茨姫は辺境の地で花開く

鈴木かなえ

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⑭ グリフォンは可愛い

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「エミー、具合が悪いって聞いたよ。大丈夫なの?」

「ええ、もう治ったから大丈夫よ。
 心配かけてごめんなさいね。
 さあ、行きましょう。最初はどこに連れて行ってくれるの?」

 翌朝、私はやっぱり起き上がれなかった。
 午後まで休んで歩けるようになってから、大張り切りのフランに手を引かれ屋敷の中を隅々まで案内された。
 
「王都から来たエミーだよ!
 僕と父上のお友達なんだ。
 仲良くしてあげてね!」

 会う人全員にそう紹介するので、私も使用人たちの顔と名前をだいたい覚えることができた。

 ちなみに、私と辺境伯様のお試しの結婚のことは、シーラを含む数人だけしか知らない。
 表向きは、私は王都からの客人だということになっている。
 
 屋敷の中の案内が一段落ついたのはもう夕刻で、またフランと手をつないで食堂に向かった。

 夕食には、前日と同じように辺境伯様も加わった。

 フランは今日あったことを元気に報告し、辺境伯様は榛色の瞳を細めてそれを聞いていた。
 
「楽しかったようだな。よかったな、フラン」

「はい! 明日は、厩舎を見せてあげるってエミーと約束したんです」

 この場合の厩舎というのは、もちろん馬ではなくグリフォンのための厩舎のことだ。

「エメライン嬢はあんなところ見ても楽しくないのではないか?」

 首を傾げた辺境伯様。
 気遣いは嬉しいが、それには同意できない。

「私が行ってみたいとお願いしたのです。
 フランがグリフォンのことを教えてくれるそうなので、とても楽しみにしているんですよ」
  
 グリフォンのことは、私は表面的なことしか知らない。
 本当の辺境伯夫人になる下準備として、この機会にもっと深い知識を得ておきたいと思ったのだ。


「エメライン嬢は……グリフォンが怖くないのか?」

「いいえ? だって、ロニーはあんなに可愛いではありませんか」

 厩舎に行ったら、ロニー以外のグリフォンにも会えるかもしれない。
 ロニーみたいに私に懐いてくれたら嬉しい。

「か、可愛い……のか……?」

 辺境伯様は信じられないという顔をしたが、そんなに驚くようなことだろうか。

「馬より大きいですし、いざ戦闘になればとても強いということは知っていますけど、可愛いと思いますわ。
 羽毛もふわふわで、手触りがいいですし。
 次に会ったら、また撫でさせてくれるでしょうか」

 頬を埋めた時のふわふわな感触を思い出し、わたしはほぅっと溜息をついた。

「……明日、午後からなら時間がある。
 俺も一緒に行こう」

 予想外の提案に、私とフランは顔を見合わせた。

「いいのですか?」

「ああ。それくらいの融通はつけられる」

「やったぁ!」

 辺境伯様とさらにお近づきになれる好機だと私は喜んだが、フランは私以上に喜んで椅子から飛び上がった。

「あらあら、フランったら、落ち着いて。
 お皿がひっくり返ってしまうわ」

「エミー! 明日は、父上も一緒だって!」

「ええ、そうね。とっても楽しみだわ」

 それまでテーブルマナーを気にしつつお行儀よく食事をしていたのに、それが吹っ飛んでしまうくらい嬉しかったようだ。
 それだけ、親子で触れ合う機会が少なかったということの表れでもあるのだろう。

 フランはこの通り父親のことが大好きだし、辺境伯様もフランを大切に思っていることは見ていてわかる。
 
 少しずつ親子の仲が深まっていけばいいなと思いながら、黒髪の小さな頭を撫でた。

 翌日、フランと一緒に昼食をとって少ししたころに、シーラに呼ばれて外に出ると辺境伯様とロニーが待っていた。

「父上! ロニーもいる!」

 フランが元気に駆け寄ると、ロニーは大きな体を屈めてフランを白い羽毛に覆われた首で受け止めた。
 フランもフワフワの手触りが大好きなようで、ぎゅっと抱きついて撫でまわしている。

「辺境伯様、お時間をとっていただきありがとうございます」

「客人をもてなすのは当然のことだ。
 フランも楽しそうだしな」

 フランはロニーによじ登り、鞍を置いていないその背に得意げに跨った。

 ロニーもそうされることに慣れているのだろう。
 穏やかで優しい瞳をフランに向けている。

「父上! 早く行きましょう!」

「ああ、そうだな。ん? どうした、ロニー」

 フランは急かすが、ロニーは私の金髪をくわえて引っ張って、金色の大きな瞳で私の顔を覗きこんだ。
 
「もしかして、エメライン嬢にも乗ってほしいのか?」

「クエッ」

 そうだ、と肯定したのが私にもわかった。
 
「私をまた乗せてくれるの?」

「クエッ」

 ロニーは地面に伏せ、嘴でフランも乗っている背中を示した。
 早く乗れ、と言っている。

「そんなに気に入ったのか……エメライン嬢、いいだろうか?」

「もちろんです! 嬉しいわ、ありがとうロニー」

 私もフランがしたようによじ登ろうとしたのだが、その前に辺境伯様の腕が伸びてきて、夜会の後に連れ去ってくれた時のようにひょいと抱え上げられ、そのままフランの後ろに横乗りの形で座らせられた。
 
 ドキドキする間もないくらい一瞬の出来事だったが、とても丁寧に扱ってくれたのが伝わって、その優しさと力強さに胸が高鳴った。

 閨でのことを思い出しそうになり、フランの小さな頭を撫でることでなんとか方向修正した。 

「ロニーがゆっくり歩いてくれるから、そのまま座っていたらいい」

「はい、辺境伯様。ロニー、お願いね」

 ロニーが立ち上がると、視線が一気に高くなりフランと同時に歓声を上げた。
 行先を知っているらしく、ロニーは迷いなくとことこと歩いていく。

「フランは、ロニーによく乗せてもらうの?」

「うん! ロニーだけじゃなくて、他のグリフォンにも乗せてもらうよ。
 皆僕のお友達なんだよ」

「いいわね。私もお友達になれるかしら」

「ロニーとなれたんだから、きっとなれるよ!
 大丈夫だよ、僕がエミーとお友達になってってお願いしてあげるからね」

「ふふふ、その時はお願いね」

 おしゃべりをしながら揺られていると、建物が見えてきた。

「あれが厩舎だよ!」

 外から見たところ、私が知っている馬の厩舎と変わりはないようだが、柵で囲まれた馬場のようなものはない。
 空を飛ぶことができるグリフォンに、地上の柵なんか意味がないということは私にもわかる。

 目的地に着いたとばかりにロニーは地面に伏せ、フランはぴょんとその背から飛び降りた。
 私もそれに続こうとしたのだが、また辺境伯様の腕に抱えられ、そっと地面に降ろされた。

 優しい。逞しい。いい匂いがする。大好き。

「あ、ありがとうございます」

 すぐ近くにある精悍な顔を見上げ、ドキドキしながらなんとか礼を言ったところで、フランに手を引かれた。

「エミー! 早く! こっちだよ!」

 もう少し触れていたかったのに、と残念に思う気持ちもあったが、今はフランのことに集中しよう。

 グリフォンの厩舎の中は、私が知っている馬の厩舎とあまり違いはなさそうだった。
 しいて言えば、一頭分のスペースが広いということくらいだろうか。
 グリフォンは翼もあるし、馬の二倍ほどの大きさもあるから、これくらいの広さが必要なのだろう。
 昼間ということもあり、全てのグリフォンが出払っていてがらんとしていた。

「ロニーのお部屋はここ。その隣は、バーサのお部屋。その隣は、ドナ!」

「フランはグリフォンのお部屋を全部覚えているのね」

「うん! お友達だからね!」

 厩舎の中を端から端まで見て回り、きちんと手入れされ保管してある鞍や手綱なども見せてもらった。
 馬に乗せる鞍とは違う形をしているのが興味深い。
 王都からアボットに来る際、ロニーに乗せてもらったわけだが、あの時は夜で暗かったし、精神的にいっぱいいっぱいで道具を見る余裕などなかった。
 
 厩舎をうろうろする私とフランを、辺境伯様はなにも言わずじっと見ていた。
 
「あ、クレアが来たよ!」

 フランが厩舎の外を指さし、そちらに目を向けると全体的に茶色っぽい色合いのグリフォンがふわりと着地したところだった。
 クレアというのは、あのグリフォンの名なのだろう。

 その背中からひらりと飛び降りたのは、見覚えのある騎士だ。

「エメライン嬢。俺の副官のデリックだ」

「お嬢様、デリックと申します。よろしくお願いいたします」

 辺境伯様に紹介され、デリックは騎士の礼をとった。
 デリックは、シーラと同じように私と辺境伯様のお試しの結婚を後押ししてくれた騎士だ。
 私に向けられたその茶色い瞳には好意的な光がある。
 
「エメラインです。よろしくお願いしますね、デリック」

 そう挨拶すると、デリックはニカッと笑った。

「俺は旦那様の乳兄弟でもあります。
 旦那様のことなら何でも知っていますから、困ったことがあったらいつでもご相談ください」

 体つきはがっしりしているが、柔和な顔立ちで威圧感はなく、その口ぶりからひょうきんな人柄が窺がえる。

「デリック……余計なことを言うな」

 苦い顔をする辺境伯様とデリックは、正反対の性格をしていても仲がいいのだろう。
 なんだか微笑ましい。

「では、坊ちゃんは俺とクレアと散歩に行きますよ」

 デリックはひょいとフランを抱え上げた。

「えー? エミーは?」

「お嬢様はここに残ります。さすがに三人はクレアに乗れませんからね」

「まだエミーの案内が終わってないんだよ」

「旦那様がちゃんと案内してくださいますから、大丈夫ですよ」

 デリックはフランを抱えたままクレアに跨った。

「では、坊ちゃんは預かっていきますから。ごゆっくり!」

 二人を乗せたクレアは私たちに背を向け、木立の間に消えていった。

「ロニー、おまえも自由にしていいぞ」

 辺境伯様が頭を撫でながらそう言うと、ロニーもどこかに飛び去ってしまった。

 こうして、私たちは二人きりになった。
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