すごかった。
 とにかく、すごかった……と思う。

 おかげで、私は初めてだったというのに、乱れに乱れてしまった。
 
 体を見ると、昨夜脱いだはずの夜着が着せられていて、その下の肌には赤い痕がいくつも散らばっているのが見えた。
 背中も同じようになっているはずだ。

 それだけ彼も私を求めた、という証だ。
 私が誘惑して、彼が肉欲に負けた結果ではあるが、願っていた通りに気を失うまで貪られて、私は心から満足していた。
 
「目が覚めたか」

 声がした方を見ると、簡素な騎士服を着た彼が寝室に入ってくるところだった。

「おはようございます。
 ごめんなさい、寝坊をしてしまいました」

「いや、いいんだ。無理をさせたのは俺だからな」

 彼は寝台の端に座り、私の顔を覗きこんだ。
 
「体調はどうだ?」

「悪くはないのですけど……歩けないと思います」

 体が痛むだけでなく、下半身に力がはいらない。
 本当にこんなふうになるんだ……と妙なところで少し感動してしまう。

「そうか……すまない、年甲斐もなく我を忘れてしまった」

 大きな手が私の前髪を払い、額に触れた。
 熱はないのだが、心配してくれたのは嬉しい。

「そうなるように、私が誘惑したのです。
 願いが叶って、私は今とても幸せですわ」

 その一方で、彼はやや冴えない顔をしている。
 きっと、誘惑に負けたことを後悔しているのだろう。

 だが、その後悔を長引かせるつもりはない。
 私はここから一気に彼の心まで掴みにいくつもりだ。

「エメライン嬢。その……」

 彼が躊躇いがちに視線で示したのは、寝台の横のテーブルだ。
 その上には、水差しとグラスと、小さな水色の錠剤が入った小瓶がある。

「飲みます。申し訳ありませんが、とっていただけますか?」

 水色の錠剤を一錠と水を注いだグラスを渡してくれたので、私は迷わず飲み下した。

 これは、行為後一日以内に飲めば効果があるとされている避妊薬だ。
 昨夜さんざん胎内に精を注がれたが、これで妊娠する可能性はなくなった。

「私は自分から望んで辺境伯様と関係を持ちましたが、辺境伯様はそうではありません。
 白い結婚ではなくなったとはいえ、まだ私と結婚を続ける覚悟ができないのも当然です。
 この薬は今後も飲み続けますから、ご安心ください」

「……すまないが、そうしてくれ」

 気まずそうな、ほっとしたような顔をした彼だが、気がついているだろうか。
 この薬を私が飲み続けるということは、それだけ避妊が必要な場面になるという意味だということに。

 彼が私との子を望んでくれるまで、避妊は続けるつもりだ。
 子ができたからという理由で渋々結婚してもらうというのは、私としては不本意ということもあるが、今の不安定な立場のまま身籠るのも避けたいのだ。

 それに、もっと閨を楽しみたいという気持ちもある。
 もっともっと、彼を味わい尽くしたい。
 閨の回数を重ねた方が、心を掴みやすくなりそうだし、是非ともそうするべきだと思う。

「そうだ。辺境伯様には、ご子息がいらっしゃるのですよね?」

「ああ。フランシスという。五歳になったところだ」

 どんな子だろう。
 父親に似ているなら、きっと可愛いだろうな。

「当然ですけれど、前の奥様の子だからといって、虐めたりはしませんわ」

 前妻の子が後妻に虐げられる、というのはよくある話だ。
 私はそんなことはしないが、そういう危惧を抱かれる可能性は否定できない。

「私の立場がはっきりするまで、ご子息には会わないようにしようと思っております。
 混乱させたらかわいそうですから」
 
 私は、王都で同じくらいの歳の男の子と親しくしていた。
 できることならご子息とも仲良くなりたいところだが、そうなったあとに私がここを去ることになった場合、悲しませてしまうことになる。
 それはよくない、と思ったのだ。
 この屋敷はとても広いから、顔をあわせずに過ごすことは難しくないはずだ。

 それに、ご子息と仲良くなったことをダシにして彼に迫るというのも、なんだか卑怯な気がする。

 私は、私自身を彼に求めてほしいのだ。

「きみがフランになにかするとは思っていないよ。
 それにしても、きみは……ずいぶんと、しっかりしているな。
 十も年下だとは思えないくらいだ」

「そうでしょうか」

 ふふふ、と私は笑って、ごつごつした大きな手を握った。

「辺境伯様。
 昨夜言ったことは本当です。
 私は、辺境伯様をお慕いしております。
 お試しではない結婚ができるように、辺境伯様に私を好きになってもらえるように、これから頑張ります。
 よろしくお願いいたしますね」

 彼の褐色の頬が赤くなった。

「き、きみは……きみの、気持ちは、わかった……と、思う」

 なんだかしどろもどろだ。
 そんなに動揺するようなことを言っただろうか。

「俺は、もう誰とも結婚するつもりはなかった。
 女性と関係を持つことすら、一生ないだろうと思っていた。
 それが、こんなことになって……すまないが、まだ心の準備ができていない」

「わかっております。
 急かすつもりはございません。
 時間をかけて、私を認めてくださればと思っております」

「その……きみのことを嫌っているわけではない。
 むしろ、きみでなかったら……昨夜、あんなに無理はさせなかった、と思う」

 彼はさらに赤くなり、私も昨夜のことを思い出して赤くなった。
 
 というか、赤くなった辺境伯様が可愛い。
 年上の男性なのに、昨夜は獣のように私を貪ったのに、こんなに初心な反応をするなんて反則だ。

 今すぐ押し倒して、昨夜の続きを……という邪な考えは、叩き伏せて意識の隅に追いやった。

 さすがに今はその時ではない。
 それに、彼はこれからお仕事のはずだ。
 お仕事の邪魔はしないと約束したのだから、これ以上時間をとらせてはいけない。

「嬉しいです、辺境伯様……また、抱いてくださいますか?」

「ああ……きみが望むなら、いつでも」

 やった!
 それならば、遠慮なく今夜も夜這いをかけよう!

 ぱっと顔を輝かせた私を、彼はややぎこちない手つきでそっと抱き寄せ、額にキスをしてくれた。

「朝食はここに運ぶよう、シーラに伝えておく。
 俺はもう行くが、あとは自由に過ごしてくれて構わない」

「ありがとうございます。夕食は、ご一緒できますか?」

「……できるように、調整しよう」

「ありがとうございます……!」

 今からとても楽しみだ。
 もちろん、夕食のあとのことも含めて。

 彼は去って行き、しばらくしたら朝食が乗ったワゴンを押したシーラがやってきた。
 シーラはキラキラした笑顔で、かいがいしく世話をやいてくれた。

「エメライン様が来てくださって、本当によかった……」

 天に祈る勢いのシーラに、私は苦笑してしまった。
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