茨姫は辺境の地で花開く

鈴木かなえ

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㉗ エメラインが攫われた ダスティン視点

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「陛下はダスティンの提案に大喜びだったよ。
 いろいろと書類を預かってきたから、目を通してみて」

 エミーがフランたちを連れて野イチゴ狩りに向かったのと同じ時刻、俺はカーターからバンクス国王の署名が記された書類を受け取っていた。

 数か月前、俺とエミーの離婚申請が受理されたと書かれ手紙がクソ王太子から届いた。
 もちろん、俺はそんな申請などしていない。
 また御璽を使ったのだろうが、強引に結んだ婚姻を勝手に離縁させるなど、横暴がすぎる。

 俺の中にわずかに残っていたホールデンへの愛着は、この手紙を読んだ直後に完全に消え去った。

 もうホールデンは、マクドゥーガルが守るに値しないということがよくわかった。
 
 俺はホールデンからのこれ以上の干渉を防ぐため、アボットを国として独立させるという決断を下したのだった。

「……概ねこちらの要望を通してくれるようだな」

「なにせ、グリフォンの羽毛が格段に安く手に入るようになるんだからね。
 だいたいのお願いはきいてくれるよ」

 アボットは豊かな土地で、グリフォン騎士団と街道を有するが、宿場町以外は長閑な田舎しかなく、国としてはかなり小さな規模となる。
 そこで、俺はカーターを通じバンクスにアボット独立の助力をしてほしいと打診した。

 その見返りとして、今までホールデンに納めていたグリフォンの羽毛を、これからはバンクスに納めると提案し、それが了承されたという内容とバンクス国王の署名がはっきりと記されている。
 それだけグリフォンの羽毛とは希少で利用価値の高い素材なのだ。

 もちろん、それ以外にも様々な取り決めがあるのだが、既に大まかなことは互いに納得のいく落としどころに収まっている。

 アボットは間もなくマクドゥーガル公国となり、バンクス王国の属国として友好的に受け入れられることは決定しているのだ。

「手間をかけたな、カーター。
 おまえのおかげで助かったよ」

「いいんだよ。僕も楽しかったからね」

 フットワークの軽いカーターは、バンクスの王都とアボットを何度も行き来して、書類を届けたり交渉をする役目を引き受けてくれた。
 ついでに、エミーがつくっているハンドクリームなどもバンクスの貴婦人たちに売り込み、新しい温泉宿が建設中であることも宣伝して回るという、大活躍ぶりだった。

 正直、カーターがいてくれて本当によかったと思っている。

「ところで、エメライン嬢との仲は進展したの?」

 痛いところを突かれ、俺は沈黙で応えた。

「ダスティン……きみはいい年をした大人で、こんな大きな決断を下せる立派な領主でもある。
 それなのに、その方面はダメダメだなんてどうかと思うよ」

「……わかっている」

「お試し期間はあと二か月くらいしかないんでしょ?
 エメライン嬢も心配してるはずだよ。
 さっさとはっきりしてあげないと気の毒じゃないか」

「……わかっている」

「きみが煮え切らないままお試し期間終了するようなら、僕がエミー嬢をバンクスに連れて行ってしまうからね」

「ふざけたことを言うな!」

 俺の怒声を、カーターは肩をすくめて受け流した。

「ふざけてなんかいない。
 エメライン嬢はとってもいい子だ。
 ダスティンがいらないっていうのなら、僕がもらうよ。
 あの子が傍にいてくれたら、一生退屈しなさそうだしね」
 
 そうだろうな。
 身分も釣り合うし、好奇心旺盛なカーターとの相性もいいことだろう。
 だからといって、譲る気など毛頭ない。

「エミーは、俺の妻だ。
 今までも、これからも」

「だったら、それを早く本人に伝えてあげなきゃ」

「……だが……そうするなら……ソフィーのことも隠しておけなくなる」

「そうだろうね」

 ソフィーというのは、フランの母親である前妻のことだ。
 前妻との結婚生活のことを思うと、俺の心に昏い影が落ちる。
 だが最近は、エミーのおかげでその影が随分と小さくなってきているのを感じていた。

「きみの口からちゃんと詳しく話してあげないと、後々拗れてしまうかもしれないよ」

「……それは困るな」

「大丈夫、エメライン嬢ならわかってくれるよ。
 どーんと全部ぶちまけて、ヨシヨシって慰めてもらえばいいじゃないか」

 エミーにヨシヨシと慰められる……
 
 それもなんかイイな、と不埒な考えが脳裏をよぎったところで、執務室の扉がノックもされず乱暴に開かれた。

「旦那様!」

 駆けこんできたのは、青い顔をしたクレイグだった。

「何事だ!」
 
 いつも冷静な家令の常ならぬ様子に、俺はなにか大変なことが起きたことを察した。

「エメライン様が、誘拐されました!」

「なんだと⁉」

 エミーは、フランたちと野イチゴ狩りに行っていたはずだ。
 元女性騎士で腕も確かだというコリーンに加え、護衛として騎士も一緒にいたはずなのに、なぜそんなことになってしまったのだ⁉

「フランは無事なのか⁉」

「泣いておられますが、ご無事です。
 エメライン様だけが誘拐されたそうです」

 クレイグの後ろから、涙目のコリーンと真っ青になった騎士が表れた。

「旦那様、申し訳ございません……
 エメライン様をお守りできませんでした」
 
 騎士は、俺の前の跪いて深々と首を垂れた。
 マクドゥーガル家に仕える騎士の中でもかなり腕が立つ男だから護衛に選んだというのに、なんという体たらくだ。
 怒りがこみ上げてきたが、今はこの男を怒鳴りつけてもなにも解決しない。

「そういうのはあとにしろ。
 何があったのか説明するのが先だ」

 騎士は順を追ってエミーがどのように誘拐されたのかを語った。

 なんと、転移の魔法具を使われたという。
 誘拐が防げなかった理由に納得すると共に、そこまで義弟はエミーに執着していたのかと歯噛みをする思いだ。

「コリーン、ブライアンというのはどういう男だ」

「ほとんど関わったことがないので、使用人からの評判はあまりよくなかったということくらいしか……
 たまに、遠くからこっそりお嬢様を覗いていたというような話は聞きましたが、接触してくることはありませんでした。
 お嬢様のことを嫌っているのだとばかり思っておりましたのに……」

 エミーには義弟からの手紙がぽつぽつと届いていたのは知っていたが、内容はいつもほぼ同じで、エミーも毎回同じような返信を送っていた。
 なんで俺がそれを知っているのかというと、エミーが手紙を全て俺に見せてくれるからだ。
 俺に心配をかけたくないのと、俺に信用してほしいから、ということだった。

 そんなことしなくても、俺はエミーを信用していたのだが、心配してもいたので、遠慮なく目を通させてもらった。

 義弟の手紙からはエミーに対する執着が読み取れはしたが、エミーのことは手駒くらいにしか思っていないような文面だったのに、実は歪んだ愛情を長年胸に秘めていたらしい。

 そんな男に、エミーが攫われてしまったなんて。

 俺は怒りで目の前が真っ赤になった。

「辺境伯様、お願いでございます……
 どうか、お嬢様をお助けください」

「当たり前だ! 助けに行くに決まっているだろう!」

 泣きながら平伏しそうな勢いのコリーンを押しとどめ、ディランに振り返った。

「グリフォン騎士団を全員招集せよ!
 今すぐ王都に向かう!」

「待て!」

 そう指示を出して走りだそうとした俺に、カーターが待ったをかけた。

「なぜ止める! 早くしないと、エミーが」

「その義弟っていうのは、使用を禁じられている魔法具を使ってまで誘拐するぐらいエメライン嬢に惚れてるんだろ?
 それなら、殺したりはしないはずだ。
 エメライン嬢は無事でいるよ」

 俺も、エミーが殺されるとは思っていない。
 だが、女性には別の危険があるではないか。

「無策で突っ込んでも、また御璽やらなにやらで面倒なことになるに決まってる。
 それなら、あの子を取り戻すついでにホールデンとすっぱり縁を切ってしまおうじゃないか」

 カーターはニヤリと笑った。

「根回しが済んでてよかったよ。
 早速バンクスに話をつけに行こう」

 クレイグとディランもカーターの意見に賛同し、なんとか頭を冷やした俺はホールデンではなくバンクスの王都に向かうことを決めた。

 クレイグたちがその準備のために慌ただしく執務室を去っていくのを見送り、俺はフランの様子を見に行った。

「ぐすっ……ちちうえぇ……」

「エミー様がぁ……うわあああん!」

 フランもジェフも涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになっていて、俺を見るとさらに激しく泣き出した。

「二人とも、もう泣くな。
 エミーは必ず連れ戻すから、心配することはない」

 この二人もエミーのことが大好きなのだ。
 エミーがこのままいなくなってしまったら、幼い心に傷が残ってしまうだろう。
 そんなことは、絶対にさせない。
 
「大人の男相手に、立派に立ち向かったと聞いたぞ。
 偉かったな、フラン」

「でも……僕は、エミーを守れませんでした」

「エミー様、消えちゃったの……」

 俺は泣いている男児二人の頭を撫でた。

「大丈夫だ。俺に任せておけ。
 エミーは必ず取り戻す」

 真っ赤に泣きはらした四つの瞳が俺を見上げる。
 そこには、俺への信頼の光があるのがはっきりと見て取れた。

 子供にこんな目を向けられるなど、以前の俺には考えられなかった。
 こうなったのも、全てエミーのおかげなのだ。

「なにも心配ない。
 おまえたちは、エミーが好きなお菓子でもつくって待っていなさい」

 二人は小さな唇を引き結んで頷いた。

 俺はディランを含む五人のグリフォン騎士を引き連れ、バンクス王国の王都に向かい飛び立った。
 カーターも別の騎士のグリフォンに乗っている。
 この男は子供のころからよくアボットに遊びに来ていたので、グリフォンに乗って飛ぶのに抵抗がないのだ。

 アボットとバンクス王国の王都の直線距離は、アボットとホールデン王国の王都よりもやや近い位置にある。
 俺はたまにカーターの生家を訪ねることがあるが、他のグリフォン騎士たちは基本的にアボットの外までグリフォンに乗って移動することはほとんどない。
 グリフォンは賢く温厚な獣だが見るからに強大なので、警戒されるのを避けるためというのもあるが、単独行動をすると素材目当てで襲撃される恐れがあるからだ。
 こうやって俺以外のグリフォン騎士が国境を超えるのは、俺の祖父の代に戦に召集された時が最後だったはずだ。

「見えたぞ! あれがバンクスの王都だ!」

 カーターが声を張り上げ、前方に見えてきた城壁に囲まれた都市を指さした。

 規模としてはホールデン王国の王都とあまり変わらないようだが、天然の川を堀として上手く利用しているのが遠目でもわかる。
 
 一際大きな王城は、上空からすぐに見つかった。
 
 カーターの指示で開けた庭園に降り立つと、当然ながら衛兵たちに取り囲まれた。
 皆がグリフォンのことを知ってはいても目にするのは始めてで、緊張に張りつめた顔をしている

「僕はアディンセル侯爵家次男、カーター・アディンセルだ。
 このグリフォンたちが人を攻撃することはないから、恐れる必要はないよh!」

 社交的なカーターはよく知られているようで、半数以上の衛兵が力を抜いたのがわかった。
 警戒を解いたところで、頑張って飛んでくれたロニーたちを労わなくてはいけない。

「カーター、グリフォンに水を飲ませてやってくれ。
 それから、果物を頼む」

 グリフォンは肉を好むが、ここでバリバリ肉を食べる様を披露したら絶対に怖がられてしまうので、今は肉と同じくらい好物の果物を食べさせるのが無難だろう。

「聞いたな! 水と、林檎かなにかを多めに持ってきて」

 カーターがそう言うと、衛兵が数人駆け去っていった。
 
 それと入れ違いに、豪華な身なりの青年が護衛を引き連れ駆けつけてきた。

「カーター! これはなんの騒ぎだ!」

「すまないサイラス、緊急事態なんだ。
 ちゃんと説明するから、少し時間をくれないかな」

 サイラス……バンクスの王太子殿下か。
 輝く金髪と同じ色の瞳で、まだ二十歳になったばかりのはずだが、がっしりと鍛えられた体つきをしている。

「ダスティン・マクドゥーガル卿とお見受けする。
 私はサイラス・アーチー・バンクス。
 この国の王太子で、知っていると思うがカーターの従兄弟だ」

 真っすぐに俺を見つめる瞳には昏い影も卑屈な色もなく、王太子としての自負と自信が見てとれる。
 まだ若いが、なかなかいい男ではないか。
 あちらのクソ王太子とは大違いだ。

「初めまして。
 ダスティン・マクドゥーガルと申します。
 王太子殿下、突然このような形で押しかけて申し訳ありません」

「いや、気にするな。そうするだけの事情があるのだろう?
 父上も交えて話をしたほうがいいか?」

「是非ともそうしていただきたい。
 事は一刻を争うのです」

「承知した。では、そのように」
 
 殿下は頷くと部下たちにテキパキと指示を飛ばし、俺とカーターを国王陛下のところに連れて行ってくれた。
 王家と近い血筋で親しい間柄のカーターがいるとはいえ、こうもあっさりと国王と面会できるおおらかさに俺は密かに面食らったが、なにも言わずに従った。

 王太子殿下がそのまま歳をとったような国王陛下は、笑顔で俺たちを迎えてくれた。

 そして、俺より口がうまいカーターが状況を説明すると、よく似た父子は同じように怒りを露わにした。

「か弱い女性を誘拐するなど、なんという卑怯なことを!」

「そんなことをする卑怯者を側近にするとは、ホールデンの王太子はなにを考えているんだ! 父上、さっさと条約を締結してしまいましょう」

「そうだな。早く奥方を救出してやらねばな」

 アボットがマクドゥーガル公国として独立し、バンクス王国の属国になるということは、秘密裏に開かれた議会で既に可決されている。
 関税や貿易等の細かい条件なども審議済みで、あとは俺たちが正式な書類に署名をするだけという段階にまでなっているのだ。

 カーターが尽力してくれたこともあるが、バンクス王国のおおらかさに助けられたところも大きい。

「こちらの都合で無理を通して、申し訳ございませんでした」

 頭を下げた俺に、陛下は鷹揚に笑って首を降った。

「貴殿は、もう一国の主だ。
 誰に対してもそのように頭を下げてはならぬ」

「は……」

「これから先、貴殿が跪くことを許されるのは、愛する妻の前だけだということを忘れるな」
 
 そうだ。
 俺は、マクドゥーガル公国の大公なのだ。
 ただの辺境伯だったこれまでとは責任が格段に重くなった代わりに、誰からも命令されることのない立場となった。
 
 そうなる覚悟ができたのも、全てエミーのおかげだ。

「しかし、惜しいな。
 できることなら、貴殿には我が国から令嬢を嫁がせたかったのだが」

「それは……お受けできません。
 俺が妻に望むのは、エメラインだけです」

「わかっているよ。
 さぁ、もう行くがよい」

 習慣で頭を下げそうになった俺は寸前で先ほどの助言を思い出し、目礼をするに留めた。

「落ち着いたら、奥方を連れて遊びに来なさい。
 我らはもう盟友なのだからな」

「はい、近いうちに必ず」

 俺は陛下とがっちりと握手を交わした。
 この方から、俺はこれからたくさんのことを学ぶことになるだろう。

 こうして手にした書状を懐に、俺たちはアボットへと帰還した。
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