茨姫は辺境の地で花開く

鈴木かなえ

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⑫ フランシス

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 その日は昼過ぎにようやく動けるようになったので、ゆっくりと庭の散歩をすることにした。

 昨日は黙って後ろをついてきていたシーラだが、今日は私が質問するまでもなくいろんなことを積極的に教えてくれる。

「この屋敷の庭は、グリフォンたちが寛げるようにということを最優先でつくられております。
 ロニーのように、人間と絆を結びグリフォン騎士団のために働いてくれるグリフォンもいれば、そうではない野生のグリフォンがこのあたりで遊んでいることもあります。
 こちらから攻撃したりしなければ、人を襲うことはありませんから、怖がる必要はありません。
 ただ、昼寝をしているグリフォンには近寄らないように注意してください。
 嘴も爪もとても鋭いですので、驚かせた拍子にこちらが怪我をしてしまうかもしれませんから」

「わかったわ。覚えておくわ」

「それから、この木の葉。いい香りがするでしょう?
 グリフォンが好きな香りで、たまに自分で枝を寝床に運んで敷き藁に混ぜるんです。
 他にも、グリフォンが好きな実をつける木や、若葉を食べる木などがここには植えられているのです」

「だからお花ではなく木ばかりが植えてあるのね」

 それだけグリフォンを大切にしているのだ。
 これもマクドゥーガル辺境伯家ならではの、ここにしかない特別な庭なわけだ。 

「庭の奥には地下水が湧く池がありまして、グリフォンたちがよく水浴びをしています」

「その池まで行ってみてもいいかしら」

「もちろんでございます。
 とてもきれいな場所ですから、きっとエメライン様のお気に召すかと」

 優秀なメイドらしく物静かな印象だったシーラだが、本来はなかなかに饒舌なようだ。

 しばらく歩いていくと、彼女が言った通りのきれいな池が目の前に現れた。
 水底がはっきりと見えるくらい澄んだ水を湛えており、手を浸してみると驚くほど冷たい。
 これも地下水だからなのだろうか。
 
「ほら、あそこ。
 砂がポコポコと動いているところがありますでしょう?
 そこから水が湧きだしているのです」

 シーラが指さしたところに目を向けると、たしかにそこだけ砂が池の底から噴き出しているようなところがある。
  
「へぇ、水ってこうやって湧いてくるのね」

 私は王都から出たことがなかったので、こういう池を見るのは初めてだった。
 興味深くて目を丸くする私を、シーラは嬉しそうに眺めている。
 
 メイド長である彼女が私に友好的なのは、とても助かる。
 微妙な立場の私だが、彼女が味方についたので他の使用人たちにも受け入れられるのは早いだろう。

 池の向こう側のはるか遠くに、山頂を雲で覆われた大きな山が見える。

「あれがケアード山?」

「さようでございます。どのような山かご存じですか?」

「ええ、本で読んだことがあるわ。
 あの山の山頂でしかグリフォンは繁殖できないから、禁足地に定められているのよね」

 遠目にも険しいその山肌は、切り立った崖ばかりで人間が登るのは難しそうだが、禁を破り足を踏み入れたものは即処刑という厳しい罰を下されることになっている。

 グリフォンにとっても、グリフォンと共生している人間にとっても、大切に守らなくてはいけない山なのだ。
 本の挿絵では見たことがあった山だが、実際に見てみると感慨深いものがある。
 改めて、ここは王都から遠く離れた場所なのだと実感した。

「今は水浴びをしているグリフォンはいないのね」

 ロニー以外のグリフォンとも仲良くなれるかもしれないと思ったのに、残念だ。

「グリフォンの水浴びが見たいの?」

 ふいに子供の声がして、振り返ると五歳くらいの黒髪の男の子がいた。
 辺境伯様よりも淡い褐色の肌と、黒髪に榛色の瞳。

 間違いなく、どこからどう見ても辺境伯様のご子息だ。

「坊ちゃま! 
 今日はお部屋で大人しくしておくようにと言われていたはずですよ!」

 目を吊り上げるシーラに構わず、好奇心が輝く瞳を私に向けられた。

「お姉ちゃん、だれ?」

 可愛い。色合いもだが、目元も辺境伯様にそっくりだ。
 私はしゃがんで視線を合わせ、にっこりと微笑んだ。

「初めまして。私はエメラインというの」

 まだ接触するつもりはなかったのだが、こうなってはしかたがない。
 やんちゃ盛りの男の子を、部屋で大人しくさせておくというのもかわいそうなことだろう。

「僕、フランシス。お客さんなの?」

「ええ、そうよ」

「父上のお友達?」
 
「そうね。お友達よ」

 本当はお試しの夫婦なのだが、ここでそんなことを言っても混乱させるだけだ。 
 まずは、辺境伯様とちゃんと夫婦としての関係を築いて、それから改めて説明することにしたい。

「どこから来たの?」

「王都からよ。ロニーに乗せてもらったの」

「ロニーに乗ったの? 怖くなかった?」

「ちっとも怖くなかったわ。辺境伯様が一緒だったから」

 ふふふっと笑うと、フランシスは驚いたように目をパチパチと瞬いた。

「グリフォンが好きなの?」

「ええ、大好きよ。とても可愛いと思うわ。
 ロニーとも仲良しになったのよ」

「それなら、僕とも仲良しになってくれる?」

「ええ、もちろん!
 お友達になりましょうね」

「うん! えっと、エメ……」

「エミーでいいわ。よろしくね、フランシス」

「じゃあ、僕のことはフランって呼んでね! よろしく、エミー」

 こうして私たちは友達になることになり、フランは一瞬で私に懐いた。 
 嬉しそうなフランに、さっきまで怒り顔だったシーラもしかたがないと諦めたようだ。

 もうすぐ陽が落ちるからと、私とフランは手をつないで屋敷に戻る小路を歩いた。
 フランはご機嫌で、たくさんおしゃべりをしてくれて、そんなフランが可愛くて私は頬が緩みっぱなしだった。

「ねぇ、エミー。夕食を一緒に食べない?」

 屋敷についてから、フランはそう言って私とまだ繋いだままの手をぎゅっと握った。

「ええと、私は構わないのだけど……」

 私にはその決定権はないので、シーラに視線を向けて判断を仰いだ。
 
「では今夜は、旦那様も含めて三人で召し上がるように準備いたします」

 フランはぱっと顔を輝かせた。

「やったぁ! 
 じゃあ、今のうちに怒られてくるよ!
 エミー、また後でね!」

 フランは嬉しそうに駆けて行き、私とシーラはそれを見送った。

「ふふふ、可愛いわね。
 辺境伯様も小さいころはあんなふうだったのかしら」

「エメライン様……ありがとうございます」

 なにが? と首を傾げると、シーラは少し涙ぐんでいた。

「坊ちゃまは生まれてすぐにお母様を失くされました。
 旦那様は坊ちゃまを気にかけておいでですが、幼い子供への接し方がわからないからと、あまり近寄ることをなさいません。
 遊び相手もおらず、坊ちゃまはどうしても一人で過ごすことが多いのです。
 私たちも心を砕いてはいるのですが、使用人の立場ではできることも限られますので……
 あんなに楽しそうな坊ちゃまを見るのは、私でも初めてかもしれません」

「そう……そうだったの」

 フランは素直で可愛い男の子だ。
 私にすぐに懐いたのも、寂しかったからなのかもしれない。

 そう思うと、胸がきゅっと締めつけられた。

「私、頑張って辺境伯様と仲良くなるわ。
 そうしたら、フランと辺境伯様も仲良くなれるかもしれないものね」

「是非! 是非、お願いいたします!
 私たち使用人一同、全力でエメライン様を応援いたします!」

「ふふふ、期待しているわ」

 こうして、思わぬところで私の株が上がった。
 
 素敵な辺境伯様と、可愛いフランシス。
 当然ながら、私はどちらとも仲良くなりたい。
 そうすることで、橋渡しというか緩衝材のような役割になれたらと思う。
 
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